11.初めての
治療状況の報告が終わると、リオンさんがこっちにおいでと、私を手招きする。
「馬を紹介しよう」
「ケラス、フォロス……でしたっけ?」
「あぁ、便宜上、馬と呼んでいるが正式名称はそうだ」
馬達が繋がれている木の側に私を連れて行ってくれたリオンさんは、その場で静かに待つよう言い残し白い馬のロープを解いた。
「コイツは、フィリクス。
できるだけ動かないで、そこで立っていてくれ。
フィリクス、あの子はユウナ。
一緒に街まで帰ることになった」
ロープを短く持ったリオンさんが馬に話しかけながらゆっくりと歩いてくるが馬はそれよりも早く私に近づこうとしているようだった。
「ユウナに興味があるみたいだ。
もう少し近づけるが、突然動いたり、大きな音を出したりしなければ大丈夫だから」
背中に大きな荷物を括り付けられているのに、それをものともせず軽い足取りで歩み寄ってくる。
思っていたよりも大きい。気圧されてしまう。
私の目の前にたどり着いた馬は、フンフンと鼻を鳴らして、私の顔や手、いろいろなところの匂いを嗅いだ。
やがて顔や鼻を私に擦り寄せる。
緊張で固まっていると、胸の前で握っていた両手を舐められた。
どうしていいかわからずリオンさんに目で助けを求めると、目を見開いている。
「珍しいこともあるもんだな……
ユウナ、撫でてやってくれないか。
首のあたりを強めにこすってやると喜ぶんだ。
あぁ、角には触らないように気をつけて」
様子をうかがいながら首元をごしごしとこする様に撫でる。
ピスピスと鼻を鳴らしている。
喜んでいるのだろうか?
「初対面の人間に、自分からこんなに甘えに行くとは……
こんな姿初めて見るな」
「甘えているんですか?」
「ああ、撫でられるのがうれしいみたいだ。
今とてもリラックスしている」
とろんと、力の抜けた瞼が下がって優しい目をしている。
かわいい。
うれしい。
もっと、もっと、と撫でていると他の馬がブルルルルといなないたり、地面を掻く様に前足を鳴らし始めた。
「あぁ、わかったわかった、今外してやるから」
そう言ってベルナルドさんがほかの馬のロープをほどくと、3頭がこちらに歩いてくる。
いつの間にか周囲を馬4頭に囲まれ、頭をすりすりとこすりつけられている。
「おいおい……どうなってんだこりゃあ」
驚きに声を上げるベルナルドさん。
大きな馬に囲まれて表情は見えない。
こんにちは、よろしくね、とできるだけみんな平等になるようにと夢中になって馬を撫でる。
そこかしこから顔をこすりつけられたり、あまがみされたりともみくちゃになっていたが、膝裏に違和感を覚えた。
「ヴィンダル!!!」
フェルディナンドさんの大きな声が響いてぐっと後ろに引っ張られる。
私の背面にいた馬が、スカートを咥えて引っ張ったようだ。
突然のことで後ろによろめいたが、黒い毛の馬が背中を支えるように頭を添えてくれて、転ばずにすんだ。
フェルディナンドさんが馬のロープを引っ張り、馬を引き離した。
他の人もそれぞれ馬を引き、私から少し距離を取る。
「大丈夫だったか?反応が遅れた。すまない。」
フィリクスをベルナルドさんに預けて駆け寄ってくるリオンさん。
「ユウナ、すまなかった」
振り返ると頭を下げるフェルディナンドさんがいた。
「あ、頭を上げて下さい!」
「俺の躾が足りなかったせいだ。
馬たちが珍しく人間に興味を示したものだからつい、好きにさせてしまった」
「あくまで馬のしたことですから!
それに私、初めて馬に触ったんです!
たくさん甘えてくれて、うれしかったので!」
私の慌てようにやっと頭を上げてくれたが、まだ納得できていない表情だ。
心なしか、馬も申し訳なさそうにみえる。
「……怪我をさせてしまうところだった……」
「いえ、何もありませんよ。黒いお馬さんが支えてくれたんです。
その子も、悪気があったわけではないと理解しています。
ね。変な恰好の人間に、興味を持ったのかな?」
そう馬に話しかける。
白黒のブチの馬。
元の世界でも、あまり馬やその情報に接する機会はなかったので全く知識はないが、白黒のブチは初めて見た。
ダルメシアンみたいでかわいい。
よければ、もっと仲良くしてほしい。
馬が、一歩前に出て私の前に頭を下げた。
「撫でても、いいですか?」
「ああ。
此奴の名は、ヴィンダル。
気位だけは一丁前なんだが、この中では一番幼い。」
「男の子ですか?女の子ですか?」
「牡馬だ。」
「男の子なんだ。
遊んでほしかったのかな?
