27.報酬
リオンさんとディアナさんが先導して街へ戻る道中、隣を歩くフェルさんに、ずっと気がかりだった件について話をしようと声をかけた。
「フェルさん、初めてご挨拶したときの事なんですが」
「ん?ウルヴァの森でのことか?」
「はい。始めてフェルさんを目にしたとき、驚きのあまり無遠慮にもじろじろと見てしまったことをお詫びしたかったんです。言い訳になってしまうのですが、私の世界では見たことが無いほど端正なお姿だったもので……」
「ああ。慣れている」
「リオンさんが、容姿のせいで嫌な思いをしてきたと仰っていたので。
不躾だったことももちろんそうですが、フェルさんにとってはとりわけ不快な思いをさせてしまったのではないかと、申し訳なく思っていたんです」
「そうか……まぁ、確かに初めは警戒もしたが……今では気にしていない」
彼の表情はとても穏やかに見える。
許してもらえたということだろう。
それでもやはり初対面の人をじろじろと見るなんて無作法な振る舞いは今後も気を付けたほうが良いと改めて内省する。
「確かに、私は女性が苦手だ。だが、君は他の3人と同じように私に接してくれるだろう。
いままで……私が仕事のために少し話しかけただけで、ベタベタと纏わりついたり、後を付け回されたり、面倒なことに発展することが多かった。
けれどユウナ、君はそうはならなかった。それだけで良いんだ。
自分の見目が目を引くことは自覚している。謝る必要はない」
きっと、彼なりのフォローの言葉だろう。
最初は怖い顔をしていたけれど、やっぱりリオンさんの言う通り、とてもいい人だ。
その後は皆の過去に受けたお仕事の話を聞いたり、街の中のおすすめのお店の話で盛り上がり、あっという間に門までたどり着いた。
「あ!皆さん、おかえりなさい!
ん……あれ?新人さんもご一緒でしたか!」
「ああ、さっき見かけてな。戻る途中だというから一緒に」
「採取の方はいかがでしたか?」
「はい、特に大きな問題もなく、数も揃えられました」
「よかったですね!はい、認識票もOKです!お疲れさまでした!」
先ほどベルンさんと一緒に話した男性門番さんだ。
明るくて元気な声にこちらも笑顔になる。
認識票を見せて門を通り抜け、ギルドへ向かう。
3人の後をついて歩きながら、ギルドまでの順路の答え合わせをすべく来た道と逆のルートを頭で描く。
街の地理を頭に叩き込まねば。次は一人でも来れるように。
もうすぐ着くぞ、とのフェルさんの言葉に改めてギルドの建物全体を確認する。
石造りの大きな建物。周囲の物に比べて随分大きい。
窓の数から3階建てなのだろうが、それより大きく見えるのは、1階のフロアの天井が高かったせいだろうか。
入口にたどり着き、3人は特に会話を交わすこともなく、じゃあ、と手を振ってあっさりと解散していった。
しばらく皆の後ろ姿を眺めていたが、それぞれ違う方向に進んでいったところを見るに、きっと各自違うルートを辿って裏口に回るのだろうか。
皆の姿が見えなくなり、私もようやっとギルドの入り口に足を向けた。
「おかえりなさい!早かったですね!大丈夫でしたか?
