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08.これからの事

 トントンと、肩を軽く叩く手で目覚めた。


 身体を起こし、先ほどまで不寝番をしてくれたフェルに右手を軽く上げることで労をねぎらう。


 寝るために外していた装備を、音を立てないよう静かに戻していく。


 俺の防具は革製で中にプレートが入っている。

 全面金属製のものもあるが、動き回っているとぶつかり擦れる音がどうも気になるので、よほどでない限り普段はこれを愛用しているのだ。

 軽くて動きに支障が出にくく、気に入っている。


 風が吹いて、木の葉が擦れる音がする。

 それに混じって、少し乱れた呼吸の音が聞こえてきた。


 彼女が夢に魘されているようだった。


 心配になってそっと近づく。

 眠って閉じたままの目尻から涙がこぼれていたので服の袖を伸ばしてそっとぬぐってやる。

 次第に呼吸が落ち着いた。

 もう一度深い眠りに入ったようで、まだ起きる気配はなさそうだ。


 元の位置に戻って、荷物から新しいカップを取り出し水を注いで手の届くところに置いておく。ついでに、夕食の後空にして置いておいた自分のカップにも同じように水を満たしておいた。


 腰にベルトを締めて、愛用の剣を腰にさしたら身支度は終わりだ。敷いたままにしている外套は、皆が起き出した後にでも軽く土を払えばいいだろうと、そのままそこに座り込んだ。

 周囲に意識を向けて警戒しながらも、ぼんやりと焚き火の炎を眺める。


 しばらくすると、また彼女彼女の呼吸が荒くなり始めた。

 起こしてやったほうがいいだろうかと考えた矢先、背後で彼女が目覚める気配を感じた。






 声をかけ水を飲むよう勧めても、それを受け取らずに早々に立ち去ろうとする。

 丁寧な口調でしっかりと俺の目を見て発する感謝の言葉には誠実さが伝わってきたのだが、そわそわとしきりに周囲を見回しながら頑なに俺の提案を固辞する姿には、恐怖と焦りが見て取れた。


 何に怯えているのだろうか。

 そして、この暗闇の中、怪我をした身体でどこに行こうとしているのか。


 また立ち上がろうとした彼女の言葉が急に詰まった。

 よく観察してみると口のなかの違和感を確かめているらしい。

 毛布の中で足をスリスリと動かしている様子を見て、あぁ、と理解する。


 不躾だが、と一言前置きしてできるだけ落ち着いた声で彼女のけがの状態、俺の仲間の一人が治療を施したことを説明した。


 服装から育ちのいい箱入り娘の可能性もある。

 知らぬうちに体に触れられることを嫌がるかもしれない……


 と心配をしていたが、気になったのはそこではないようだった。


「ま、ほう……?」


 キョトンとした彼女は、随分と幼い口調で俺の言葉を繰り返した。


 ここでやっと、彼女の意識がはっきりとこちらに向いた気がする。

 今ならば、と思いきって彼女の素性を尋ねるも、一度はこちらに向いた意識がまたもや逸れてしまう。


 辺りを見回しながら自分の手を撫でたり、耳たぶに手を添えたり、胸元の服を握り込んだりと不思議な挙動を見せる彼女を静かに見守っていたが、彼女はまた自分の意識の中に潜るように黙り込んでしまった。


 なかなか不安そうな表情を崩さない彼女に、発見時の痛々しい姿を思い出す。


 チラリと見た足の傷と腫れた頬。今は治って綺麗になっているが余程の思いをしたに違いない。


 あんな状態で気を失って倒れたのだ。

 意識も朦朧としていたようだし、突然目が覚めて状況が整理できず混乱するのは無理のないことだと、憐憫の情に駆られ始めたころ。


 彼女の視線が俺を観察するように動き始めた。

 俺の腰元、剣のあたりでその瞳が固定される。

 しばらく剣を観察し、今度は防具に目線が固定される。


 何か考え込んでいるのか……?

