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13.あたたかい昼食

「ユーナちゃんって、いくつなの?」


 答えに詰まる。


 今自分は記憶喪失なのだ。

 これは答えても良いものなのか?

 ここから会話が広がって、何をどこまで覚えているのかと聞かれたら……


 そんなことが一瞬で脳内を過ぎる。


 どうしていいかわからず、固まっているとリオンさんから助け舟が出された。


「昨日目覚めたときは24って言ってたな。

 だがアピス、ユウナのことについてはあまり聞いてやるな。

 ただでさえ覚えていないことばかりで、不安なんだ」


「えっ!?年上なの!?」


 ホッとしたのも束の間、アピスさんが声を上げて驚いた。


「アピスさんは……おいくつですか?」


「19だよ!えぇ〜びっくり……私より下なのかと思ってたよ!」


「いい年して皆様にご迷惑をおかけしてばかりで……お恥ずかしい限りです」


 自分で口にしていて、いたたまれない気持ちに沈む。


「ユウナは見目が幼いよな。俺も最初は驚いた。

 だが、落ち着いていて語り口も丁寧だから、話すとギャップがある」


 私を気遣ってか、リオンさんがフォローを入れてくれる。


「たしかになぁ。

 アピスと同じか少し下くらいに見えるぜ」


 ベルナルドさんはそう言って、大きな口でサンドイッチにかぶりついた。


 言葉の割には、ベルナルドさんもフェルディナンドさんもあまり驚いていないように見える。

 フェルディナンドさんは静かに会話を聞いているだけで、何も言っていないけれど。


「それで、『お嬢さん』なんですね……」


「んぐっ!?!?す、すまねぇ、嫌だったか……?」


 慌てて口の中の物を飲み込んで、首をポリポリとかきながらきまり悪そうに謝るベルナルドさん。


「あ、いえ!そういうわけでは……

 ただ、お嬢さんといわれるほど若くはないので、気を使わせてしまうのが逆に申し訳なくて……」


「いやいや!24だろ!?充分、若いじゃねぇか。

 ……でも、気にしてしまったなら悪かったな」


「そうだぞ、ユウナ。

 ベルンみたいな爺さんからすれば、これくらいの年の女性はみんなお嬢さんなんだ」


「爺さん、って……リオン、てめぇ、」


「なんだ?」


 リオンさんとベルナルドさんは楽しそうに軽口の応酬を始めた。

 空気を変えてくれたのだろう。


 すると──


「30を超えれば爺さんとは言わずとも、立派なオ(・)ジ(・)サ(・)ン(・)ではあると思うがな」


 おじさんの部分を随分と強調してそういったのはフェルディナンドさんだった。


「まぁ…………それについては、否定できん」


 ぴたりと動きを止めて表情をすとんと落としたベルナルドさんは噛み締めるようにそう言った。


 ベルナルドさんを慰めるようにポンポンと肩を叩いたリオンさんが、フェルディナンドさんを見やる。


「プッ。アハハハハ!」

「クッ。ハハハハッ!」


 視線を合わせた二人は同時に吹き出し、大笑いし始めたのだ。


 呆気に取られる私と、不満げな声を漏らしたアピスさん。


「わたしには、森のなかでさわぐな〜って、おこるのに……」


「お前らなぁ……俺を揶揄って何が楽しいんだ、まったく……

 すまねぇな、二人とも。

 こいつら、二人揃うとただの悪ガキに戻っちまってかなわん」


「いえ……みなさんは、気心のしれた仲なんですね」


「あぁ、コイツらがやんちゃ坊主の頃から知っててな」


「ベルンと俺は、俺が14の駆け出し冒険者だった頃に知り合った。

 基礎は全て、ベルンに叩き込まれたといってもいい。」


「私もだ。15の時受けた上級の依頼に、監督兼指南役として同行してもらった。

 リオンとはそのすぐ後に知り合い、今では腐れ縁というやつだな」


 リオンさんが27と言っていたから10年以上の付き合いがあるということか。


「ベルナルドさんと、フェルディナンドさんの御歳も、おうかがいしてもよろしいでしょうか」


「おぅ、俺は32だ」


「私は26だ」


「こいつら、いつまでたってもこの調子でな。遠慮ってモンを知らねぇ」


「そんなことはない!

