16.『No.5』
「さて、一笑いしたところで、こっからは大事な話だ」
皆の笑いが落ち着き始めたころ、ベルンさんはブランデーを注いだグラスを手に、フェルさんの隣に腰掛けた。
「さっき密談の魔道具を起動した。ユウナの素性について、改めて確認してぇんだ。
この部屋の外に一切声は漏れないから安心して話してくれ」
「その前に……ユウナ」
隣に座ったリオンさんが体ごと私のほうを向いて、神妙な面持ちで私に謝罪した。
「ベルンもフィルも、ユウナが違う世界から来たということを、すでに知っているんだ。
黙っていてすまなかった」
深く頭を下げたリオンさん。
「あの、頭を上げてください……」
皆に黙っていようと言ったのはリオンさんだ。
それなのにすでにほかの二人が知っているという事実に対しての謝罪なのだろうが、私はまったく気にしていない。
「まぁ、謝罪するなら俺たちだな。
寝たふりして聞き耳立ててたのは俺たちだ。
盗み聞きなんて趣味の悪い真似して、すまなかったな」
「君がどんな人物かと警戒して様子をうかがっていた。
申し訳なかった」
立て続けに頭を下げる三人にこちらが委縮してしまう。
「ほ、ほんとに気にしていません!
怪しい人間を警戒するのは当然のことです!
それに皆さんに頭を下げるのは私の方です!
助けていただいて、ここまで連れてきてくださって……
それに、私だって記憶をなくしたと嘘をついていたんです!!
お願いですから頭を上げてください!!」
そこまで言ってやっと頭を上げてくれたが、私の荒唐無稽な話を聞いてなお黙って助けてくれたという深い感謝、そしてその恩人に頭を下げさせてしまっているという罪悪感で泣きそうだ。
「あぁ、わかった、わかったから泣かないでくれ」
わたわたと私を心配するリオンさんを見て、自分自身に落ち着け、落ち着け、と言い聞かせる。
「えっと、あの時の話を、もう一度すればいいんですか?」
「そうだな、できるだけ詳しく頼む」
詳しくと言われたので、足元が光った際のことは、感じたことを含めて、思い出せる限りのことを話した。
自分が違う世界だと感じた根拠である元の世界との相違点を交えて、全て話したたつもりだ。
「……こういったことから、私の知る世界の法則から外れている。
ここは、私のいた世界ではないと、思ったんです……」
皆が黙り込んでしまった。
やはり、信ぴょう性に欠けるだろうか。
「ユウナ、あれを皆に見せてもいいか?」
「あぁ、そうでした。お預けしていたものですね。構いませんよ」
リオンさんは、ベルトのポーチから取り出した革袋を開き、そっとテーブルにそれらを置いていく。
「これはユウナが身に着けていたものだ」
「ほぅ……こりゃあ驚いた……」
「聞こえてはいたが実物を見ると、確かにこれは……」
「えっと……もしよければ、お手に取ってみてください」
顔をテーブルにぐっと近づけた2人に手渡しながら、それぞれの素材について説明していく。
祖母の形見、K24イエローゴールド、ルビーとダイヤの装飾の指輪。
両親それぞれの結婚指輪、K18イエローゴールド。
母の婚約指輪、K18ホワイトゴールド、一粒ダイヤの指輪。
そしてそれらを通していたK18ホワイトゴールドのベネチアンチェーン。
チェーンベルトは海外通販サイトで買ったものだ。
パール部分はプラスチック素材だろう。
チェーン部分も軽いので合金か何かだと思う。
イヤリングはK18のゴールドフィルド、キュービックジルコニアのソリテール。
これに揃いのデザインの指輪もあり、両方合わせて1万円を切る価格のものだった。
大切に使っていたので状態は良いが、指輪とイヤリングの片方はこちらに来る際に紛失している。
一応ゴールドフィルドなので模造品と言っていいのか迷ったが、人工石を使っている事もあり、そう説明した。
「………………これが、偽物、だと……???」
「………………こっちもすげぇな……」
顔を見合わせた二人はそれぞれ手の中の物を交換して、また興味深そうに観察している。
しばらくの後、2人は慎重な手つきで手に持っていたものをテーブルに置いた。
グラスの中のブランデーをグッと煽ったベルンさんが口を開いた。
「これは確かに、ありえねぇな」
「やはり……こちらには無いものですか」
次いでフェルさんまでもが首を振ってこう言った。
「ああ。これらが本物であれ、偽物であれ、今ここに存在していることがあり得ないのだ」