ちょっと引っ張っただけだったよね。
ビックリさせちゃって、ごめんね」
ヴィンダルが、私の頬や肩にすり寄ってきた。
「フィリクスもヴィンダルも手なずけるとは……
ユウナには驚かされてばかりだ」
リオンが困惑を浮かべながら笑う。
「悪かったな、お嬢さん。
あまりにも珍しい光景だったから呆気に取られて、つい、見入っちまった。」
「ホントびっくり!
わたしには、触らせてもくれないのに……
ごめんね、ユーナちゃん」
馬を連れてゆっくり戻ってきたベルナルドさんとアピスさん。
ベルナルドさんは黒い馬の肩辺りを撫でながら馬の名前を教えてくれた。
「オルカンだ。あっちのアピスが連れている栗毛がミロ」
「オルカン、さっきはありがとう。
あなたのおかげで転ばずにすんだよ」
オルカンはヒヒヒヒと笑うようにいなないて返事をしてくれた。
「じゃぁ、馬たちとも打ち解けたところで、そろそろ行くか」
ベルナルドさんの一言でリオンさんが颯爽と馬にまたがった。
フェルディナンドさんもアピスさんもいつの間にか慣れた様子で手綱を握っている。
私はリオンさんと一緒にフィリクスに乗って移動するらしい。
先に馬に乗ったリオンさんが私に手を差し出すが、乗馬経験もない私はここから何をどうやればこの大きい背中に飛び乗れるのかがわからない。
固まっていると、ベルナルドさんが私の前に左手を差し出した。
「お嬢さん、お手を」
ふざけてかしこまった口調でそう言って私の左手を乗せるよう視線で促す。
おずおずと手を乗せたのを確認した彼は、私の手をその位置から動かないよう支えたまま軽くかがんで右手を私の膝のあたりに差し出した。
「今度は左足だ」
え?左足を?手に乗せるの?
意図が分からず、人の手に足を乗せるなんてと再び固まる私に
「いいからいいから」
と軽く言ってのけるベルナルドさんに、ゆっくりと左足を上げた。
失礼、とその足裏をしっかりと手で握った途端
「いくぞ、しっかり立ってろよ。よっ!」
「えっ?わっ!わぁぁぁぁ!わぁっ!」
私の体を持ち上げた。
ほぼ片手で、持ち上げたのだ。
まるでチアリーディングのように、持ち上げられた。
先ほどまで私では届かない高さにいたリオンさんを、私が見下ろしている。
「ユウナ、右手をこちらに──」
リオンさんが何か言っているがパニックになった私はその声が聞こえていない。
「わ、わたっ、持ち上げっ!片手でっ!!」
「大丈夫だ、ぜってー落とさねえから」
パニックになりながらもリオンさんが私の右手を取って体を抱き留め、抱え込んでくれた。
「えっ?ぁえ?」
気が付いた時にはリオンさんの前に横向きで座っていた。
「ユウナ、だ、大丈夫か?」
「はい……」
「すまないな、お嬢さん。
骨の方に負担をかけずにと思ったが、怖がらせちまったな。
痛むところはねぇか?」
ベルナルドさんの謝罪でハッと我に返った。
「いっ、いえ!!私の方こそ、騒いで申し訳ございませんでした!
どこにも負担はかかっておりません!
むしろお気遣いありがとうございます!」
まだ興奮しているのか自分でも予想外の大きな声が出た。
「ハハハッ!それならよかった!
座り心地は問題ねぇか?お嬢さんが大丈夫そうなら出発するぞ」
馬で移動するなんて初めてのことで座り心地が良いのかどうかもわかっていない。
このままでいいのか?馬って跨るものなのでは?
なんてグルグルと頭の中にクエスチョンマークを量産しながら大丈夫ですと返事をした。
「ユウナ、何かあれば気後れせずすぐに言ってくれ。
フィリクス、ユウナは怪我をしているんだ。あまり張り切りすぎるなよ」
「フィ、フィリクス、重いのにごめんね。
よろしくお願いしますね」
ベルナルドさんは一連の私たちのやり取りを見守った後、自分も颯爽とオルカンに飛び乗って、手綱を握り、ゆっくりと進みだした。




