2-10サイコメトラータケシ
昨日は屋台を休んでいたこともあって、今日は朝から客足がよく、昼を過ぎても注文が途切れなかった。
「タケシ様、カレーパンがあと六個しかありませんけれど、追加で揚げましょうか?」
セラフィナに声をかけられ、俺は鍋に残っているカレーの量を確かめた。まだ昼を少し過ぎたところだし、パンだけ買っていく客もいるので、もう少し用意しておいてもよさそうだ。
「そうだな。生地が残ってるなら、あと十個くらい頼めるか?」
「はい! 昨日、多めに仕込んでおきましたので、まだ十分ありますよ」
「さすがだな。じゃあ頼むよ。こっちは俺が見ておくから」
「お任せください!」
セラフィナは嬉しそうに返事をすると、作業台を片づけて生地を並べ始めた。
俺が次の客のカレーをよそっている間にも、具を包んだパンが一つ、また一つと皿に増えていく。売り始めたころは閉じ目からカレーが飛び出してしまうこともあったが、最近はそういう失敗もすっかりなくなっていた。
ちょうどそのとき、エレオノーラからカレーパンを受け取った男が、思い出したように声をかけてきた。
「そういや、昨日も買いに来たんだけどよ。休みだったんだな」
「はい。昨日は冒険者のお仕事がありまして、お店を開けられなかったんです」
「ああ、そうだった。あんたたち、冒険者もやってるんだっけな」
「ええ。毎日というわけではありませんけれど」
「そうかい。まあ、今日は買えたからよかったよ。また来るぜ」
「ありがとうございます。お待ちしておりますね」
男が仲間のところへ戻っていくと、エレオノーラが俺の方を振り返った。
「タケシ様、やっぱりお休みする日は、前もってお知らせした方がよさそうですね」
「そうだな。せっかく来てもらったのに、休みじゃ申し訳ないし」
「でしたら、お休みの日を書いておけるように、何か作りませんか?」
「札でも出しておくか。日付を書き換えられるようにすれば、何度でも使えるだろうし」
「それでしたら、私が作ってみてもよろしいですか?」
「ああ、頼むよ。材料を買いに行くときに、ちょうどいい板がないか見てみよう」
「はい!」
エレオノーラが頷いたところへ次の客が来たので、俺たちはそれぞれの仕事に戻った。
セラフィナが揚げ始めたカレーパンは、香ばしい匂いにつられて足を止める客もいて、追加した十個も夕方までには売り切れた。
鍋に残ったカレーも三人で食べればちょうどなくなるくらいだったので、その日はそこで営業を終えることにした。
片づけを済ませたあとは、足りなくなった材料を注文し、エレオノーラが使う板も買ってから日本へ戻った。
それからも屋台を開け、休みの日には冒険者の依頼を受けるという生活が続いた。
ガルドが出発して一週間が経ったころ、俺はそろそろ戻ってきてもいいはずだと思い、冒険者ギルドへ様子を聞きに行くことにした。
「ミレーユ、ガルドさんって、もう帰ってきた?」
「あ、タケシさん。いえ、まだお戻りになっていませんよ」
「そっか。何か連絡は来てない?」
「私のところには何も……。グレンさんなら何か聞いているかもしれませんけど、確認してみましょうか?」
「いや、そこまでしなくても大丈夫。調査に時間がかかったら予定を延ばすって言ってたし、もう少し待ってみるよ」
「分かりました。何か連絡があったら、お伝えしますね」
「ありがとう。よろしく頼むよ」
俺が礼を言うと、隣で話を聞いていたエレオノーラが、少し気になった様子でミレーユに尋ねた。
「ミレーユさん、ガルドさんは以前にも、こんなに長く街を離れたことがあるのですか?」
「ええ、何度かありますよ。今回も調べ物ですし、思ったより時間がかかっているのかもしれませんね」
「そうですか……。それならよいのですけれど」
「ガルドさんなら大丈夫ですよ。あの方、こういうお仕事には慣れていますから」
