28.仮住まいの秘密部屋
ベルンさんと二人で再び執務室へ戻る。
扉を開けると、先ほどまではいなかったディアナさんが戻ってきていた。
「ディアナさん!おかえりなさい!」
「おや、熱烈な歓迎だねぇ。その調子だと、依頼完了できたのかい?」
「はい!無事、全て納品出来て、報酬もいただけました!
これも、皆さんのおかげです。本当にありがとうございます!」
先ほどから舞い上がる私の声は、随分弾んでいたのだろう。
ディアナさんがクスクスと私を見て笑う。
「初依頼の達成、おめでとう。
私たちは口を出しただけだからね。ユウナが頑張ったんだよ。
さあ、遅くなったが昼にしようじゃないか」
そう言ってディアナさんが私をソファへ誘導する。
テーブルには昼食が並んでいた。
食事中は、皆が労いの言葉をかけてくれた。
私も皆の手助けのおかげだと何度も感謝の気持ちを伝える。
私の昼食は、手を付けられなかった朝食の残りのサンドウィッチだ。
少し多めの量だったが、何とか食べきってふうと一息ついたところでリオンさんが話題を切り出した。
「それで、どうだった?ベルン」
何かを伺うような慎重な表情。
「ああ、何とかなったぜ」
この空気、また私のことで手間をかけさせてしまったに違いない。
静かに二人の会話に耳を傾ける。
「ただ、アパートのほうは空き部屋が無くてな。少し離れればそうでもないんだが……今のユウナを一人で生活させるには治安面がちと不安な場所だ……
そこで、バッカスに話を持っていったんだが、例の部屋が空いてるそうだ」
内容からして、私の住まいの事だろう。
どこでもいいと口をついて出そうになった言葉を飲み込む。
昨夜も思ったことだが、私としては屋根がある場所で寝られるだけでもありがたい話なのだが、此処まで良くしてくれる人たちだ。紹介した部屋が原因でトラブルに巻き込まれたとあれば、責任を感じさせてしまうだろう。
きっとここは彼らの考えに従っているほうが良いだろう。
しばらく腕を組んで考えていたリオンさんは、神妙な雰囲気で私に視線を向けた。
「ユウナ、これからの生活拠点についてだ。
ベルンが信頼のおける伝手をあたってくれたんだが、ここから近い場所に今空いている部屋がないそうだ。
それ以外の離れた地区だと、空き部屋はあっても女性の一人歩きには向かない地区もある。
そこで、数日は宿屋に宿泊してもらうことになるかもしれない……
ここからも目と鼻の先の距離にあって何かあってもすぐに駆け付けられる。俺たちも良く知る知人が営んでいる宿屋なんだが……」
「賃料は1泊10リム。部屋には浴室とトイレあり、朝食付きだ。昼と夜は自分で調達するか、1階が酒場になっているから、金さえ払えば用意してくれる」
「はい。先方が大丈夫なら私はそこでお願いしたいと思います」
リオンさんとベルンさんの説明を聞いて了承の返事を返したが、何故か思っていたのとは違う反応が返ってくる。
リオンさんとフェルさんは驚いた顔をしているし、ベルンさんとディアナさんはため息を吐いてやれやれといった表情だ。
すんなりと決まりそうで良かったと思っていたのだが……何か見落としていただろうか。
「ユウナ、アンタね……
そんな即決でいいのかい?まずはどんな場所か見てから──」
「いえ、皆さんのお知り合いの方なんですよね?
