2-15 終わり
アドリアノープルの南門をくぐったころには、すっかり日が傾いていた。
書類を積んだ馬車は衛兵隊の詰所へ向かうことになっていたが、ハロルドの計らいで、ローデリックに確かめてもらう分だけは、先に冒険者ギルドへ運んでもらえることになった。衛兵二人が立ち会い、確認が済んだらそのまま詰所へ運ぶという条件つきだが、見つけたものが本物かどうかは、俺たちも早く知っておきたかった。
「タケシさん、皆さんも、お帰りなさい。倉庫で捕り物があったと聞きましたけれど、お怪我はありませんか?」
ギルドへ入ると、受付にいたミレーユがこちらへ歩み寄ってきた。先に戻った衛兵から連絡を受けていたらしく、俺たちの顔を順番に確かめている。
「ありがとう。みんな無事だよ。ローデリックさんにも見てもらいたいものがあるんだけど、まだいらっしゃるかな」
「はい。奥の部屋でお待ちです。書類が見つかったこともお伝えしてありますので、どうぞ、そのままお入りください」
グレンを先頭に廊下を進むと、執務室の扉が開く音を聞きつけたローデリックが、椅子から立ち上がった。
「皆様、お戻りでしたか。書類が見つかったと伺いましたが……」
「ああ。お前さんの写しかどうか、確かめてくれ。見つけた場所が場所だから、中身を抜かれたり、すり替えられたりしてねえかもな」
衛兵が机へ置いた木箱から、グレンが布包みを取り出す。それを見た途端、ローデリックは息をのみ、机のそばまで歩み寄ってきた。
「その布は、私が包むときに使ったものです。端のほつれも覚えております」
差し出しかけた手を一度引き、グレンに確かめるような視線を向けてから、ローデリックは包みを開いた。一番上の紙を手に取り、窓から入る明かりへ傾けながら文字を追っていく。
俺たちが黙って待つ間に、二枚目、三枚目と確認が進み、やがて紙を持つ手が小さく震え始めた。
「……間違いございません。北部の砦への補給記録と、王宮に保管されていた納入台帳、それに商会から提出された控えです。いずれも、私が書き写したものに間違いありません」
「全部揃ってるか?」
「はい。預けた分は、すべてございます。こちらの余白にある印も、原本と照らし合わせた際に私がつけたものです」
ローデリックは紙の枚数をもう一度確かめると、ようやく椅子へ腰を下ろした。
「よかった……。ガルドさんが持ち出されたと聞いてから、もう二度と戻らないのではないかと、そればかり考えておりました」
「あいつがちゃんと受け取ってきてくれたからな。なくなる前に取り戻せてよかったぜ」
グレンに促され、ローデリックは何枚かの書類を机へ並べた。
細かく書き込まれた日付や品目をのぞき込んでも、俺にはすぐに違いが分からない。ローデリックは俺たちの顔を見てから、二枚の紙を隣り合わせに置き直してくれた。
「まず、こちらが王宮に残されていた納入記録です。北部第三砦へ矢が一万二千本、保存食が三千人分、治療用の薬品が二百箱。すべて受け取りを済ませたことになっております」
「なっている、ということは、実際には違ったんですね」
「はい。砦から届いた報告では、矢は三千本、保存食は八百人分、薬品は三十箱しか届いておりません。それなのに、王宮の台帳では全量を納入したことになり、受領書まで差し替えられていたのです」
「矢も食い物も、四分の一くらいしかねえじゃねえか。これじゃ、送ったことになってる方がおかしいだろ」
グレンが顔をしかめると、ローデリックは別の紙をその横へ置いた。
「こちらは商会側の出荷の控えです。砦へ向かう荷とは別に、北西の国境地帯へ送られたものがあり、その数量が不足分と一致しておりました。品目によって発送の日はずれておりますが、同じことが何度も繰り返されています」
「書き間違いで済む話じゃないですね。こんなに減らされたら、砦の兵士たちはどうしようもなかったでしょう」