「そうですね。ありがとうございます」
エレオノーラは少し安心したように微笑み、俺たちはギルドをあとにした。
帰り道では、ガルドが戻ってきたら屋台で食事でもしてもらおうという話になった。セラフィナは新しく覚えた料理も食べてもらいたいと言っていたし、エレオノーラも、書類のことはもちろん、昔の話をいろいろ聞きたいようだった。
俺も、ガルドならそう簡単に危ない目には遭わないだろうと思っていた。
ところが、それから三日経っても、ガルドは帰ってこなかった。
さすがに気になり始めた俺たちは、十日目の営業を少し早めに切り上げ、再び冒険者ギルドへ向かった。
中へ入ると、ちょうど奥から出てきたグレンに呼び止められた。
「おう、タケシ。ちょっと時間あるか?」
「はい。もしかして、ガルドさんのことですか?」
「ああ。悪いが、少し付き合ってくれ」
グレンの表情がいつになく険しかったので、俺は二人に受付で待っていてもらい、そのまま奥の部屋へ向かった。
部屋に入ると、机の上には地図が広げられており、街から東へ延びる道にいくつか印が付けられていた。
「ガルドさん、まだ戻ってないんですね」
「ああ。おまけに、途中の宿場からも何の知らせもねえ。時間がかかるようなら連絡を寄越すって話だったんだがな」
「調べ物が長引いてるだけならいいんですけど……」
「俺もそう思いたいが、あいつが何の連絡もなしに十日も戻らねえってのは、どうにも引っかかる」
グレンは椅子に腰を下ろすと、俺にも向かいへ座るよう促した。
「今朝、向こうへ行く商人に頼んで、途中の宿場でガルドを見かけた奴がいないか聞いてもらうことにした。こっちからも人を出したいところなんだが、すぐに動ける奴が少なくてな」
「そうですか……。ちなみに、村までは馬でどのくらいかかるんでしたっけ?」
「二日ってところだな。村での調査も考えりゃ、往復で五日もあれば十分なはずなんだが」
俺は机に広げられた地図へ目を落とした。
目的の村はアドリアノープルから東へ進んだところにあり、途中までは街道が続いているらしい。
馬で二日なら、それほど遠いわけではない。
日本にはバイクがあるし、道が悪ければ途中から歩けばいい。少なくとも、馬を借りて行くよりは早く着けそうだった。
「グレンさん、俺が行ってみましょうか?」
「お前が?」
「ええ。ガルドさんにはいろいろ世話になってますし、俺も気になりますから」
「そいつはありがてえが……馬はどうする?」
「移動手段なら何とかなると思います。村までの道さえ分かれば、明日にでも出られますよ」
グレンはしばらく俺の顔を見ていたが、やがて小さく頷いた。
「……そうか。お前がそう言うなら、頼ませてもらうか」
「分かりました」
「ただし、無茶はするなよ。ガルドほどの奴が帰ってこねえんだ。何かあったと考えて動いた方がいい」
「はい。気をつけます」
グレンは地図を畳んで俺に渡した。
「こいつを持っていけ。村で誰を訪ねることになっていたかは、ローデリックに聞いてくれ。紹介状を用意したのもあいつだからな」
「分かりました。明日の朝、出発します」
「ああ。ローデリックには俺から話を通しておく」
部屋を出て二人と合流し、ギルドの外で事情を説明すると、セラフィナがすぐに口を開いた。
「それでしたら、私もご一緒いたします!」
「いや、今回は俺一人で行こうと思ってるんだ」
「ですが、ガルド様ほどの方が戻られないのでしょう? もし何者かに襲われたのでしたら、タケシ様お一人では……」
「心配してくれるのはありがたいけど、今回は二人とも日本で待っていてくれないか」
「ですが……」
「何があったのか、まだ分からないからな。まずは俺が行って確かめてくるよ。それに、今回はバイクを使うつもりなんだ」
「バイク……あの、タケシ様が日本で乗っていらっしゃる乗り物ですか?」