 あまり珍しいものではないはずだが……


 先ほどの質問に答えてくれる気になったのかと期待し、黙して言葉を待っていたが、彼女はまた黙りこくってしまった。


 仕方ない……


 心を落ち着かせ、わずかでも警戒を解いてやれればと思っていたが、変わらぬ不安げな表情や周囲を気にする様子に、なぜ引き留めたのかを説明し、もう一度カップを差し出した。


 こちらをちらと見た彼女は、申し訳なさそうな表情を浮かべ、今度こそ素直にそれを受け取ってくれた。


 ホッと安堵した俺は、彼女へここで少し待つよう言い、立ち上がって火のそばへ戻る。


 背嚢の中から一枚の封筒を取り出す。

 これは先の町で預かった手紙だった。

 寝床にしていた外套の上に転がして枕にしていたサドルバッグを開き、隙間に入れ込む。


 そうしている間も、目線を向けず意識だけで彼女を探っていたのだが、やはりまだ警戒しているのだろう。彼女は改めて、じっと俺を俺を観察している。


 冒険者として生活をしていると、予期せぬ場所で怪しい人物と遭遇することは間々ある。

 今までの経験からすれば、こういった過剰な警戒には理由があるものだ。


 推察することしかできないが、この恐れ様。

 恐ろしい目に合い、何かから逃げてきているように見受けられる。

 魔物や魔獣の類でないだろう。頬を打たれたような跡があった。

 どこかの狼藉者にひどい目にあわされ、今もなお怯えているのではないか。

 だとすれば見ず知らずの人間を警戒して、離れたがるのも理解はできる。


 考えこみそうになった時、彼女の視線が逸れる気配がした。

 馬のほうに意識をやったようだった。

 あまりにも熱心に見つめている。


 一見、何の変哲もない普通の馬、ケラスフォロスだ。

 まぁ、俺たちの愛馬は普通のそれに比べ能力も高いのだが、一見見ただけでわかる事ではない。


 考え込んでしまいそうになり、いっそのこともう俺は開き直ることにした。


 万が一彼女が俺たちを害する行動をとったとて、あのやせ細った体で何ができるというのだ。

 こちらには俺もベルンもフェルもいる。数々の修羅場を潜り抜けてきた屈強なSランク冒険者3人だ。

 何か怪しい素振りを見せた瞬間、抑え込まれて終わりだろう。


 どのみち、このまま放置はできない。ギルドに報告するとベルンも言っていたのだ。

 街に連れ帰って、その後のことはギルドに委ねることになるだろう。


 俺は最初から、彼女を不審者だと疑うよりも一人では解決できない何かを抱えているのではと、心配する気持ちのほうが大きかったのだ。


 最低限の注意は必要だが、こちらが警戒しすぎては彼女にもそれが伝わってしまう。

 俺がいつも通り普通にしていれば、彼女も少しは張り詰めた警戒心が解けるかもしれない。

 何か困ったことがあるならば、ゆっくりと話を聞いてやればいい。


 そんなことをぼんやりと考えながら、サドルバッグの蓋がきちんと閉まったことを確認して、自分の背嚢を抱え、ついでにまだ水が残っている自分のカップを持って戻る。


 彼女のそばに背嚢を下し、彼女の頭の下で枕になっていた自分の上着を広げ、背嚢の上にかぶせた。

 彼女の白い服が汚れてしまわないように。


 大きめの背嚢を持ってきていてよかった。重量も結構あるから小さな彼女が背を預けても、倒れたりすることはないだろう。


 もたれかかるよう提案し、手と肩を支え、焚火に向き合うように座りなおさせてやる。彼女は呆気にとられているのか上の空で、こちらの意図に素直に従っていた。


 良かった。どういう反応を返されるかと気がかりだったが、ひとまず受け入れてくれたようだ。


 俺自身も、彼女の横に腰掛ける。


 彼女からの視線を感じたが、あまり気にせず好きにさせておく。


 先ほど彼女から抜き取ったカップを戻してやろうと手に取るが、中身が全然減っていない。


 意識を失うほど疲弊し、その後もずっと眠っていて水分を取っていなかったのだ。あんなに声がかすれていて、喉が渇いているはずなのに。

 いくら怪我の治療をしてくれた相手とは言え、見ず知らずの人間から受け取った物を口にするのは、さすがに抵抗があるか……


 彼女自身のためにもなんとかして飲んでもらおうと思った俺は、飲んでもらわなければ自分の沽券にかかわるのだと、少々大げさな口調で言ってみた。


 ちょっとした冗談のつもりだったのだ。


 しかし意外にも、彼女は慌てて俺の手からカップを奪い、ほんの一口だけだけだがそれを飲み込んだのだ。

 飲んだよと言いたげにこちらを見上げる彼女。


 俺が非難されると聞いて焦ったのか、水と称して渡したその真偽について疑っていないとの表明だったのかは定かではないが──

 俺にはその彼女の行動が、彼女の纏う警戒の膜が一つ溶けた合図のような気がした。


 思わず吹き出して笑ってしまう。

 なんとも言えない、面映ゆい気持ちがこぼれたのだ。






 まだまだ日が昇るまで時間がある。

 折角だし俺の不寝番に付き合ってもらおうと、先ほどより柔らかくなった表情の彼女に、改めて自己紹介をし、彼女についてもっと知ろうと、質問を投げかけた。


 返ってくるのは馴染みのない響きの名前や地名。

 驚いたのは、年齢だった。


 この、僅かにではあるが、幼さの残る顔で、24だって!?

 せいぜい16かそこらかと……


 驚いた俺に不思議そうな顔を返した彼女に、やってしまったと、配慮に欠ける言動を謝罪し、話題を変え、彼女の目的地を聞いた瞬間──


 彼女は全身を強張らせ、微動だにしなくなり、息さえ止めているようだった。

 しばらく黙りこくって固まってしまった彼女が心配になり、声をかける。


 ホッと息を吐きだした彼女は、考え込んでしまったと謝罪した。


 考え込んで……あんなに急いでいたのに、行き先が決まってなかったのだろうか?

 やはり何かトラブルを抱え込んでいるのではないだろうか?