「実際、矢や食料の不足を訴える報告は、何度も上がっておりました。それなのに、帳簿では補給を終えているため、現地での管理に問題があるのではないかと疑われたこともあったのです」
届いてもいない物資のことで、現場の兵士が責められていたわけか。
矢が足りなければ敵を近づけずに済む場面でも接近を許すし、食料がなければ戦うどころではない。薬まで抜かれていたのなら、治療を受けられずに死んだ者もいただろう。
「その物資を売っていたのが、ヴァルデン商会なんですね」
「はい。納入を請け負っていた商会の一つです。同じ時期に、国境を越える商隊へ武具や食料を売却しておりますが、販売先として記された商会については、当時、調べても所在を確かめられませんでした」
「相手の名前を隠して取引してたのか。それじゃ、敵に渡ってたとしても分からねえな」
「その疑いがあったため、私はこれらを書き写しました。ただ、当時の私に確かめられたのは、ここまででございます」
ローデリックはそう断ってから、日付と地名が並ぶ箇所を示した。
北部第三砦、エルム峡谷、それに旧王都へ続く補給路。聞き覚えのない地名の中で、セラフィナが一つの名前に目を留める。
「エルム峡谷……。こちらも、商会の取引に関係していたのでしょうか」
「ええ。この日、峡谷を通る輸送隊へ荷を引き渡す予定になっておりました。何かご存じなのですか?」
「私は王宮におりましたので、詳しい戦況までは分かりません。ただ、峡谷で輸送隊が襲われ、援軍への補給が遅れたという報告を聞いた覚えがございます」
「その話なら、私も覚えているわ。父上が、どうして輸送隊の通る日まで知られていたのかと、お怒りになっていたもの」
エレオノーラが書類へ顔を寄せると、ローデリックは一瞬、立ち会いの衛兵たちへ目を向けた。
その様子に気づいたグレンが、声を落として説明する。
「ハロルドには、二人の身の上も話してある。今回の件を調べてもらう以上、そこを隠したままにはできなかったからな。こいつらも、ここで見聞きしたことは外へ漏らさねえと約束してくれてる」
衛兵たちが頷くのを見て、ローデリックも小さく頭を下げた。
「殿下、その襲撃の日付を、ほかの記録でも確かめられるかもしれません。商会の使者が国境を越えたのが、この三日前なのです。荷は商談用の書簡とだけ記されておりましたが……」
「その書簡に、輸送隊のことが書かれていた可能性もあるんですね」
「はい。ただし、中身までは分かりませんので、これだけで情報を渡したと決めつけることはできません」
ローデリックの答えを聞きながら、エレオノーラは紙に書かれた日付を見つめていた。
「父上は、物資が届かない理由も、輸送隊が襲われた理由も、ずっと調べさせていたわ。それなのに、こんな近くに関わっていた者がいたのだとしたら……」
言葉が途切れ、隣にいたセラフィナがそっと椅子を寄せる。
「エレオノーラ様、今はまだ分からないこともございます。ローデリック殿が残してくださったものを、一つずつ確かめてまいりましょう。私も、そのときに何があったのか知りとうございます」
「……ええ。そうね。つらいからといって、ここで聞くのをやめるわけにはいかないものね」
エレオノーラは机の上へ置いた手を引き寄せ、膝の上で重ねた。
俺も、いま分かったことだけで何かを言うのはやめておいた。国が滅んだ原因をこれだけで説明できるわけではないが、少なくとも、守ろうとしていた者の足を引っ張った連中がいたことは確かだ。
「ローデリックさん、倉庫には、この写しとは別に最近の帳簿もありました。アルベルト・ヴァルデンという名前に、心当たりはありませんか?」
俺が尋ねると、ローデリックは少し考え、記憶をたどるように視線を上げた。
「アルベルトでしたら、当主の次男の名です。長男は父親について王宮へ出入りしておりましたが、次男は当時まだ十代で、私は直接会ったことがございません」
