2-7 忍者体験でござるでござる
最近、更新を楽しみにしているYouTubeチャンネルがある。
『異世界から来た二人』
名前だけ聞けば、異世界人という設定で活動する外国人YouTuberのチャンネルだと思うだろうし、実際、俺も最初はそういう企画ものだと考えていた。
ところが、動画に登場するエレオノーラとセラフィナには、単なる企画として片づけるには重すぎる過去があった。
エレオノーラは全身に負った火傷の治療を続け、セラフィナは長い間失っていた声を、日本での手術によって取り戻した。治療の経過は動画でも紹介されており、特にセラフィナが初めて声を出した場面では、コメント欄が祝福の言葉で埋め尽くされたものだ。
もっとも、声が戻ってからの彼女は、それまでの印象がすっかり変わってしまった。
以前は筆談用の板を手に、タケシやエレオノーラの話を聞いていることが多かったのに、最近の動画では誰よりもよくしゃべる。エレオノーラによれば、もともとおしゃべりな性格だったそうで、ようやく本来の姿に戻ったということらしい。
そんなチャンネルに、新しい動画が投稿されていた。
『元女騎士と忍者修行! 身体能力を検証したら予想外の結果に!?』
サムネイルには、黒い忍者装束で壁を駆け上がるセラフィナと、刀を構えるタケシが映っている。
再生時間は二十六分ほど。休日で時間にも余裕があった俺は、飲み物を用意して再生ボタンを押した。
◇ ◇ ◇
『皆さん、こんにちは。タケシです。今回は忍者体験施設を貸し切って、セラフィナと一緒に身体を動かしてみようと思います』
動画が始まると、忍者屋敷を模した建物の前に三人が並んでいた。
タケシとセラフィナは黒い忍者装束を着ており、エレオノーラも同じ衣装に身を包んでいる。白銀の髪を後ろでまとめた彼女は、手に持った進行表を一度確認すると、カメラへ向き直った。
『今日は私が、お二人の挑戦を見届ける役を務めます。せっかくなので衣装も着せていただきましたけれど、袖が邪魔になりませんし、とても動きやすいですね』
『よくお似合いです、エレオノーラ様! 私も先ほどから気になっていたのですが、この袖なら剣を振っても引っかかりそうにありませんし、足も動かしやすそうです。普段の訓練にも使えそうですね』
セラフィナは袖口を確かめてから、その場で軽く膝を曲げ伸ばしした。衣装の説明をしている間にも、視線が建物の奥へ向いている。
二人が話す言葉には、いつものように日本語字幕がついていた。俺には何語なのか分からないが、セラフィナが浮き浮きしていることは、声の調子だけでも十分伝わってくる。
『朝からこんな調子で、移動中もずっと今日の話をしていました。ようやく着いたので、そろそろ始めましょうか』
『はい! タケシ様にも負けるつもりはありませんので、よろしくお願いします!』
『身体能力を確認する企画なんだけど、まあ、張り切っているならいいか』
タケシが笑う横で、エレオノーラが進行表を持ち直した。
『最初は障害物コースです。施設の方にお手本を見せていただきますので、まずはそちらをご覧ください』
画面が切り替わる前に、施設の協力のもとでコースを用意し、安全確認を済ませて撮影しているという注意書きが表示された。
◇ ◇ ◇
施設の奥には、細い足場や高さの異なる壁、身体を低くして通り抜ける通路を組み合わせたコースが設置されていた。
最初にスタッフが歩きながら障害物の越え方を説明し、タケシがその内容を二人へ伝えていく。セラフィナは壁の表面に触れたり、足場の幅を確かめたりしながら聞いていたが、最後まで説明を受けると、スタート地点からコース全体を眺めた。
『最初の壁は右足で踏み切った方が、そのまま次へ進めそうですね。低い通路を出たところで身体を起こして、あの足場へ乗れば……エレオノーラ様、最後の壁の向こうには、着地する場所があるのですよね?』
『ええ。先ほど見せていただきましたけれど、広く場所を取ってありましたよ』
『それなら、上で止まらずに越えられそうです。タケシ様はどうなさいますか?』
『まずは教えてもらったとおりにやってみるよ。初めてだからな』
二人が話している間に、スタッフがお手本としてコースを走った。
細い足場を渡り、壁に手をかけて身体を引き上げ、着地するとすぐに低い通路へ入っていく。ひと通り見ただけでも、俺が挑戦すれば途中で足が止まりそうな場所がいくつもあったが、スタッフは慣れた動きで最後の壁まで越えてしまった。
