17.仮説
ベルンさんが立ったことによって空いたソファに座り、足を組んだ女性。
照れて顔があげられず、自分の両足を見つめる。
「こっちは見てくれないのかい?」
「い、いえッ!そ、そんなことは……!!!」
失礼な態度を取ってはいけないと、真っ赤になったま顔を上げる。
「おい、ディアナ。あんまりからかうんじゃない」
「フフフ、だってかわいいじゃないか」
真っ赤になった顔を手で仰ぐ。
まったく、この世界に来てから美しい人ばかりだ。
リオンさん、ベルンさん、フェルさん、アピスさん…
みんなそれぞれ系統は違うが、テレビでも中々お目にかかれないほどに整っている。
「ディアナ、ブランデーでいいか」
「ああ。いただこうかね」
ベルンさんが新しいグラスを用意してお酒を注ぐ。
ついでに空になっていた自分のグラスにも注ぎ、向かい合うソファの側面に、部屋の端から椅子を持ってきてどかっと座った。
「さて、落ち着いたか?
紹介するぞ。
うちのギルドに所属する魔法士、ディアナだ。
ディアナ、この子はユウナ。訳あってここに連れてきた」
「ユウナ・ミヤケです。先ほどは失礼いたしました」
「かまわないよ。こんなに可愛い子にかっこいいだなんて言われて、嫌な気になるやつなんていないさ。
アタシはディアナ・ラクアス。よろしくね」
にっこり笑って握手をしてくれる。
柔らかい、よく手入れされた、温かい手だった。
「ディアナには、ユウナに必要そうなモンを用意してもらった」
そう言ってドア付近に置かれた鞄を親指で指した。
「ほんとに驚いたよ。
突然、機密扱いの手紙が届いたかと思えば、成人女性の一般的な服と靴を用意しろ。
生活するうえで必要な物も一式揃えろ。
なんて。
ヒゲ面のオヤジが何に使うんだってね。
これはユウナちゃんの物かい?
……なにか事情がありそうだね」
ディアナさんは先程までの明るい声から一転、落ち着いた、優しい声になった。
労るようなこちらを案じるような優しい目をしていた。
「衣服やそれ以外にも必要なモンを用意してもらうのに、男じゃ気が回らんこともあるだろうからな。
ユウナには相談もせずにこっちで勝手に判断しちまって悪ぃんだが、コイツにも情報を共有しようと思う。
俺たちじゃあ相談しにくいことも出てくるだろう。
ディアナは信用のおけるヤツなんだ。安心して話していい相手だ」
「はい、細部にわたるお心遣い、感謝いたします。
ベルンさんが信頼されている方なら私からは何も申し上げることはございません」
「随分信頼されてんだね、アンタ達」
「まぁ、事情が複雑でな……」
ベルンさんは、私と出会った経緯から保護するに至るまでを簡単に説明してくれた。
そこからは私がなぜ倒れていたかの説明を求められ、雅弘のことはそこそこに、森に入って不思議な光りに包まれたことを話す。
「私、おそらくこの世界の人間ではないようで……
理由はわからないんですが、魔法や魔物がいない世界から、こちらの世界に来てしまったようなんです。」
「…………なるほどね」
腕を組んで考え込んでいるディアナさんは、ベルンさんへ視線を移した。
「これも理由は今から説明するが、俺達はこの話を信じることにした」
「そうかい。わかったよ。
で、これからアタシはどうれば良いんだい?」
「えっ!?で、でもまだ理由も──」
「この3人が信じたんだろう?ならそれでいいさ」
軽い口調でそう言ったディアナさんは、慌てて腰を浮かせた私がぽかんと口を開けたのを見て笑った。
「あはははは!呆けた顔もかわいいねぇ!
