14.何もない私
日暮れ前の休憩中のことだった。
「フェル、アピス。
ちょっと頼みてぇ事がある。
2人で先に出て、ディアナに急ぎでこれを届けて来てくれねぇか」
そう言って、ベルナルドさんはフェルさんに封筒を手渡した。
封筒には黒い蜜蝋で封印がしてあった。
「届けたらそのまま解散で良い。報告は俺からしておくからよ。
ミロの返却手続きも一緒にやっておくから、厩舎のクーガーにもそう伝えてくれりゃあ良い」
「え〜?じゃあフェル以外の皆とはここでお別れってこと?」
「そうだな。
日暮れ前にはディアナに届けてぇんだが、このペースだとお嬢さんの体力が持つか心配だ。
もう少しペースを落としたい。
ここまで来りゃあ魔物も出ねぇ。お前ら2人なら間に合わせられるだろ。
報酬の分配は明日だ。
今日は疲れただろうから昼前にホールに集合でどうだ」
「こんなとこで解散かぁ。なぁんか変な感じ」
「悪いが頼んだぜ。」
「ん〜……わかった……」
「了解」
そんなやり取りがあって二人は一足先に発っていった。
走り去る二人を見送って、リオンがこちらに向き直った。
「よし、行ったな。
……あらためて、ユウナに話があるんだ」
街の外壁には門が設置されており、門番が配置されている。
その門は、通行証が無いと通れない。
もし街の外で身元不明者を保護して連れ戻った場合、その門番から衛兵へ話が行き、身元を確認できるまで衛兵隊の留置所で拘留され、場合によっては尋問を受ける場合がある。
身元確認には信用のおける者の紹介状や、以前に住んでいた街の登録照会などが必要になる。
私のように登録の履歴が全く存在しないというケースは、少ないが過去にもあった。
だが、拘留が長引き厳しい尋問を受けたそうだ。
記憶がないとなれば、さらに深刻さが増すに違いない。
ただし、抜け道も存在する。
信頼のおける立場の者の保証を受けられれば、一定の期間の滞在を許可されるのだ。
そこで、ベルナルドさんが私の保証人となり、門を通過しようと考えている。
そう2人から説明があった。
「何から何まで……本当に……どれほど感謝してもしきれません。
何もわからない私では、どう対応していいのかもわかりません。
全て、ご指示に従いたいと思っております」
深く頭を下げて感謝の気持ちを込める。
「あんまり畏まるな。礼ならリオンに言ってやれ」
「俺は自分の意志で君の力になろうと決めたんだ。
何も気にする必要はない」
……あぁ、返しきれない恩がたまっていく。
「じゃあ早速、詳細を詰めるか!
少々、お嬢さんにも協力してもらわなきゃならん。
今回、身元の保証を証明するにあたって、書類に保証人と被保証人──つまりは俺と、お嬢さんだな。
その両方のサインが必要だ。
それに関してはこっちである程度書類を準備した。
あとでサインをもらえるか?」
私の見ていない間にそんなものまで用意してくれていたのか……
でも……
「はい、もちろんです。
ただ……申し訳ありません。
私、読み書きができなくて、教えていただけますでしょうか……」
「…………おう、あとで教える。名前だけだからな、時間はかからねぇだろう」
「ありがとうございます」
「それと、その書類にな、保証人と被保証人の関係を書かなきゃならんのだが、お嬢さんは俺の古い知人の娘ってことにする。
両親と3人、名前もついてねぇような辺鄙なド田舎で生活してたが、その両親が魔物にやられちまった。
そこでお嬢さんはたまに訪ねてきていた唯一の知り合いの俺を頼って、こっちまで出てくることにした。
だが道中、ウルヴァの森で迷子になって、たまたまその探し人の俺に助けられたって設定だ」
「なるほど……わかりました」
「もし誰かに何か聞かれても、人と会うこともねぇ山ん中で、自給自足の生活をしてたとか適当に答えりゃいい。
何もわからなくてもただの田舎者だって相手も納得するだろうよ」
「わかりました。設定、頭に入りました。
ぼろが出ないようにだけ、気を付けます」
「じゃあ、今から俺はユウナって呼ぶからよ、俺のことはベルンとでも呼んでくれ。
あ、あとあんまり畏まった言葉もナシな」
「はい。
…………え?」
ユウナと呼ぶのは別に問題ない、というか何とも思わない。
好きに呼んでもらって大丈夫なのだが。
「いや、古い知り合いの娘だぞ?
わざわざ助けを求めて遥々訪ねてくるんだ。
ある程度打ち解けてねぇとおかしいだろ。」
「そう……なんですか……??
