15.アーベントの街
「アーベントの街ヘようこそ」
柔らかい笑顔で歓迎の挨拶をしてくれた門番さんに、目礼を返す。
彼は笑みを深めて小さく頷くと、詰所のほうへ戻って行った。
それを見送り、リオンさんはフィリクスから静かに降りる。
フィリクスは、私のためにひざを折ってゆっくりと座り込んでくれた。
リオンさんの手を借りて地面に降り立った私は、再び立ち上がるフィリクスの首を撫でてありがとうを伝えながら大きな門を見上げた。
均一の大きさで切り取られたレンガのような白い石が積み上がり、高い外壁をなしている。
円柱形の塔が2つそびえ立っている。
右側の塔の下には四角く張り出した木製の詰所があり、先ほどの男性はその中へと戻って行った。
塔に挟まれる形で門があり、3階建ての家がゆうに収まるであろう尖頭アーチの門には、鉄製の格子状の扉がついている。
上下にスライドする開閉式で、今は上がったままになっているが、有事の際に降ろされるのだろうか。
先端が鋭く尖っていて、落ちてきたところを、想像して身震いしそうになる。
その奥には鉄製の鋲や装飾が無骨に打ち込まれている、観音開きの大きな木製の扉。
右側の扉だけが、馬達がギリギリ通り抜けられる幅で開いた。
扉の隙間を、オルカンを引いたベルンさんが通り抜ける。
私たちもそれに続いた。
アーチの内側はトンネル状になっている。
扉は同じ形のものが2枚、内と外についているようだ。
今抜けた外側は締まっていたが、内側は開いたままのようだ。
これも、有事の際の備えなのだろう。
短いトンネルを抜けると、暗い街並みが目に入って来た。
すごい――――
息を呑んだ。
ポツポツと灯る街灯が石畳の陰影を生み出している
立ち並ぶ建物は石造りのものや木組みのものが混在し、人の姿は見えずひっそりとしているが、窓から漏れる明かりがあたたかい人の気配を感じさせ、街全体に息吹を吹き込んでいる。
まるで、映画の中の世界に入り込んだような……とはよく聞くフレーズだが、本当にそう感じてしまうほど、昨日まで生きていた世界とは違うところに来てしまったんだと改めて突き付けられているような感覚だった。
魔法の世界に迷い込む。
常識ではあり得ない事態。
けれど案外落ち着いている。
少々焦りはあるが、それは早く生活基盤を整えなければとの前向きな理由からである。
今日からここで、生活するのだ。
きっと、何もかも違う。日常的な行動や習慣から、予想もしないようなことまで。
できるだけ早くそこに調律を合わせ、この世界に溶け込まなければならない。
そうして地に足をつけて、私を助けてくれたこの人たちに、何かを返したい。
内側から門を開けてくれた男性と一言二言会話を交わしたベルンさんは、リオンさんからフィリクスのロープを受け取った。
「んじゃ、あとでな」
「ああ。フィリクスを頼む」
手をひらひらと振って、別れを告げたベルンさんは、オルカンとフィリクスを連れて正面の通りへ消えていった。
リオンさんは私のほうを向いて、かがんで視線を合わせると、脱いでいたフードをかぶせながらこれからの予定を教えてくれた。
「ユウナ、今からギルドに戻る。
俺たちが所属している団体の拠点だ。
君の、例の話。
秘密にしてくれと頼んだが、信頼のおけるメンバーだけで、もう一度聞かせてほしいんだ。
それに、君の今後のことも、しっかり話したい。
フェルが先回りして人払いをしている。
君の知らない誰かに引き渡したりなんてことはしないから、安心してくれ」
「わかりました。今自分にわかる事は、全てお話します」
ベルンさんがフェルさんとアピスさんを先に行かせたのは、このためだったのかもしれない。
街を進み入れば、文字や絵が描かれた看板が増えていき、人の気配が増えていく。
所謂繁華街のような、夜にしては賑やかな通りに差し掛かった。
酒場だろうか。賑やかな声が漏れている場所もある。
フードをかぶせられた私は、顔を上げすぎないよう注意しながらリオンさんについていく。
借り物の外套の裾を引きずらないよう、内側でたくし上げ、それでも周囲への興味から視線がきょろきょろと動いてしまう。
さらに進み、小路に入る。