 そう思い、怪我の原因についても答えにくいことなのかと質問をしたのだが、今度は予想外の返答が返ってきたのだ。


 質問に答えられなければ、俺に何か不利益があるか、と。


 おそらく彼女は、先ほどギルドに報告するという話をしたせいで、俺が、彼女の情報を探っているように思っていたのだ。

 何も情報を持って帰らなければ、俺が無能の役立たずだと叱られるとでも思ったのだろうか。


 尋問されている状況で、相手の立場のことについて考えを巡らす者なんて、聞いたことがない。


 彼女が起きてから、何度か心ここにあらずといった様子も見せたが、俺との会話にしっかり向き合おうとしてくれていることは伝わっていた。

 それでも答えにくい質問に、どう誤魔化すかではなく、答えない場合何か相手に迷惑をかけるのではと思慮を巡らせるなんて。


 ずっと、不安を抱え込んだ顔をしていたのに。

 何かにおびえて、逃げ出したがっていたのに。

 俺のことを心配するだなんて。


 なんだ、やはりいい子じゃないか。


 思わず、大声で笑ってしまった。

 慌てて口をふさぐ。


 寝ている3人が起きてしまう、いや、フェルとベルンは大丈夫だ。

 アピスを、起こしてしまう。


 彼女が驚いて目を丸くしていることに気が付き、必死に笑いをかみ殺そうとするが、なかなか収まってくれず。

 やっと収まったころには彼女は驚きを通り越して不安になってしまったようだった。


 俺はただ、心配していただけだと伝えると、なぜか悲しそうに眉を思いきり下げ、瞳を潤ませた。


 随分表情が変わるようになったな。

 少し、心を開いてくれたのだろうか。

 なぜ悲しそうな顔をしたのかはわからないが、誤解が解けたならそれでいい。






 しばらく沈黙の時間が続き、次にこちらを向いた彼女は、雰囲気がガラッと変わっていた。


 恐怖におびえる不安げな表情を消し去った彼女は、先ほどまでとは全く違う顔を見せた。


 背筋を正し、まっすぐとこちらを見据え、凛とした気高い雰囲気をまとっている。


 まるで別人だ……先ほどまでの幼さが消えて、随分大人びて見える。

 いや、実際大人なのだが……


 誠実な声で時間が欲しいという彼女に、俺も居住まいを正し、了承の言葉を返す。


 しばらく目を閉じて考え込んでいた彼女は、俺の目をじっと見て、質問を投げかける。

 聞き覚えのない単語が飛び出して、最初こそ戸惑ったが、真剣な彼女の目を見て、俺もそれに応えようと思った。


 俺といくつかの問答を繰り返した後、彼女から信じられない言葉が飛び出す。


「こんなことがあるのか、自分自身でも信じられないのですが……

 私、この世界の人間ではないようです」


 頭が追い付かず、しばらく呆けてしまったが、そんな俺の反応に寂しそうな表情を浮かべた彼女を見て、我に返る。


 話をしたいと言ったのは俺だ。今は理解が追い付かないが、先ほどの問答も何か関係があるのだろう。

 改めて彼女の言うことを飲み込み、考える。


 彼女の身に何がおこったのか、彼女が今から何を話そうとしているのか、まだわからなかったが、彼女が目覚めてからずっと不安そうにしていたのは見て知っている。

 きっと、状況を把握しようと、ずっと混乱していたのだ。

 彼女の中にある疑問を一つ一つ整理するために、先ほどの問答をする必要があったのだろう。


 まずは、彼女の話を聞こう。


 会話の続きを促すと、彼女は泣き出してしまった。


 あふれ出る涙が雨のように彼女の頬から降り注ぐ。

 声を押し殺して、絞り出すように礼を言った声が、あまりにも苦しそうで。

 必死にこらえて体を硬直させる様子を見ていられず、言葉が出なかった。

 返事の代わりにそっとその小さな頭をなでると、さらに大きな涙が溢れ、ついには声をしゃくりあげて泣いてしまった。


 彼女が整理して突き止めた事実とやらは、突拍子もないことだった。

 普通なら、口にすれば気でも触れたかと一笑を買うだけだ。

 思い切って打ち明けてくれたのだろう。

 ずっと不安に押しつぶされそうだったに違いない。

 今は、すっきりするまで泣かせてやろう。


 どれくらいそうしていたか。5分ほどだと思う。

 スンスンと鼻を鳴らしながら最後の一滴を拭った彼女は、改めて顔を上げて向き直った。


 まあるい目も、小さな鼻も真っ赤になって、余計な力が抜けた彼女は、随分幼い印象に戻った。


 そのままでは不快だろうと、少し待つように言って焚火のそばへ戻る。


 サドルバッグからまだ使用していない、自分の所持品の中で一番綺麗な布切れを取り出し、軽く水で濡らした。


 さらに、食器用の収納袋から誰も使っていないボウルを取り出し、焚火の端に除けられていた鍋からスープをすくいよそう。火のそばにあったおかげでスープはまだほんのり温かい。

