21.軍事帝国
私とディアナさんは隣り合ってソファに座った。
ベルンさんが大きなお皿をテーブルに置いて私の斜向かいに、その横にリオンさんが腰掛ける。
私は昨夜、夕食を残している事を思い出し、慌てて部屋に取りに戻る。
中途半端にのこったお肉がお皿の上で物悲しい雰囲気を纏っていた。
皆は、私の胃が小さいことを気にしていたようで、残った物を廃棄して良いと言ったが、そんな勿体無いことはできない。
今この残りを食べて、朝食にと持ってきていただいたサンドウイッチは昼食に回したいと言ったら渋々了承をしてくれた。
「ユウナ、スープだけでも少し飲まないか。
全部は無理だと言うなら、残りは昼に飲めばいい。
色んな物を食べて、栄養が偏らないようにしたほうがいい」
心配そうにそう言ったリオンさんは、私の身体がやけに細い事を気にしていたようだ。
他の皆よりも時間をかけて、なんとかお肉を食べきったが、朝からお肉という重い物を詰め込んだお腹には、これ以上の余裕は無いらしい。
「すみません、ちょっともうこれ以上は……」
「ああ、無理なら良いんだ。こちらこそ無理強いしてすまない」
「いえ、心配していただけた事は嬉しいです」
ダイエットをしているわけでもないのに体重が今までにないくらい落ちていることは気がついていた。
けれど、認めたら持たない気がしたのだ。
その環境に、立っていられない気がした。
だから自分自身、気が付かないふりをしていた。周囲にいた人もきっとそうだった。
だからこうやって、元の自分を知らないこの人たちが心配して、心を砕いてくれるのが、うれしいのだ。
「少しずつ、量を増やしていきたいと思います」
その言葉を聞いて、少し固くなっていた皆の表情が柔らかくなった。
食事が終わり、ベルンさんは空になった食器を積み上げて執務室を出ていった。
口紅を塗り直していたディアナさんが、私のほうを向く。
「こっちを向いてご覧」
貝殻の容器に収まる鮮やかな赤色。
それを小指でなぞると、私の口紅に優しくポンポンと色を移していく。
そのまま頬にも色を移すと、じっと私の顔を見つめて、ニッコリとほほ笑んだ。
「うん、かわいいね。
どうだい?リオン。
これだけでも随分印象が変わるだろう?」
リオンさんは終始ディアナさんの動きを興味深そうに見ていたのだが、私が視線を向けると、パッとはれやかに笑顔が弾けた。
「ああ!とてもかわいい!
同じ物を使ってもディアナとは印象が違うんだな!」
「ほんのり色を移す程度だからね。
自然な印象に近づけたのさ」
ディアナさんから小さな手鏡を受け取り、自分の顔をのぞく。
本当に、ほんのり色づく自然な発色だ。
ディアナさんのような大人っぽい色味が私にも合うのかとドキドキしていたが、唇の中心だけほんのり色づく程度にぼかされていて、ごく自然になじんでいる。
「ありがとうございます!」
髪もセットしてもらって、メイクもしてもらって……姉がいたらこんな感じだったのかな。
またしても鏡を何度も覗き込んでいると、ベルンさんがトレイを片手に戻ってきた。
「紅茶だとよ。客人だと言ったら用意してくれた」
綺麗な茶器一式を乗せたトレイをテーブルに置く。
リオンさんの隣に腰を戻したベルンさんが慣れた手つきで紅茶を注いで、配ってくれた。
「さて、お勉強の時間といくか」
ベルンさんは執務机へ近づくと、昨晩も使っていた密談の魔法具とやらを起動し、机の引き出しからA3用紙程の大きさの地図を持ってきて、テーブルの上に広げた。
「この王国、レーヴェンライヒは代々ローエンシュタイン家が治めている国だ。
ここ、アーベントの街とはウルヴァの森を挟んだ向こう側に王都リアレスがある。
ここまでは昨日話したな」
地図を指さしながら話し始めたリオンさんに、地図を見ながら小さく頷く。
「そしてここはグアルディア領の領都、アーベントの街だ。
領主はロレンツォ・ディ・グアルディア侯爵。
博識多才な男で、かつては王都内随一の剣の使い手であったという。
アーベントは国境付近で最も大きい街となっているんだが、周辺にはこの地図には載っていないような小さな村がいくつか存在している」
「もしかして、ここは軍事的にも重要な拠点だったりするのでしょうか」
私の質問に、リオンさんの手が一瞬、小さく反応を示し、ベルンさんが低い声で問いかけた。
「横から悪ぃな。どうしてそう思った?ここが国境付近だと言ったからか?」
「それもあるのですが、入口……門の造りと警備が厳重だったので……
外壁は高く、堅牢。扉の前には格子状の扉が上がっていました。あれは鉄製?ですよね?
