8 昔の傷が治るまでには、時間が必要なんです
三人で朝食を済ませたあと、俺たちは宿の部屋へ戻った。
これから一緒に行動するとは決まったものの、住む場所も、仕事も、まだ何も考えていない。それに、先に確かめておきたいことがあった。
「エレオノーラ、その火傷なんだけど……治す方法はないのか?」
彼女は一瞬だけ目を伏せ、顔に残る傷痕へ指を添えた。
「普通の治癒魔法では、難しいと思います」
「俺も《ヒール》を使える。試してみてもいいか?」
自分でも試したのだろうとわかっていた。それでも、俺のものなら違う結果になるかもしれないという期待が残っていた。
エレオノーラは少し迷ってから、椅子へ座った。
「はい。お願いいたします」
了承を得て顔へ手をかざし、《ヒール》を使う。淡い光が皮膚を包み、やがて消えたが、火傷の痕に変化はなかった。
「……どうだ?」
彼女は頬へ触れ、静かに首を振った。
セラフィナにも聞くと、すぐに頷いた。首元へ手を近づけると断ってから同じように魔法を使ったが、光が消えたあと、口を開いた彼女から聞こえたのは掠れた息だけだった。
「やっぱり、駄目か……」
「タケシ様の魔法が弱いということではないと思います」
エレオノーラが、落ち込んだセラフィナの手へ触れた。
「《ヒール》は傷を癒す魔法です。ですが、わたくしの皮膚もセラフィナの喉も、傷そのものはとうに塞がっています。元のように戻ったわけではなくても、この状態で治癒が終わってしまっているのでしょう」
「古傷を、もう一度治すことはできないんだな」
「少なくとも、普通の《ヒール》では」
毒や麻痺を治す《キュア》もあるが、それもすでに試したという。火傷の痕は、その魔法が対象とする状態異常には当たらないらしい。
「手足を生やすような魔法はないのか?」
「《リカバリー》という高度な魔法があると聞いております。ただ、それは欠損した部分を再生するものです。残っている組織を作り直し、失った機能まで元へ戻すものではないそうです」
「同じ回復でも、得意なことが違うんだな」
エレオノーラは頷いた。王宮でも、古い火傷を完全に治す方法は簡単には見つからなかったという。
なら、俺の能力ではどうだろう。
【天神地祇】へ意識を向け、古傷の修復や、失った機能の再生に使えるスキルを探したが、候補が見つからない。
「……今すぐは無理か」
「何か、ございましたか?」
「使えそうな能力はあるみたいなんだけど、まだ覚える条件を満たしてない。取れるようになるまで待つにしても、いつになるかわからないからな」
それで諦めるつもりはなかった。俺には、こちらの世界だけでなく、日本もある。
魔法が駄目なら、日本の医療でできることがあるかもしれない。傷痕を治すところまでは知らなくても、火傷や喉を診る医者がいることくらいはわかる。
「別の方法も探してみよう。この世界で治せないからって、どこでも同じとは限らないだろ」
エレオノーラが顔を上げ、セラフィナも俺を見た。
「その前に、もう少し詳しく状態を確かめたいんだけど、二人を鑑定してもいいか?」
これまでの《簡易鑑定》では、大まかな状態しかわからない。昨日の《異世界ナビ》取得から二十四時間が経っていることをスマホで確認し、俺は今日のスキルを決めた。
《鑑定》。簡易版より詳しい情報を調べられる能力だ。
二人の了承を得て取得し、まずエレオノーラへ使った。名前や種族、魔法の適性、身体の状態が以前より詳しく浮かぶ。
火傷は顔だけでなく、腕や脚、背中にも広く残っていた。特に左腕と左脚には、動きを妨げる引きつれがある。
ただ、治す手順まで教えてくれるわけではない。情報を眺めていた俺は、別の項目に目を止めた。
「レベルは三か……」
「れべる、とは何でしょう?」
エレオノーラが首を傾げた。
「え? 強さの目安みたいなものだけど……知らない?」
「初めて聞きました。そのような数字があるのですか?」
セラフィナを見ても、首を横に振っている。スキルは知られていても、レベルは一般的な概念ではないらしかった。
「鑑定には普通に出るんだけどな。俺にだけ、そう見えてるのかもしれない」
エレオノーラは魔法を使えるが、実戦はほとんど経験していないという。レベルが何を基準に上がるのかも、戦闘以外の行動で上がるのかも、俺はきちんと確かめたことがなかった。
低い数字だけを見て、能力まで決めつけるのは早そうだ。
次にセラフィナへ使うと、レベルは二十七だった。剣術や身体強化をはじめ、騎士らしい能力が並んでいる。
「セラフィナは二十七か。俺が三十三だから、結構近いな」
「それは、強いということでしょうか?」
「数字の比較だけなら。ただ、実際の腕や持ってるスキルでも違うだろうから、これだけで勝ち負けは決められないと思う」
セラフィナは、自分の能力を見られるのが気になるらしく、俺の顔を覗き込んでいた。
「剣の腕は相当ありそうだな。さすが近衛騎士」
そう言うと、嬉しそうに胸を張った。
「セラフィナは、わたくしの護衛に選ばれた騎士ですから」
エレオノーラまで誇らしげに付け加えたので、彼女はさらに胸を張る。
「褒めたら、どんどん偉そうになってるぞ」
セラフィナが何か言い返そうとしたが、口を動かしても声は出なかった。
その姿を見て、俺は改めて思った。
どんな声で、どんなふうに喋るのだろう。いつか、聞いてみたい。
「よし。二人とも、日本へ行こう」
「……ニホン?」
俺が住んでいるところだと説明すると、エレオノーラが不思議そうに俺を見る。
「タケシ様は、遠い国からいらしたのではないのですか?」
「遠いというか……別の世界なんだ。黙ってて悪かった。俺は、この世界の人間じゃない」
二人が顔を見合わせた。
俺は、東京という街で人を運ぶ仕事をしていること、こちらへは転移で通っていることを説明した。神様の事故については長くなるので後回しにしたが、今まで売っていたパンや料理も、故郷から運んできたものだと話すと、エレオノーラは少し納得したようだった。
「俺の国には、魔法の代わりに発達した医療がある。何でも治せるわけじゃないけど、二人の傷も診てもらいたい」
「わたくしたちも、そこへ行けるのですか?」
俺は転移の使い方を改めて確かめた。連れていける人数や重さには限りがあるが、自分へ触れている、移動に同意した相手も転移できる。
二人なら、その範囲に収まっていた。
「行ける。帰りたいときは、俺がこっちへ連れて戻るよ」
エレオノーラは少し考え、セラフィナを見た。彼女も頷き、二人が俺へ向き直る。
「お願いいたします。タケシ様の世界を、見てみたいです」
宿の会計を済ませて戻り、忘れ物がないことを確かめた。エレオノーラが俺の右手を取り、セラフィナも反対側から腕につかまる。
「じゃあ、行くぞ。着くのは俺の家だから、心配しなくていい」
見慣れたリビングを思い浮かべ、《異世界転移》を発動した。
次の瞬間、三人の姿が宿の部屋から消えた。




