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「ここまで弱れば、あとは、わたしが──」


 そう言い、頭上の鳳炬を見据えて前に歩み出る。


莫迦ばか、下がれ! お前、女の龍脈はえないんだろ⁉」


 慌てて引き止めると、黎珠は肩越しに笑って胸元から黎宝珠の頸飾くびかざりを出した。


「龍脈を突く必要はありません。……ようやく、黎宝珠これつかい方がわかりました」


 そして鳳炬に向けて腕を差し出すと、毅然とした、んだ声音こわねで高らかに告げた。


「――四公の主にして四方の祖! 我、天命に従いて、その御位みくらいに就かん!」


 黎珠の宣言に合わせ、黎宝珠がりんと涼やかな音を奏でる。

 その音色ねいろに乗せ、黎珠は赤龍となった鳳炬にめいを下した。


「我が名において命ず。南嶽公郭鳳炬(カクホウキョ)、汝、四嶽の座を退しりぞけ!」


 その瞬間、鳳炬の周囲で火花が散った。

 絶え間なくうごめいていた再生がみ、千切れた胴が地上に落下して、鈍い地響きを立てる。


 耳をつんざくような、けたたましい絶叫が響いた。

 激痛にもだえるように巨体がうねり、風圧で一瞬、炎が消える。

 やがて動きが収まると、鳳炬の龍身は末端から崩れ、ゆるやかに落ちていった。

 頭上から完全にその巨躯きょくが消え去ると、再び空にはえた青さと、暖かな日差しが戻る。

 残されたのは巻き上がる火炎と、無限に立ちのぼる、黒い煙のみだった。


「お……終わった、のか……?」


 勝利の実感が持てぬまま呟くと、黎珠はこちらに戻り、床にひざをついた。

 袖口そでぐちの布を裂き、手早く止血を始める。

 その手を止めることなく、黎珠はこう答えた。


「はい、終わりました。もう──大丈夫です、北嶽様……」

「黎珠?」


 何か、様子がおかしい。生気がない。

 安否を問う意味で名を呼ぶと、黎珠はくしゃりと(かな)しげに顔を歪めた。


「大丈夫です。鳳炬様は──わたしが、殺しました、から……」


 それを聞いて、黎珠は手を汚したことがないと言った、鳳炬の言葉を思い出した。

 改めて、黎珠の顔を見つめる。

 今にも泣き出しそうな表情で、それでも唇を押し曲げて、黎珠は笑った。


「強い憎しみは、新たな悲劇を生むだけです。その憎悪はいずれ、鳳炬様のように、宿主すらき尽くすでしょう。……北嶽様は、そうなってはいけません。北嶽様は、お母様の分も幸せにならなければ」


 そして伏せるように、黎珠は深く項垂うなだれる。

 すだれのように落ちた長い黒髪の隙間から、か細い声が聞こえた。


「ですから……ですから、鳳炬様はわたしが……、わ、わたしが殺しました。北嶽様ではありません」


 ──この娘に、あまりつらく当たらんでくれ。


 不意に、以前、黒影に言われたことが蘇った。


 ──健気けなげで、いじらしいとは思わんか?