街灯も少なくなり、影が深い場所もあるが、リオンさんが私の歩幅に合わせてくれているおかげであまり恐怖は感じない。
こちらは人通りがほとんどなく、すれ違ったのも数人程度だった。
何度か曲がったり数段程度の階段を上ったりしていると、大きな建物の前でリオンさんが足を止めた。
顔を上げると、フェルさんが立って片手を上げていた。
そのままリオンさんとフェルさんの後をついて大きな建物の中に入る。
ここは裏口のようで、建物の大きさに似合わない、簡素なドアをくぐった。
外観は石造りだったが、内装は木でできているようだ。
廊下の床は木の板が張られている。
終始無言で進む二人の空気感に、音を鳴らさないようそっと進む。
暗い廊下から、室内灯が灯る明るい廊下に出て、美しい彫刻が施された扉を開けてそこに入るよう目線で指示された。
そこは、執務室のようだった。
ドアを入ってすぐに応接用のソファ。
2人掛けの大きさのものが木のローテーブルを挟んで向かい合うように置かれている。
部屋の奥にはこちらを向くように大きなデスク。
さらにその奥にはたくさんの本や書類が収納された本棚が壁一面に
さらにその奥の壁一面は、全て本棚として埋め尽くされていた。
入口の左手の壁には、カーテンが閉め切られているが、大きな窓が3つあるようだ。
後から入ってきたリオンさんとフェルさんの二人は、静かにドアを閉めて、ふぅ、と息を吐いた。
「ユウナ、おいで。その足じゃ石畳はつらかっただろう。
歩かせてしまってすまないな」
ソファのそばに歩いて行ったリオンさんが入口付近でたたずんでいた私に手招きする。
お言葉に甘えて、下座に腰掛けさせていただいた。
リオンさんもその隣に腰掛ける。
「疲れただろう、体は冷えていないか。ブランデーでもどうだ」
「いえ、お酒はやめておきます。この外套のおかげで体もそんなに冷えていませんので。
お気遣いありがとうございます」
体調を気遣って声をかけてくれたフェルさんは、窓際のキャビネットの上にあった水差しからグラスに水を注いで、私の前に置いてくれた。
そのままキャビネットの下についている片開き扉を開けて、何かを取り出した。
先ほど会話に出たブランデーのようだ。
2つのグラスに注いで、今度はリオンさんの前に一つ置いた。
残りの一つは自分用らしい。
手に持ったまま私たちの向かいに座った。
「ここは、フェルさんのお部屋なのですか?見たところ、執務室といったところでしょうか?」
「いや、違う。ここはベルンの執務室だ」
「そ、そうなんですか。失礼しました」
とても自然な動作で引き出しを開けていたので、フェルさんのお部屋かと思ったのだが……
その時、背後の扉が静かに開いた。
サッと立って軽く一礼する。
ベルンさんは何も言わず速足で一直線に執務机へ向かい、デスクランプの明かりをつけた。
すでに室内は照明がついていて明るいのだが、紫、緑、赤、青、どれともいえないが、全部のような……不可思議な色の光が室内に広がる。
シャボン玉みたい……
シャボン玉液の中に入ったみたいな、不思議なランプだ……
「おぉ、構わねぇから座っててくれ」
そう言ったベルンさんは、ブランデーのグラスを見て、肩を落とした。
「────お前らなぁ……
ほら、お前ら、ユウナを見ろ。
この礼儀正しさ。ちっとは見習えんのか」
立ったままだった私は、リオンさんとフェルさんの視線を受けて、慌てて座る。
「ベルンも飲むか?」
「フィリクスは大丈夫だったか?」
「……………………今、一気に疲れが押し寄せてきたぜ」
意に介さないフェルさんとリオンさん。
3人がそれぞれ目配せをして、一気に吹き出した。
「クッ……ククッハハハハッ」
「プッ……ハッハハハハッ!!」
「ダッハハハハ!!お前ら、ユウナが混乱してるじゃねぇか」
「ハハッ!ベルンの部屋で、フェルが我が物顔をして振舞うんだ!このいかにもお上品な顔で、涼しい顔をしてな!そりゃあ混乱するさ!」
「フッ……ククッ……酒を隠している奴が悪い」
3人の軽口が始まり、先ほどまでの緊張感が体から溶けていく。
これはまた、私への気遣いもあるのだろう。
「フフフッ……皆さんを見てると本当に仲がいいのだと見ていてあたたかい気持ちになります」
私まで笑いがこぼれた。




