12.ウルヴァの森
馬達は一定の間隔を空けながら、一列になってゆっくりと進む。
道なんてものは特に無い。
草が生い茂っていたり、落ち葉が堆積していたり、木の根がごつごつと張り巡らされていたりと、私の足では容易に進めないであろう道を軽々と進んでいく。
先導のベルナルドさんにアピスさんが続き、その後ろが私とリオンさん、最後尾にフェルディナンドさん。
私は都心の真ん中で育ったため、あまり自然に触れてこなかった。
大学を卒業してからは森が身近にあるような田舎に移り住むことになったが、
毎日仕事と家事ばかりで山に入って登山を楽しんだり、森でキャンプをしたりなどの余裕は一切無かった。
こんなに木に囲まれたのは、走って森に逃げた先日の一件を除けば小学校の遠足行事の山登り以来である。
森の中は静かでひっそりとしているのかと思っていたが、いざ木々にかこまれてみれば想像よりも音に囲まれていて煩いくらいだった。
風が強く吹き抜けるだけで、まるで全方位から音が襲ってくるかのように木がざわめき、軋んで、不気味な音を響かせるのだ。
時折聞き馴染みのない動物の声が聞こえる。
鳥なのか、獣なのか、魔物なのか。
得体のしれない不気味さだ。
「怖いか?」
顔を向けるとリオンさんが私の耳元に口を寄せていた。
「すみません、少しだけ。
森の中って、いろんな音がするんですね……」
「そうだな。今日は少し風があって、うるさいほうだな。
逆に、風が吹かない日は、静かだったりもする
気を紛らわすために、少し話でもするか」
「じゃあ、少し質問してもいいですか」
リオンさんは、ケラスフォロスの生態について詳しく教えてくれた。
ケラスフォロスは普通の馬に比べて体力があり、力も強く、体格も一回り大きいという。
頭も良いとされ、人語を理解するとも言われているそうだ。
魔物の血が入ったケラスフォロスは所謂普通の馬と違い、気位が高くて気性も荒く、なかなか人間になつかない。
主従契約の魔法を使い使役することができるが、この魔法は自分が主人と認めるに足りると納得しなければうまく発動しない。
ケラスフォロスにみられる特徴としては、主従契約が成立しても、完全に言うことを聞くようになるわけではないらしい。
自分が認めたもの以外には触らせなかったり、主人の命令でも自身が納得できなければ拒絶の意を示す。
強い拒絶は、従魔に肉体的な苦痛が伴うという。
これは他の魔物にはほとんど見られないケースで、大抵の魔物は温厚になり、主人に従順になることがほとんどだという。
リオンさん、ベルナルドさん、フェルディナンドさんの3人は、それぞれ野生のケラスフォロスと主従の契約を結んだそうだ。
アピスさんはまだ契約成立に至る馬がいないため、ギルド所有のミロを今回の任務のため一時的に貸し出されている。
ミロは、ケラスフォロスと普通の馬から生まれたクオーターの人工飼育馬で、野生のものに比べ融通の利きやすい温厚な性格だという。
主従の契約がない普通の馬と同じような扱いで、ギルド所属の冒険者に貸し出し、サポートするのがお仕事だそうだ。
ギルドにはそういった働くお馬さんが数頭いるらしい。
「コイツも、好き嫌いがはっきりしていて、付き合いの長いもの以外には近づきもしないんだが……
ユウナには自分から興味を持って、甘えていたから驚いたんだ。
ヴィンダル──フェルの馬もそうだ。
俺も、あいつに受け入れてもらうまではそこそこ時間を要したんだが……」
なるほど、いくつかの疑問が解決した。
だからみんな驚いていたのか。
馬に関して大した知識のない私は、馬とは好奇心旺盛な生き物なのかしらなどと、呑気に考えていたのだが。
人好きな、温厚な生物なのかと……
それに、近づいた際私が想像していたものよりも大きく感じたのは、私の知識の中で想像したものが馬が普通の馬だったからだ。
リオンさん達がそばにいるときは普通のサイズかと思っていたのだが、彼らは身長が高い。
おそらくベルナルドさんは2メートル近くあるだろうし、リオンさんやフェルディナンドさんは190前後だろう。そんな体格のいい彼らが近くにいたため、離れて見ていた時は少し大きいかなとしか感じなかったのだ。
「オルカンは珍しく温厚なタイプでな。
ベルンへの信頼が厚いこともあるんだろうが、頭が良いんだろう。
察しのいい馬で、余程でない限り穏やかな姿勢を崩さない」
ヴィンダルにスカートを引っ張られたときオルカンが咄嗟に支えてくれたのは、やはり先回りして考えての行動だったのだ。
皆が馬に良く話しかけるのも、人語を理解していると言われているから。
私は特に深い考えもなく、伝わるといいなと思って何となく声に出して話しかけていただけだったが……
なるほどと、皆の行動に納得していたところで、フィリクスが足を止めてブルルル……と鳴き始めた。
尻尾を激しく振っているようでバッサバッサと後方から音がする。
「悪い悪い、お前に不満があるわけじゃない。」
オルカンのことを褒めたから、比較されたと思って不満を主張しているようだ。
「フィリクスも、すごく優しくて、いい子だもんね。
乗せてくれて、ありがとう」
かわいくて仕方がない。
首元を力強く撫でてやると許してくれたのかまたゆっくり歩き始めた。
「ハハッ……ユウナにはかなわないな」