 当時は、わからなかった。

 またいつもの説教か、と聞き流していた。

 それを、黒影がさとした言葉の意味を、このときようやく理解した。


 ああ、本当に。

 胸が痛くなる。

 こんなにも声をふるわせて、咽喉のどを詰まらせて。

 罪深さにおののきながら、それでも、彼女は言い張るのだ。

 自分がやった、と。


「お前じゃない。おれがやった」


 考える前に、するりとそう言っていた。

 黎珠はすぐさま顔を上げ、懸命にそれを否定した。


「い、いいえ。わたし、わたしです。わたしが」

「おれは大丈夫だ。もう鳳炬のことは恨んでない。あの女だって、可哀想な奴だったんだ。そうだろ?」


 笑って言ってやる。

 無論、完全な嘘だった。

 実際は、まだ憎い。その身を切り刻んでやりたい気持ちも健在だ。

 そこまで自分は心が綺麗ではない。優しい黎珠とは違う。だがそれでも、いやだからこそ、言わねばならない。

 すべてを水に流し、鳳炬をゆるす、と。


 血で染めるには──黎珠は、清過ぎるのだ。


「鳳炬のことは、ゆるす。あとで、どこか墓に入れてやるさ。親父おやじんとこは母さんがいるから、そうだな……どこか、層雲宮の近くでも」


 そう続けて言うと、やっと普段の黎珠らしい笑顔が返ってきた。


「はい。北嶽様」


 それを見て、ほっとした。

 それだけで、卒倒しそうなほど不本意な法螺ほらを吹いた価値があった。

 しかし、なごやかな余韻に浸る間もなく、早々に黒影が警鐘を鳴らした。


〈火の回りが速い。李を起こしてやろう。お前も下で医官いしゃに診せた方が良い〉

「わたしが起こします。北嶽様は少々お待ちください」


 すぐに黎珠が言い、足早に李のもとへ駆けて行く。

 幸い、火の手は李のもとに届いてはいない。多分、無事なはずだ。


「お前も一応、回収しとかねぇとな」


 腕を伸ばし、床に落ちていた黒影を引き寄せる。

 すると、自分にだけ聞き取れるような小声で、黒影が告げた。


〈良く言った。立派だったぞ。お前はいずれ、良い北嶽になる〉


 それは初めての、手放しの称賛だった。

 驚きで固まっているうちに、黎珠が意識を取り戻した李とともに戻って来る。


「北嶽様、李君は無傷です!」


 そう言いながらこちらの肩に手を回し、身体からだを支えると、黎珠は階下に続く扉を指差した。


「参りましょう! このままでは焼け死にます。多少無理をしてでも、下に降りなければ!」


 それからは、全員で出口を目指した。

 走れるはずの、黎珠と李の足手まといになるのがつらい。

 最悪の場合、自分を見捨てて逃げろと言うしかないだろう。


 ──息が、熱い。

 身をかがめて進んではいるが、呼吸もままならない。

 生き物のようにうねる炎が、そこかしこで行く手を阻む。

 刻一刻と体力が擦り減り、意識が枯渇していくのがわかる。


 果たして神様は、自分たちを生かしてくれるだろうか。

 天は、悲劇を好むとう。王母は聖者をで、天帝は悪を決してゆるさない。

 その法則にならうなら、今ここで罰せられるべきは、自分だろう。


 ばちが当たって当然だ。

 それなりに悪事には手を染めた。

 両手は取り返しが付かないほど血みどろだ。

 炎に巻かれ、ここで果てるのも、それは道理だと納得できる。


 ──とうとう間近で爆炎が轟いたとき。自分の命をあきらめた。


「げほッ、けほッ……黎珠、おれを置いて李と──」

「いいえ! この瓦礫がれきの隙間なら、身体からだの小さい李君はくぐれます!」


 言いかけた言葉を黎珠はさえぎり、今しがた倒れた柱の下を覗き込んだ。


「や……ッ、いあです! おくだけあんて、いあですッ!」


 たとたどしい発音で言い、李が泣きながら黎珠にしがみつく。

 その両肩に手を置くと、黎珠は目線を李に合わせ、ゆっくりと告げた。


「違いますよ。李君には、助けを呼んでもらいたいのです。それまで、北嶽様のことはわたしが必ずおまもりします。ですから、お願いです、李君。あなただけが頼りです」

「……ッ」


 李はしばしの間、黎珠を見つめると、意を決したように頷いた。

 床を這うようにして隙間をくぐり、階下へと降りていく。


「行ったか……?」


 李を見守る背中にたずねると、黎珠は笑みとともに振り返った。


