5 働けど働けど楽になるどころか辛くなるのだが?
金策一日目は、翌朝から始めた。
日本側の貯金には、万が一のための余地はある。だが、最初からそこを頼りにしてしまえば、今後の生活が苦しくなる。まずは一週間、自分に何ができるか試してみるつもりだった。
「最初は、あれだな」
オーガの死体だ。ギルドでまとまった金になると聞いたのに、まだ回収していない。
倒してから、ほぼ一週間経っている。期待しすぎないようにしながら森へ行くと、幸い巨体は残っていた。
「おお、あった……臭っ」
近づいたところで顔をしかめた。当然、傷みが出ている。持ち上げられたとしても、これを抱えて街まで歩くのは御免だった。
そこで、今日のスキルを決めた。
「【天神地祇】――《アイテムボックス》」
使い方が頭へ流れ込んできた。物品を異空間へ収納し、任意に出し入れする能力で、生きた人間や動物は入れられないが、魔物の死体なら問題ない。
オーガへ触れ、収納を意識すると、巨体が一瞬で消えた。
「……もっと早く取っとけばよかった」
収納中は時間の経過も極端に遅くなるらしい。今になって取得しても傷んだ肉は戻らないが、今後は食べ物や素材を運ぶのにも使える。
俺はそのまま、冒険者ギルドへ向かった。
* * *
「本当に持ってきたんですね……」
裏手の解体場で、ミレーユさんがオーガと俺を交互に見ていた。収納から丸ごと出したときには、近くの職員まで集まってきた。
「この前、話したやつです」
「そうですね。……疑っていたわけではありませんが、いえ、少しは疑っていました」
「正直ですね」
査定の結果、角や牙、魔石には価値があるものの、肉や皮の傷みが大きく、状態のいい個体より安くなると言われた。
「金貨三枚と銀貨二十枚になります」
「三十二万円くらいか……」
「それは、故郷の金額でしょうか?」
「そうです。つい換算しちゃうんですよ」
これで残りは約百四十八万円。悪くない滑り出しだった。
買い取りの手続きを待ちながら、一週間で金貨十八枚を用意したいと話すと、ミレーユさんは驚いた顔をした。
「何か、大きな買い物をされるのですか?」
「事情があって、奴隷になった人を二人、買い取って解放しようと思ってるんです」
身分の話はしなかった。知られたくないというエレオノーラの事情を、俺が勝手に明かすわけにはいかない。
ミレーユさんも細かくは聞かず、素材の売り方や、買い取り先について教えてくれた。
「高い魔物を探して無理をするより、確実にできる仕事を積み重ねてください。怪我をしては、約束も果たせませんから」
「はい。気をつけます」
このときは、あと六日もあれば何とかなる気がしていた。
* * *
二日目、俺が選んだのは《錬金〈薬〉》だった。
怪我を治すポーションなら需要はあるはずだ。作れるようになれば、素材を売るだけより稼げるのではないか。
取得した瞬間、薬品の調合や抽出の知識が流れ込み、必要な材料も手順もわかった。だが、そこでようやく気づいた。
「……材料、持ってないじゃん」
薬屋へ行って値段を聞くと、加工済みの材料を小売りで揃えたのでは、売却しても利益がほとんど残らなかった。瓶や器具も必要で、手持ちを使って仕入れるには見通しが悪い。
ギルドで採取場所を聞き、森へ向かったものの、似た草ばかりで目当てのものがなかなか見つからない。《簡易鑑定》で一つずつ調べていくうちに、日が傾いてしまった。
作り方はわかるのに、作れるだけの材料がない。今日の取得枠は、もう使っている。
「……順番、間違えたな」
翌日も使える器具を揃えるための出費だけが増え、その日の売却収入はゼロだった。
* * *
三日目は、前日と同じ時刻になるのを待って《採取》を取得した。
植物や鉱物を見つけ、適切な状態で採るための能力だ。《簡易鑑定》と組み合わせると、昨日は見落としていた薬草が次々に見つかった。
「これがヒール草で、こっちがマナリーフか……」
午前中いっぱい森を歩いて材料を集め、午後には借りた作業場でポーション作りに取りかかった。素材をすり潰し、煮出し、不純物を除いて、魔力水と混ぜる。手順通りに魔力を通すと、淡い緑色の液体ができ上がった。
【下級治癒ポーション】
【品質:良】
【効果:軽度の外傷を治療する】
「よっしゃ」
自分の鑑定でも品質は良と出た。作れるだけ作って薬屋へ持ち込んだが、提示された金額には少し拍子抜けした。
「一本、銀貨十五枚だね」
「品質はいいと思うんですけど、もっと高くは?」
「だから、その値段なんだ。所属している錬金術師ギルドは? 師匠はいるのかい?」
「どっちもありません。作ったのも、今日が初めてです」
店主は、なるほどという顔で頷いた。
