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第4話 王位を継ぐ者

「殿下、スカーレット様がお戻りになりました」


 山賊の襲撃から2日後、待ちわびたスカーレットが帰還した。

 そう伝えた門番の表情は、久々に太陽を見たかのように明るい。

 スカーレットとは、それほどまでに人々に希望を与える存在なのだ。


 スカーレットは3年前に私がルナティカに赴任する際、副官として側近となった。

 年齢は私より7つ上の24歳で、無属性の破壊魔法に長けている。


 真面目で面白みに欠けるところが玉にキズなのだが、彼女の機転で何度も窮地を救われている。

 セリアナが心を許せる親友だったとすれば、スカーレットは背中を預けられる頼れる姉といった存在だ。


 予想より早い帰還……。父上の訃報を聞き、馬を飛ばして急遽引き返してきたのだろう。


「戻ったのね! 早速報告を受けたいところだけど、私の屋敷は避難所になっていますし……こちらから迎えに行きましょう」


 任務からの帰還後は速やかに報告を受けることになっているが、私の屋敷は傷ついた避難民でごった返している。

 一旦、兵士の詰所を借りるとしようか。


「墓地に向かうと申しておりました」


「真っ先に墓地とは、スカーレットらしいわね」


 山賊の襲撃を既に知っているのだろう。

 このような混乱の最中に、まず何をすべきか、彼女は痛いほど熟知している。


 墓地へ行くと、スカーレットがセリアナの新しい墓標の前で、静かに手を合わせていた。

 その背中は、いつもより少し小さく見えた。


「殿下、セリアナは命を賭けてこの村を守ったのですね……。私にとっても妹のような存在でした。このような事になってしまい、本当に残念です」


 私もスカーレットと並んでセリアナの墓前に手を合わせた。

 横目でスカーレットを見ると、その瞳から一筋の涙が頬を伝い落ちていた。

 いつも氷のように冷静なスカーレットも、涙を流すことがあるのだな……。


「見ての通り、村は大変な有様なの。私の屋敷も避難所になっているので、報告には兵士の詰所を借りることにします」


 私達は詰所まで無言で歩いた。

 話したいことは山ほどあったはずなのに、様々な思いが喉元まで溢れてきて、言葉にならなかったのだ。

 ただ、砂利を踏む足音だけが、二人の間に響いていた。


「殿下、まず報告しなければならないのですが、外交任務は独断で中止させていただきました。私は陛下逝去の一報を聞き、王都の情報を収集しつつ早急にルナティカへ帰還することにしました」


 スカーレットは律儀に深々と頭を下げた。


「良い判断ね。それよりも、父上が討たれた件で知っていることを教えてくれるかしら」


「承知しました。侵攻してきたのは人間界の勇者一行で、帝国軍兵士を引き連れていたようです。陛下は親衛隊とともに防戦しましたが無念の戦死を遂げられました……」

「さらに殿下のお兄様方……三殿下も兵を率いて救援に向かいましたが、間に合わず……やはり戦死をなされたとのこと」


「兄上達は参戦していたの!? 私と同様に地方に赴任していると聞いていたけど……」


「それが……王都の危機を聞きつけ、各自の判断で参戦されたようなのです」


 私は全身の力が抜け、その場に崩れ落ちるように膝をついた。

 父上だけでなく、頼りになる兄上達まで討たれていたとは……。

 私一人残されて、一体何ができるというのだろう。

 巨大な嵐の中に、小舟で放り出されたような心細さが私を襲う。


「ねえ、スカーレット……私はこのあと……どうすればよいの?」


 震える声で問いかける。


「殿下は一刻も早く王都に帰還しなければなりません。そして、陛下の跡を継いで魔王に即位なさってください」


 スカーレットの瞳には、揺るぎない意志が宿っていた。


「お前は……私などが魔王に相応しいと思うの?」


「できるかどうかではなく、やらなければなりません。陛下の血をひくのはグロリア殿下だけでございます。ぐずぐずしていてはこの機に乗じた何者かが王位簒奪を狙ってくるでしょう。そうなれば誰が民を守るというのでしょうか」


 そうだ、私の使命は民を守ることなのだ。

 この地に赴任する際、父上が私の頭を撫でながら言った言葉を思い出した。

 『民を最優先に考えなさい』と。

 あの温かい手の感触が、今も鮮明に蘇る。


「スカーレット……。あなたの言う通りです。私はこの国の民を守らなければなりません」


 私は涙を拭い、顔を上げた。

 もう迷いはない。


「殿下、では早速出発しましょう。出発の準備は既にエルリオンにお願いしています」


 スカーレットが言った通り、詰所を出るとエルリオンが旅装を整えた馬を用意していた。


「殿下、どうかお気をつけて。またお会いできる日を楽しみにしております」


 村長のエルリオンとは3年間の付き合いであったが、信頼できる人物だということをよく知っている。

 彼に任せておけば、この村の復興もきっと成し遂げてくれるだろう。


「うむ。村の事はそなたに一任しますので、私が戻るまで必ず守り切るのよ」


「出発に際して、セリアナも一緒に連れて行っていただけませんか。きっと殿下を守ってくれるでしょう」


 エルリオンは、セリアナが愛用していた傷ついた鉢金を、震える手で渡してきた。


「セリアナが守ってくれるなら安心ね。大事に使わせてもらいます」


 鉢金を頭に巻くと、セリアナの魂が私に力を貸してくれるような、不思議な温かさを感じた。

 馬に跨ると、視線が高くなり、世界が少し違って見えた。

 その姿を見て、生き残った村民たちが集まってくる。


「グロリア様、万歳! どうか魔界をお救いください!」

「我らの希望、グロリア様!」


 人々の声援が、私の背中を押してくれる。

 私とスカーレットは村民に見送られ、未来への希望と不安を胸に、広大な荒野へと駆けだした。

 振り返ると、夕陽に照らされたルナティカの村が、小さく、しかし力強く輝いていた。

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