表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/81

天麗-5

双刀遣(そうとうつか)いかッ!)


 黒影を抜き、即時応戦する。

 警戒はしていたが、まさかいきなり斬りかかられるとは思わなかった。


 戦闘で黒影をつかうのは久しぶりだ。

 初動は遅れてしまったが、幸い刃は子墨シボクの曲刀に追いついた。

 これがあの鳳炬ホウキョであれば、柄に手をかけたままくびを刈られていただろう。


 子墨の左からの斬撃を、黒影で返す。

 向こうからすれば当然、噛み合うと思っていただろう黒刃は、するりと曲刀の刀身を二分にぶんした。


「おっと⁉」


 子墨が驚きの声を上げる。

 これこそが宝貝ほうばい、黒影の(つるぎ)の真価であり、長器ちょうきの名手だった鳳炬ですら恐れていた能力だ。


 触れたそばから万物を断つ黒影を、相手は防ぐことができない。

 対抗するには、同じく宝貝が必要なのだ。


 曲刀がつかい物にならなくなったあとの、子墨の行動は迅速だった。

 残る左の曲刀で──夏楠からすると右側から──胴薙ぎを試みる。


 迎撃しようと黒影を向けた夏楠は、半ばで自身に迫る物体に気づいた。

 鋭い銀のひらめきは、折れた刃の反射光だ。

 先ほど黒影で分断したした曲刀。

 それを、夏楠の死角から投げていたらしい。


 右からは曲刀の斬撃、左からは投擲とうてき

 左右を挟まれた形になる。


 夏楠は深くひざを折り、下にけつつ黒影を横に薙いだ。

 狙いは、子墨の足首だ。


(一生車椅子になったら勘弁な!)


 先に仕掛けてきたのは向こうだ。

 文句を言われる筋合いはないが、一応心で謝っておく。

 だがそれも、夏楠の杞憂に終わった。


 攻撃を中断すると子墨は大きく後転し、夏楠の薙ぎを紙一重でかわす。

 一度引き、間合いを取るつもりなのだろうが、そうはさせない。


 いい加減、この戦闘に気づいた門衛たちも行動に移す頃合いだ。

 彼らに参戦されれば、少々厄介なことになる。


 夏楠単独なら問題ないのだが、この子墨を相手にしながら門衛に孝燕を狙われると、かなり厳しい。

 ならば子墨をとらえ、盗賊の親分よろしく咽喉のどに黒影を押し当てて、敵を牽制しながら孝燕と逃げるのが得策だろう。


 となれば、まずは子墨の無力化だ。

 手首のけんを切り、武器を扱えなくする。

 車椅子よりはだいぶマシだろう。


 先手必勝とばかりに、夏楠は子墨に肉薄した。

 次いで黒影を振るおうとしたところで──しかし夏楠は、子墨の発言に動きを止めた。


「ちょ、タンマ! ちょっとタンマ! すみません降参! 降参です! 降参するから剣を収めてくださいお願いこの通りっ!」


 突然の、土下座だった。

 半泣きで懇願する子墨に戦意を削がれ、どうしたものかと困惑する。

 やや芝居がかって見える命乞いだが、手元にあった曲刀も地面に捨てたあたり、嘘ではなさそうだ。


〈油断させたところで、仕込み武器をつかう可能性もある。用心はしておけ〉


 黒影の助言に従い、剣をさやに収めずに夏楠は口を開いた。


「これはどういう真似だ」

伯父おじさんの命令ですよ! いや、もちろん僕は反対したんですよ⁉ そんな試すような真似やめましょうって。でもあの伯父さん、何を言っても『行け』の一点張りで、僕の話聞いちゃくれないんですもん! 酷くない⁉」

「……伯父?」


 くびを傾げて訊き返すと、子墨は両手を上げたまま、こくこく頷いた。


「そうそう、伯父っ! あの極悪変態男、父方の伯父さんなんですよ! 僕は甥っ子!」

「のわりには、あまり似てないな」


 ……いや、そうでもないか。

 気質がまるで違うのでわからなかったが、顔だけならとしそろえば近づきそうではある。


 そもそも、初撃に気を取られて失念していたが、子墨は最初に名乗っていたではないか。

 ()()墨と。


「お願い信じて! お願いだからっ!」

「だったら、なんで襲ってなんか──」


 そう言いかけて、途中で夏楠も思い当たった。

 ……あの男なら、やりかねない。


 夏楠はまだ、誰にも素顔をさらしていない。対して向こうは、引く手数多(あまた)の大豪商だ。しかも、雲翔のように清廉潔白とは決して言えないやからである。それは警戒もするだろう。


