26.アキレア草
依頼票を受け取った私を確認したベルンさんについて建物を出て、ギルドホールから踏み出した足が、石畳を2つ軽快に鳴らした。
街の空気を全身で感じた瞬間、息が止まる。
躍り出た大通り。
日の光に照らされてたくさんの色が輝いている。
溌剌とした呼び込みの声。
行きかう人の笑い声。
目の前を馬車が横切り、石畳を鳴らす車輪と蹄のリズム。
周囲には木と漆喰でできた可愛い建物や石造りの重厚な建物が混在している。
昨夜は深夜でまばらな明かりの中、顔を伏せて歩いていたためあまり味わえなかった異国の空気。
リオンさん達との会話や魔法を目にして何度も実感してきたが、それとはまた一味違う非現実感。
「映画だ……」
きっと訳の分からないだろう単語を口にした私を見やってフッと笑ったベルンさんは、片方の口角をあげてニヤリと笑った。
「まぁ、田舎モンには衝撃の街並みってとこか」
きっと辺鄙な地方から都会に出てきた人たちは、私と同じような反応をするのだろう。
「すみません。とても活気のある街ですね」
「そうだな。だがその分、厄介なヤツもそれなりにいるからな。
はぐれないようについて来いよ」
「はい。気を付けます」
私の了承の返事を聞いたベルンさんは再び歩みを進めた。
長い足をゆっくり動かし、私の歩幅に合わせて道の内側を歩き、依頼内容について詳しく説明をしてくれた。
今回の依頼はFランク。アキレア草という薬草を30株取ってくるお仕事だそうだ。
アキレア草は多年草の薬草で、この街の住人にも広く使われている傷薬の原料だという。
暑い地域以外ではよく見られる植物で、この街周辺では東側の門から少し歩いた平原に生息していることが多いという。
「この街には門がいくつあって、昨夜通ったのはどこのなのでしょうか?」
「この街には東西南北に4つ門がある。昨日通ったのは南門だな」
会話をしながら、教えていただいたことを必死に脳内で反芻していると、ベルンさんはある平屋の建物の前で立ち止まった。
「おーい、オヤジ、いるかぁ?」
ギィと建付けの悪そうな音を響かせる扉を開けながら大きな声で奥に呼び掛けたベルンさんは、ここで待っててくれと一言残して中へ入っていった。
入口の周辺には何やらいろいろな道具が雑然と置かれてある。
ドアの横には、おそらく商品であろう物に交じって看板が立てられている。
なんて書いてあるかはわからないが、これが無ければお店だと気が付かなかったかもしれない。
しばらく周辺の道具を見ていると扉が開き、ベルンさんが出てきた。
手には編みかご。その中には何やらいろいろと入っているようだ。
「今日からこれを使え」
鎌、小さなシャベル、移植ごてのようなもの、小型ナイフ、厚手の手袋、複数の麻袋。
全てそろえるのにいくらかかったのだろうか……
今から仕事をしに行くのに、その道具をそろえるためにお金を使わせてしまった……
「良いから、貰ってくれや。あれだ、ギルドの登録祝いだ。
古い友人の忘れ形見なんだ。
これくらいは良いだろう。
あと、これは古道具だ。大した値段じゃねえから、気にせず受け取れ」
「あ、ありがとうございます……
あの……本当に昨日から、何もかも揃えていただいて……」
「構わねぇよ、あんまり気にするな」
そう言って笑ってくれるベルンさんは、申し訳なさそうな私の背中をパンッと一つ叩いて歩きだした。
東門まで到着し、門番に認識票を見せる。
昼間、門は開け放たれているようだ。
通行に身分を証明するものが必要だなんてまるで海外に行くみたいだななんて、ひそかに緊張していると、門番の一人がベルンさんに声をかけた。
「あれ?見習いの子と採取ですか?珍しいですね」
「ああ。友人の忘れ形見でな、場所の案内だけな。
これからこの街で世話んなるから、よろしく頼むよ」
「よろしくお願いいたします」
ベルンさんの言葉に慌てて私も頭を下げる。
「へぇ、かわいらしい子ですね。何か困ったことがあったらいつでも声かけて。
あと、あまり暗くならないうちに帰ってくるんだよ。
日が暮れたら門が閉まるからね」
「は、はい。ありがとうございます」
もしかして私、また実年齢より幼く見られているのだろうか……と少々物悲しい気持ちを抱えながら門を潜り抜けた。
日本ではあまり見ることのなかった平原。
舗装されていない砂道が続いている。
深呼吸すると、緑の香りが胸いっぱいに広がった。
道なりに進むと、リオンさん、フェルさん、ディアナさんの3人が見えてきた。
私たちに気づいたリオンさんが頭の上で手を振ってくれている。
私は、きっとこの自然に囲まれて気持ちが昂っているのだろう。
気づけば三人のもとへ走っていた。
「初仕事だな!何を採取する予定だ?」
リオンさんの問いに、私は受付の人に渡された依頼書を二人に見せる。
「えっと、アキレア草を30株採取予定です!」
「お!ドラムの採取依頼じゃないか!ラッキーだったねぇ!」
「ドラムの採取依頼は報酬が良くてな。人気が高いんだ。
ああ、ドラムというのは薬屋だ。薬を作るのは好きだが採取を面倒がってな。
多少報酬を上乗せしてでも採取を避けようとする変わった男だ」
喜ぶリオンさんとディアナさん。その理由を説明してくれるフェルさんに、ゆっくりと追いついたベルンさんが補足で説明をしてくれた。
「今回の報酬は30だ。ちょうど依頼を受け付けた直後だったようだぜ。
アキレア草も初めての採取にはちょうどいい。良かったな、ユウナ」
「一式揃ったようだな」
私の手元のかごを覗き込んだフェルさんが呟く。
「ああ。俺からのギルド登録祝いってことでな。
んじゃ、俺はそろそろ戻るから、後は頼んだぜ」
「よし、じゃあアキレア草の採取といくか」
リオンさんの掛け声とともに、手を振って踵を返したベルンさん。
慌てて頭を下げてお礼を言った。
「ここまで、ありがとうございました!
後程また、よろしくお願いします!」
ひらひらと手を振る後ろ姿を見送った。
移植ごてと小さなシャベルを使って、教えてもらった草を採取する。
アキレア草は根から傷をつけずに採取するのが基本だそうだ。
土から掘り起こしたら、軽く根の土を払って、かごに寝かて置く。
「うん。大丈夫そうだな。根はあまり深くないがちぎれやすいんだ。深めに掘って土を払ったほうがきれいに取れる」
「カゴに入れるときは重ね過ぎないようにね。カゴ全体に広げて並べるんだ」
「この季節のアキレア草には淡い色の花がついているが、開ききっていないもののほうが喜ばれる。
蕾の多い物を選ぶといい」
「本でいうと、このページだ。また帰ってからゆっくり見るといい」
「この草は花も葉も根も、色々な用途に使えてね。あまり傷んでいると基準に満たないと判断されることもあるんだ。これくらい丁寧にやってればまず大丈夫だけどね」
「まれに濃い色をした花が混じっているが、それは別の物だ。
花の色以外にも葉の形が少し違っているので気をつけろ。」
リオンさんもフェルさんも細かいことまで教えてくれる。
あっという間に依頼の30株を集められたがずっと屈んでいて腰が痛くなってしまいそうだ。
運動不足が原因だろう。筋トレをしなければ……
文字も覚えたいし、薬草ももっと覚えたい。
やりたいことが、増えていく。
「よし、じゃあ一度ギルドに戻るとするか!」