「こっちで効果を確かめて、店の責任で売ることになる。名前も実績もない作り手の薬に、最初から高い値はつけられないよ」
考えてみれば当然だった。日本でも、知らないおっさんから自作の薬を渡されて、そのまま飲もうとは思わない。
「……信用かあ」
それでも、今回の品質を維持できれば次も仕入れたいと言ってもらえた。失敗というほどではないが、器具や瓶、作業場の代金まで引くと、思っていたほどの儲けにはならなかった。
三日目までの利益は、合わせて約四十五万円。残りは百三十五万円だった。
* * *
四日目の朝、コンビニのパンを食べていた俺は、ようやく別の方法を思いついた。
異世界で材料を探し、加工することばかり考えていたが、日本には、こちらで見かけない商品が山ほどある。
「……これ、売れるんじゃないか?」
あんパン、クリームパン、メロンパン。街で見たパン屋には、こんなものは並んでいなかった。
まずは少量を買い、ギルドでミレーユさんに相談した。
「故郷のパンを売りたいんです。露店を借りられませんか?」
「食品販売には許可が必要です。材料や保存方法も確認されますよ」
「その辺、教えてもらえます?」
彼女に手続きを教わり、見本のパンも提出すると、一日限りの試験販売を認められた。許可を取ってから日本へ戻り、複数の店を回って仕入れる。五百個も買うとなると、一軒ではとても揃わなかった。
包装は日本で外し、食品用の紙袋に移してから《アイテムボックス》へ入れた。材料表示は手元に残し、聞かれたときに説明できるようにしておく。
販売場所は、商会や宿の並ぶ区画だった。甘い菓子パンは、街の普通のパンより高い銅貨八枚。値札を出したときは少し不安になったが、試食を用意すると、足を止める人が増えていった。
「中にクリームが入ってる!」
「この甘い豆のやつ、もう一つくれ」
「こっちは何だ? 表面が菓子みたいだぞ」
特に人気があったのは、クリームパンとあんパン、それからメロンパンだった。珍しい菓子として買う客もいれば、家族への土産にまとめて買う客もいる。
宿の人間が味見をして、翌朝の客へ出したいと数十個買ってくれたのも大きかった。
夕方にはほぼ完売し、仕入れや許可、場所代などを引いて、約三十万円の利益が残った。
「……日本のパン、強いな」
帰りにミレーユさんへ礼を言い、残しておいたクリームパンを渡した。
「売れましたか?」
「おかげさまで。明日は別の料理もやってみたいんですけど、続けて許可を取れます?」
「内容次第ですね。何を作るおつもりですか?」
カレーという料理だと説明すると、香辛料を使うと聞いた彼女は、昨日のパンより高く売れるかもしれないと言った。こちらでは、何種類もの香辛料を使った料理は安くないらしい。
四日目までの稼ぎは約七十五万円。残りは百五万円だった。
* * *
五日目、俺は《調理師》を取得した。
普段から料理はしていたが、取得後は包丁の扱いや火加減、味の整え方だけでなく、大量に作るときの段取りまで自然に頭へ浮かんだ。
日本でカレールーや米、肉、野菜を買い込み、昨日借りた露店へ向かう。調理する場所と大鍋も借り、飲食販売に必要な確認を受けたところで、様子を見に来たミレーユさんに言われた。
「一人で、これを全部なさるんですか?」
「そのつもりですけど」
「注文を受けて、お金を管理して、食器を渡して、返ってきたものを洗って……調理はいつされるんです?」
俺は大鍋を見たあと、彼女を見た。
「……考えてませんでした」
「でしょうね」
ミレーユさんは、呆れたように笑った。
「今日は午前で勤務が終わります。午後なら手伝えますよ」
「いいんですか?」
「昨日のクリームパンも美味しかったですし。ただ、お手伝いだけでは足りません。食器の係も雇いましょう」
彼女に紹介してもらった臨時の手伝いを二人雇い、役割を分けた。俺は調理と盛りつけ、ミレーユさんは注文と会計、残る二人が食器や水を担当する。
価格は一皿、銀貨一枚と銅貨五枚。普段の食事としては高いが、まずは珍しい香辛料料理として売ってみることになった。
昼過ぎに店を開くと、昨日のパンを買った客が何人か来た。そこへカレーの匂いに釣られた人が加わり、一時間もしないうちに列ができた。
「辛い! でも、うまいな、これ」
「この白い粒は、どうやって食べるんだ?」
「ソースと一緒に召し上がってください」
ミレーユさんが説明し、俺はひたすら皿へ飯とカレーを盛った。味は《調理師》のおかげもあって安定していたが、鍋の底が見える速さには焦った。
大きく流れが変わったのは、近くの商会の男が声をかけてきたときだった。
「今夜、うちの仕事場で配りたい。まとめて注文できるか?」