「じゃあ、今は三十歳前後ですか。同じ人物なら、父親の商売を継いでいるのかもしれませんね」
「その可能性はございます。ただ、王国が滅びてからの消息は存じませんので、私から申し上げられるのは、その名を聞いた覚えがあるということだけです」
グレンは頷き、衛兵の一人に、いまの話をハロルドへ伝えてくれるよう頼んだ。
確認を終えた書類をローデリックが包み直していると、廊下から足音が近づき、続いて扉が叩かれた。
「グレンさん、ハロルド副隊長がお見えです」
「入ってもらってくれ。こっちもちょうど、伝えたいことがあったところだ」
ミレーユに案内されて入ってきたハロルドは、机の上の布包みを見ると、まずローデリックへ確認した。
「ご本人の写しで間違いありませんでしたか?」
「はい。預けたものはすべて揃っております。私でお役に立てることでしたら、改めて詰所へ伺って説明もいたします」
「助かります。詳しいお話は、日を改めてお願いすることになるでしょう」
ハロルドは衛兵に木箱を預け、俺たちへ向き直った。
「こちらでも動きがあった。アルベルト・ヴァルデンの身柄を押さえたぞ」
「もう捕まえたのかよ。逃げられる前でよかったが、よく間に合ったな」
「倉庫で名前が出た段階で、人を先に戻しておいたんだ。屋敷を見張っていたところ、日が暮れる前に荷物を積んだ馬車が裏門へ回った。使用人には商用で出かけると言っていたそうだが、呼び止めると偽名の通行証を出してきてな」
「そりゃ、商用じゃ通らねえだろうな」
「ああ。いま、屋敷の書類と倉庫の帳簿を調べさせている。本人は倉庫で何をしていたか知らないと言っているが、金の流れを確かめれば、少しは話も変わるだろう」
黒幕らしい名前が見つかっても、本人に逃げられたら厄介だと思っていた。その心配がなくなっただけでも、肩の力が少し抜ける。
ただ、まだ聞いておかなければならないことがあった。
「ガルドさんを襲った連中は、何か話しましたか?」
「別々に聞いているところだが、一人が、書類を奪う仕事だったと認めた。ほかに写しがないか聞き出せとも言われていたそうだ。誰が命じたのかは、供述を突き合わせて確かめる」
「……そうですか。カインのことも、お願いします。あいつがどこまで知っていたのか、俺も知りたいので」
「もちろんだ。ギルドから何を伝えていたのかも含めて調べる。お前たちにも、改めて話を聞くことになると思うが、そのときは協力してくれ」
俺たちが頷くと、ハロルドはローデリックから確認した内容を聞き取り、衛兵たちとともに部屋を出ていった。
木箱が運び出されるのを見送ったあとも、ローデリックはしばらく机の上を見つめていた。つい先ほどまで並んでいた紙の形を、まだ目で追っているように見える。
「ようやく、調べてもらえるのですね。十年前は、誰に何を伝えればよいのかも分からないまま、逃げることしかできませんでしたが……」
「今度は、あんた一人で抱え込まなくていいんだ。思い出したことがあったら、俺にでもハロルドにでも話してくれ」
グレンにそう言われ、ローデリックは両手を膝へ置いて、深く頭を下げた。
◇ ◇ ◇
それから三日後、俺たちはグレンに呼ばれ、冒険者ギルドを訪れた。
その間にも、俺とセラフィナは衛兵隊の詰所へ足を運び、倉庫での出来事を改めて説明している。ローデリックも書類の確認に立ち会っていたが、取り調べの詳しい内容までは聞かされていなかった。
執務室へ入ると、グレンは机に広げていた紙をまとめ、俺たちへ座るよう促した。
「ハロルドから報告が来た。アルベルトもカインも、ようやく話し始めたそうだ。ガルドを襲った三人の供述とも、大筋では合っているらしい」
「誰が襲撃を命じたのかも、分かったんですね」
「ああ。アルベルトだ。書類を奪って、ほかに写しがねえか聞き出せと命じていた。用が済んだあと、生かして帰すつもりもなかったそうだ」