「ああ。アイテムボックスに入れれば、こっちにも持ってこられるからな」
「なるほど……。ですが、もし途中で襲われたりしたら、どうなさるおつもりですか?」
「危なくなったら日本へ逃げるさ。それに、気配遮断も使えるし、何とかなると思うよ」
セラフィナはまだ納得していない様子だったが、そこでエレオノーラが口を開いた。
「セラフィナ、今回はタケシ様にお任せしましょう」
「エレオノーラ様……」
「私たちが一緒では、かえって足手まといになってしまうかもしれませんもの。それに、何かあれば日本へ戻れるのですから」
「……そうですね」
セラフィナは少し残念そうに頷いたが、すぐに俺の方へ向き直った。
「では、せめてお弁当くらいは用意させてください。途中で何を召し上がれるか分かりませんし、お水も多めに持っていかれた方がよろしいですよね。それから、万が一お怪我をなさったときのために――」
「分かった、分かった。ありがとう。弁当はありがたくいただくよ」
俺が笑いながら答えると、セラフィナはようやく少しだけ表情を緩めた。
「タケシ様、もし帰りが遅くなるようでしたら、一度こちらへ戻ってきていただけますか?」
エレオノーラに尋ねられ、俺は頷いた。
「ああ。泊まりになりそうなら、一度戻って知らせるよ」
「お願いいたします。ガルドさんも、ご無事だとよいのですが……」
「そうだな。調べ物に手間取ってるだけならいいんだけど」
俺も本当にそう思っていた。
村でガルドを見つけたら、連絡くらいしてくださいよと文句を言って、一緒に帰ってくればいい。
そのときは、屋台で好きなだけ食べてもらおう。
そんなことを考えながら、俺たちは翌日の休業を知らせる札を屋台に出し、日本へ戻った。
◇ ◇ ◇
翌朝、朝食を済ませた俺は駐車場へ向かい、周りに人がいないことを確かめてから、バイクをアイテムボックスへ収納した。
家に戻ると、セラフィナが弁当を用意して待っていた。
「タケシ様、お昼のお弁当です。お水も多めに入れてありますので、忘れずに飲んでくださいね」
「ありがとう。助かるよ」
「それから、あまり無理はなさらないでください。お戻りになったら、ガルド様のお話も聞かせてくださいね」
「ああ。分かった」
エレオノーラからも気をつけて行ってきてくださいと声をかけられ、俺は二人に見送られて異世界へ転移した。
アドリアノープルに着いて最初に向かったのは、ローデリックのところだった。
グレンから連絡が入っていたらしく、俺が訪ねると、すでに村の名前と訪問先を書いた紙が用意されていた。
「こちらが、ガルドさんに訪ねていただくようお願いした方のお名前です」
「なるほど。その人が今も持ってるんですね?」
「ええ。ただ、どこに保管したのかを忘れたとかで探すのに時間がかかっている可能性はあります」
「そうですか。じゃあ、まずはその人に会ってみます」
「お願いいたします。ガルドさんも、その方を訪ねているはずですので」
「分かりました。何か分かったら報告します」
「どうかお気をつけて」
ローデリックに礼を言って紙をしまうと、俺は東門から街の外へ出た。
街道をしばらく歩き、周りに人がいなくなったところで道沿いの木陰へ入り、アイテムボックスからバイクを取り出した。
《異世界ナビ》に目的の村を設定すると、現在地からの道順が表示された。途中までは街道を進めばよさそうなので、ヘルメットをかぶり、《気配遮断》を使ってからエンジンをかける。
ところが、走り始めてすぐに、思っていたほど簡単にはいかないことが分かった。
「うわっ……こりゃひどいな」
街道とはいっても舗装されているわけではなく、あちこちに轍や穴がある。石を踏むたびにハンドルを取られそうになるので、速度を落として慎重に進むしかなかった。
荷馬車が普通に走っている道だから、バイクでも何とかなるだろうと思っていたのだが、どうやら甘かったらしい。
