09.今だけ、先へ
「これからについてなんだが、この事は、他の皆には秘密にしてくれないか。」
泣き止んだ私の耳元へ口を寄せた彼は、小さな声でそう言った。
他の人に聞かれれば、真偽を疑われてしまうからだろうか。
それとも、錯乱した病人とでも思われてしまうのか……
「ユウナの言うことを信じてないわけではないんだ」
リオンは私を安心させるように、しっかりと目を見て穏やかな声で私に言い聞かせた。
腰を小さく浮かせ、ちょうど人一人分くらいの間が空いていた隙間を、失礼するぞと詰めて、上半身を私のほうへ寄せた。
ここには私たち以外、彼の仲間が眠っているだけで、他には誰もいないはず。
理由はわからないが、内緒話をするらしい。声を潜めて続けた。
「むしろ、信じなければ説明のつかないことがいくつかある。
ユウナの持っていた模造品だが、こちらの世界には無い技術を使ってできているようだ。
先ほども言ったが、隠しておいて誰にも見せないほうがいい。
いくら偽物といっても、何も知らない人間からすれば本物にしか見えないし、こちらにはない高度な技術を使って作られている以上、価値は未知数だ。
トラブルに巻き込まれてしまうかもしれない」
あちらの世界ではただの人工石にゴールドフィルなんて、売りに出したって二束三文にしかならないが、未知の技術となれば話は変わる。
相手によっては、本物よりも興味を引く可能性だってあるかもしれない。
たしかに、これは誰にも見せずにしまっておくほうが良さそうだ。
リオンの目を見て、しっかりと頷きを返した。
忘れぬうちにと、私はいそいそとワンピースのポケットにベルトとイヤリングをしまい込む。
首にかけていたネックレスは外したところで、その動作を止められた。
「そのままでは、傷がついてしまう」
リオンさんは、ベルトについたポーチからなにかを取り出して私に差し出した。
「俺の使い古しだが、ないよりはマシだろう」
大きさの違う、革製の巾着が二つ。
ありがたくそれを受け取り、小さいほうに指輪のネックレス、少し大きいほうにイヤリングとチェーンベルトを入れる。
「よし、ユウナ。
明日からのことだが……」
リオンさんが言うには、仲間に私の素性は明かさないほうが良さそうだとのこと。
仲間は信頼しているが、あまりに突飛な話に変わりないので対応に困るだろうと。
私は、記憶を失い、ここに倒れていたということにする。
何を聞かれても覚えてないと答えること。
所持品も、アピスには見られただろうが口外しないようきつく言い含める。
もし見せてくれと頼まれても、俺に預けたとでも言ってくれ、と。
その後はまず、私を自分達の拠点の街に連れて行く。
これからのことはギルドを交えて話し合おう。
彼も、その話し合いに同席し、信じるに足りる話だと口を添える。
そのギルドという団体の長、ギルドマスターならばしっかりと話を聞いて、保護してくれるだろう。
欲に目が眩むような人間ではないから安心していいと。
これからのこと────
元の世界で森に入った時は、もう生きる事を辞めようと思っていた。
信頼していた人に裏切られ続け、もう二度と立ち直れないと。
彼の家族にも、自分はどうしようもない役立たずな人間だと刷り込まれ、同僚はそんな私を疎み、私はきっと透明人間になったのだと思った。
生きていても、死んでしまっても、誰も、何も思わない。
だったら、誰の心にも、一つの波紋も立たないのなら、迷惑にならないのではないか。
ならば、苦しいだけの時間を終わらせても、許されるのではないか。
毎日そう思っていた。
ここで目覚めた後も変わらなかった。
早く。早く終わらせて、一瞬でも早く、胸の痛みから解放されたいと。
けど、彼が、リオンさんが優しくしてくれた。
私の話を信じてくれた。
彼は、私が死んだら悲しむのだろうか。
そんな不義理はしたくない。
人として、絶対にしてはいけない。
これからのことなんて、何も考えてなかった。
でも、もう少しだけ、今だけは、生きていよう。
今日受けた数々のご恩を返すために、彼を信じて、先に進もう。
「わかりました。
リオンさんにお任せします」
そのまま、革袋を彼のほうへ差し出した。
「な、なんで俺に渡すんだ!」
「もし何か聞かれたら、リオンさんに預けたと言え、と……
私、自分を騙すのは得意になったのですが、人に嘘をつくのは苦手なんです。
押しの強い方に詰め寄られると、しどろもどろになってボロが出てしまいそうです……」
「はぁ……ユウナ。
君は、簡単に人を信じすぎじゃないか……?」
「そんなことはありませんよ。
……こんな私に、優しくしてくれて。
明らかに怪しい私の話を信じてくれて。
……リオンさんだから信じるんです。
もし、結果的に無くなったり、壊れたりするようなことがあっても、後悔はしません」
「………………すごい殺し文句だな。
わかった、わかったよ。
大切に、預かろう。
必ず、街に戻るまで大切に預かって、無事に返すと誓おう。」
そう言って彼は先ほどのポーチに革袋を戻した。
自分にとっては、大きな決断だった。
どっと、疲れが全身にのしかかる。
「朝まであと少しだが……もう一度眠ったほうがいいだろう」