ユウナ、アンタが嘘をつけなそうな子だってのも、信じる理由のひとつさ。
女の直感ってやつかねぇ。
アタシ、人を見る目にはちょっと自信があってね」
そう言ってウインクしたディアナさん。
くすぐったい気持ちになって、浮いていた腰をもとに戻した。
「まぁ、一応説明しておくか。
ここにある装飾品なんだが────」
ベルンさんが私の持ち物をディアナさんに見せ、先ほどと同じ説明を求められた。
「随分な品が並んでいると思ったけど……とんでもないね、こりゃあ」
「ああ。これが理由の一つだ。
2つ目の理由はさっきすり合わせていたところだったんだが──リオン」
「ああ。先ほどのユウナの話で、足元が強く光ったと言っていただろう。
召喚魔法には魔法陣が使用され、発動の際にはその陣が強く光ったと言われている。
それで、ユウナが言っていた光は召喚魔術に関するものじゃないかと仮説を立てたんだ。」
「召喚魔術ってアンタ……アタシら魔法士でもろくな知識はないよ」
「ああ。この魔法は100年以上前に使用を禁じられているんだ。知らないのも無理はないさ。
そもそも膨大な魔力を必要として、宮廷魔術師の極々一部しか知らない、秘術のようなものなんだ」
全員が、考え込むように再び黙り込んでしまった。
しばらく無言の時間が続く。
私といえば、魔法という未知の領域に処理が追い付かず、言葉が出てこない。
「確かに、召喚魔法ならユウナがこちらに来ちまったことにも理解はできる……か」
「ただ、もし、この仮説が正しいとしても、誰が、何の目的で使用したのか。
そこが俺にもわからない。
一度この仮説を前提として、探ってみようかと思っている」
「それがいいね。この子がただ巻き込まれただけなのか、それとも本命だったのか。
それだけでも知っておいたほうがいい。
自然的な何かでそうなってしまったならともかく、相手がいるような事態なら、対応の仕方も変わってくるだろうからね」
どれくらいの時間が経ったのか。
混乱で半ば脳が停止していた気がする。
皆さんはその仮説を信じると決めたようで、どんどん話が進んでいく。
「ユウナは門番に説明した通り、ベルンの知人の娘ということにしよう。
ベルンを頼って遥々出てきたが、森で迷い、魔物に襲われそうになった。
何とか逃げられたが俺たちに合う直前に力尽きそうになって倒れていた。
ということでどうだろうか」
「アピスには記憶喪失だと言ったろう。
恐怖のあまり一時記憶喪失になっていたが、ベルンと話すうちに記憶が戻った、という設定も追加しておけ」
「はい……」
どんどん話が進む。
まだ魔法のことで頭が追い付いていない部分があるが、私のことを真剣に話してくれている皆さんに失礼だと、切り替えて背筋を伸ばした。
「ただなぁ、アピスにはコレ、見られてんだろ?」
「……?ああ、アクセサリー類ですか。
はい、見せてくれと頼まれましたが……リオンさんにお預けしたと言ったら納得されていました。
誰にも言わないと、約束してくださいましたし……」
「そうか……
実は、アピスはまだDランクでな」
ベルンさんが得心のいかないような顔をしている。
「信用してねぇわけじゃ、ねぇんだがな……
まだ若いし、冒険者としても経験が少ないほうだ。
今回俺たちと組むことになったのは、一時的なもんだったんだ」
「冒険者とは危険が多い仕事だが、うまく行けば財を成せる。
軽率に考えて行動を起こし、命を落とす者も少なくない。
上の者が得た経験や知識を伝え指導するため、低いランクの者を帯同することがあるのだ。
今回はそれだった。
私は彼女とは初めて組んだ。信用はしていない。」
バッサリと言い切るフェルさん。
「お前は女の子ってだけで信用しないじゃないか。
フェルはこの顔だろ?女性関係で散々嫌な思いをしてきたらしくてな。
女性に良い印象を持ってないんだ」
「そう、なんですか……」
まぁ、わからなくもない。
美術品のように美しい顔とスタイルだ。
女性が放っておかないのも無理はない。興味津々で近づいてくる人も多いだろう。
私も初めて見た時はついつい見入ってしまった。
もしかしたら、ものすごく不快だったのかもしれない。
「まぁ俺も、アピスのことはあまり信用していないんだがな」
「えっ……」
「だからあの時、まだ皆には話さない方が良いと言ったんだ。
アピスには、話さないほうがいいと思ったんだ」
4人中2人が信用していないと言っている。
ベルンさんは信用していないわけじゃないと言いながらも、何とも歯切れが悪い。
予想外の言葉に、不安が膨れ上がる。
「良い判断だったんじゃないかねぇ、やるじゃないか、リオン。
アピスってあれだろ?淡いピンクの髪の、治癒魔法が使えるあの子。
あの子はきっと、曲者だよ」
「……くせ……者……」
「ああ。これも、女の直感……と言いたいところだが、あの子の行動にもちょっと思うところがあってねぇ。
これは経験値からくる予想だね」
自分は全く気が付かなかった。
治癒魔法をかけてもらい、食事を分けてもらい、街まで連れて行ってもらい……
何もできない自分にうんざりはしていただろうことは、うっすらと自覚していたが。
「念のため釘をさしておく必要があるだろうねぇ。ベルン、頼んだよ」