 彼女を持ち上げた際あまりに軽く、上等な服を着ている割に栄養が足りていないのではないかと思ったのだ。

 先ほどは断られたが、今なら食べてくれるだろうか。


 彼女はそれらを素直に受け取った。

 迷いなくスープを口に運ぶ姿に、思わずほおが緩む。


 そして、食事を終えた彼女と俺は、話を再開した。






 彼女に婚約者がいるとは予想外だった。

 けれど改めて知った年齢と、先ほどの凛とした表情を思い出すと、さもありなんというところ。


 そんな調子で静かに聞き入っていれば流れが一転した。

 今度は俺が感情的になってしまったのだ。


 苦々しい過去を、自分が受けた惨い仕打ちを、時折苦しみを誤魔化すように両手のカップを力いっぱい握りしめ、それでも粛々と語るのだ。


 あまりにもひどい扱いに、強い憤りをおぼえた。


 彼女の頬は赤く腫れ、口元には乾いた血がこびりついていた。

 足にはいくつか深い傷があり、爪もはがれ落ちかけていた。

 外見からはわからなかったが、痣がたくさんあり、肋骨まで折れていた。

 そんな状態で、逃げてきた。


 そうして、俺たちと出会った後も、追いかけてくるんじゃないかと怯えている。


 初めて彼女と出会ったとき、生きることを諦めた目をしていた。

 光を失い、暗く、鈍く、沈んだ、澱んだ瞳。

 何度も見てきたから知っている。

 彼女ははっきりとは口にしないが、もしかして……

 自死を図り、その森に入ったのではないか。


 その婚約者という男は、自分が愛し、自分を愛してくれる存在を、そうさせるほどにまで追い詰めたのか──


 腹の中で真っ赤に煮え滾ったマグマが渦を巻く。


 その男、絶対に見つけて彼女の前に引きずり出してやる。

 膝をついて、彼女が納得するまで、謝罪をさせる。


 彼女に、その男の所在について尋ねた。

 しかし彼女はそんな俺を必死に宥めるのだ。


 納得はしていないが、彼女は男に殴られて逃げてきた後なのだ。

 これ以上は、彼女を怖がらせてしまうかもしれない。


 再度腰を落とし、もどかしい思いに苦々しさを噛み締めていたが、一瞬で頭が冷める。


 足元が強く光って、それから俺たちに合った。


 今までに経験したことのない、強い、まぶしい光。


 足元が光る……


 強く、まぶしい、光……


 考え込んでしまった俺に、声をかけた彼女は、俺の反応を気にしていたが、まだ何も整理できていない俺はなんでもないと返した。

 彼女は何か言いたげだったが、あまり食い下がることなく次の話へ移った。


 そうして聞いた、彼女の世界の常識と俺の知っているこの世界との差異。

 魔法が実在しないこと。

 姓名の順番まで、違っているようだ。

 衣類は高価なものではなくごく一般的なものだと言うし、装飾品は全て模造品だと……


 実際に手に取って見せてもらったが、耳飾りについている宝石は相当質のいいダイヤモンドにしか見えない。それに、見たことのない形をしていて、耳に穴をあけて通すものではないようだ。

 違和感を探ってみるが少々、重量が軽く感じる程度だ。素材は金ではないのか?だが、表面の輝きや色味はそれにしか見えない。


