20.鏡の中の自分
ボロボロと涙をこぼしながら感謝の気持ちを伝える私を見て、ディアナさんが綺麗な手で涙を拭いながら微笑んでくれた。
口々に何かあれば助ける、明日も来るから安心しろと励ましの言葉をくれる。
落ち着いた私にそれぞれ挨拶をして、皆は部屋を出て行った。
ベルンさんは部屋を出る前にディアナさんに鍵を預け、私にも小さなガラス玉を渡した。
ビー玉のようなそれは魔法の道具らしく、割れるとベルンさんが持っている鈴が鳴るという通報装置の様なものだそうだ。
もし何かあれば地面に叩きつけろとのことだ。
魔法か……これからもっと、驚くようなものに出会うんだろうか。
少しだけ、期待に心が膨らんだ。
一人になった私は、執務室の応接テーブルの上に用意された食事を仮眠室のデスクに運び、内鍵をかける。
まずはシャワーを借りよう、と奥の扉を開く。
シャワーもトイレも元の世界とあまり変わりはなく、ホッとした。
使い方を聞いていなかったとノブに手をかけた瞬間に思い至ったのだ。
欧米式と同じような造りだ。
手前にトイレとシンク、その横に備えられたバスタブ、壁にかかるシャワーは固定されている。
元の世界とは違うことがたくさんあるだろう。
些細なことまで、ちゃんと考えて、事前に確認しておかなければ。
手に持っていたアクセサリーの袋に認識票を入れて、ガラス玉と一緒にシンクの端に置いておこう。
大事にすると言ったのだ。あまり目の届かないところに放置はしたくない。
着ていた服と下着を脱ぎ、シャワーを終えた後、手洗いで洗濯した。
固く絞り、シンクの端に無理やり引っ掛けて干しておく。
大きな布が畳んでいくつも置いてあったので、おそらくこれがタオルの代わりだろう。
体と頭を念入りに拭き、ディアナさんの用意してくれた寝間着に着替えた。
食事はパンとスープ、豚肉のステーキに、添えられた野菜。
こちらに来る前からまともな食事をしていない時期が数週間続いていたため、全ては食べきれなかった。
残してしまう罪悪感もあったが、それよりもどっと眠気が襲ってくる。
食べてすぐ横になってはいけないと言うが、そんなことよりもまずは精神と体の疲れを癒すのだと脳が思考を奪っていく。
席を立ち、ガラス玉と袋を両手でしっかり握って、ベッドに横になった。
数秒の間もないうちに思考が途切れた。
よほどぐっすり寝てしまったのだろう。
トントンと扉をノックする音で起きるまでは、体感としてほんの一瞬の出来事だった。
「ユウナ、起きているかい?」
「ディアナさん!おはようございます。今、開けますね」
扉を開けると、ディアナさんが立っていた。
「おはよう、ユウナ。ぐっすり眠れたかい?」
「おはようございます。一瞬で時が過ぎ去ったのかと思うくらい、ぐっすりだったようです」
「なら良かった。一緒に朝食を食べようかと思ってね。
支度を終えたら出ておいで」
「はい。ありがとうございます」
扉を閉めて、服を広げる。
とても可愛い服だ。ファンタジー映画みたいだ。
昨日軽く説明を受けたとおりに着用する。
少し広めにあいたチュニックの襟ぐりは、紐で絞り、シャーリングを形式する。
裾がフレアのロングスカートはウエストに通ったひもを縛って固定する形のようだ。
その上からビスチェで上半身を固定したら、ブーツを履いて完成だ。
慣れない衣服に少し手間取ったが何とか教えていただいた通りに着こなせた気がする。
「ディアナさん、着替え終わりました。お待たせして申し訳ありません」
扉を開けて声をかける。
「どこかおかしなところは無いですか?すみません、服も少しだけ勝手が違うようでして……」
「いいや。なにもおかしなところなんてないさ。
それどころかとてもよく似合っているよ。可愛いじゃないか。
ベルンが朝食を持って上がってくるんだ。それまでに髪を結ってあげようかね」
私をソファに座らせたディアナさん。
ベロアだろうか。
上品な深緑のリボンをベルトポーチから出して、私の背後に回ると、それを編み込んでいく。
気持ち良い……
人に髪を触られるのは懐かしい感覚だった。
休みがなく美容室にも行けない私は、なんとか形だけでも整えようとオンラインショップでヘアカット用のハサミを購入し、自分でカットするようになっていた。
「これ、私の髪色だとあまり映えなくてねぇ。
アンタなら、髪もリボンも引き立てあって、似合うと思うんだ。
よかったら貰ってくれないかい?
──あぁ、動くんじゃないよ、まだ終わってないんだ」
慌てて振り返ろうとした私を先読みして肩を軽く押さえられた。
「でも……昨日から施しを受けすぎています。
皆さんが良くしてくださるのはうれしいのですが、これ以上は……」
「アタシが持っていてもしまい込んで使いやしないんだ。
なら、アンタが使ってくれたほうが私は嬉しいんだよ。
偶然だが、その服にもよく合うだろう?
よし、完成だ!」
「……ありがとうございます、では、大切にします。」
美しいディアナさんが優しい笑みを浮かべると、ドアがノックされた。
「俺だ。開けてもいいか?」
「お、やっと朝食が来たね」
そう言って扉を開けたディアナさんはため息をついた。
「やけに遅いと思ったら……1人分追加してたのかい」
「ユウナ、おはよう。
朝食、俺も一緒していいだろうか?」
ベルンさんに続いて入ってきたのはリオンさんだった。
だが、一歩部屋に踏み入って、すぐに足を止めた。
「もちろんです」
返事を返すも動かない。
「どうだい、なかなか似合ってるだろう?」
「いま、ディアナさんが髪を結ってくれてたんです。
可愛いリボンまでいただいて……本当にありがとうございます!」
鏡を見て確認したわけではないが、崩れないよう頭にそっと手を添えて確認してみる。
リボンを編み込んで、アップスタイルにしてくれたようだ。
こんなおしゃれなんて、いつぶりだろうか……
「気が利かないね!何か感想の一つも言えないもんかね」
「あぁ……とても、可愛いと思う……」
「確かに……あぁ、ユウナによく似あってるじゃねえか。
どこからどう見てもこの街の住人だ」
「ユウナ、こっちにおいで。
鏡で確認してご覧」
入口の扉のそばにある姿見のそばで手招きするディアナさんに駆け寄る。
鏡の中の私は、まるで本当にファンタジー映画の中の登場人物だった。
ディアナさんにセットしてもらった髪が素敵。
リボンが上品な光沢をまとって髪まできれいに見える。
肩が少し見えていてちょっと恥ずかしいが、全体のバランスが取れていて、動くたびにふわりと舞うフレアスカートがかわいい。
今まで着たことのない服に夢中になって何度もクルクルと鏡の前で回る私。
本当に、自分じゃないみたいだ。
表情も、つい最近までは冴えない顔をしていたと自覚している。
毎日、自分の気持ちを誤魔化して、無理やりに口角を上げるよう常に意識していた。
けれど今の自分はどうか。
やつれていて、少々不健康な体つきは変わらないままだが、自然と笑顔があふれ出ている。
3日。ここに、この世界に来てまだ3日も経っていないのだ。
それでも、こんなにも、人間の表情は変わるものなのか。
ふと我に返り振り返ると、優しいまなざしで見守ってくれていた皆さんと目が合う。
「すみません……」
「いいや。ユウナが気に入ってくれたなら何よりだよ」
「さて、朝飯にするか!」