「はい。行ってくれました」

「なら黎珠、お前もおれを置いて、早く──」

「わたしでも、この隙間は通れそうにありません。こほッ……窓際に移動しましょう。あの辺りならまだ、煙が薄いですから」


 こちらの台詞を流し、黎珠は再び手を回して上体を支える。

 喜び半分、申し訳なさを半分感じながら、よろよろと連れ立って歩き始めた。


 そのとき──ふと、思い出したように。

 明るい口調で、黎珠がこんな問いかけを口にした。


「ふふ、お互いすすだらけですね。無事に帰ったら、まずお風呂にかりましょう。お風呂、北嶽様お好きでしょう?」

「あー、うん。確かに、湯船にゆっくりかりてぇー……もう、血と汗でぐしょぐしょだかんな」

御髪おぐしも染めないとですね」


 次いでそう言った黎珠を見て、ふっと溜息ためいきが漏れた。


「……なんだ。お前知ってたのか。おれが、髪染めてるの」


 大方、丞相あたりがののしっていたのだろう。

 誉れ高き玄州の北嶽が、このような髪では見苦しいだのなんだの言って、黒く染めるよう強要したのは、あの男だ。あれだけ頻繁に風呂に行っていれば、聡い黎珠が気づいてもおかしくはない。


「お前、おれの地毛見たら驚くぞ? なんせ──」

「綺麗な銀髪です」


 間髪入れずに黎珠は言って、楽しげに笑った。


「黒い御髪おぐしも、大変魅力的ではありますが……わたしはやっぱり、銀髪の北嶽様が好きです」

「じゃ、もうやめっか。ちょうど、毎回染めんのが面倒だと思ってたとこだしな……」


 半分朦朧(もうろう)とした頭で、黎珠に同意する。

 今さら、丞相ごときのげんに従うのも業腹ごうはらだ。

 ちょうどいい。これを機にやめてしまおう……もし、生きて帰ることができたならの話だが。


「帰ったら風呂に浸かって、髪を戻して……あとはあれだ、宴会だ。がんがん酒飲むぞ。特別に、お前には一手いって、舞ってやるよ」

「まあ、それは楽しみです」

「おう、期待しとけ……。おれの舞は、一手で並の妓女ぎじょ一年分稼いだ代物しろもんだからな」

「ああ、それは想像できます。後宮で少し拝見しましたが、まるで天上の舞のようでしたから。北嶽様はいつか──天の舞と書いて、天舞公てんぶこうなんて、呼ばれるかもしれませんね」


 天舞公てんぶこう

 その響きに軽く吹き出し、傷に響いて、痛い思いをした。

 天舞公てんぶこうなど、冗談ではない。そんな名称、願い下げだ。


「なんだよ、それ……。糞親父くそおやじと同じ呼び名じゃねぇか。絶対勘弁だな、そりゃ」

「そうですよね。自分のことを呼ばれているようには、聞こえませんものね」


 黎珠は苦笑してうなずく。

 このとき、黎珠との会話にかすかな違和感を感じたものの、推考する余裕はなかった。

 ただ、こんなくだらない話をいつまでも黎珠としていたいと──そんなことばかり、考えていた気がする。


 そうこうしているうちに窓辺にたどり着くと、黎珠と一緒に、床に倒れ込むようにして腰を下ろした。

 ぼんやりと、視界いっぱいに燃え盛る炎を見つめる。

 前に視線を投じたまま、こちらの肩に頭を乗せた黎珠に話しかけた。


「悪いな、黎珠。……せめて、お前だけは助けてやろうと思ったんだけどな……」

「ご心配には及びません。わたしには黎宝珠があります。天翔ける黎宝珠が。……北嶽様、これを」


 すると何を思ったのか、黎珠は黎宝珠の頸飾くびかざりを外すと、こちらのくびにかけた。


「おい……なんで、おれにかけるんだよ?」

「北嶽様に差し上げます」

「は……?」

〈黎珠殿……?〉


 その不思議な行動に、今まで沈黙していた黒影も声を発する。

 黎珠は、そのどちらにも応じずに、ただ静かに微笑ほほえんだ。




 ──さあ、刮目かつもくせよ。今こそ歴史が変わる瞬間である。




「その存在に──わたしが、どれほど救われたことか。けれど北嶽様は、まだ──かの天麗てんれいには及びません」


 唐突に語りだした、黎珠を見る。

 瞳には依然として、意志の強い光がきらめいていた。

 気が触れたわけではない。

 だが、意図がわからなかった。


「テンレイ? どういう意味だ……?」

「大丈夫です。心配ありません、必ず助かります。そう手間はかけませんから──()()()()()()()()()()()


