第3-1話 第七倉庫(1)
第七倉庫は、商人組合の本館から歩いて十五分ほどの場所にあった。
河港へ近づくにつれ、街の音が変わっていく。石畳を叩く馬蹄の音に、滑車の軋み、荷役人の掛け声、船腹を岸壁へ寄せる太い綱が鳴る音が混じる。通りの両側には二階建て、三階建ての倉庫が並び、石造りの壁に太い木の梁と扉、小さな窓が高い位置に設けられていた。
荷物を守るためなのか、人を寄せつけないためなのか。
エリアスには、どちらとも判断がつかなかった。
幼い頃、父に同じことを尋ねたことがある。
「気にするな。倉庫はそういうものだ」
それ以上の説明はなく、彼も深く考えないまま放置していた。
*
「ここから先は、二人だけでは行かせられん」
本館を出る前、監査官はそう言った。
本来なら、この日の実習は商人組合本館で終わる予定だった。実習生に認められているのは監査補助までであり、倉庫へ出向いて追加確認を行うことまでは予定されていない。
だが、エリアスは帳簿の動きが整いすぎていると指摘し、ヒルデガルドは荷受け責任者が北部以外の調達について答えを避けたと報告した。
疑うところまではできた。
では、現場で何を見て、どう確かめるのか。
それも実務能力の一部だった。この研修の評価は、それぞれの地域学院へ戻され、翌年の統学院推薦を判断する資料にも加えられる。
監査官は二人の記録を読み返し、短く息を吐いた。
「……現場を見る価値はあるかもしれん」
倉庫側へ連絡し、護衛官を同行させることを条件に許可が出た。
「ただし、危険があれば即時中止だ」
*
同行するのは王都監察局の護衛官、ラウル・ベネディクトだった。三十歳前後の男で、灰色の短い外套の下に軽装鎧を着けている。腰には短剣と警棒、それとは別に、緊急時の警報と短距離連絡に使う小型魔道具を携えていた。
「私は捜査官じゃない」
歩きながらベネディクトが言った。
「何か聞きたいことがあっても、私を見るな。二人の実習だ」
「はい」
ヒルデガルドはすぐに答えた。
「はい」
エリアスは少し遅れた。
「ただし、私が戻れと言ったら戻れ」
今度は二人の声が重なった。
「はい」
ベネディクトは頷いた。
「よろしい」
*
第七倉庫の前には荷車が三台並んでいた。荷役人たちが大きな麻袋を肩に担ぎ、開いた扉の中へ運び込んでいる。
扉の上には、青い横線を引いた木札が掲げられていた。通過貨物を扱う倉庫であることを示す組合標識だ。
エリアスが立ち止まった。
「どうしたの?」
ヒルデガルドが聞く。
「荷車」
「それが?」
三台とも、車輪の周囲に泥がついている。
珍しいことではない。
エリアスは少しの間、それを見ていた。
「……いや、まだいい」
「またそれ?」
「まだ分からないから」
「あなた、分からないことばかりね」
「分からないのに、分かったことにするよりいいでしょう」
妙にもっともだったので、ヒルデガルドは黙った。
*
倉庫長は、五十歳ほどの痩せた男だった。バルデスと名乗った。
「監査の追加確認とは聞いております。しかし、学生さんまで来られるとは」
応接用らしい小さな事務室で、バルデスは二人を見た。
本館にいた商人たちより服装は質素だった。丈夫な焦茶色の上着は使い込まれ、袖口には擦れがある。指先には墨と縄の汚れが残っていた。
「地域学院の実務研修です」
ヒルデガルドが答えた。
「なるほど」
バルデスは少し笑った。
悪意はなさそうだった。
少なくとも、そう見えた。
エリアスはすでに、机の上に置かれた入出庫簿を見ている。
また帳簿。
ヒルデガルドはそう思ったが、口にはしなかった。
「倉庫を見せていただけますか」
エリアスが尋ねた。
「もちろん」
「通過貨物が入ってから出るまでを、できれば順番に」
「構いません」
バルデスは即答した。
ヒルデガルドはその横顔を見る。
躊躇はない。
本当に見られて困らないのか。
それとも、見せたところで何も分からないと思っているのか。
「その前に一つ、よろしいですか」
ヒルデガルドが言った。
「ここでは、荷札を誰が付け替えます?」
バルデスが彼女を見る。
「付け替え?」
「貨物の行先が変わった場合です」
「事務係です。正式な変更指図があれば」
返答は速い。視線も逸れない。
昨日の荷受け責任者とは反応が違う。
だからといって、この男が何も知らないと決めることもできない。
「分かりました」
ヒルデガルドはそれ以上聞かなかった。