『今ので四十二秒六です。初めての方は、タイムよりも確実に進むことを意識してくださいね』
タケシが頷いて説明を伝えると、セラフィナも素直に返事をした。ただ、その目はもう、次に走るタケシの足元へ向いている。
エレオノーラの合図でスタートしたタケシは、細い足場を軽快に渡ると、最初の壁に手をかけて一気に身体を引き上げた。着地から低い通路への移動も滑らかで、狭い場所を抜けたあとに一度姿勢を整えた以外は、ほとんど足を止めずに進んでいく。
最後の壁を越え、着地点で振り返ったところで計測が止まった。
『三十四秒八二です!』
エレオノーラが読み上げると、スタッフからも拍手が起こった。
『初めてでこれは速いですよ。普段、何か運動をされているんですか?』
『最近は、休みの日に身体を動かすようにしています。今日は足場もしっかりしていたので、思ったより走りやすかったですね』
タケシは呼吸を整えながら答えたが、まだ余裕がありそうだった。
この人は確か、四十代だったはずだ。普段はタクシーの運転手をしていると以前の動画で話していたが、座って仕事をしている人の動きとは思えない。
セラフィナも拍手をしながら近づき、最後の壁を指さした。
『お見事でした! あそこへ入るときに、もう少し手前から踏み切れば、登る動きが楽になると思います。途中の足場も安定していましたから、次はもっと速く走れそうですね』
『走り終わったばかりなのに、もう次の話か。まずはお前のを見せてもらおうかな』
『もちろんです。私も、先ほどのタケシ様の動きを参考にさせていただきましたので!』
嬉しそうにスタート地点へ向かったセラフィナは、スタッフへ確認したいことを二つほど尋ね、タケシの通訳を聞くと納得したように頷いた。
エレオノーラが手を上げ、その動きに合わせて彼女が姿勢を低くする。
『それでは、始めてください!』
合図と同時に走り出したセラフィナは、細い足場の上でもほとんど速度を落とさなかった。壁の手前で踏み切り、上端へかけた手で身体を支えながら脚を向こう側へ運ぶと、着地した勢いのまま低い通路へ滑り込んでいく。
タケシと比べると、一つの障害物を越えてから次へ向かうまでが短い。途中で姿勢を立て直す場面が少なく、最後の壁も、足をかけた動きからそのまま上へ抜けたように見えた。
ゴールした彼女へ、エレオノーラが計測器を見せる。
『三十秒二四。セラフィナの方が、四秒ほど速かったですね』
『本当ですか! 最後の壁はもう少しうまく越えられそうでしたが、まずは無事に走れたのでよかったです。あの低い通路も、入ってみると思ったより広いのですね』
セラフィナは走ってきた方を振り返りながら話し、タケシが差し出した飲み物を受け取ると、ようやくひと息ついた。
『最後のところ、足をかけてからが速かったな』
『壁の向こうに十分な広さがあると教えていただいたので、思い切って進めました。タケシ様も、着地する場所が分かっていれば、もう少し勢いをつけられると思いますよ』
続いて流れた別角度の映像では、二人の壁の越え方が並べて映された。タケシが腕で身体を引き上げている間に、セラフィナは脚を運び始めており、その違いは素人の俺にも分かる。
《二人とも普通に速い》
《セラフィナさん、障害物の間で止まらないのすごいな》
《走った直後から説明始めてるw》
《元女騎士、ちゃんと指導までしてくれる》
俺も少し巻き戻して見直したが、足の運び方を真似できる気はしなかった。
◇ ◇ ◇
『次は、壁や足場を使って移動するコースです。今度は速さを競うのではなく、お二人がどのように進むのかを見せていただきます』
エレオノーラの説明に合わせて、画面には施設の別の区画が映った。
パルクールを参考にした特設コースだそうで、壁を利用して高い足場へ登り、そこから別の足場へ飛び移ってゴールを目指す。下にはマットが敷かれ、スタッフが着地点や手をかける場所を一つずつ確認していた。
最初に挑戦したタケシは、壁を二歩ほど駆け上がって足場に手をかけると、勢いを利用して身体を引き上げた。続く跳躍では向こうの足場へ両足で着地し、一度距離を確かめてから次へ進んでいく。
最後まで危なげなく渡りきった彼を迎えたセラフィナは、最初の壁を見上げた。
『最後の着地は、膝の使い方がとてもよかったです。最初の壁でも、もう少し高い位置まで足を運べば、腕への負担が減りそうですね』
『高いところまで足を上げると、逆に滑りそうな気がしたんだよ』