 ベルンには本当に頭が上がらないんだ。

 なぁ、フェル」


「ああ。足を向けて寝られない」


「どこがだよ!」


「お年が離れていても、とても仲が良いんですね」


 テンポの良い軽口の応酬につい笑ってしまう。


 昨日の夜には死にたがっていた自分が。

 こんなにも呑気に笑っている。


 皆、いい人だ。

 この人達に出会わなければ、あのまま力尽きていたかもしれない。

 出会ったのが、この人たちでなければ。

 他人の人権や尊厳を軽視するような人達だったら、さらに辛い目にあっていたかもしれない。


 本当に、ありがとう。






 たくさん笑って、胸までいっぱいになる昼食の時間を終え。


「よし、じゃあ後始末だ。

 アピス、ユウナの治療を頼んだぞ」


 リオンさんの一言で皆が動き出す。


 私はアピスさんと治療の時間だ。

 皆から死角になる位置まで移動して頭を下げた。


「何度も申し訳ありません。よろしくお願いいたします」

「……うん」


 ワンピースのボタンを外し、キャミソールをたくし上げる。

 朝の治療の際と同じ、アピスさんの手からはなにか温かい不思議な熱が伝わってくる。


「ユーナちゃんはさ、何も覚えてないんだよね」


「……はい」


「わたし、ユーナちゃんは、どこかいいとこのお嬢さまじゃないかなと、思うんだよね」


「……すみません……何も、わからなくて……」


「たぶん、みんなも、そう思ってるよ」


「…………」


 昼食を取る前から、アピスさんとは目が合わない。


 私になにか思うところがあるのだろうか。


 疲れさせてしまったのかもしれない。

 呆れさせてしまったのかもしれない。

 何もできない、施しを受けるばかりの私に、年上のくせに情けない奴だと思ったのかもしれない……


 その後も黙々と治癒魔法をかけて、目の合わないアピスさんに話しかける勇気も出ず。

 何度もお礼を言うことしかできなかった。






 治療が終わり、皆のもとに戻る。

 リオンさんの姿がなく、ベルナルドさんは火の始末をしていた。


「ベルン、終わったよ!」


「ああ、お疲れ。ありがとうな。

 報告は出発前に聞こうか。


 リオンがあっちで食器を片付けてる。

 アピス、様子を見てきてくれ」


「わかった!!いってくるね!」


 アピスさんが元気に走り去る。


「どうだ?身体の方は」


「はい、アピスさんのおかげでとても良くなりました。

 なので、私にも何かお手伝いさせてください」


「そうか、それはよかった。

 フェルが馬の手入れをしてる、手伝ってやってくれねぇか?」


「はい、わかりました。

 では行ってまいります」


 頭を下げて、フェルディナンドさんのもとへ。


 彼は、木桶に手をかざし、水を貯めていた。

 水道もホースもないのに、桶の中の水位が上がっていく。


 心底、不思議……

 でも便利そうだ。


 近づきすぎない距離でそっと声をかける。


「フェルディナンドさん」


「ん?ああ、君か。何か用か?」


「ベルナルドさんから、馬の手入れを手伝うようにと指示をいただきました」


「そうか、ならそこにある布でマッサージがてら拭いてやってくれ。

 足元は危ないから触るな。足元で屈んだりもするな。

 馬の背後には回るな」


「はい、わかりました」


 馬に蹴られて大怪我する、なんて話を聞いたことがあるような気がする。

 きっとそのための注意だろう。

 フェルディナンドさんの優しさだ。


 よし、一番近い子から始めよう。


「オルカン、マッサージするね。

 ちょっと触るよ」


 オルカンの様子を確かめながら、力加減に注意して布切れを毛並みに沿って動かす。

 艶のある、オニキスみたいな深い、綺麗な黒。


 オルカンは小さくいなないたり、ホッと息を吐き出したようにブルルと唇を震わせる。

 表情をうかがうと眠そうな目をしている。

 気持ち良いということだろうか。


「君は今朝、馬に初めて触れたと言っていたが……