グレンはそう言うと、手元の紙を机へ伏せた。
森で見たガルドの姿が、頭に浮かぶ。毒で動きを鈍らされ、背後から斬られ、それでもすぐには殺されなかったのは、まだ聞きたいことが残っていたからなのだろう。
「ガルドさんは、何を聞かれたんですか?」
「書類を受け取った相手と、ほかの記録の隠し場所だ。だが、もう持ってねえ、ほかは知らねえとしか答えなかったらしい。斬られたあとも口を割らず、そのうち反応が鈍くなったんで、連中は森へ運んで捨てたそうだ」
「……助けようともせずに、置いていったんですね」
「ああ。襲った連中は、誰が手を下したかで責任を押しつけ合ってるそうだが、三人とも関わったことは認めている」
俺は膝の上で手を握り、黙って息を吐いた。
書類は奪われていた。それでもガルドが何も話さなかったのは、受け取った相手にまで危険が及ぶと思ったからかもしれない。村に残っている老人や、ギルドで待っているローデリックの顔が、あのとき頭をよぎったのだろうか。
「村で書類を預かっていた方は、無事なんでしょうか」
エレオノーラが尋ねると、グレンは頷いた。
「ハロルドが人を向かわせてくれた。無事は確認できたし、事情も説明したそうだ。今のところ、誰かが訪ねてきた様子もねえらしい」
「それならよかったです。ガルドさんが話さなかったおかげも、あるんでしょうね」
「そうかもしれねえな。だが、あいつには生きて戻ってきてほしかったよ。何を話したって、責める奴なんかいなかったのにな」
グレンは机の端へ視線を落とし、少ししてから、残りの報告書を手元へ引き寄せた。
「アルベルトの方だが、ローデリックの言ったとおり、ヴァルデン商会の次男で間違いなかった。十年前の横流しを仕切っていたのは、父親と兄だったそうだ」
「敵に売っていたことも、認めたんですか?」
「ああ。父親の残した帳簿に、取引の記録があったらしい。今回、屋敷から見つかった書類にも、それを裏づけるものがあるそうだ。ただ、輸送隊の情報まで流していたかどうかは、本人も知らねえと言っている」
それなら、エルム峡谷の襲撃については、まだ分からないということか。
エレオノーラも同じことを考えたらしく、少し眉を寄せたが、グレンの話を遮ることはなかった。
「商会は王国が滅びる前から、資産の一部を国外へ移していた。向こうでは別の商会の名を使っていたから、ヴァルデン商会がなくなっても、商売は続けられたらしい」
「砦へ送る物資を売って、そのお金で逃げる用意までしていたのですね」
「……ああ。少なくとも、自分たちが困らねえようにはしてたんだろうな」
グレンはエレオノーラを見てから、慎重に言葉を継いだ。
「ただ、先代と長男は、その後の商売上の争いで死んだそうだ。アルベルトは残った資産を引き継いだが、父親が誰と組んでいたのかまでは、全部は知らなかったらしい」
「それを調べるために、昔の記録を探していたんですか?」
「ああ。共犯者の名前が分かれば、秘密をばらされたくなければ金を出せと言えるからな。父親の帳簿にも抜けている部分があって、王宮にいた者が、ほかの記録を持ってねえか探していたそうだ」
「父親の悪事を隠すだけじゃなく、それを使って脅そうとしてたんですか。よく、そんなことを思いつきますね……」
俺が言うと、グレンも呆れたように首を振った。
「自分が持っている分には、金を取る道具になる。だが、先にほかの奴が見つけて衛兵隊へ持ち込めば、父親の資産を引き継いだ自分まで調べられる。今の商売に関わっている連中にも、知られたくなかったんだろうよ」
「それで、ガルドさんから奪った書類も、処分せずに倉庫へ置いてあったんですね」
「ああ。内容を調べて、使えそうなものを選ぶつもりだったらしい。今回の写しには、取引に関わった役人や仲介人の名もあるからな」
