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 壺焼きとは言え、屋外そとで火を扱うなら水の用意は必須だ。

 離れに行く途中、黎珠は最寄りの井戸に寄った。荷物が多くなるが、ここで水を汲んでいけば手間が省ける。

 紅甘藷べにいもかごを置き、からの桶に持ち替えたところで、黎珠は動きを止めた。


「こんにちは、桃さん」


 振り向きざまに声をかける。

 当の桃は驚きもせず、「うん」と小さな返事を返した。先日会ったときと変わらない、淡い透明感のある瞳が黎珠に向けられる。


「……あいつ、また死にかけたんだってね。たまが助けたんでしょ?」

「そんな大層なことしてませんよ。むしろ、毒見役としては大失態で──」

「なんで助けたの?」


 語尾を奪うように桃がたずねた。

 誤魔化しを許さない物言いには、彼女のまっすぐな性根がうかがえる。

 桃の疑問に、黎珠は素直に笑って答えた。


「北嶽様に、生きていて欲しかったからです」

「なんで生きてほしいって思うの? なんであいつの側にいるの? ……このままだと、たぶん、たまは死ぬよ?」

「桃さんは何故、わたしを気にかけてくれるんですか?」


 畳みかけるような問いに、あえて問い返す。

 桃は少し考えるようにうつむき、ぽつぽつと単語を拾い上げるように語った。


「……桃にも、よくわかんない。でも、気持ちが悪い。すごく、とっても。だから……答えをきいて、すっきりしたいの。今すっきりしておかないと……もう治せなくなるかも、だから」

「そうですか」


 ──もう、治せなくなるかもしれない。

 その理由は、黎珠にもおおよその見当がついている。それでもまったく嫌な気がしないのは、きっと話す相手が桃だからだ。

 薄く微笑ほほえんで、黎珠は視線を遠くへ投げた。


「そうですね、わたしが北嶽様から離れられないのは結局のところ、北嶽様がわたしに似ているからだと思います」

「たまと? どこが?」


 あからさまに顔をしかめた桃に、黎珠は苦笑する。

 感情の起伏が乏しい彼女でも、こんな表情をすることがあるのだ。


「北嶽様は、昔のわたしと似ているんです、本当に。だからわたしは北嶽様に共感してしまうし、だからこそ救いたい。助けになりたいんです。これで答えになるでしょうか?」

「んー……やっぱりまだ、気持ち悪い」

「では、もっと単純な理由を」


 ごく自然に、息を吐くように、黎珠は桃に告げた。


「わたしは、北嶽様のことが好きなんです。桃さんが、桃さんの主様を慕うのと同じくらいに」


 答えを聞くと、桃は小童こどものように幾度も眼をまたたかせた。

 憑き物が落ちたような顔で、ぽろりと声を落とす。


「……そっか。そうなの」

「すっきりしました?」

「した」


 こくこくと可愛らしい動作で頷く桃に、自然と笑みが浮かぶ。

 黎珠はかごに盛られた紅甘藷べにいもを数本抜き取ると、桃に問いかけた。


「桃さん、紅甘藷べにいもは好きですか?」

「おいも? すき」

「では、良かったらこれをどうぞ」


 黎珠が手渡すと、桃は顔を近づけて手の中の紅甘藷べにいもを検分した。


「桃、これ知ってるよ。里で育ててた。乾いた土でも育つの。もらう」

「ぜひ召し上がってください」


 桃は黎珠にうっすら笑いかけると、直後に身をひるがえした。こちらに背を向けたまま、声だけで別れの言葉を口にする。


「じゃあね、たま」

「はい。さよなら桃さん」


 短く、互いに言葉を交わす。

 かろやかなやり取りのあと、桃は静かに言葉を添えた。


「……たまとあえて、よかった」


 ささやきを残して、桃は音もなく回廊を走り去った。以前のようにへいを走らないのは、龍兵の見回りが厳しくなったからだろう。

 桃の消えた方角を見つめたまま、黎珠はひっそりと呟いた。


「わたしもです、桃さん」


 口にして少し、泣きたい気分になった。



 気を取り直して、紅甘藷べにいもを焼くための材料を集めると、黎珠は居所のある離れに戻った。


 官奴婢である黎珠には、斜陽宮の奥まった場所に寝起きする小屋が与えられている。もとは物置小屋だったのだろう。ほこりだらけの室内はまめに掃除を繰り返した結果、今では快適な空間に仕上がっている。隙間風が吹き込むのが難だが、李の計らいで綿入りの蒲団ふとんと、火鉢を設置済みだ。里の暮らしと比べれば豪華なものである。


 通常、奴婢にこのような住居は与えられないらしい。大抵はどこか一か所に集められ、雑魚寝が基本だそうだ。

 にもかかわらず、黎珠に小さいながらも小屋が与えられたのは、ひとえに北嶽付きの官奴婢だったからだろう。あるいは黎珠が元龍討師ということもあり、なるべく中央から離したかったのかもしれない。ちなみに、近習である李は立派なへや付きである。


 黎珠は地面に集めた壺、炭袋、使い古した金網、水桶を並べた。腰まで高さのある大きな壺は、李の予想通りかなり邪魔だったらしく、すぐに譲ってもらえた。


 さっそく壺の底に炭を敷き、点火してから中ほどに金網を設置する。しばらく待って熱が落ち着いたら、素のまま紅甘藷べにいもを網に乗せ、蓋をしてひたすら待てば完成だ。


 ここからが長いのだが、手違いで火事になっては大変だ。火から眼は離さない。壺から発せられる熱にあたりながら、ひざを抱えて黎珠は紅甘藷べにいもが焼けるのを待った。


「李君、遅いですね……」


 いっこうに訪れる気配のない李に、黎珠は独り言を漏らした。

 空を見ると、少し日が傾いている。紅甘藷べにいもはそろそろ頃合いだが、すぐ終わるだろうと言った李はまだ現れない。


 何か別件が発生したのだろうか。本当は焼きたてを食べてもらいたかったが、焦げてしまっては元も子もない。取り出して李の分は取り分けておこう。


 黎珠は蓋を開け、顔に蒸気を浴びながら布巾ふきんごしに甘藷いもを掴む。取り出して試しに一本割ると、いかにも美味しそうな湯気が立ちのぼった。


「ふおおお、なんと完璧な焼き甘藷いも! この断面! 鳳炬様ありがとうございます! ではいざ、いただきますー!」


 おもむろにかぶりつこうとした瞬間、しかし黎珠は口を開けた状態でぴたりと静止した。


 後方から、何者かの気配が近づいてくる。

 背後を振り返ると、やぶの中から音を立てて現れたのは──。


「お前、何喰ってんだよ?」


 場にそぐわぬ見目麗しい容貌で、北嶽は黎珠を見下ろした。


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