 チェーンにパールが通されている繊細な細工のベルトは確かに耳飾りの方に比べ相当軽くできているようで、何か特殊な素材でできていることまではわかったが、どういった素材なのかまではわからない。

 白金のように美しいが、これも違うというのか?


 彼女はこれを、本(・)物(・)に(・)似(・)せ(・)て(・)作(・)っ(・)た(・)と言った。


 もし本当ならば、すさまじい技術の結晶だ。

 宝石を模造するなんて技術は、この世界では聞いたことがない。

 確かに偽物の宝石はある。しかしこの完成度の物は、おそらく存在しないだろう。

 地金もだ。これが本物でないなら、一体何からできているのだ。


 彼女のご両親と祖母君の形見だという指輪は本物だという。

 正直、今俺の手の中にあるものと見比べても、どちらが本物かと聞かれれば当てられる自信がない。


 形見は渡せないが、耳飾りとベルトは必要ないから受け取れという彼女に、慌てて手の中の物を彼女に押し付けた。


 見返りが欲しくて助けたわけではないと。


 別に、貶められたと感じたわけではないので必要はないのだが、彼女は申し訳なさそうに、そして丁寧に謝罪をしてくれた。


 本当に誠実ないい子だ。


 彼女の説明にも納得ができた。


 信じる、とはっきりと口に出して表明したことで、彼女はまた、泣き崩れた。






 迷子の子供が、ようやく親と再会をした時みたいだな。


 彼女を見守りながらそう思った。


 きっと彼女は、目覚めてからずっと不安だったに違いない。


 彼女の世界では武器は携帯してはならないらしい。俺の剣を見て固まっていたのにも納得だ。

 外敵に襲われることのない、安全な世界だったのだろうか。


 そんな世界で生きてきた人間が、馴染みのない武器を持つ集団に出会ったら……

 相当な恐怖だろう。


 何者だ、と尋ねられても、答えに詰まるのも無理はない。


 婚約者の追跡に怯え、武器を持つ謎の男に脅え……

 あげく理解のできない世界に寄る辺のない恐怖で頭がいっぱいだったに違いない。


 そして、彼女には頼るものがいない、孤独という深い闇がこの先も待ち構えているのだ。


 先ほどの模造の装飾品。彼女はおもちゃ程度のものだと簡単に差し出したが、他の人間には見分けがつくまい。隠すようには言ったが、もし誰かに見られれば厄介の火種になることは目に見えている。


 それに、彼女の話し方。元来の利発さもあるのだろうが、高度な教育を受けてきたように感じられる。

 彼女の持ち物だけでなく、知識や技術が、こちらではとてつもない価値に値するものもあるだろう。

 良き理解者に出会えれば活用する道もあるだろうが、そんな高潔なものは、そうそう出会えるものではない。

 野心の貪欲な者に目を付けられてしまえば、彼女は……


 そこまで考えて決意した。


 出来る限り、力になってやろう。


 傷つき、逃げ出した先で、また誰かに恐怖を与えられないように。


 また生きることを諦めてしまうような、悲しい思いをさせないように。






 泣きやんだ彼女に、一つ提案をした。


「これからについてなんだが、この事は、他の皆には秘密にしてくれないか。」


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