それでも、路面の状態がよいところではそれなりに速度を出せたし、歩くよりはずっと早い。
人や馬車が見えたときには、手前で街道を外れてエンジンを止め、通り過ぎるのを待つことにした。
気配遮断を使っているとはいえ、見慣れない乗り物が走っているところを見られれば、騒ぎになるかもしれないからな。
二時間ほど走ったところで宿場が見えてきたので、その手前の林に入って休憩することにした。
バイクを降りると、思った以上に腰と腕が疲れていた。悪路を走り続けたせいだろうが、身体強化を使っていても、こういう疲れはなくならないらしい。
セラフィナが用意してくれた弁当を食べながら、俺はふと思い立って《異世界ナビ》を開いた。
ここまで来れば、ガルドの居場所が分かるかもしれない。
そう思って名前を検索してみたのだが、何も表示されなかった。
「まだ遠いのか……」
異世界ナビで人物を探せる範囲には限りがある。目的の村まではまだ距離があるし、今のところは仕方がないだろう。
俺は弁当の容器を片づけ、再びバイクにまたがった。
午後になると森の中を通る道が増え、場所によってはぬかるみがひどく、バイクを降りて押さなければならなかった。
休憩するたびにガルドの名前を検索してみたが、相変わらず反応はない。
やがて村まであと数キロというところまで来たので、もう一度ナビを開いてみると、今度はようやく位置が表示された。
「あ、いた!」
だが、表示された場所を確認して、俺は首を傾げる。
ガルドがいるのは街道からはずれたところにある森の中だったからだ。
「……何でこんなところに?」
調査を終えて帰る途中なのだろうか。それなら街道ですれ違っていてもおかしくないが、休憩のために森へ入っているのかもしれない。
俺はバイクの向きを変え、ナビに表示された場所へ向かうことにした。
しばらく走ると街道から森の奥へ続く細い道が見つかった。
バイクでも途中までは入れそうだったが、奥には木の根が張り出している。無理に進んで転倒するのも嫌なので、そこでバイクをアイテムボックスへしまい、歩いて向かうことにした。
念のため《索敵》も使ってみたが、周囲に人の反応はなかった。
「……あれ?」
ナビではガルドがこの先にいることになっているのに、索敵には引っかからない。
どういうことだろう。
少し嫌な感じがしたが、ひとまずナビの表示を頼りに奥へ進んでいくと、道の途中で草が踏み荒らされている場所があった。
地面にはいくつもの蹄の跡が残り、そこから木々の間へ向かって、何かを引きずったような跡が続いている。
「……ガルドさん?」
声をかけてみたが、返事はない。
俺は足を速め、引きずった跡をたどって木々の間へ入り、大きな木の根元に倒れている人影を見つけた。
最初に目に入ったのは、見覚えのある上着だった。
「ガルドさん!」
駆け寄ってそばに膝をつくと、背中のあたりが血で黒く染まっていた。
「ガルドさん! 聞こえますか!」
肩に手をかけても反応がない。
俺は慌てて身体を仰向けにしたが、顔を見た瞬間、息が詰まった。
間違いなくガルドだった。
だが、頬には泥が付着し、少し開いた目はどこも見ていない。唇の色も悪く、どう見てもまともな人間の状態ではない。
「ガルドさん! しっかりしてください!」
首筋に指を当ててみたが、脈が分からない。胸も動いていなかった。
俺は何度も指の位置を変え、少しでも脈が触れないか確かめたが、何も感じられなかった。
身体は氷のように冷たくなっていた。
「……嘘だろ」
背中の傷を見て、俺はすぐにヒールを使った。
しかし、何も起こらない。傷は塞がらず、ガルドが動く様子もなかった。
うまく傷に当たっていないのかと思い、身体を横向きにして、破れた上着の隙間からもう一度ヒールを使ってみた。