ギルマスから、そのまま執務室へ来るようにと伝言を預かっています」
「ありがとうございます。では行ってまいります」
先ほどの受付の女性に声をかけると、ベルンさんとの打ち合わせ通りの指示をいただいたので、頭を下げて階段を上る。
3階の奥の部屋だったな……と綺麗な彫刻の扉をノックし、開いた扉の隙間からベルンさんの顔が見えて、大きく息を吐いた。
「お、早かったな……ってなんだ?疲れちまったか?」
「いえ、やはり少し緊張していたようで……ベルンさんの顔が見えた瞬間、ホッとしてしまいました……」
「そうか……無事帰ってこれたようでなによりだ。
さあ、入って座れ」
今朝と同じソファに促され、手に持っていたカゴを足元に置いて腰掛けた。
「水だ。リオン達はまだ来てない。ゆっくり休んでろ」
「ありがとうございます」
喉がカラカラだった。
リオンさん達が居たとはいえ、やはり知らない土地を歩き無意識に緊張していたらしい。
それに、門番さんや受付の女性との会話でボロを出さないかと、ヒヤヒヤしていたのである。
まずは一口と、いただいたお水に口をつけたつもりが、気が付いたころにはグラスは空になっていた。
その様子を見てフッと軽く笑ったベルンさんは無言で空のグラスを手に取り、水を足してくれた。
「で、どうだったよ?初めての仕事は」
「はい。皆さんに細かく教えていただいて、ようやっとクリアできたというところですね。
やはり文字が読めないことには一人で任務を受けることすら儘ならないと、改めて実感したところではあります。
任務を受けられたとしても、せっかくリオンさんにいただいた本も、文字が読めないことには活用できませんし……
我儘を言って皆さんを付き合わせてしまって、申し訳ありませんでした」
ベルンさんは驚いたような、気まずそうな、何とも言えない表情だった。
「いや、ユウナの気持ちも分からんでも無ぇしな……だが──」
ベルンさんの声を遮ってノック音が響いた。
「俺だ」
ベルンさんが扉を開くと、リオンさんが立っていた。
隣にフェルさんもいる。
「なんだ、一緒に上がって来たのか」
「タイミングが合ってな。裏口で鉢合わせた」
「別のルートで来たはずだったんだがな」
リオンさんは私の向かいに腰掛け、お疲れ様、と声をかけてくれ、フェルさんはリオンさんと自分の分の水を用意してからゆったりとリオンさんの横に座った。
「お2人とも、ありがとうございました」
「いや、俺も初めての依頼を受けた時のことを思い出して楽しかった」
「そうだな。ランクが上がると薬草の採取はやらなくなる。私も随分久しぶりだった。
納品はこれからか?」
「ああ。まずはユウナに金勘定を教えてやらんとな。
早めに覚えておいたほうがいいだろう」
「そうか……言われてみれば確かに、金もユウナの知る物とは違うのか……」
ベルンさんは自分のベルトポーチから小袋を取り出して、中の物をテーブルに広げた。
「この国で使われている貨幣はこれだ。
一番小さいものがリム銅貨。市井ではこれがメインで使われることが多い。
これが1000枚……1000リムで1バドル銀貨になり、銀貨100枚、100バドルで1レグ金貨となる。
ここまでは大丈夫か?」
小さく頷く。
「1リムでだいたいこれくらいのパンが一つ買える」
そう言って顔より2周りほど大きく手を広げた。
顔より大きなパン。一つで朝昼夕と3食分としてもまだ余りそうだ。
パン一つで銅貨1枚なら今日の報酬でこのパンが30個買えるということか。
「今日の採取依頼はまぁ色のついた報酬だったわけだが、30リムだ。
だが、通常の採取依頼の相場は15リムから25リム程度がメインだ」
なるほど、今回の報酬は本来より随分上乗せされていたということだ。
「今回は破格の報酬の依頼を偶々受けられたのですね」
「そうだな。
だが、本来の相場の依頼でも、毎日地道に受けていれば、生活できないこともない。
慎ましい生活にはなるが、そういった駆け出し冒険者も珍しくないんだ。
だから、あまり気を張ることはない。」
「はい」
「よし、じゃあ次は、今回採取したものを納品に向かう。
受付で渡された書類は持っているな?」
「はい、これですね」
テーブルの上に書類を広げる。
「これは受託証明となる。これを持って依頼人に品を納品する。
相手が品を確認したら、この書類にサインをもらうんだ。