 来訪者が銀河をかたる偽者でないか、その真偽を確かめるために手練れを送る、という流れは充分あり得る。本物なら子墨を撃退可能と判断したのだろう。


「やりそうでしょー? あの性格なら」

「あー……やりそうだな、あいつなら」

「でしょ⁉ 共感いただけたようで何よりです!」

「……で、」


 子墨の頸筋くびすじに黒影をわせ、夏楠は低くたずねた。


「あいつに面会、できるんだろうな?」

「もちろんですよ! もちろんでございますともっ!」


 なんだかこの子墨が言うと、胡散臭うさんくさいことこの上ない。だが、ここで押し問答しては話が前へ進まないのだ。

 仕方なくこちらが折れ、黒影を引いてやった。


「じゃ、案内してくれ」

合点がってんです!」


 返事だきゃいいな、このじいさんは。

 溜息をつきながら、夏楠はひとまず黒影をさやに収めた。





 その後、子墨の案内で無事瑞雲閣(ずいうんかく)の門をくぐった夏楠は、孝燕とともに長い回廊を歩いていた。


 等間隔に飾られた壺や花瓶を横目で見つつ、夏楠は先頭を行く子墨のあとに続く。

 外観から予想はしていたが、やはりこの楼閣は内観なかも相当金が注ぎ込まれていた。


 一見こざっぱりとした回廊だが、よく見ると窓枠にびっしり彫刻されていたり、さり気なく置かれた屏風びょうぶが細かい透かし彫りになっていたりと、手が込んでいる。当時も『秘すれば花』とはよく言われたものだ。あくまでさり気なく、それでいて金銭は惜しまず、実に洗練された空間を造り上げている。


「ところで、銀河さんは伯父さんになんの用で来たんです? やっぱり、お金?」

「あいつに何も聞いてないのか?」


 夏楠の問いに、子墨はへらりと笑って肩をすくめた。


「『聞かない方がいい』とか言って、こっちは情報皆無ですよー。ちょっとばかし遊んでこいって、それだけ」

「その判断は正しいな。聞かない方がいい」


 夏楠がすげなく言うと、横で孝燕がこっそり苦笑いを浮かべた。

 朝議等には出席するようになったものの、いまだ夏楠のおおやけの場への露出は少ない。噂で若い北嶽の存在くらいは知っているだろうが、ある日突然こんな軽装で現れるとは夢にも思っていないはずだ。


(相変わらず性格(わり)ぃな、あいつは)


 子墨と言えど、自州の州公を襲わされたなどと知れば、さすがに卒倒するかもしれない。ある意味、不憫な男である。


「じゃ、これ以上は聞かないでおきますかね。でもまぁ、なんとなく理解はしましたよ。銀河さん、顔隠してるけど結構な別嬪さんでしょ? シュウ君がぶーたれた顔で来た理由がわかったって言うか」

「周君?」

「最初に応対した美少年です」


 やっぱり、同業か。

 会ったときからそんな予感はしていたが、やはりあの少年も奴の愛娼あいしょうだったようだ。

 多分、夏楠を商売敵だとでも思ったのだろう。


「いやぁ、周君より綺麗な同性なんて僕、初めて見ましたよ! ぜひ素顔を拝見したいもんです」

「実は口が裂けてるかもしれないぞ?」

「ご謙遜を」


 子墨は言って、くるりと身体を反転させる。そのまま後ろ歩きで、夏楠と向き合いながら回廊を闊歩した。


「でも残念だなぁ。銀河さんが女の子だったら、僕も絶対お願いしたのに!」

「そりゃ良かった。幻滅させずに済んで」

「またまたご謙遜をー」


 飄々《ひょうひょう》と、実に楽しげに子墨は語る。

 かと思うと、急に真顔で、


「実はさらしを巻いた、ちょっぴり声の低いお姉さんだったなんてオチ、ありません?」

「ねぇよ、殺すぞ?」

「ですよねぇー⁉ あの伯父さんの趣味じゃそうですよねー⁉ 残念無念っ‼」


 よよよよ、と手巾しゅきんを歯で引っ張りながら嘘泣きする子墨を見て、夏楠は視線を孝燕に移した。どことなく疲れた様子の孝燕に、眼だけで声援を送った。


 ──安心しろ、孝燕。おれももう帰りたい。でも踏ん張れ。


「あ。ここですよ、ここ。着きました」


 ひときわ豪勢な大広間に出ると、子墨は中央にしつらえられた大きな扉を指して言った。

 この扉の先に、くだんの『伯父さん』がいるのだろう。


伯父おっじさーん。銀河さんお連れしましたよー」


 躊躇ちゅうちょもへったくれもなく、子墨はおもむろに扉を開けると、ご近所さんでも訪れたかのような軽い口調で中に足を踏み入れた。


「──ああ、ようやく来てくれたね、銀河。逢いたかったよ」


 対して糖蜜のように甘く、とろけるような声音こわねで、瑞雲閣ずいうんかくの主──(ソン)子豪(シゴウ)は告げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