書類が焼かれずに済んだのは、アルベルトにとって利用する価値があったからか。取り戻せたことはよかったが、そのせいでガルドが狙われたのだと思うと、素直に喜ぶ気にはなれなかった。
「ベルニエとの関係は、どうだったのでしょうか。私を捕らえるよう頼んだのも、その人だったのですか?」
エレオノーラの問いに、グレンは頷いた。
「アルベルトは、そう認めた。王家の生き残りがいれば、昔の臣下と連絡を取っているかもしれねえし、記録のありかも聞き出せると思ったらしい。ベルニエには、生存者を探すために金を払っていたそうだ」
「私自身が帳簿を知っているかどうかではなく、私を通じて、知っている人を探すつもりだったのですね」
「そういうことだ。あんたが現れたことで、向こうからも昔のことを調べ始めるかもしれねえと、焦ったとも話している」
エレオノーラは少し考え、隣のセラフィナへ目を向けた。
実際にローデリックと会えたのも、彼女が生きていると分かったからだ。アルベルトの考えは、的外れというわけではなかったのだろう。
「ベルニエがどこまで事情を知っていたかは、まだ調べている。アルベルトの言うとおりに動いていただけなのか、自分でも何か企んでいたのか、そこまでは分かってねえ」
「分かりました。私も、思い出したことがあればお伝えします。あのときは、なぜ連れていかれたのかも分からずにおりましたから……」
セラフィナが気遣うように顔を向けると、エレオノーラは大丈夫だと伝えるように、小さく頷いた。
俺は二人の様子を確かめてから、もう一人の名前を出した。
「カインは、いつからアルベルトに協力していたんですか?」
「あいつがこの街へ移ってくる前からだ。以前にいた街で仕事を請けたことがあって、その縁で金を受け取るようになったらしい。ベルニエが捕まったあと、ギルドが何をつかんでいるのか調べるために、こっちへ移ってきたそうだ」
「やっぱり、最初からそのつもりだったんですね。調査にも普通についてきていましたけど、俺たちが何を見つけるか、近くで確かめたかったんでしょうね」
「ああ。ローデリックが来て、昔の写しが残っていると分かってからは、特に詳しく報告していたらしい。ガルドが向かう村の名も、出発する日も、一人で行くことも、全部あいつが知らせていた」
あのとき、カインも同じ部屋にいた。俺たちがガルドを送り出す相談をしている間、すでに誰へ知らせるか考えていたのかもしれない。
「ガルドを殺すとは思っていなかったと、そう言ってるそうだ。書類を奪うだけだと聞かされていたらしいが……」
グレンは言いかけて、苦い顔で口を閉じた。
「倉庫では、ガルドさんにも同じ毒を使ったと言っていました。最初は知らなかったとしても、あとで何があったかは聞いていたはずですよ」
「ああ。そのうえで、知らねえ顔をして調査に加わってたんだ。俺に頼まれたから断れなかったと言っているらしいが、墓まで一緒に探すつもりだったのかと思うと、腹が立って仕方ねえよ」
グレンは手元の紙を置き、椅子の背へ体を預けた。
「ガルドが戻らねえと分かったとき、俺はあいつにも心当たりを聞いたんだ。まさか、行き先を売った本人に相談していたとはな」
「移ってきた人を、最初から疑ってかかるわけにもいかないでしょう。俺も、倉庫で姿を見るまでは気づきませんでした」
「それでも、預かっている連中を守るのは俺の仕事だからな。前にいたギルドでの仕事ぶりも含めて、もう一度確かめ直すつもりだ」
それからグレンは、衛兵隊が今後も調べることを説明してくれた。
十年前の取引には、この街の外で暮らす者も関わっている可能性があり、アルベルトの供述だけですぐに片がつく話ではない。古い記録との照合や、関係する土地への問い合わせも必要になるそうだ。
ただ、ガルドを襲った三人と、情報を渡したカイン、襲撃を命じたアルベルトは、全員捕まっている。
