第3-2話 第七倉庫(2)
倉庫内は薄暗かった。
高い梁の下に麻袋、木箱、樽が整然と積まれている。ところどころに魔石灯が設けられていたが、照明は必要最低限だった。昼間から大量の魔石を照明だけに使う理由はない。屋根近くの細長い硝子窓から、外光が取り込まれている。
空気には麦粉と木材、乾燥果実、香辛料、それに川から入ってくる湿った風の匂いが混じっていた。
「ここが入庫側です」
バルデスが説明する。
船着場から荷車で運ばれた貨物は東扉から入り、検量を受ける。重量や個数などの定型項目は検量台に組み込まれた補助精霊が読み取り、事務係が荷主の申告と照合する。品目、数量、送り主、行先が確定すると識別用の木札を付ける。
白札なら王都市内向け。青札なら通過貨物。
青札の貨物は、原則として三日以内に再出庫する。
エリアスは検量台を一度見た。
精霊が数える。
人間が申告と照らす。
帳簿には、その結果が残る。
第一話で見ていた数字も、こうして作られていた。
「西側は?」
エリアスが尋ねた。
「陸送場です」
「船には戻さないんですか」
「戻すものもあります。ただ、この倉庫は街道への積み替えが多い」
「どのくらい?」
「時期によりますな」
エリアスは本館で作ってきた比較表を開いた。
「去年は通過貨物の六割二分が西側陸送。今年は七割一分」
バルデスが少し目を丸くした。
「よく見ておりますな」
「馬車の出入りは、どこに記録されています?」
「門簿に」
「見ても?」
「どうぞ」
バルデスは本当に抵抗しない。
ヒルデガルドの違和感が少し強くなった。
この男が中心人物なら、あまりに無防備だ。
*
西門では二人の荷役人が働いていた。
一人は十五、六歳ほどの少年。もう一人は三十代半ばに見える男だった。二人は荷を運びながら、色の違う木札を確認している。
門の脇には出庫記録台があり、通過する荷の札番号、荷車番号、出庫時刻といった定型情報を補助精霊が順番に記録していた。人間の門番は、荷札と変更指図の有無を確認する。
エリアスは門簿の写しを受け取ると、すぐに読み始めた。
ヒルデガルドは帳簿ではなく、人を見た。
青札を確かめる。
荷を動かす。
番号を読む。
門簿と照合する。
作業そのものに不自然なところはない。
「忙しそうですね」
ヒルデガルドが声をかけた。
年長の荷役人が振り返った。
その目が、ほんの一瞬だけヒルデガルドの横を通り、少し離れた場所にいるバルデスへ向いた。
「まあ、春はこんなものですよ」
すぐに笑顔になる。
ヒルデガルドも微笑んだ。
一度の視線だけでは何も決めない。
昨日の聞き取りでもそうだった。人の仕草は証拠ではない。ただ、次に何を聞くべきかを考える材料にはなる。
「札を間違えたりしません?」
「昔はよくありました」
男が答えた。
「今は青は右、白は左ですから。見習いでも間違えません」
隣の少年が笑った。
「青から白に変える日は面倒ですけどね」
年長の男の視線が、すぐに少年へ向いた。
「余計なこと言ってないで、そっち持て」
声は穏やかだった。
少年は気にした様子もなく、荷物へ戻ろうとする。
「青から白に?」
ヒルデガルドが聞いた。
「ええ、たまに――」
「正式な変更です」
年長の男が先に答えた。
「事務から指図が来ることがあります」
「そうなんですね」
ヒルデガルドは相手を見る。
「どなたから?」
「事務ですよ」
「事務の、どなた?」
ほんのわずかに間があった。
「……その都度違います」
「変更指図は書面で?」
「もちろんです」
「その書面はどこに残ります?」
今度は、さっきより少し長い間があった。
「事務に」
「ここには?」
「ありません」
ヒルデガルドは頷いた。
「分かりました」
それ以上は追及しなかった。
視線が動いた。
質問に答えるまでに間ができた。
少年の発言を遮った。
それだけでは何も証明できない。
だが、確認すべき場所は増えた。
ベネディクトも何も言わない。ただ、年長の荷役人の顔と出庫記録台を一度ずつ見た。
ヒルデガルドは門の外へ目を向けた。
三台の荷車。
車輪についた泥。
その横では、エリアスがまだ門簿を読んでいる。
やがて、彼の指が一行の上で止まった。
「アルトハウゼン」
「何?」
「ちょっと来て」
ヒルデガルドが少しだけ目を見開いた。
初めてだった。
会ってからずっと、彼女の方から話しかけていた。エリアスの方から彼女を呼んだのは、これが初めてだった。
すぐに門簿の横へ行く。
「何を見つけたの?」
「まだ分からない」
「……また?」
「でも、たぶん」
エリアスは門簿と、門の外に並ぶ荷車を交互に見た。
「帳簿だけ見てても分からない」
ヒルデガルドも外を見る。
「何を見るの?」
エリアスは三台の荷車を指した。
「泥」
「泥?」
「三台とも、同じに見える」
ヒルデガルドは改めて車輪を見る。
濡れた黒褐色の泥が、三台ともよく似た位置まで跳ね上がっている。
それだけなら、同じ道を通ってきただけかもしれない。
エリアスは門簿へ視線を戻した。
「でも、この三台」
指で三つの記録を示す。
「来た場所が違うことになってる」
ヒルデガルドの表情が変わった。
門簿を見る。
荷車番号。
登録商会。
直前積載地。
三台とも別だった。
彼女はもう一度、車輪の泥を見る。
エリアスも見る。
まだ、証拠ではない。
ただ。
帳簿に書いてあることと。
目の前にあるものが。
初めて、少しだけずれた。