『なるほど。それでしたら、まず低い位置で蹴って、身体が上がったところでもう一歩……実際にやってみた方が、伝わりやすそうですね。エレオノーラ様、次は私でよろしいでしょうか?』
『ええ。ただ、説明に夢中になって足元を見失わないようにしてくださいね』
『大丈夫です。ちゃんと見ながらお話ししますので!』
その返事でいいのかと思ったが、セラフィナはすでにスタッフと立ち位置を確認していた。
合図を受けて壁へ走った彼女は、足裏で面を捉えながら身体を上げ、足場に手をついた勢いで上へ乗った。そこで一度タケシを振り返り、今しがた蹴った壁を指し示す。
『タケシ様、ここなら滑りにくいです! 足を置いてから押し上げるようにすると、次の動きにつなげやすいと思います。上へ来ると、この足場も思ったより広いですね』
話しながら足場の端へ移動した彼女は、向こう側までの距離を確かめると、軽く腕を振って跳躍した。狭い足場へ降り立ち、膝を曲げて衝撃を受け止めたあとも、そのまま説明を続けている。
『こちらは着地したときに少し音がしますけれど、揺れるわけではありませんね。次は斜めに進むので、身体の向きを先に変えておいた方が――』
『セラフィナ、話すのはあとでもいいからな!』
下からタケシが声をかけると、彼女はそちらを見て笑った。
『はい、でも、あとでお話ししようと思うと、何を言おうとしていたのか忘れてしまいそうなので!』
そう答えてから次の足場へ移り、最後は着地点へ軽やかに降り立った。
画面の隅に、小さな文字が表示される。
【移動中も解説が止まりません】
飲み物を口へ運んでいた俺は、その字幕を見て思わず笑ってしまった。
続くスロー映像では、跳ぶ前に身体の向きを変える動きと、着地した足で次の姿勢へ移る様子が映された。本人は気軽に説明していたが、話を聞いただけでできるようになるものではなさそうだ。
スタッフも感心した顔で頷いていた。
『身体の使い方をよくご存じですね。こういう練習をされていたんですか?』
通訳を聞いたセラフィナは、タケシへ顔を向けた。
『訓練で似た動きをすることはありましたけれど、このように専用の場所を用意していただいたのは初めてです。安心して跳べるので、いろいろ試してみたくなりますね』
タケシがスタッフへ伝えると、今度は壁を登るときの足の位置について質問が返ってきた。二人の間に入ったタケシを挟み、セラフィナが身振りを交えて答える様子を、エレオノーラが少し離れたところから見守っている。
次の場面へ切り替わる直前、彼女がカメラへ小さく笑った。
『もう少し、お話が続きそうですね』
◇ ◇ ◇
次に始まったのは、飛んでくるボールを刀で打ち払う企画だった。
忍者の手裏剣をイメージしたものらしいが、使うのは柔らかいスポンジ製のボールと、撮影用の模擬刀だ。発射装置の周囲にはネットが張られ、二人が立つ位置や刀を振る範囲も決められていた。
『最初はゆっくり一球ずつ飛ばしていただき、慣れてきたら速度を上げるそうです。無理だと思ったところで終わりにしてくださいね』
エレオノーラが説明している間に、セラフィナは模擬刀の重さを確かめていた。
『普段使っている剣より軽いですが、握るところはしっかりしていますね。タケシ様、こちらは得意そうですから、先ほどのコースよりいい結果が出るかもしれませんよ』
『そう言われると、外したときに困るな』
『そのときは、私が頑張ります!』
彼女はにこにこしながら刀を構え、スタッフに場所を示されると、素直に待機位置へ下がった。
最初に挑戦したタケシは、ゆっくり発射されたボールを刀の側面で打ち払った。大きく振り回すのではなく、球の通り道へ刀を合わせるような動きで、続く二球も同じ方向へ弾いていく。
速度が上がっても動きはほとんど変わらず、画面に時速九十キロと表示されたところでも、十球すべてを捉えてしまった。
一定の場所から飛んでくるとはいえ、細い刀で合わせるのは簡単ではないはずだ。施設のスタッフも、一球ごとに頷きながら彼の手元を見ていた。
『見えてから振るより、最初からこの辺に構えておくと楽ですね』
タケシが模擬刀を示して話すと、セラフィナも隣から覗き込んだ。
『そうですね。そこからなら、少し位置が変わっても対応しやすそうです。ただ、球を見ようとして身体までそちらへ向けると、次が来たときに戻すのが遅くなりますので――』
『その続きは、自分でやりながら見せてもらおうか』
『はい、分かりました!』
セラフィナは待っていましたと言わんばかりに交代し、タケシと同じ速度の球を次々と打ち払った。刀を動かす幅は彼よりも小さく、打ち終わるたびに手元が同じ位置へ戻っている。