屋根がついている場所で休めて、それが皆さんのお知り合いの方の経営する場所なら、私にとっては十分です」
「…………簡単に人を信用し過ぎだよ…………」
心外である。誰にでもこうという訳ではない。
ここまでしてくれる人達だからこそ、信用したのだ。
あり得ないことだと思っているが、これでもし裏切られたり何かトラブルに巻き込まれたとしても、後悔はしないと思えるほど信頼させてくれたのは、この人たち自身だ。
「皆さんだからですよ」
「はぁ……まぁ、とりあえず、見に行くか。
そんでダメそうならしばらくこの部屋を使ってもいい。
お前らはここで待っててくれ」
その一言で、私たちは腰を上げた。
この部屋となるとベルンさんのお仕事に支障が出そうなので、それだけは絶対避けたい。
ギルドを出て斜向かい。
本当に目と鼻の先だった。
火を噴くドラゴンの看板が吊り下げられている。
建物は石造りで3階建て。扉は上下で2枚に分かれていて、上の扉だけを開いている。
閉まっていた下の扉を開いて入っていくベルンさんに、建物を眺めていた私は慌ててついて行く。
中は酒場らしく、日中なのに少々薄暗い照明、樽のようなテーブルとバースツールがたくさん。
「バッカス、ちょっといいか」
ベルンさんの呼びかけにバーカウンターの奥の扉から一人の男性が出てきた。
酒場の店主にしては大きい体。190はあるだろう。
肩幅も広く、ベルンさんにも引けを取らない筋肉。
髪はサイドを刈り上げたオールバックですっきりしている。
古いもののようだが、右目と左頬に大きな傷跡が走っていて、とても貫禄のある男性だった。
「何だ、さっきの件か?」
「ああ。古い友人の忘れ形見でな」
「この子か……?俺は問題ないが……大丈夫なのか?こんなところで……」
「ユウナ・ミヤケと申します。24歳です。両親が亡くなり、人里離れた山奥から、古い知人のベルナルドさんを訪ねてこの街に出てきました」
「バッカス・ボッカディオだ。1階は酒場で人の出入りが多いが大丈夫なのか?」
「はい。屋根がある場所で休めるだけでありがたいです」
「この調子なんだ……
いい子なんだが危機感がなくて心配なんだ。
いい部屋が空くまで泊めてやってくれねぇか。
コイツが部屋を見て問題なければ、ひとまず10日で契約したい」
「……わかった。こっちだ」
ベルンさんがカウンターに小袋を置くと、ジャランと重い音が響いた。
「あ、あの!ベルンさん!」
「いいからいいから」
折角僅かながらも手にすることのできたお金があるのに、10日分の料金を支払わせてしまって抗議しようとするも、軽くいなされてしまう。
確かに、たった15リムしか持っておらず、1泊分で吹き飛んでしまう額だが……
他にも様々な道具や食事など、手間以外にも金銭的に負担をかけ続けてしまうことにやるせなさが募る。
ヒラヒラと右手を振って気にするなと示唆した彼に、何度目かもわからない感謝を述べて、その背中を追いかけた。
カウンターを抜けて扉をくぐると、中は調理場だった。
様々な食材や調理器具が並んでいるが、整理されて手入れも行き届いているようだ。
調理場の奥に、角を挟んで扉が2つ。
「こっちは裏口の出入り口だ。そしてこっちが部屋に続いてる。ベルン、案内してやってくれ。
俺は仕込みに戻る」
裏口と指さした方と違う扉をベルンさんが開くと、そこには上り階段。
先に上がっていったベルンさんについてまっすぐ上がっていくとすぐに別の扉に突き当たった。
その扉の先は、小さな小部屋になっていた。
正面と右手にそれぞれ一つずつの扉。
「正面の扉は一般客室の廊下に繋がってるが、開けるなよ。右手の方がユウナの部屋な」
右手側の扉を指さしながら開けてみろ、とベルンさんからの指示。
ノブを回して扉を押すと、石の床と壁が広がっていた。
木製のテーブルと椅子の下にはシンプルな絨毯が敷いてある。
窓は一つで、高い位置にあるが開けて空気の入れ替えはできそう。
扉が2つあり、開いてみるとベッドルームとシャワールームだった。
備え付けのキッチンもあるようで、とても生活しやすそうだ。
「出入りにはさっきの裏口の扉を使え。
酒場で変な客に絡まれるのも面倒だろう」
「まるで隠し部屋ですね……」
「あー……まぁ、わかるよな……」
「気が付かないほうが良かったでしょうか?」
「いや、まぁ、大丈夫なんだが……」
そもそもバッカスさんは、リオンさんやフェルさんにとってのベルンさんのような方らしい。
駆け出しの頃からお世話になっていて、代々酒場を経営しながら冒険者稼業もこなす、とても信頼の厚い一族なのだとか。
今でこそあまり依頼を受けたりはしていないが、困ったことがあると今でも相談に乗ってくれる貴重な相手だと。
そのバッカスさんの協力のもと、まれに現れる手のかかる客人やお忍びの依頼人などを匿うために用意された部屋がここだ。
秘密の隠し部屋らしく、密談のランプを応用した魔法が使われていて、この部屋の音は外に漏れないようになっているらしい。
お金を払ってもらって文句を言える立場ではないが、むしろとても良い仮拠点を紹介してもらえてさらに感謝が募る。
「どうだ……?最近は人の移動が多いから、運が良けりゃ数日でどこかの部屋を紹介できると思う。
それまでの辛抱だが、大丈夫そうか……?」
「はい!自分にはもったいないくらいです」




