25.ギルドホール
依頼を受けないかとのリオンさんの一言に、私の顔はきっと、期待を隠し切れない表情をしていたに違いない。
「待て待て!ユウナ、今から行くのか!?お前、心の準備とかねぇのかよ!?」
「はい、やる気だけは満ち溢れています」
「まぁ、実際受けるかどうかはさておき、依頼内容を見るくらいは良いだろう……?
服もこの街の者になじんでいるし、ホールをウロついても違和感はないだろうし……
この辺でとれる薬草の採取依頼なんかだったらあまり危険もないだろう?」
慌てて止めるベルンさん。張り切って両手を胸の前で握る私に、リオンさんがすかさず援護をしてくれた。
「服装はな!でもまだユウナにとっちゃ分からねぇ事ばかりなんだぞ!それに、リオン、お前がご丁寧に案内するのか?まさかディアナもフェルもついて行くつもりじゃねえだろうな!?
ユウナが悪目立ちすんだぞ!」
ベルンさんから目線を逸らす3人。
「ユウナもそれは嫌だろう」
「あっ……」
「ほれ見ろ」
「まだ文字を全て覚えられていませんでした……」
「そっちかよ……」
ガックリと肩を落としたベルンさんには申し訳ないが、私にとっては一文無しなこの現状こそが一番の不安要素なのだ。
少しでも早く自分でお金を稼ぐ手段を知っておきたい。
「あの、私も早く仕事の受け方を知りたいです。
他にも勉強したり、自分の認識をこちらの基準にすり合わせる必要があることはわかっています。
けれど、まずはどのように仕事を受ければいいのか、それを知りたいです」
他にも不安要素はたくさんある。
まずはこの世界の金銭の相場について。
先ほどの魔道具の一件でも考えた。安くて良く使われるようなものもあると。魔道具なんて特殊なもの、きっとお高いものばかりなのだろうと考えたが、そうではないらしい。
それに、気になったのは紙である。昨日の書類に使用されたのは羽ペンだった。けれど紙は羊皮紙ではなく、私の知る植物由来の紙の手触りだった。
リオンさんがくれた本も、羊皮紙ではなかった。私の知る歴史では羽ペンを使用するような時代、紙はある程度高級なもので、本となれば庶民が簡単に買える代物ではないと思っていたのだが……
魔法の存在が、私の世界との物の価値にずれを生じさせている可能性が有ると思い至ったのだ。
一日の生活で、何に、どれくらいの金額が必要なのか。
宿を確保するにはどうすればいいのか。
今の手持ちのもの以外に、仕事にはどのような道具が必要となるのか。
分からないことだらけだったが、とりあえず、お金を稼ぎたい。
これ以上皆さんに迷惑をかけないよう、仕事の受け方をいち早く覚えたい。
最低限、依頼を受ける方法だけでもわかっていれば、皆さんが居なくても一人でお金を稼ぐことができるのではとの焦りが大きかった。
「わかったよ……ただし条件がある」
私のやる気を買ってくれたのか、それとも焦りがつたわってしまったのか。
小さくため息を吐いた後、真剣な顔でベルンさんが私たち全員を見まわして言った。
「まず、ユウナを案内するのは俺がやる。
ユウナは俺を頼ってこの街に来たことになってんだ。それが一番自然だ。
そして依頼についてだが、お前らの手伝いは認めよう。だが、それは門を出てから合流だ。
いくら俺の知り合いだからと言って、お前らがついて教えて回っていると目立ってしょうがねぇ。
受付と報告書の提出は俺がやる。それなら認めよう」
「私は問題ないです」
「わかった。外で合流で問題ない」
「私もだ」
「アタシも問題ないよ!」
「お手間を取らせて申し訳ありません……」
「まったく……お前ら……
ユウナ。ほんとにいいんだな?危険の少ない依頼を受けるつもりだが、もしちょうどいいのが無ければ今日は中断だ。ホールの案内だけだぞ」
仕事をさせてもらえるかもしれないという安心が、どうしても声に喜びを乗せてしまう。
「はい、もちろんそれで大丈夫です」
「あと、俺は他にやることがあってな。コイツらと合流した後、俺は一度街に戻る。
帰りは皆で戻ってもいいが、何か聞かれたら偶然帰り道で出くわしたとでも言えばいい。