「存在していることがあり得ない……?」
「金なんてものは、まぁ、普通の庶民には手が届かないものだ。
私たち冒険者は、依頼内容によっては貴族や商人を相手にすることもあるが、それでも一介の冒険者にとってはそう簡単に手に入る物ではない。
これに、ここまでの物はもはや別次元なのだ。
まず、色や輝きが私たちが知るそれとは比べ物にならないほど美しい。
白い金に至っては聞いたこともない。
刻印、チェーン、石のカット。
微細、精緻、精密、繊細。
人間技とは思えない完成度なのだ」
「お前さんが言っている模造品とやらもそうだ。
本物にしか見えねぇダイヤ、どんな素材でできてるのかさえ想像もつかねぇパールと地金。
これがもし本物だったとしても、こんな精巧な細工ができるって時点で、俺たちの常識とはかけ離れてんだよ」
「なるほど……
素材の貴重さや正体云々の前に、これらに使われている技術そのものが、そもそもこちらの世界では未知の物……ということですか」
「あぁ。技術レベルが桁違いってことが一目でわかっちまう。
これを貴族連中が見りゃあ、喉から手が出るほどに欲しがるだろうよ。
生活に不自由しないくらいの金額を出す奴も、いるかもしれねぇな。
もし売らなくても、どこで手に入れたか、だれが作ったのか、情報だけでも引き出そうと躍起になるだろう」
そんなにまで……
「これで、ユウナの話を信じる根拠にはなったか?」
リオンさんが2人に問いかける。
「……そうだな。まぁ、こんなもん見せられちゃあなぁ」
「……ああ」
「あの、信じてもらえるのは嬉しいんですけど……
でも、どうやってここに来たかはまだわからなくて……」
少しの間、沈黙が続き、思い切ったようにリオンさんが口を開いた。
「……一つだけ、心当たりがあるんだ。
召喚魔法だ」
「召喚……魔法……」
そこまで話したところで、ドアがノックされた。
「ベルン、アタシだよ」
落ち着いた、女性の声がドアの向こうから響いた。
「あぁ、届いたか」
そう言って腰を上げたベルンさんはドアに向かい、静かに扉を開く。
外に立っている人物を動きだけで中へ誘導し、またそっとドアを閉じた。
入ってきたのは、綺麗な女性だった。
猫のような目がミステリアスな雰囲気をまとった、美しい女性。
ふっくらとした唇には濃い赤い色が乗っている。
腰まであるラベンダー色の髪は緩やかにカールしていて、動くたびにふわふわとなびく。
大胆にデコルテをさらしたショートビスチェは、豊満な胸と細くしまったウエストを強調している。
骨盤の辺りでひっかけるように纏うロングスカートには、左右に深いスリットが入っており歩くたびに綺麗な足が惜しげもなく晒された。
一見派手だが、彼女の落ち着いた雰囲気の影響か、下品に見えない。
それでも、同性すら魅了してしまうのではないかという、とんでもない色香をまとった女性だった。
「一体、何なんだい。
突然機密扱いの手紙を寄こしたと思ったら……。
こんな時間に店が開いてるわけないだろう。
大変だったんだからね」
「悪ぃ。急ぎだったもんでな」
「アンタには到底必要ないものだろう?
何に使うんだい」
「それを今から説明するんだよ」
す、すごい……
あんなに肌を出して、体のラインもすごくセクシーなのに、下品に見えない……
それどころかむしろ……
「かっこいい……」
ぽーっと見とれて、会話の内容さえ耳に入っていない私は、心の声がつい口をついて出てしまった。
「おやまぁ、嬉しいこと言ってくれるじゃあないか。ん?」
私のほうへゆっくり歩み寄り、上半身を折り曲げて座っていた私の顔を覗き込む。
顎に手を添え上を向かされる。所謂、顎クイ。
フワッと、香りが漂う。
石鹸のような、花のような……
目が合った。
心臓がドクンと跳ねる。
彼女のきりっとした目が弧を描き、その瞳に吸い込まれる。
美しい微笑みを向けられ、顔が真っ赤になるのが分かった。
ドキドキと鼓動が暴れだす。
「あっはははは!!真っ赤になっちまった!
初心な子だねぇ!可愛いったらありゃしない!」
「お前……」
「ディアナ……」
「……………………」
男性三人がため息をついて白い目でこちらを見ている事なんて私には気が付かなかった。
ぽわぽわ、ふわふわと、不思議な高揚感に浸っていると、その美しい女性は男性をくるりと見わたして楽しそうな声で言った。
「それで……
ゴツイ男どもがこんな華奢な女をとり囲んで、何やってたんだい?」




