10.怒っているわけじゃない
自己紹介が終わり、まずは食事を済ませることに。
けれどまず私の移動方法について一悶着。
裸足のまま毛布の上に立っていた私がそのまま歩きだそうとしたのを見て、リオンさんとベルナルドさんが慌てて止めたのだ。
「えっと……」
「危ないじゃないか。また切ったらどうする」
「走ったりするわけではないから……大丈夫だと思います」
「だが痛いだろう。俺につかまれ、あちらまで抱えよう」
「えっ……だ、大丈夫です!ほんとに!」
「年頃のお嬢さんが嫌がるのも無理はねぇが、さすがにこのままってわけにもな……」
「ですが……」
抱えて運ばれるなんて、抵抗がある。
「お前が怪我をしたらまたアピスに余計な手間をかけるぞ。
毒のある草でも踏んでみろ。毒消しの薬まで使う羽目になる。
お前の我儘でこれ以上予定を狂わせるな」
フェルディナンドさんの冷たい声に場の空気が凍った。
しかし、尤もな言い分に小さくハイ、と俯く。
リオンが失礼するぞと言った瞬間、体が浮いた。
膝裏に手を入れられ、彼の腕に腰掛けるような形で持ち上げられた。
慌てて彼の肩に手を回す。
「すぐそこまでだが揺れると危ない。しっかり捕まれよ
…………すまないな、厳しいことを言うこともあるが、良いやつなんだ。
怒っているわけじゃない。
君にもいずれ分かると思う」
焚火のそばに何かが敷いてあり、そこに私を下すとリオンさんは先に準備しておくよう言葉を残して、その場から立ち去った。
アピスと一緒に、私が寝具として使っていた物を片付けるようだ。
私が使わせていただいたものなのに……
迷惑をかけてばかりだ……
「あの、私はなにをお手伝いすればよろしいでしょうか」
「必要ない。おとなしくそこで静かに座っていろ」
頭を切り替えて今自分にできることをしようと、意気込んでみたものの、目も合わせずにはっきりとお断りをされてしまった。
彼は荷物から何かを取り出して黙々と作業をしている。
また不躾な視線で不快にさせてはいけないと、慌てて目の前の炎に視線をうつす。
あちらの世界でよく言われていた言葉が脳内でリフレインする。
役立たず。
お前は、生きてるだけで他人に迷惑をかける天才だな。
沈んでいく私の心の中を見透かしたのか、ベルナルドさんがやれやれと言いたげに首を振って声をかけてくれた。
「まぁ、気にすんな。
コイツ、口は悪いが嫌なヤツじゃねぇんだ」
ベルナルドさんにまで気を使わせてしまった。
「いえ、お気遣いありがとうございます。
私が皆さんに、ご迷惑をおかけしているのは確かなので。
これ以上、お手間をとらせないよう努力します」
そんな会話の最中、私の視界が遮られた。
フェルディナンドさんが私の目の前に立って私を見おろしていたのだ。
無言で片方の膝を立てて屈み込み、右手を差し出した。
「足を出せ」
「……?」
言われたとおりにする。
折りたたんでいた両足を前にだして所謂体育座りの姿勢になる。
「触れるが騒ぐなよ」
一言だけ言って、私の右脚をそっと手に取ったフェルディナンドさんは、自分の膝に私の右足を乗せた。
革の布を折りたたみ、足の裏側にあてる。
布の端には穴が空いており、いくつか革紐が通されている。
革紐を交差しながら編んで結び、私の右足は地面に下ろされた。
靴だ。
急ごしらえのようだが、これは立派なサンダルだ。
先ほど何やら作業していると思ったが、これを作っていたんだ!