いや、でも、あまりの困窮具合に耐えられず、よく知らない親の友人を訪ねてくる可能性も……」
「いいだろ!俺は堅苦しいのは苦手なんだよ!」
恩人に敬意を込めて接していたつもりだが、息苦しい思いをさせてしまうなら、少し口調を変えたほうがいいのかもしれない……
全て従う
「では……ベルンさん……で、いいですか?」
「別に敬称も敬語もいらねぇぞ」
「えっと、さすがにそれは……口調は、できるだけ崩すよう努力します……」
さすがに8つ上の恩人を呼び捨てにしてタメ口をきくなんて、抵抗がある。
「まぁ、無理強いはしねぇが、ある程度崩してくれたら俺も助かる。頼んだぜ
よし、これで以上だ。
リオン、何かほかにあるか?」
「そうだな……昨晩も言ったんだが、その服は見られないほうがいいだろう。
外套は絶対に外さないようにしたほうがいい」
「承知しました」
「あと、俺と話すときももう少し口調を崩してくれ」
「……は、はい」
了承の返事を返すと、リオンさんはすっきりとした笑顔になった。
なぜだろう?これも何か設定の内なのだろうか?
「よし、じゃあ書類だな」
ベルンさんは鞄の中から知らない文字が書かれた書類と筆記具を取り出す。
リオンさんが私の横に移動し、何かを差し出した。
「これがユウナの名前だ」
手のひらに収まるサイズにカットされた紙にはいくつかの記号が書かれている。
数と配置から考えるに、ヘボン式ローマ字と似たような体系の文字なのだろうか。
もしそうなら、私でも覚えられそうだ。
何度か地面に練習書きして、書類に記入する。
二人に確認をしてもらい、無事OKをもらえた。
「よし、問題ねえな。これで準備は完了だ。
最後に一つだけ、忠告だけさせてくれや……
簡単に、書類にサインするなんてマネは今回限りにしてくれな。」
「もちろんです。お2人からの提案でなければきちんと考えて返事をしていました」
「……そうか。……なら、良いのか……??」
ベルナルド……ベルンさんは混乱したような表情をしながらも書類を鞄にしまい込む。
「さあ!いくぞ!」
リオンさんの溌剌とした声が響いた。
馬に跨って森を進む。
もう日が暮れ始めていてる。
無言の時間が続き、どうしても考え込んでしまう。
皆さんには本当に、ご迷惑ばかりおかけしている……
せめてお世話になった分だけでも返したい。
それまでは、もう少し生きることを頑張ろう、と。
でも、どうすればこのご恩を返せるのだろうか。
知らない街、知らない文字、知らないルール。
今は、生きることで精いっぱいだ。
これからはまず、自立しなければならない。
それにはお金が必要だ。
けれど、私に出来る仕事なんてあるのだろうか。
魔法が生活に根付いているようだし、私にはそれが使えない……
これからまず、何をすればいいのだろうか……
「見えたぞ」
「あれが……アーベントの街……」
お金も持っていない、この世界の常識もない、魔法も使えない。
こんな私にできることなんてあるのだろうか……
どんどん不安が広がっていく。
けれど、こんな私は、失うものも無いのだ。
深く深呼吸をする。
胸の中で逃げ場を失ったように渦巻いていた黒い煙が、吐き出した息とともに全て消えてなくなった。
しばらくの間、ベルンさんとリオンさんは何も話さず、じっと街のほうを見ていた。
昼間に比べて風が落ち着いたようだ。
さわさわと、木の葉が擦れる音に包まれる。
夜の暗闇に、澄んだ鳥の鳴き声が流れ星のように響く。
「よし、行くぞ」
ベルンさんがオルカンの腹に足で合図を送り、勢いよく平原へ駆け出した。
フィリクスもそれに続く。
木橋を渡り、川を超える。
さらに平原を進んで、門までたどり着いた。
「遅くにすまねぇな、3人だ」
さっと一人、馬から降りたベルンさん。
リオンさんは下りないようだ。
門のそばに二人の男性が槍を持って立っている。
詰所のようなものもあり、そこから男性が一人出てきて走り寄ってきた。
「あぁ、ベルンさん。遅くまでお疲れさまでした。
リオンさんも、おかえりなさい。
……あれ、そちらの方は……?」
「あぁ、俺の知人の娘なんだが、帰りに偶然見かけてな。
俺を訪ねて遥々田舎を出たきたらしいから、拾ってきたんだ」
そう言いながら先ほどの書類を手渡し、胸元のネックレスをかざして見せている。
リオンさんも同じように胸元からかけていたネックレスを取り出した。
「人里離れた辺鄙な山ン中で暮らしてた一家でな。
登録もねぇから俺が保証人になった」
「そうだったんですね。念のため、お顔を拝見しても……?」
「フードを取って名乗ってくれ」
リオンさんが耳元で私に指示し、それに従ってフードを取り門番さんに顔を見せる。
「ユウナ・ミヤケです」
「あら、かわいらしい方ですね。
まぁベルンさんの保証付きとなればあまり確認の必要はないんですが……
……うん、書類も問題ないですね。
ご協力ありがとうございました!
今、門を開けますのでお待ちください」
良かった。問題なく通れそうだ。
にっこり笑った門番さんと目が合う。
「アーベントの街へ、ようこそ」