それでも変わらなかった。
「……おい、頼むよ」
もう一度。今度こそと思って使ってみたが、結果は同じだった。
死んでしまった人間にヒールは効かない。そんなことは分かっている。分かっているはずなのに、どうしても手を止められなかった。
「ガルドさん……」
俺はガルドを仰向けに寝かせ直し、もう一度首筋に触れた。
やはり、脈はなかった。
何度確認しても、結果が変わるわけではない。
ようやく手を離した俺は、その場に座り込んだ。
十日前には、普通に話していた。
出発する前、帰ってきたら屋台に寄ってくださいと声をかけたら、ガルドはいつもの調子で「ああ」と答えていた。
エレオノーラも、戻ってきたらいろいろ話を聞かせてほしいと言っていたし、セラフィナだって、ガルドに食べてもらいたい料理があると楽しみにしていた。
それなのに、どうしてこんなことになっているんだ。
俺は目の前のガルドを見た。
何度見ても、もう動くことはなかった。
七日目にギルドへ行ったとき、俺はもう少し待ってみようと言って帰った。あのとき、すぐに探しに来ていれば……。
いや、そもそも俺たちが書類を探してほしいと頼まなければ、ガルドがここへ来ることもなかったんじゃないか。そんな考えが頭から離れなかった。
ガルドが引き受けてくれた仕事だとはいえ、俺たちのために動いてくれたことに変わりはない。それなのに、俺は何も知らず、毎日屋台を開いていた。
「……すみません」
気づくと、そんな言葉が口から出ていた。
謝ったところで、どうにもならない。
ガルドが戻ってくるわけでもなければ、エレオノーラたちに何と説明すればいいのかも分からなかった。
俺はしばらくその場に座っていたが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
ガルドをこんな目に遭わせた奴がいるのなら、せめて何があったのかくらいは調べなければならないだろう。
俺はハンカチを取り出し、ガルドの顔に付いた泥を拭った。
開いたままになっていた目を閉じさせ、乱れた襟を直してやると、上着の背中が大きく切り裂かれているのが目に入った。
そこで、ようやく周囲の様子を確かめる余裕ができた。
ガルドが乗っていたはずの馬は見当たらず、荷物もなくなっている。
ここへ来る途中に見つけた跡を思い返すと、どうやら街道で何かが起こり、ガルドはこの木の根元まで引きずられてきたらしい。
俺は立ち上がり、もう一度《索敵》を使った。
近くに人の反応はない。
ガルドの周囲を調べてみたが、荷物らしいものは見つからず、服のポケットにも事情が分かりそうなものは残っていなかった。
「盗賊にでも襲われたのか……?」
金目の物を奪われたのなら、馬や荷物がなくなっていることにも説明がつく。
ただ、ガルドが探しに来た書類のことも気になった。
もし、あの書類を持っていたとしたら……。
俺は地面に残っている足跡を調べてみたが、何人いたのかも、どちらへ向かったのかも分からなかった。
もしも犯人が盗賊なら俺よりグレンの方がよほど詳しいだろう。だが、今から街へ戻って呼んでくるわけにもいかない。
何か方法はないかと考えながらガルドのそばへ戻ったとき、ふと昔テレビで見た超能力の話を思い出した。
物に触れることで、その物が過去に見聞きした出来事を読み取るという能力だ。
「……サイコメトリー、だったっけ」
そういえば、今日の【天神地祇】はまだ使っていない。
物に残された記憶を読み取る能力。そんなスキルがあれば、ガルドに何があったのか分かるかもしれない。
俺は《サイコメトリー》を思い浮かべ、【天神地祇】での取得を試みた。
すると、いつものように新しいスキルを覚えた感覚があった。
どうやら、うまくいったらしい。