何か攻め入られる危険でもあるのかなと、疑問に思ったものですから……」
「……あぁ、落とし格子だな。そこまで見ていたのか……
ユウナの世界にも同じものがあったのか?」
「いえ、私の国にはありません。文化が随分と独特な発展を遂げた島国だったもので。
ただ、他の国には似たようなものはあったようで、見たことがあるだけです。
それも、古い時代のもので、今も活用されている場所といえば、あまり思いつきませんが……」
「……じゃあ何か、そういったものを学んでいた経験があるのか……?」
「えっと……戦略とか軍事に関することですか?
いえ……全くないです……」
「そうか……」
黙り込んでしまった3人に、要らぬことを質問してしまったかと後悔したが、そもそも世界が違うのだ。
文明だって違う。
きちんと説明しなければきっとお互い相手が何を知らないのかすら、理解しあえない。
「私の世界、私のいた時代には、映像技術が発達していました。
目で見ているものを、そっくりそのまま、精密な絵のように記録する技術です。
その絵は、動いたものもそのまま記録できます。
その記録で見たことがあったのですが、こちらの世界に同じような技術や魔法はありますか?」
「いや……聞いたことがないな……」
「離れた場所でもそれが見れる技術なんです。
なので、行ったことがない場所でもそういった映像で学んだり旅に出た気分を味わったりと、活用されているんです」
「それは……素晴らしい技術だな……」
「行ったことのない場所も、動く絵で見れるのかい?
それは楽しいだろうねぇ」
「ユウナは随分と教養があるように見えるんだが……それはそっちの世界では普通の事なのか?」
「教養……そうですね。私は一般的だと思います。
特に私の国では6歳になると学校……勉強のための施設に通うことを義務付けられています。
最低9年、最低限の読み書き、計算、地理、歴史、公民、地学や物理など、他にもありますが様々な基礎を学びます。
そこから希望者する者は、さらに学ぶための施設へ通うこともできます。
私は計16年学び、卒業し、社会へ出て仕事をすることになりましたが、国民の割合でいうと大多数が同じような道を進んでいます」
「16年……」
「そうか……会話レベルにしても、論理的思考についても、随分レベルが高ぇと思ってたんだ。
納得だな」
「みんながこの子ほどのレベルだなんて……素晴らしい国なんだろうね……」
「色々と細かいところで不満を持っていることもありましたけど、こういった教育に関しては私も恩恵を受けていますし、平等に学ぶ機会が与えられたことには、私も感謝しています」
「今度、ユウナの世界の教育制度について、詳しく聞かせてほしい」
リオンさんの目が、まっすぐと私の目を射抜いた。
話が脱線してしまったと、軌道修正をかけたのはディアナさんだった。
「さて、この街の歴史の話だね」
「すみません。余計なことを聞いてしまって」
「俺も興味を持って話の腰を折っちまった。すまねえな、リオン」
「いや、ユウナの指摘は的確だった。
その昔、戦時中においては、ここアーベントは軍事的に重要な拠点だった。
国境に隣接する軍事帝国ヴァルドディーク。この地図では全貌が描かれていないが、このアーベントの北に位置する国家だ。
当時、ある冒険者が率先してこの地を守り、それが勝機に繋がり、無事戦争は終結した。
その冒険者は勝利に貢献したとして、褒美にこの領地を下賜された。
今は戦争は終結して和平を結んでいるが、あそこは貧しい地域が多い。いつ攻め入られてもおかしくはないと国王は懸念している」
「なるほど……私の世界では北に行けば行くほど厳しい寒冷地でした。
ここでも同じなのでしょうか?」
「そうだ。ヴァルドディークは冬になれば雪に覆われ、極寒の地となる。
ここアーベントもそれなりの寒さになるが……ここよりもひどいと聞く」
「なるほど……戦時下にない今でも警備が厳重なのは、そういった背景があるんですね」
「あぁ、だから街の出入りには通行の許可証が必要になる。
市民権を持つ一般の者はそれを証明する徽章をつけていることで通行を許可される。
俺たちのような冒険者の場合は、認識票がそれの代わりとなる。市民徽章との違いは、大体どの街でも通行できるという点だ。
ただし、昨日ユウナに発行された仮のものは、市民徽章と同じ扱いになるからこの街でしか使えない」
「私がもし、他の街に行く必要がある場合は、ノルマをクリアして正式な認識票をいただかなければならないのですね」
「ああ。ただ……街の外では魔物が出る場合もあるんだ……
ユウナには、あまり一人で街の外を出歩いてほしくない。
……というのは俺の我儘だが」
「それには俺も同意だ。
息苦しいかもしれねぇが、できればどこに行くのか、報告だけでもしてほしいところだな」
「はい、気を付けます」