「処罰が決まるまでには、まだ時間がかかる。だが、誰が何をしたかは、かなりはっきりしてきた。ハロルドも、曖昧なまま済ませる気はねえと言っていたよ」
「……ありがとうございます。俺も、聞かれたことにはできるだけ答えます」
「ああ、頼む。それと、今回の調査の報酬だが、改めて用意させてもらう。途中から頼むことばかり増えちまったし、セラフィナにも危ねえ役を引き受けてもらったからな」
「私は、タケシ様とご一緒しただけでございます。ですが、お心遣いはありがたく頂戴いたします」
セラフィナが頭を下げるのを見て、俺も頷いた。ここで遠慮を重ねてもグレンを困らせるだけだろうし、依頼として受けた仕事でもある。
「昇格審査にも、今回の働きを加えておく。すぐにどうなるとは言えねえが、ちゃんと記録には残しておくからな。詳しい話は、また落ち着いてからにしよう」
グレンはそう言うと、窓の外へ目を向けた。
「午後から、ガルドの葬儀をする。お前たちにも来てもらいたいんだが、都合は大丈夫か?」
「はい。そのつもりで来ました。俺たちからも、報告したいことがありますから」
「そうか。ミレーユも、今日は受付を代わってもらってる。あいつも、ちゃんと見送りたいと言っていたよ」
◇ ◇ ◇
葬儀は、ギルドの裏手にある小さな墓地で行われた。
ガルドの遺体は衛兵隊による確認を終え、ギルドへ引き渡されている。遠方に暮らす親族へも知らせを出したそうだが、到着を待つことは難しく、生前の本人の希望に従って、先に仲間たちで見送ることになったらしい。
墓地には、すでに何人もの冒険者が集まっていた。依頼から戻ったばかりなのか、装備をつけたままの者もいれば、手に花を持っている者もいる。
ギルドでガルドと話していた顔を見つけるたび、俺の知らない付き合いが、ここにはいくつもあったのだと思った。
「タケシさん、こちらをお持ちいただけますか。皆さんの分も、一緒に用意したんです」
ミレーユが差し出してくれたのは、小さな花束だった。白い花を中心に、淡い黄色の花が数本添えられている。
「ありがとう。ミレーユも、このあと一緒に行こう」
「はい。ガルドさんに、お伝えしたいこともありますので……」
いつもの受付の服とは違う、落ち着いた色の服を着たミレーユは、花を握り直して俺たちの隣へ並んだ。
葬儀の間、グレンはガルドが引き受けてきた仕事や、ギルドでの付き合いを、集まった者たちへ話した。派手な手柄を立てるような男ではなかったが、面倒な仕事でも一度引き受ければ、最後まで投げ出さなかったという。
「頼んだこっちが忘れてても、あいつは覚えてるんだ。ずいぶん前に話したことを、次に顔を合わせたときに持ってきてくれてな。ああいう奴がいると、こっちはつい、甘えちまうんだよ」
その話に、何人かが俯いたまま頷いていた。
棺が下ろされ、土がかけられる間も、大きな声で泣く者はいなかった。ただ、誰もが墓の方を見つめ、普段のギルドなら聞こえてくるような軽口も、このときばかりは聞こえてこない。
土をならし終えると、近しい者から順番に、花を供えることになった。
俺たちの番が来て墓前へ進むと、新しく盛られた土の向こうに、ガルドの名を刻んだ墓石が見えた。
ついこの前まで、村から戻ったらまた話を聞けると思っていた。ギルドへ来れば会える人間が、こうして墓の下へ入ってしまったことを、まだうまく受け止められずにいる。
花束を置き、しばらく手を合わせてから、俺は墓へ話しかけた。
「ガルドさん、書類は取り戻しました。ローデリックさんにも確認してもらって、預けたものは全部揃っているそうです」
隣でエレオノーラとセラフィナが膝を折り、花を供える。俺は二人が顔を上げるのを待って、言葉を続けた。
「襲った連中も、命令した奴も捕まりました。村で書類を預かっていた方も無事ですから、そのことは安心してください」
あのとき、俺も一緒に行っていればという思いは、今も消えない。