 真摯な顔で頼み込む黎珠に、いなやはなかった。

 頭の良い黎珠のことだ。何か、思いもよらぬような腹案ふくあんがあるのかもしれない。


「……わかった、信じる。手短に済ませろよ」

「はい。ありがとうございます」


 ゆるやかな笑みを浮かべて黎珠は眼を閉じ、吐息のように柔らかな言葉を紡いだ。


「これでようやく……わたしの本当の『お役目』を果たせます」

「役目……?」

「あなただった。あなたはわたしの、すぐ側にいた。ずっと気づきませんでした。あなたは、答えは、最初から目の前にあったのに……」


 そしてまぶたを持ち上げ──黎珠は、告げた。


「あなたは……『夏楠カナン』」

「今さら何言ってんだ? 初対面でおれの名を連呼したの、お前だろ?」

「はい、そうです。そうですよね……本当に莫迦ばかです、わたし……」


 ──黎公主(いわ)ク、ときハ来タリ。


「聞いてください、夏楠。天命のときが来ました」

「天命……?」

「はい。わたしの天命です」


 ──詩人ハ、カク語リキ。

〝龍よ〟


「ありがとう、夏楠。わたしは、どうしてもそれを、あなたに伝えたかった。あなたに出逢えなければ、何も知らずに終わっていたかもしれない。それを思うと、わたしはとても幸せなんです」


〝龍よ、常夜とこよの龍よ〟

〝汝、業火ごうかに巻かれ、け死ぬが良い〟


「だから、顔を上げて。東の空を見てください。夜明けはすぐそこです。明けない夜はありません。それをどうか、忘れないでください。……あなたは決して、ひとりではない。愛されているのですから」