 それにしては随分、馬の扱いを心得ているように見える」


「えっと……本当に初めてですよ。

 触れ方や接し方は皆さんを参考にしてみただけで……

 今も、オルカンの表情や動きを見て探り探りというところです。」


「そうか……。

 それでも充分だ。

 オルカンも喜んでいる。


 ほかのヤツらも、早く自分の番が来ないかと待っているようだぞ」


「あっ!ごめんね!順番にするから、待っててね。

 オルカン、そろそろ次の子の番でもいいかな?」


 ブルルとまた穏やかに口を鳴らしてオルカンは歩き出した。

 すかさずフィリクスが私にすり寄る。


「フフッ。次は、フィリクス?

 2人も乗せて、いっぱい歩いたもんね。

 よし、じゃあお礼の気持ちをいっぱい込めてマッサージするね」


 ありがとう、もう少しよろしくねと言いながら真っ白な体を拭いていく。

 光に当たると少し透き通って見える。


「ヴィンダルとミロが並んで順番待ちをしている。

 本当に手懐けているな」


「手懐けるだなんて……

 ケラスフォロスは頭の良い子たちだと聞きました。

 きっと、私がずっと不安がっていたのを見て、優しくしてくれているんですよ。

 よし!一通り終わったよ、フィリクス。

 もう大丈夫かな?次の子に行ってもいい?」


 頭をスリスリと寄せて、フェルディナンドさんの方に歩いたフィリクス。

 彼が持っている水桶が目当てのようだ。


 続いて、順番待ちをしていたらしいヴィンダルがやってくる。


「次は、ヴィンダルだね。

 待っててくれて、ありがとう」


 ダルメシアンみたいな白黒のブチ模様。

 それだけで愛嬌たっぷりに見える。


「今朝は、驚かせちゃってごめんね。

 怒らないで、仲良くしてくれてありがとう」


「ヴィンダルがここまで懐くとは……」


「えっと……?」


「ヴィンダルは気位が高いんだ。

 しかし繊細な面もあってな。

 接する人間の本質を見透かしているようだ。


 私以外の人間にはなかなか触らせない。

 触れるのを許したからといって、グルーミングまで許すことはまた別だ。

 リオンやベルンにも、マッサージを許すまでには中々に時間を要した。


 そのヴィンダルが、君を信じきっている」


「……なぜでしょうね……

 賢くて、優しいのはもちろんですが……

 貧弱すぎて、大丈夫と思われてるのかもしれませんね」


 誤解、とは。

 やはり怪しい人間だと思われていたのだろう。

 仕方がないことだ。


 でも馬達に懐かれた理由は、わからない。

 なんとも言えず、苦笑混じりで冗談を言ってみたが、貧弱なのは事実だ。

 言ってる自分が一番よくわかっていると、切ない気持ちになってきたので、違う話題を持ち出してみた。


「そういえば、フェルディナンドさんはヴィンダルと契約をしていると聞きました。どれくらいのお付き合いなんですか?」


「……フェルで構わない。

 ヴィンダルと契約したのは6年前だ」


「えっ?」


「……私の名前は言いにくいだろう。フェルで、構わない」


「……ありがとう、ございます。

 では、そのように、よばせていだきます」


 少し、距離が縮まった気がして、喜びをかみしめる。


 その後もフェルさんと会話をしながら、ヴィンダルのマッサージを終えた。


 ミロは最後まで大人しく待っていてくれた。


「ミロ、最後になっちゃってごめんね。

 待っててくれてありがとう」


 ミロは綺麗な茶色の毛色だが、足元だけは白で、靴下猫ならぬ靴下馬なのだ。

 そして4頭の中で唯一の女の子。


「ミロはギルドでお仕事してるんだよね。

 えらいねぇ。

 女同士、仲良くしてね」


 丁寧に拭いて、最後に首をぽんぽんと叩いてフェルさんに声をかける。


「フェルさん、終わりました!」


「そうか。

 案外重労働だったろう。

 これで終わりだからユウナも少し休んでいろ」






 私が休んでいる間に、下ろしていた荷物や馬具を馬に乗せ、私の怪我についての報告がなされた。


「もうほとんど治ったよ!