ただ、この建物には一人で入ってくるんだ。戻ったらまず受付に声をかけろ。お前の名前を言えばここに案内させるよう指示を出しておく」
「はい、わかりました」
「んで、お前らは裏口からだ。くれぐれも入口で解散しろよ。
変な勘繰りされてボロが出るのはごめんだ」
「了解!!!」
「じゃあユウナ、準備だ」
先ほどフェルさんにいただいたベルトを腰に巻く。
ポーチにはリオンさんにいただいた本とベルンさんにいただいた『残響の鈴』のガラス玉を入れた。
認識票を入れようとしたところで、ベルンさんは待ったをかけ、革でできた長い紐をくれた。
「悪い、昨日渡しておけばよかったな。
首から下げとけ。きっとそのほうが無くさない」
素直に受け取り、ひもを通し首から下げる。
服の中に大事にしまい込み、続いてアクセサリーの袋を手に取って考える。
「あの、これは持ち歩いたほうがいいのでしょうか?
あれだけ希少だと言われると、少々怖くなってしまったのですが……」
「ああー……それな……」
「でも、大事な物なんだろう?指輪なんかはネックレスにして肌身離さず持ってたくらい」
「いえ、まぁ、そうなんですが……」
わざわざ4本もまとめてチェーンに通していたのは理由がある。
盗難防止策として仕方が無かったのだ。
ここに来る3か月ほど前のこと。
その日は少しだけ早く仕事を終え、フラフラと家に帰った。
早くといってもすでに日付も変わった深夜。
彼はもういつもならもう寝ている時間だったが、翌日が1か月ぶりの休日で、ほっとしながら家のドアを静かに開けた。
2階の寝室の灯りがついている事に気が付いた。
きっと、電気を消し忘れたまま寝てしまったのか……
消しておいてあげよう
眠っている彼を起こさないよう足音を立てないよう階段を上がり、静かにドアを開けた。
彼は起きていて、私のドレッサーの引き出しを開けて中を物色していた。
手にはこのアクセサリー。
何が起きたかわからずフリーズする私と、そんな私に気が付いて慌てて手の中の物を引き出しに戻した彼。
言い分はこうだった。
こんなものずっと持っていても仕方がないだろう。
昨今、金の価格は高騰しているから、処分してお金に換えることを考えてもいいのではないか。
何を言っているのか、脳が理解を拒否した。
そのつもりはないよ、と一言だけ返して、不機嫌になった彼。
その翌日からはこれらを持ち歩くことにしたのだ。
「………………」
軽く説明したつもりがとてつもなく重い雰囲気に包まれてしまった。
皆、眉間にしわが寄っている。
無理やりこの話題を進めようと口を開いた。
「あの、それで持ち歩いていただけで、それまでは家で大事に保管していたんです。
彼がいない今、持ち歩いていて、何かの拍子に落としたり、誰かに見られたりすることのほうがリスクになったりしないかな、と心配になりまして……」
「そうだねぇ……
この街も平和とは言え、スリやコソ泥なんかに出くわす可能性だってあるしねぇ……
ベルン、金庫に入れてやったらどうだい?」
「あ?ああ……そうだな……」
「いやだねぇ、この空気。この子は嫌な思い出を振り払って、これからの話をしようとしてるんだ。
アンタらがそんな顔してどうするんだよ。さっさと頭を切り替えな」
ディアナさんの言うとおりだ。
確かにいまだに傷ついた心は癒えていない。思い出すたびに胸が潰れそうなほどの苦しみが襲ってくる。
けれど今、この世界に彼はいないのだ。
もうきっと、会わない。
この世界に来た原因と理由がわからない限り、絶対とは言えないが、きっと戻ることはない。
だからこの世界で、私に優しくしてくれるこの人たちに恩返しをしながら生きると決めたのだ。
そのために、自分にできることはやろうと決めたのだ。
「そうだな。悪い、ユウナ」
「嫌な話をさせてしまった。すまない」
「悪かったな、ユウナ。
金庫だったな。この執務室にある金庫は俺しか番号をしらねぇ。
その辺の引き出しに入れておくよりかは安全だと思うが……それでいいか?」
「じゃあユウナ、準備だ」
「あの、これは持ち歩いたほうがいいのでしょうか?