〝かの龍に、寛大なる慈悲を〟


「玄州の北、獄のごとき冬と法が統べし山で、貴公をお待ち申し上げております」


〝慈悲をうならば、相応の代価を〟


「わたしは、あなたが誰より努力家で、誰よりも優しいことを知っています。そんなあなたが築いた、美しい、豊かな玄州で。夏楠──必ず、必ずあなたに逢いに行きます」


 ──公主(いわ)ク、御身おんみ大事ナリ。


「ですから……どうか、お身体からだを大事にしてください。くれぐれも、ご自分を粗末になさらぬよう」


 ──我ガ光。


「夏楠──わたしの光」


 ──我ガ夜明ケ。


「わたしの夜明け。わたしの──『天麗てんれい』」


 黎珠、と。

 もう一度、名を呼ぼうとした。

 けれどそれは、最後まで口にすることはできなかった。


「ごめんなさい、夏楠。わたし……あらがえません」


 黎珠が謝ると同時に、くびにかけられた黎宝珠が突如として輝いた。

 しゃらん、しゃらん、と。

 絶え間なく連続し、黎宝珠のが鳴り響く。


「なッ……おい、これは──」

〈まさか──いかん! 黎珠殿ッ!〉


 戸惑い、黎珠にたずねかけた声と、何かを察した黒影の呼び声が重なる。

 それらには応じず、黎珠は頸飾くびかざりの宝玉部分に触れると、短くこう命じた。


「行け、黎宝珠。限りなく現在いまに近い過去へと」


 咄嗟とっさに黎珠に伸ばした手が、光に掻き消される。

 膨大な光の奔流が周囲を包み込み、空へと突き抜けてゆく。

 鳴り響く独特の音色に合わせ、眼を開けていられないほどの光が、視界を埋め尽くした。


 突如、床が抜ける。

 転落したかのような急降下に、背筋が凍りつく。

 しかし、永遠のような落下の果ては唐突に訪れた。


 どさりと音を立て、地面に転がる。

 眼がくらみ、何もえない。

 手の甲でこすって、必死で焦点を合わせる。

 そうして最初に視えたのは、どこまでも晴れ渡った青空だ。

 指先に、柔らかな草の感触が伝わる。

 にわかに信じがたいことに──気づけば、芝生の上に大の字で倒れていた。


「ここ、は……? なんで、おれ……」


 茫然自失の呟きには、意外な第三者の反応が返された。


「な、北嶽様! いつの間にこちらへッ⁉」


 そう言って上から覗き込む男の顔には、憶えがある。

 白い戎衣じゅういに、小麦色の肌。

 誠実そうな金の双眸そうぼう──雲翔だ。


「雲翔……? なんで、こんなとこにいんだ?」

「李より伝言を受けました。至急、建設中の塔へ向かうようにと。じき、兵も到着いたします」

「李……塔…………」

「酷い傷だ。すぐに医官いしゃを呼びましょう。ところで、北嶽様」


 雲翔は手早く傷を確認しながら、()()問いを口にした。


「『あの娘』は、どこに……?」


 それで、ようやく事態を把握はあくした。

 大丈夫、必ず助かると言っていた、黎珠の言葉を思い出す。

 助かる、という──その、意味は。


「あ──────あああッ!」

「ほ、北嶽様ッ⁉」


 叫び声を上げて起き上がると、雲翔が驚いた様子で上体を支える。

 それに構うことなく立ち上がり、戸惑う雲翔を置き去りにして駆け出した。

 仰いだ空には、太い一筋の黒煙が立ちのぼっている。


くそが‼ あいつ──あいつ、最後の最後で嘘つきやがったッ! 『信じろ』って、今まで信じてやれなかったから、だから、おれは信じたのに!」


 無様な怒号どごうが口をついた。

 ののしらずには、いられなかった。


莫迦野郎ばかやろう! 大莫迦野郎おおばかやろうがッ‼ なんのためにおれが、こんなことしたと思ってんだ! なんのためにおれが、死にかけたと思ってんだよ‼」


 当たり散らしながら、塔へ続く階段を駆け上がる。

 なんのためかなんて、そんなもの決まってる。

 まるごと、すべて──全部。


「全部、お前のためじゃないかッ‼」


 叩き付けるように叫び、門を押し開く。

 途端(とたん)、熱風が顔面に吹き付けた。

 一面の景色が、紅蓮(ぐれん)の炎に包まれている。

 眼前では、かつて眼にしたことがないほど大規模な火災に呑まれた──先ほどまで、確かにそこにいたはずの──塔が、崩れ落ちようとしていた。


「黎珠ッ‼」


 助けようと足を向けたところで、後ろから誰かに羽交い締めにされた。


「なりません、北嶽様! あなたまで死んでしまう!」


 あとを追ってきた雲翔だ。

 その腕を払おうと必死でもがき、抵抗する。

 諦めない。ここで自分が諦めれば、黎珠の死が確定してしまう。


「離せぇッ‼ まだ、まだ黎珠が中にいるんだ! あいつを助けないと! あいつは、この国の──ッ」

こらえてください、北嶽様! この炎では、もう……」


 語尾を濁した雲翔を、殺意すら込めた声音こわねで否定した。


「ふざけんなッ!! まだ間に合う! おれは助けるんだ、絶対死なせたりしない! おれはまだ──あいつに、何も言ってねぇんだよ‼」


 そう、まだ言っていない。

 今度こそ、本気で頑張ろうと思ったのだ。やってみようと。

 ぎょうは、黎珠の国だ。黎珠のために、真剣に北嶽と向き合うと──やっと、やっとそう、思ったのに。


「光はおれじゃないだろ! 夜明けはおれじゃない! お前が──黎珠が、おれの『天黎てんれい』だ‼」


 いつだって、黎珠はそうだった。

 すべてを投げ出し、諦めていた自分を、決して見捨てなかった。

 真っ暗な闇の中、夜明けの空を指差して、いつも手を引いて歩いてくれていたのは──黎珠だ。


「北嶽様……」


 雲翔が、こちらをいたわるような声を漏らす。

 それすら憎く、わずらわしく、身体からだよじってひたすら抵抗した。


「どけえッ! 離せ! 離せ、雲翔ッ! 早くしねぇと、黎珠が──」


 言かけたとき、音を立てて外壁が崩れた。

 まるで砂の塔のように、ぼろりと形が欠けて、消え落ちてゆく。


「黎珠──────ッ‼」


 絶望をはらむ絶叫が、その場に響き渡った。


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