まとまった数なら一食分を銀貨一枚にする代わりに、鍋や容器は向こうで用意し、取りにも来てもらう。そう決めると、話を聞いていた宿や別の商会からも注文が入った。
追加分を作れるか、俺が考えている間に、ミレーユさんが帳面を開いた。
「受け渡しの時刻を分けましょう。先に半額をお預かりしますので、数の変更はそれまでにお願いします」
「……ミレーユさん、商売できますね」
「感心している場合ではありませんよ。材料は足りますか?」
「追加で買ってきます」
残っている鍋の仕上げと店の対応を頼み、俺は人目につかない場所から日本へ戻った。追加の材料を仕入れて持ち帰り、夕方まで、ほとんど鍋の前から離れずに働いた。
最終的に、店頭で三百食、まとめ注文で五百食。商会へ渡す分は皿を使わず、鍋と炊いた米をまとめて受け取ってもらった。
売上は約九十五万円相当。材料費、場所代、器具の借り賃、手伝いの賃金などを引くと、約七十八万円が残った。
「……こんなに?」
「珍しい料理ですから、初日だからこその値段でもあります。毎日この数が売れるとは思わないでくださいね」
ミレーユさんに念を押され、俺は頷いた。忙しさに浮かれて、すぐに商売を広げるつもりはない。それでも、今はこの金額がありがたかった。
謝礼を渡して片づけを終えると、ミレーユさんが帳面を閉じた。
「これを今後も売るのでしたら、継続の許可や、仕入れの方法を考える必要がありますね」
「まずは約束を果たしてからですね。でも、また相談させてもらうかもしれません」
「ええ。そのときは、今日の販売記録も使えますから」
五日目までの利益は約百五十三万円。残りは二十七万円だった。
* * *
六日目も料理を売れればと思っていたが、そう都合よくはいかなかった。
前日の片づけのときに、ミレーユさんから、この日は月に一度の休息日だと聞かされていた。主要な商店やギルド業務の多くが休みになり、臨時の露店許可の窓口も閉まるらしい。
事前に申請していた店は営業できるが、俺の許可は昨日一日限り。新しく申請しようにも間に合わず、まとめ注文をくれた商会も休みだった。
「だったら、日本で働くか」
こちらが休みでも、東京のタクシー営業に問題はない。
朝、いつもの運転席へ座り、俺は売上目標を決めた。
今日は《先読み》と《直感》も使う。ただし、都合よく客が見えるまで待ち続けるのではなく、普段の営業に役立てるつもりだった。
午前中に羽田へ一本。都心へ戻って仕事の移動客を何人か乗せ、夕方にはキャリーケースを二つ持った夫婦を拾った。
「成田空港までお願いします」
「ありがとうございます」
心の中でガッツポーズした。
もちろん、帰りの空車もある。スキルを使えば走る時間が短くなるわけでもないし、渋滞がなくなるわけでもなかった。客のいない時間には、自分の経験で場所を選んで流した。
十四年やってきた仕事だ。能力が役に立つとしても、運転して客を送り届けるのは俺自身だった。
予定していた終業時刻まで働き、家へ戻るころには身体が重かった。それでも、売上はかなりいいところまで伸びていた。
燃料代を引き、車の維持や税金に回す分を残す。いつもの生活費も確保したうえで、今回のために回せる分を計算すると、約七万円だった。
「……あと少しだな」
その分を《等価交換》でこちらの通貨へ換え、今までの稼ぎへ足した。
* * *
七日目の朝、俺は自宅のテーブルで帳面を開いた。
オーガの売却、ポーション、パン、カレー、昨日のタクシー営業。出費の分も含めて計算し直す。
この一週間で新たに用意できたのは、金貨十六枚分。最初から残してあった九枚と合わせて、二十五枚だ。
今日、奴隷商へ払う残代金は二十七枚。手付金三枚は、すでに支払い済みとして引かれている。
「……あと二十万」
椅子の背もたれへ身体を預け、天井を見上げた。
約束の期限は、今日の閉店まで。あと金貨二枚が必要だった。
昨日は【天神地祇】で新しいスキルを取っていないので、今なら一つ取得できる。だからといって、最後の枠を思いつきで使って、また材料がないと座り込むわけにはいかない。
オーガをもう一体探す手もあるが、都合よく見つかるとは限らない。食べ物を売るなら許可と準備が必要だし、ポーションには製作と査定の時間がかかる。
大きく稼ぐ必要はない。確実に、金貨二枚分を用意できればいい。
手付金の控えに記された期限を見てから、俺は帳面の空いた場所へ、使えるスキルと売れそうなものを書き出した。
「……さて、どうするかな」
あの店へ行って、金が足りなかったと伝えるつもりはない。
エレオノーラとセラフィナを迎えに行くまで、あと少しだった。