横になって、目を閉じる。
隣のリオンさんの気配を感じながら、心地のいい眠気に身を委ねた。
目が覚めると、辺りはうっすらと白んでいた。
ずっと隣にいてくれたのか、最後に見た時と同じ体勢のリオンさんをぼんやり眺めていた。
まだ日が昇りきっていないが、昨晩とは少し印象が違う。
髪は、栗色のようだった。
センターパートの前髪、毛先は後ろに流れている。
サイドはレイヤーが入り、少し長めで首の後ろを覆うくらい。
少し傷んでいるのだろうか、毛先が小さくあちこちにはねている。
その髪が大きく動いた。
「ハニームーン……」
顔を向けた彼が私を不思議な顔をして見おろしていた。
「ハハッ!寝ぼけているのか?」
「すみません……忘れてください」
「フッ……おはよう、ユウナ」
「……おはようござます」
月のように見えたのは、彼の瞳だった。
恥ずかしさに顔が熱くなる。
それにしても、と羞恥を忘れようと思考を切り替える。
やはり日本で言うところの外国人に近いのか。
骨格も、がっしりしていて彫刻のように目鼻立ちがはっきりしてる。
起き上がろうと身じろぐと、慌ててリオンさんが私の背に手を添え抱え起こす。
火の側で、二人の男性が話しているのが目に入った。
1人は片手で槍を持って立っている。体格がすごく大きい方。
2メートル近くあるのではなかろうか。
足元はカーキのパンツに茶色いブーツ。
黒に近い深い赤のコートは膝丈程で、袖がなかった。
肌は日に焼けていて、腕とは比べ物にならないほど鍛え上げられている。
ワインのような深い赤の髪と髭。
マンバンといったか、ツーブロックにした上の髪を無造作に結んでいる。
彫りの深さにしっかりとした眉が相まって、男らしいタフな印象だ。
その人の向かいには、弓を持ち、座っている男性。
槍の男性とは、全く正反対の印象の男性だった。
淡い透き通るような水色の髪。
腰上まである髪を一つに結んで胸元に流している。
よく手入れをしているように見受けられる。
傍らに、
色白で切れ長の目。
小さく、高い鼻。
完璧なパーツを、黄金比で配置した、息を呑むほど美しい男だった。
胴には防具のようなものを着けている。
全体的に淡いペールグリーンでコーディネートされた装いだった。
ギロリ、と音がしたかと思うほど冷たい、威圧的な目がこちらを向いた。
その瞬間、横から声がかかる。
「紹介しよう」
そう言って私を介助しようとするリオンに素直にしたがって、慌てて立ち上がる。
彼らの方へ足をふみだそうとしたが、手だけでリオンに制される。
足元をちらと見たので、私が靴を履いていないからだと悟る。
2人は立ち上がってこちらまで歩いてきてくれた。
慌ててまずは先ほどの無礼を詫びる。
「ご挨拶もせず、不躾な視線を向けてしまいましたこと、大変申し訳ございません。
また、昨日は助けていただき、ありがとうございましたっ」
言い終えると同時に頭を下げて礼をするが、骨がギシリと音を立て、言葉の最後が跳ねてしまった。
「ユウナ、無理はしなくて良い。2人も怪我のことは把握している」
「あぁ、気にすんな気にすんな。
助けたのはコイツらが勝手にやったことだ。
俺はなんもしてねぇよ」
「…………。」
槍の男性は、とても低い声で、でも優しさを含んだ声でそう言ってくれた。
けれど、弓の男性は、じっと黙って腕をくんだまま冷たい視線を向ける。
怒らせてしまった……と焦っていると、近くの茂みから女性が飛び出してきた。
「あ!あぁ―っ!!おきてる!」
こちらに駆け寄る女性。
ホワイトピンクのボブヘア。
クリクリとした丸い目。
身長は、160センチの私より、少し高いくらいだろうか。
オフホワイトのチュニックワンピースとタイツに、茶色のブーツをはいている。太い毛糸のニットでできたカーディガンは首元が大きく開いており、ノースリーブのワンピースとのすき間から肩がちらりと見えた。
「大丈夫!?まだ、いたいよね……ちゃんと治してあげられなくて、ごめんね……」
私の両手を取って、涙目で謝ってくれた。
「いえ、とんでもないことです。
他の怪我を治していただいただけでも、大変にありがたい限りです」
「アピス、今紹介しようとしていたところだ」
リオンの声で仕切り直し、3人に向き直る。
「改めて、宮……優菜・宮家と申します。
この度は助けていただき、感謝の言葉もございません」
「ここに居た理由、怪我の原因については昨夜俺から確認したが、彼女には記憶がない。
このまま置いておくこともできまい。
保護して、街まで送る」
一瞬、空気が凍った気がした。
「ベルナルド・ガルシアだ。よろしくな」
「私も私も!アピス・リヴィエール、だよ!
アピスって呼んでね!ユーナちゃん!」
「よ、よろしくお願いいたします」
差し出したくれた手を握って握手に答える。
「……フェルディナンドだ」
「よろしくお願いいたします」
じっとこちらを見定めるような目で見ていたフェルディナンドさんは握手こそしなかったものの、よろしくといった私の言葉に小さく頷きを返してくれた。
「昨夜に続き、余計なお手間をかけさせてしまうことになり大変恐縮ですが、何卒よろしくお願いいたします」




