↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国を読む者たち 0 - 選ぶ先の道 -  作者: なみみか


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/13

第5-2話 名前の載る場所(2)

その日の夕方。


エリアスは家の帳場に座っていた。


父は向かい側にいる。母も店を閉める手を止めていた。


「それで」


父が言った。


「中央の学校へ推薦したい、と先生が言ったのか」


「うん」


「受かるのか?」


「分からない」


「分からない?」


「推薦された後に、中央で選抜されるから」


父が腕を組んだ。


「何人くらい入れる」


「一年で千百人くらい」


「全国で?」


「うん」


父の眉間に皺が寄った。


「お前、そんなに成績がいいのか?」


「総合は、地方学院生の上から三十四・一パーセント」


父が黙った。


母も黙った。


「……それで千百人に入れるの?」


母が聞いた。


「普通なら難しいと思う」


「じゃあ、なぜ推薦される」


「一部の課題の成績と、この前の監査実習が評価されたみたい」


父はしばらく息子を見ていた。


「行きたいのか?」


エリアスはすぐには答えなかった。


行きたい。


そう言えば簡単だった。


けれど、統学院へ行くというのは、四年間学校へ通うというだけの話ではない。


「行けるなら、行ってみたい」


「何年だ」


「四年」


「学費は?」


「国が出す。寮も食事も、基本的には」


「ずいぶんいい話だな」


父が言った。


エリアスは首を振った。


「その代わりがある」


父の目が変わった。


「卒業後、十年間の服務義務がある」


「十年?」


「うん」


「役人としてか?」


「王国の公務。僕なら官吏になる可能性が高いと思う」


父は指を折った。


「四年行って、その後十年」


「うん」


「十四年か」


エリアスは頷いた。


「少なくとも」


店の中が静かになった。


挿絵(By みてみん)


外では、荷車の車輪が通りを転がっていく。


父は帳場を見る。


壁の棚。積まれた帳面。奥の倉庫。祖父の代から使っている秤。


そして、息子を見る。


「つまり、お前を店の跡取りとしては当てにできなくなるかもしれん、ということだな」


エリアスは少し迷った。


だが、ここを曖昧にするのは違うと思った。


「そうなると思う」


「十年終われば戻れるんでしょう?」


母が言った。


「戻ることはできるよ」


「なら――」


「でも、その頃には三十歳くらいになってる」


エリアスは言った。


「どこへ配属されるかも分からないし、そのまま官吏を続けるかもしれない」


父が黙っている。


「それに、入学するなら服務誓約書に署名する」


「誓約書?」


「僕が署名して、父さんか母さんにも連署してもらう」


父の表情が硬くなった。


「俺たちにも?」


「僕が約束することを確認するため。それと、途中で正当な理由なく辞めた時の教育費について」


「辞められないのか?」


「辞めること自体はできる」


エリアスは、学院で説明された内容を思い出しながら話した。


「でも、卒業して任官を拒否したら、国が出した教育費を返さないといけない。正規の官吏や士官になる資格も失う」


「いくらだ」


「分からない。でも、普通の家が簡単に払える額じゃないと思う」


父は乾いた笑いを漏らした。


「ずいぶんいい話じゃなくなったな」


「うん」


「十年の途中で辞めたら?」


「残った期間とか、それまでの勤務によって返す額が決まる」


「病気になったら?」


「公的に働けないと認められたら免除。公務で怪我をした場合も」


父は少し考えた。


「国の都合で、お前の仕事がなくなったら?」


「それはない」


「ない?」


「卒業したら、国にも僕を正規の公職に任用する義務がある」


今度は父が少し驚いた。


「国にも義務があるのか」


「うん。給料も身分も保障される。配属の希望も出せる」


「希望通りになる?」


「それは保証されない」


「なるほど」


父は腕を組み直した。


「お前だけが縛られる契約ではないわけか」


「そうみたい」


父はしばらく黙っていた。


やがて聞いた。


「それで、お前は役人になりたいのか?」


ここだった。


エリアスは答えられなかった。


統学院では学びたい。


もっと大きな河川を見たい。


物流も、統計も、行政も知りたい。


第七倉庫で、自分一人ではできなかったことも覚えている。


帳簿の異常を見つけることはできた。


だが、記録を保全し、照会を出し、証拠を押さえたのは監察官だった。


知識だけでは動かせないものがある。


公的な権限があるからできることもある。


それには興味があった。


けれど。


「……まだ、分からない」


父の眉が動いた。


エリアスは続けた。


「統学院には行ってみたい。そこで勉強したい。でも、官吏としてずっと働きたいかと聞かれたら、まだ分からない」


「それで十年の約束をするのか」


「そこは考えてる」


「考えてる?」


「国のお金で四年間学んで、卒業したら十年働く。それを約束して入るなら、十年働くこと自体は受け入れる」


父は黙って聞いている。


「でも、義務だから十年働くのと、自分で官吏を仕事として選ぶのは、少し違うと思う」


父の表情がわずかに変わった。


「その答えを、四年間で探したい」


しばらく誰も話さなかった。


やがて父が長く息を吐いた。


「面倒な学校だな」


「僕もそう思う」


「そこは否定しろ」


母が少し笑った。


張り詰めていた空気が、ほんの少し緩んだ。


父は椅子の背にもたれた。


「推薦はいつまでだ」


「来週」


「なら、出してもらえ」


エリアスが顔を上げた。


「いいの?」


「推薦されただけで十年取られるわけじゃないんだろう」


「うん」


「なら、まず受けろ」


父はそこで一度言葉を切った。


「ただし、受かったらもう一度話す」


「服務誓約の前に?」


「当たり前だ」


父は帳場の奥へ目をやった。


「その時は、店のことも、お前の将来も、全部込みで決める」


エリアスは頷いた。


「分かった」


第一の壁は、まだ完全になくなったわけではなかった。


ただ。


越えるための道は、できた。


     *


同じ頃。


王都第一学院では、ヒルデガルドが進路担当教官と向かい合っていた。


「総合成績は十分です。実習評価にも問題ありません」


「はい」


「統学院への推薦を出します」


「ありがとうございます」


彼女にとって、それは予想の範囲内だった。


アルトハウゼン家にとって、統学院への進学とその後の国家服務は珍しい進路ではない。


兄たちも官署にいる。


貴族だから服務義務を免れるわけでもない。


むしろ、国家に仕えることは家の名誉の一部だった。


だから、彼女が確認したかったことは別にある。


「地方学院からの専門推薦は、もう決まっていますか?」


教官が顔を上げた。


「他校の?」


「はい」


「それをあなたが知る必要がありますか?」


「ありません」


きっぱり答えた。


教官が片眉を上げる。


「では、なぜ聞くのです?」


「少し気になっただけです」


「誰が?」


「別に、誰というわけでは」


今度は少し答えが遅れた。


教官はそれ以上聞かなかった。


「他校の推薦状況は教えられません。選抜を通れば、いずれ分かります」


「……そうですか」


それで話は終った。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。