「あ、ありがとうござます!」
思わず大きな声が出た。
彼は、うるさいと言いたげに顔を顰め、騒ぐなといったはずだが、と私に釘を刺す。
それでも左足をそっと持ち上げ、同じように私に靴を履かせてくれたのだ。
リオンさんは、優しい人だといっていた。そのうちわかる、と。
こんなにすぐに実感するとは思わなかった。
ベルナルドさんと目が合い、ほら言った通りだろといたずらっぽく目配せを寄こした。
つい、頬が緩む。
「礼は結構」
立ち上がったフェルディナンドさんは眉をしかめたまま、こちらを見下ろした。
「お、さすがフェルだ。手先が器用だな。」
いつの間に戻ってきていたのか、私の背後からリオンさんが覗き込んでいる。
脇に抱えた毛布を傍らに置くと、私の隣に腰掛けた。
アピスさんも戻ったようで、私たちの向かいに座っている。
「はい、これで一人でも立って歩けます。
ありがとうございます」
「よーし!お嬢さんの靴問題も解決したことだし、朝飯にすっか!」
朝食は昨夜の残りのスープと、パン。
パンを手でちぎろうとしたが、硬くてびくともしない。
隣からクスッとリオンさんの笑った声が聞こえ、彼の手元を見ると、パンをスープに浸している。
スープから上げたパンにそのままかぶりついた彼は、チラリとこちらに目配せをした。
なるほど、そうやって食べるのか。
かれの動作をそのまま真似してかぶりつく。
少しふやけて食べやすくなった。
「じゃあ、食いながら今後の段取りの確認でもするか」
ベルナルドさんのその一言に、皆が頷きを返す。
「まず、お嬢さんだな。
アピス、飯を食い終わったらお嬢さんの状態を確認して、大丈夫そうなら治癒魔法をかけてやってくれないか」
「もちろん、そのつもりだよ」
「お嬢さんの状態によって街までの到着予定に影響が出るな。
馬で走れそうなら夜には着きそうだが、無理そうなら、馬をゆっくり歩かせて
多めに休憩を取って1日半から2日ってとこか……
リオン、食料のほうはまだ余裕あったな?」
「あぁ、肉屋のおやじが大量にサービスしてくれたんだ。
少々遭難したって問題ないくらいには余裕があるさ」
「よし、問題ないならこれで決まりだな。
アピスとお嬢さんが治療している間に俺たちは荷造りだ。
食い終わったら、火の後始末は俺がしよう。
他になんかあるかー?」
私以外の三人がそれぞれ問題ないと返事を返した。
皆が食事を終え、片付けを始めたタイミングで、アピスさんに手招きされる。
先ほどベルナルドさんが言っていた治療だろう。
彼女の後に続いて、火のそばから離れた茂みの陰に入る。
「怪我、治癒魔法かけようね。
ちょっと服の前、あけてくれる?
ここなら、皆からは見えないから安心して」
「ありがとうございます」
ボタンを外し、中に着ていたキャミソールを胸の下までたくし上げた。
「……じゃあ、かけるね」
痛みを感じていた部分に彼女が両手をかざした。
小さな声で何かを呟いている。
すると彼女の手の辺りがぼんやりと光り始めた。
淡い緑がかった光で、ほんのりぬくもりを感じる。
「……ネックレス、なくなってるね」
自分の両手の辺りを見つめながら、彼女は話し始めた。
「ベルトも、耳飾りも、ないね。
……昨日は、あったよね?」
「は、はい。
リオンさんに、外すようご忠告いただいたので……」
「そっか……綺麗だから、もう一度見せてほしいな〜なんて……」
「なくさないよう、リオンさんに預けてしまいました」
「……そっか。
そうだよね!あんなに綺麗なものだもんね!
さっき、リオンにも、口止めされたの。
でもわたし、あんなにきれいな宝石見たことなかったから。
もう一回見たいなって思っただけだったの。
ごめんね、余計なこと言って。
わたし、ぜったいに、誰にも言わないからね!
安心してね!」
「……はい、ありがとうございます。」
その後も続けて治癒魔法を3度かけてもらい、皆のもとへ戻る。
今の回復状況を報告した。
アピスさん曰く、治癒魔法をかけるとどこがどれくらい悪いのかが感覚でわかるらしく、
今の私の状態は昨日の予想よりもはるかに早く完治しそうだということだった。
次の休憩である程度は治る見込みだから、馬での移動も、私本人が痛みを感じないなら問題ないとのお言葉をいただいた。
確かに、昨日までは息をしても痛かったが今はあまり痛みを感じない。
「お嬢さんの体力と気力に左右される魔法だ。
治癒魔法の効果が上がったのなら言うことはない」
魔法か……仕組みや理屈はわからないけど、本当にあるんだ……
改めて、自分の知っている世界ではないと実感し、少々途方に暮れた。