ただ、俺がそう考えたところで、ガルドに何かを返せるわけではなかった。せめて、取り戻せたことと、彼が話さずにいた相手が無事でいることだけは、伝えておきたかった。
「……引き受けてくださって、ありがとうございました。あとのことは、俺たちもできるだけ手伝いますから」
頭を下げて少し脇へ寄ると、エレオノーラが墓石へ向き直った。
「私たちの国のために、お力を貸してくださったこと、忘れません。あなたが運んでくださった記録を、これからきちんと確かめてまいります」
声は途中でかすれたが、エレオノーラは最後まで言い終え、セラフィナとともに深く頭を下げた。
ミレーユは俺たちのあとに花を供えた。何か小さく話していたが、聞き取ろうとはせず、その背中が上がるまで待っていた。
戻ってきた彼女の目元は赤くなっていて、俺が場所を空けると、軽く会釈をして隣へ立った。
「……ガルドさん、遠くへ行った帰りには、よくお菓子をくださったんです。珍しいものを見つけたから、受付の皆さんでどうぞって」
「そうだったんだ。さっきグレンさんが話してたこと、ミレーユにも覚えがあるんだね」
「はい。一度、おいしかったと申し上げたものを、次にその村へ行ったときも買ってきてくださって。私が受付に入ったばかりのころから、ずっとそうだったんです」
ミレーユは花を包んでいた布を両手で畳もうとしたが、うまく端が揃わず、途中で手を止めた。
「今回も、お帰りになったらお礼を言おうと思っていました。そうしたら、また、仕事のついでだから気にしなくていいって、おっしゃると思って……」
声が詰まると、エレオノーラがそっと背中へ手を添えた。セラフィナも反対側へ寄り、ミレーユが目元を拭う間、三人はそのまま並んでいた。
俺も、少し離れたところで一緒に待つことにした。何か言おうとしても、彼女が思い出しているガルドのことを、俺はまだほとんど知らない。
墓前では、グレンが腰を下ろしていた。
「よう、ガルド。お前が戻らねえもんだから、こっちはずいぶん走り回ることになったぞ。ハロルドにも世話になったし、タケシたちなんか、何度も街の外へ出てもらった」
普段と同じ調子で話しかけていたが、途中で声がかすれ、グレンは一度喉を鳴らした。
「書類は見つかったし、お前を襲った連中も捕まった。お前が黙っててくれた相手も、無事だそうだ。だから、そっちの心配はしなくていい」
墓石へ置いた手を動かさず、しばらく黙っていたあと、グレンは俯いたまま続けた。
「……けどな、次があるなら、そんな仕事は途中で放り出して帰ってこい。書類がなくなったくらいで、お前に文句を言う奴なんかいねえんだからよ」
俺は視線を落とし、ミレーユたちのそばへ戻った。
そのあとも、冒険者たちが一人ずつ墓前へ進んだ。短く別れを告げる者もいれば、昔の仕事の失敗を持ち出して、困ったように笑う者もいる。ガルドがどんな顔でそれを聞いていたのか、何となく想像できる話ばかりだった。
日が傾き始めるころ、集まった者たちも少しずつ墓地をあとにしていった。
ミレーユは最後にもう一度だけ墓へ頭を下げ、エレオノーラたちとともに道へ向かう。グレンも残っていた冒険者へ声をかけてから、俺たちの方へ歩いてきた。
「今日は来てくれて、ありがとな。あいつのために、これだけ集まってくれたのは嬉しいよ」
「俺たちも、ちゃんと見送れてよかったです。……また、来てもいいんですよね」
「もちろんだ。何かのついででいいから、顔を出してやってくれ。あいつも、たまには誰かの話を聞きてえだろうしな」
グレンが先に歩き出したあと、俺は墓地の出口で一度だけ振り返った。
夕方の柔らかな日差しが墓石に当たり、その前には、皆が供えた花が並んでいる。ギルドへ戻っても、もうガルドはいないのだと思うと、歩きかけた足が少しだけ鈍った。
「……ガルドさん、ありがとうございました」
もう一度頭を下げてから、道で待っている皆のもとへ戻った。