あれだけ希少だと言われると、少々怖くなってしまったのですが……」
「ああー……それな……」
「でも、大事な物なんだろう?指輪なんかはネックレスにして肌身離さず持ってたくらい」
「いえ、まぁ、そうなんですが……」
わざわざ4本もまとめてチェーンに通していたのは理由がある。
盗難防止策として仕方が無かったのだ。
ここに来る3か月ほど前のこと。
その日は少しだけ早く仕事を終え、フラフラと家に帰った。
早くといってもすでに日付も変わった深夜。
彼はいつもならもう寝ている時間だった。
翌日が1か月ぶりの休日で、ほっとしながら家のドアを静かに開け、2階の寝室の灯りがついている事に気が付いた。
きっと、電気を消し忘れたまま寝てしまったのか……
消しておいてあげよう
眠っている彼を起こさないよう足音を立てないよう階段を上がり、静かにドアを開けた。
彼は起きていて、私のドレッサーの引き出しを開けて中を物色していた。
手にはこのアクセサリー。
何が起きたかわからずフリーズする私と、そんな私に気が付いて慌てて手の中の物を引き出しに戻した彼。
言い分はこうだった。
こんなものずっと持っていても仕方がないだろう。
昨今、金の価格は高騰しているから、処分してお金に換えたほうがいい。
お前は忙しいから、俺が持って行ってやろうと思った。
何を言っているのか、脳が理解を拒否した。
そのつもりはないよ、と一言だけ返して、不機嫌になった彼は翌日朝早くから出かけて結局帰ってこなかった。
その翌日からはこれらを持ち歩くことにしたのだ。
「………………」
軽く説明したつもりがとてつもなく重い雰囲気に包まれてしまった。
皆、眉間にしわが寄っている。
無理やりこの話題を進めようと口を開いた。
「あの、それで持ち歩いていただけで、それまでは家で大事に保管していたんです。
彼がいない今、持ち歩いていて、何かの拍子に落としたり、誰かに見られたりすることのほうがリスクになったりしないかな、と心配になりまして……」
「そうだねぇ……
この街も平和とは言え、スリやコソ泥なんかに出くわす可能性だってあるしねぇ……
ベルン、金庫に入れてやったらどうだい?」
「あ?ああ……そうだな……」
「いやだねぇ、この空気。この子は嫌な思い出を振り払って、これからの話をしようとしてるんだ。
アンタらがそんな顔してどうするんだよ。さっさと頭を切り替えな」
ディアナさんの言うとおりだ。
確かにいまだに傷ついた心は癒えていない。思い出すたびに胸が潰れそうなほどの苦しみが襲ってくる。
けれど今、この世界に彼はいないのだ。
もうきっと、会わない。
この世界に来た原因と理由がわからない限り、絶対とは言えないが、きっと戻ることはない。
だからこの世界で、私に優しくしてくれるこの人たちに恩返しをしながら生きると決めたのだ。
そのために、自分にできることはやろうと決めたのだ。
「そうだな。悪い……ユウナ」
「嫌な話をさせてしまった。すまない」
「悪かったな、ユウナ。
金庫だったな。この執務室にある金庫は俺しか番号をしらねぇ。
その辺の引き出しに入れておくよりかは安全だと思うが……それでいいか?」
「はい、自分の基盤が安定したら、また改めて扱いについて考えようかと思います。
それまで預かっていただけると……」
「ああ。そうしよう」
準備を終えた私たちの前に、リオンさん達3人は先に執務室を出て行った。