サインを以て依頼達成となるから、絶対に忘れるな。
サイン入りの証明がなければ報酬は受け取れない」
「はい、ここで良いですか?」
今まで依頼書だと思っていた書類はまた別の物だったようだ。
書類の空いているスペースを指さし、サインの場所を確認する。
「ああ。サインをもらったら受付に提出しろ。
受付が確認し、報酬が支払われる。
その時、受け取りのサインが必要だから、ユウナの名前の書き方をもう一度確認しておこう」
ベルンさんがペンと紙を持ってきてくれた。
昨日見せてくれた文字の一覧表も一緒だったが、昨日何度か試し書きさせていただいたおかげで、今度は見ずとも書くことができた。
ひょろひょろの字は相変わらずだが。
「なんだ、もう大丈夫そうだな」
「もう文字を覚えたのか?」
「いえ、自分の名前だけです。昨日何度か練習させていただいたので……」
「まあ、見栄えはともかくって感じだがな」
ベルンさんが揶揄うように笑う。
「はい……精進します……」
膨れてそう返すと、3人は笑ってくれた。
ドラムさんのお店は、ギルドを出てすぐ近くにあるらしい。
経路を確認すれば一人でも大丈夫そうだったが、念のため今回はベルンさんがついてきてくれることになった。
あらかじめ確認しておいた道を進む。
ギルドを出て、右手の道を進む。しばらく進むと三差路に行き当たるので、その左手の角、緑色の看板がかかった場所がドラムさんの薬屋さんだ。
よかった、ベルンさんに質問することなくたどり着けた。
扉を開けた瞬間、薬草のにおいに包まれる。
「すみません、冒険者ギルドより、依頼の件で参りました、ユウナと申します。ドラムさんはいらっしゃいますか」
少々大きな声で呼びかけると、カウンターの奥の扉が開き、ふくよかな男性が出てきた。
「やあやあ、待ってたよ!」
「ドラムさんでしょうか?ご依頼の薬草を持ってまいりました」
「ああ、依頼したドラムは僕だよ。
随分ご丁寧な冒険者さんだねぇ、ベルンさんも一緒に取ってきてくれたのかい?」
「いや、友人の子なんだ。初めての依頼で心配だったから、道案内だけな」
「あの、初めてですが、薬草は丁寧に採取してきたつもりです。確認していただいてもよろしいでしょうか?」
「そうかい、じゃあ見させてもらうよ」
皆のアドバイスを受けながら、しっかりと注意を払って採取してきたのだ。
ちゃんと全部納品したい。
ドキドキしながら無言で一つ一つを確認するドラムさんの手つきを見つめて待つ。
「……うん。ほんとに丁寧に取ってきてくれてるね。全部問題ないよ。
ありがとう、これで納品完了だよ」
「あ、ありがとうございます!」
ホッと息を吐く。よかった。皆にもまた改めて報告しなければ。
「こ、ここに、サインをお願いいたします!」
受託証明書にサインをもらった私は、何度も頭を下げてお店を後にした。
「おめでとさん、初依頼、無事達成だ」
お店を出て、嬉しい言葉を贈ってくれたベルンさん。
受託証明書をしっかりと握りしめた、緩む頬を抑えきれない私。
「ありがとうございます!」
「よし、だが報酬を受け取って帰るまでがお前の仕事だ。
さあ、受付にそれを出しに行くぞ」
「はい!!」
帰り道はつい早足になってしまった。傍から見ていれば、私の足取りは弾んでいただろう。
知らない世界で、初めての仕事。初めての報酬。
今はまだ皆の助けあってこそだが、文字を覚えて、薬草の知識を頭に叩き込めば、私一人でもなんとかなるかもしれない。
独り立ち、できるかもしれない。
今までは朝から晩まで碌に寝もせず働いてた。
居眠りする人や、ゲームをしている人に囲まれて、そんな人たちの分まで仕事を回されて。
それでも皆は目も合わせてくれなくて。
お給料はほとんどを彼の実家に収め、何のためにこんなに働くのか、最後にはよくわからなくなっていた。
働いて、ありがとうと言ってもらえる。
私の仕事に喜んでくれる人が居る。
働くことって、こんなに楽しいことだったんだ!
「お疲れ様でした!こちらが今回の報酬です。
確認して、間違いなければこちらにサインをお願いします!」
受付で受託証明を提出し、目の前に銅貨が並べられた。
30枚。私の初めての報酬。
サインをして、腰のポーチにそっとしまう。
私の舞い上がった心が手に現れたのか、文字が少し跳ねたような筆跡になってしまった。