使い方も何となく理解できたが、読み取れる記憶には限界があるようだった。最近の出来事ほど鮮明に見えるものの、時間が経つにつれて曖昧になり、古い記憶になると一部分しか読み取れないこともあるらしい。
それでも、何も分からないよりはずっといい。
俺はガルドのそばにしゃがみ込み、血の付いた上着に手を当てた。
そして、何があったのか知りたいと強く念じながら、《サイコメトリー》を使った。
次の瞬間、頭の中に見知らぬ景色が浮かび上がった。
街道を進んでいる。
すぐ近くで馬具のきしむ音が聞こえ、道の両側に生えた木々がゆっくりと後ろへ流れていく。
どうやら、ガルドが馬に乗って移動していたときの光景らしい。
しばらくそのまま進んでいると、突然、前方から男の声が響いた。
『おい、止まれ!』
馬の足音が止まり、木陰から三人の男が姿を現した。全員が顔を布で隠し、手には剣を持っている。
『……何の用だ?』
ガルドの声が聞こえた。
『荷物を渡してもらおうか』
『追い剥ぎか? 悪いが、大した金は持ってねえぞ』
『金なんざどうでもいい。村で受け取った書類があるだろ。それを寄越せ』
その言葉を聞いた瞬間、俺は思わず上着を握る手に力を込めた。
ガルドは書類を見つけていた。そして、目の前の男たちはそのことを知っている。
『……誰に聞いた?』
『余計なことは聞くな。大人しく渡せば命までは取らねえよ』
『そうかい。だが、こいつは人から預かった大事な物なんでな。そう簡単に渡すわけにはいかねえ』
『面倒くせえ奴だな。おい、やれ!』
男の一人が馬へ近づいた。
ガルドが手綱を引いて馬を動かそうとした瞬間、その男が剣を振り上げて駆け寄ってくる。
馬のいななきが響き、景色が大きく揺れた。
『くそっ!』
ガルドの声と男たちの怒鳴り声が重なり、突然、地面が迫ってきた。
思わず身体を引きそうになったが、俺は上着から手を離さず、何とか続きを見ようとした。
しかし、そこから先は土や草が途切れ途切れに浮かぶばかりで、何が起きているのかよく分からなかった。
剣がぶつかるような音が聞こえ、誰かの足が目の前を横切る。
男たちが何か話しているようだったが、声が混ざっていて聞き取れない。
そして、突然、景色が最初の街道へ戻ってしまった。
「……何だ?」
俺はいったん上着から手を離した。
もう一度試してみたが、はっきり見えるのは男たちに呼び止められたところまでで、そのあとの出来事はどうしても途切れ途切れになってしまう。
何度か試しているうちに、ようやく分かった。
この上着には、ガルドが街道を移動していたときの記憶が強く残っているらしい。襲われたときの出来事も残ってはいるのだろうが、うまく読み取れないようだった。
「……くそっ」
俺は上着から手を離し、ガルドの顔を見た。
男たちは、ガルドが書類を手に入れたことを知っていた。ただの盗賊が、そんなことを知っているはずがない。
誰かが情報を流したのか、それとも最初からガルドの動きを見張っていたのか。
いずれにしても、偶然襲われたとは考えにくい。
男たちは顔を隠していたので人相までは分からなかったが、声や体つきは覚えている。村へ行けば、何か手がかりが見つかるかもしれない。
だが、その前にもう少し調べておきたい。
ガルドの持ち物で、ほかに何か記憶が残っていそうな物はないだろうか。
そう考えて身体を調べていると、腰に短剣が残っていることに気づいた。
鞘ごと革帯から外してみると、柄の部分に血が付いていた。どうやら、襲われたときに抜いたらしい。
「……これなら」
上着では見えなかったことも、短剣なら読み取れるかもしれない。
俺はガルドの顔へ目を向けた。
「ガルドさん、もう少し調べさせてもらいますね」
返事がないことは分かっていたが、何も言わずに持ち物を調べるのも気が引けた。
俺は血の付いた柄を握り直すと、今度こそ何があったのか確かめようと、もう一度サイコメトリーを使った。