裏口から出て、正式に入口からロビーへ入るらしい。
少し待ったところでベルンさんは立ち上がった。
『密談の灯り』のスイッチを切って、扉を開く。
彼の後ろをついて明るい廊下を歩いていく。
その先には横幅が広い階段がある。3人くらいは並んで歩けるだろうか……
ここに来たときは辺りが暗くてよく見えなかったが、大きい建物なのだろう。
途中の踊り場をいくつか通り過ぎ、階段を下りていく。
ここは3階だったようだ。1階から2階は吹き抜けになっているようで、2階まで降りたところで下の景色が見えた。
まるでヨーロッパの古い建物のようで胸がときめいた。
天井はオーク材だろうか。ダークブラウンの梁に大きなシャンデリア。派手すぎないシンプルなデザインだ。
堅牢な石壁。床には天井と同じ木材が張り巡らされており、高い位置にある窓と正面に見える入口の扉には意匠が施してある。扉の方は内開きの観音扉で、開いたままだ。
入口の正面には受付のようなカウンターが見え、2人の女性と1人の男性がカウンターの内側に座っている。
ホールと呼ばれるだけあって、空間はとても広くとられていて、椅子は見当たらないが端にはいくつかカフェテーブルのようなものが置いてあり、リオンさん達三人はそこで立って談笑していた。チラリとこちらを見たリオンさんと目が合って、小さく頭を下げると、そっと笑顔を返してくれた。
他にも10人ほど人が居たが、それでも随分と余裕のあるホールだった。
階段を降りきったところで、壁際に案内される。
「これが受付中の依頼だ。依頼内容のほかにランクや報酬、何か条件があればそういうのもここに書いてあるから、この中から自分ができそうなものを探すんだ。
見つけたら、この依頼書を持って受付に行く」
壁一面に張り巡らされた紙。
文字をまだ全て覚えられていないので読めはしないが、一目見ただけで衝撃を受ける。
たくさんあって探すのも大変そうだと思ったが、なにより書式が統一されていない。
必要事項さえ記載できていれば問題ないとの認識なのか……
これは、文字を覚えたとしても苦労しそうだな……と少し不安になってしまった。
「今回はこれなんかがちょうど良さそうだな。ほら、受付にもってけ」
ベルンさんは一枚の依頼書を壁から外して私に手渡した。
きょろきょろとカウンターを見まわし、空いている女性の前へ歩み出る。
受付表を差し出し、お願いします、と声をかけた。
「友人の子でな、両親を亡くして俺を尋ねてきたんだ。
ド辺鄙な山奥出身で世間知らずだから、色々教えてやってくれるか」
横に立ったベルンさんが打ち合わせで決まった私の身の上を説明する。
「あら、そうなんですね!もしかして初めてのお仕事ですか?」
「は、はい」
「えーっと……ドラムさんの依頼で……アキレア草の採取依頼ですね!
認識票はお持ちですか?」
慌てて首元のひもを引っ張り認識票を引っ張り出す。
「は、はい。これです」
「はい。ユウナ・ミヤケさん。Fランクですね。少々お待ちください」
そう言って壁際に配置された書類棚から何かの用紙を持ってきた女性は、さらさらと何かを書きつけ、笑顔でこちらに依頼書を差し出した。
「はい、受付完了です!期日は明日のお昼までです。
ベルンさんはお忙しくて捕まらないことが多いですから、何かわからないことがあれば、いつでも受付に相談に来てください。
初めての依頼、頑張ってくださいね!」