リオンさんはとてもやさしい声で笑った。
そこからは、この国の基本的なことを教えてもらう。
まず、現在私達がいるこの森はウルヴァの森といって、広大な森だそうだ。
周辺部には小さな町がポツポツと点在しており、住民達は自然とうまく付き合って生活をしているが、中心部に近づくほど厄介な魔物が出るためここを通るものはまずいない。
そんな場所に私は倒れていたそうだ。
この国、レーヴェンライヒは王家ローエンシュタイン家が治める国で、首都はリアレスという都市。
私たちが向かっているのはアーベントという街で、首都に次ぐ国内で2番目に栄えた街だという。ウルヴァの森を抜けてすぐのところにあるらしい。
冒険者が多く所属していて、その所属数だけでいえば首都のギルド本部よりも大きい支部だそうだ。
冒険者とは、ギルドに届け出られた様々な依頼をこなす者のことを指し、登録制である。
それぞれランクというものがあり、登録時点では一番低いFランクから始まる。
この時点では仮登録扱いとなり、一定の期間内に規定の成果を上げられなければ登録を抹消される。
晴れて正式に登録された後、Eランクとして活動し、こなした依頼の難度や達成率から、D、C、B、Aと評価が上がっていくのだそうだ。
Sというランク評価があるがこれには明確な評価指標はなく、ある一定の基準は設けてあるが、周囲の信頼やしかるべき人物からの推薦と審査が必要となる、とのこと。
冒険者の仕事内容は多岐にわたり、失せ物探しや素材の採取という子供の遣いのようなものから魔物の討伐など危険なものもあるが、ギルドはあくまで仲介役で、受ける依頼を決めるのは冒険者自身だという。
ただし、身の丈に合わない内容を受けようとしてもギルド側から却下されることもあるそうだ。
依頼内容には守秘義務が課せられるようなものもあり、そういったものの大半は貴族や商取引を行う商人からの依頼だそうだ。
「あの……依頼とは、何か書面でのやり取りがあったり、するのでしょうか」
「ああ、そうだな。
依頼の受理、冒険者への告知、依頼終了後の報告書と終了証明、全て書面でやり取りが行われる」
「本当に、おかしなことを、聞くのですが……
こちらで使われている文字は、どのような文字、なのでしょうか……」
ずっと気になっていた。
会話での日本語は通じるが、時折混じる外国語の響き。
では、文字は……?
日本語と同じであれば問題ないだろうが、もし違えば新しく覚える必要も出てくるのでは……
「えっと、もしかして、ユウナの世界とは、文字も違っているか?」
「その可能性が……ありますね……」
数秒、何かを考えたリオンさんは両手で握っていた手綱を離し、私の片手を持ち上げた。
手のひらを上に向け、その上に指で何かを書いている。
「ユ、ウ、ナ」
「……やはり、違うようですね……」
目でもじっと指の動きを追っていたが、まるで知らない記号だった。
お互い考え込んでいるに、馬達が歩みを止めた。
「ここらで休憩するか」
木が生えていない開けたスペースに出て、皆は馬を降りる。
どうやって降りようか全く考えていなかった私を、リオンさんはまた私を片手で抱え上げた。
「えっ!?リオ──」
そのまま飛び降りた。
いたずらが成功したように笑ったリオンさん。
「怖がる間もなかっただろ?」
「……ありがとう、ございます」
ちょっと恥ずかしくて納得がいかないが、どうすれば良かったのか何も案を持っていない私は結局従うしかなかっただろう。
「フィリクスも、ありがとう。
ゆっくり休憩してね」
フィリクスの首をなでてやり、昼食の準備を始めた皆に合流する。
「私に何かできることはないですか」
「大丈夫だよー!ユーナちゃんはゆっくりしてて!」
「あ……すみません……」
私には、何もできることはないようだ……
いや、気を使ってくれたのだ。
疲れているだろうと、休めと言ってくれているのだ。
ここで不満を感じるなんて、相手を責めることと変わらない。
自分を貶めることで他人の厚意をむげにしてはならない。
おとなしく、皆の邪魔にならない位置まで移動して皆を観察する。
森で何かをしていたベルナルドさんとフェルディナンドさんが戻ってくる。
手には枯れ枝と、枝を落として棒状にした長い木を抱えている。
フェルディナンドさんが地面に木の枝を重ねていく。
ベルナルドさんは、木の棒を斜めに固定した。
リオンさんが荷物の中から持ってきた平たい鍋を固定して完成だ。
アピスさんは肉とパンをカットして、人数分のカップに水を注いでいる。
すごい……打ち合わせも無しにあっという間に休憩拠点が整った。
感心しきりで目が離せない。
すると、リオンさんが重ねた木の枝に人差し指を向けた。
こちらまで聞こえないが何かつぶやくように口元が動き、すると、木の枝に火が付いた。
これも……魔法……
呆けていると、リオンさんと目がって、笑顔で手招きされた。
昼食はスライスしたパンに焼いた肉を挟んだサンドウィッチだった。
肉は、平たい鍋で焼いた。
荷物の重量を減らすため、フライパンと鍋を兼用しているのだろうか。
キャンプ経験すらない私には、わからないことだらけだ。
働かざるもの食うべからずという言葉が骨身に染みるが、リラックスした様子で会話を楽しむ皆に深く感謝をしながらいただくことにした。