 不安ならあと1回、夜に魔法かけてもいいけど、かけなくてももう大丈夫だと思う!」


「そうか、すまねぇな。助かったぜ。


 じゃあ、飛ばしても問題なさそうだな。

 ここからは足元も良くなる。

 順調にいけば今夜中には着くだろう」


「「「了解!」」」


 皆が馬に乗ろうと準備をしていると、リオンさんが自分の外套を私に巻いてくれた。


「飛ばすとなると座り方を変えなければならない。

 その服で鞍を跨ぐわけにはいかないだろうから。


 あと、少し肌寒く感じるかもしれない。

 俺の物で悪いが使ってくれ」


「ありがとうございます」


 フードがついていて、全身を覆える長いマントのようなもの。

 私が着ると、裾を引きずってしまう。

 土で汚れないように持ち上げておくことにしよう。


「よし、行くか!」


 ベルナルドさんの一声に、フェルさんとアピスさんが馬に飛び乗る。

 そして、ベルンさんがこちらに足を踏み出した。


 ……私は、またベルナルドさんに持ち上げられるのか。

 少しだけ怖かったし、恥ずかしかったけど、いい方法が思い付かない……


 と落ち込みかけたが、その憂鬱はフィリクス解決してくれた。

 私とリオンさんの目の前に歩み出て、リオンさんが背に乗ろうと足を持ち上げた瞬間、目の前で両足を折り、座ってくれたのだ。


「フィリクス……お前……」


 ベルナルドさんが足を止めて呟き、リオンさんも固まっている。

 珍しいことなのだろうか。


「ユウナ、座れ、だとさ」


「フィリクス……ありがとう!!」


 フィリクスの心遣いに嬉しさが溢れて、首に抱き着いた。

 低く、のどを鳴らしたフィリクスに、もう一度ありがとう、とつぶやいて鞍に跨る。


 フィリクスが座っていても私には少し高いのでリオンさんが手を貸してくれたが、片手で持ち上げられるよりはずっと不安も羞恥もない。


 私がしっかりと腰かけて捕まったことを確認したフィリクスは、慎重にゆっくりと立ち上がる。

 そしてリオンさんが私の後ろに飛び乗った。


 その様子を見たベルナルドさんは大きく笑ってオルカンに飛び乗った。


「さすが、フィリクスだな!」






 間に何度か15分ほどの休憩をはさみながら、馬を走らせる。



 走っている間は舌を噛むといけないから口を開かないようにと忠告されたが、心配せずとも話す余裕など

 なかった。


 出発する前は後ろからハグされるような体制に心臓が跳ねたが、フィリクスが走り出した瞬間、今度は私の体全体が飛び跳ねることになる。

 リオンさんが後ろから体を支えてくれていなければ、私は本当に飛んで行ってしまっていたと本気で思う。


 独特のリズムの揺れに体が慣れる頃には陽が暮れ始めていた。


 最後の休憩を終え、ラストスパートだとさらに加速する。

 しばらく走ったところで、先頭のオルカンが減速した。


 止まったのは、森の縁だった。


「見えたぞ」


 そう言ってゆっくり、その境界にフィリクスの足を進め、ギリギリのところで止めるリオンさん。


 かぶっていたフードを取ってまず見えたのは、平原。

 間に川が流れている。

 そして、さらにその先には、石造りの高い壁に囲まれた街。


「あれが……アーベントの街……」

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