百二十キロまで上げたところでは、さすがに説明をやめて球へ目を向けたが、数球続けて成功すると、すぐに笑顔でこちらを振り返った。
『速くなると、刀を戻す動きも大切になりますね。一球ずつなら合わせやすいですが、いろいろな方向から来ると、もう少し面白そうです』
その言葉を伝えたタケシに、スタッフが奥に置かれた装置を指さした。
『四台までなら使えますよ。ただし、速度を落として、最初は順番に発射してみましょう』
準備が整うと、正面と左右に置かれた装置から、間隔を空けて球が飛び始めた。
セラフィナは最初の一球を打ち払い、そのまま刀を返して右側からの球を捉えた。続く左側の球には足を半歩引いて対応し、次が来る前に正面へ構え直す。
何球か試したあと、発射する間隔が少しずつ短くなったが、彼女は球だけを追って身体を大きく動かすこともなく、必要な分だけ刀を運んでいた。
『右から来ると分かっていても、正面ばかり見ていると遅れそうになりますね。タケシ様、今の二球は近かったです! もう一度、同じようにお願いできますか?』
挑戦の途中で注文まで始めた彼女に、スタッフが笑って頷く。その次には二つの装置からほぼ同時に球が発射されたが、セラフィナは正面の球を弾いた勢いで刀を返し、右からの球も打ち払ってしまった。
終了の合図が出ると、エレオノーラが拍手をしながら近づいた。
『見ている方まで、どこから来るのか気になってしまいました。セラフィナは、全部見えていたのですか?』
『見えるものもありますが、装置の音で分かることもあります。向こうが動くと、ついそちらを見たくなりますので、球が来る場所へ目を戻すようにしていました』
答えながら振り返った彼女は、並んだ発射装置を眺めた。
『もう少し数が多くても楽しそうですね。十個くらい同時に飛んできたら、どの順番で打ち払うか考えなければなりませんし』
タケシがその希望を伝えると、スタッフは笑いながら首を横に振った。
『装置が四台なので、同時に出せるのは四球までですね。順番に続けて出すことはできますけど』
『そうでしたか。それでは、今度は続けて……』
そこまで言いかけたセラフィナへ、タケシが模擬刀を持ち上げてみせた。
『次は俺も入っていいか? 二人なら、もう少し違う動きができそうだ』
『ぜひ! エレオノーラ様、最後は二人で挑戦してもよろしいでしょうか?』
進行表へ目を落としたエレオノーラは、施設のスタッフとも確認してから頷いた。
『ええ。お二人が一緒に動くところも、見せていただきましょう』
◇ ◇ ◇
最後の挑戦では、四台の装置を二人の周囲へ配置し、速度を落とした球を順番に発射することになった。
スタッフが立ち位置を調整し、互いの刀が届く範囲を確認すると、タケシとセラフィナは少し間隔を空けて背中合わせに立った。それぞれ自分の正面と右側を担当し、二人の間へ入りそうな球には声をかけて対応するらしい。
『タケシ様、私がこちらへ動くときは先にお伝えしますので、そちらの球をお願いしますね。あまり近づくと刀が当たりそうですから、このくらいの距離で――はい、その位置なら大丈夫そうです』
『分かった。球を追いかけすぎないようにしような』
『はい。こうしてお話ししながら動けると、相談もすぐにできていいですね』
セラフィナが構えを確かめながら言うと、タケシは一度だけ彼女の方を見て、柔らかく笑った。
合図とともに最初の球が飛び、タケシが正面で打ち払った。続いてセラフィナが右側の球を捉えると、二人の間へ向かって発射された一球に、彼女が声を上げる。
『間に来ます、こちらで受けますね!』
『頼む!』
タケシが刀を引き、その空いた場所へセラフィナが半歩動いて球を弾いた。すぐに元の位置へ戻った彼女の背後では、タケシが次の球を待ち構えている。
最初は一球ずつだった発射の間隔が短くなるにつれ、二人のやり取りも増えていった。
『タケシ様、そちらは少し高いです!』
『見えた。こっちは大丈夫だ!』
『では、こちらを……あっ、今の球は思ったより低かったですね!』
刀を振った直後にも感想を口にするセラフィナへ、タケシが笑いながら返事をしていたが、次の球が来るころには二人とも構えを戻していた。
飛んでくる場所をある程度決めているのだろうし、スタッフも二人の動きを見て発射しているようだった。それでも、相手が動いた場所へ自分の刀を出さず、短い声かけだけで球を受け渡す様子には見入ってしまう。
最後の数球では、タケシが右側へ向き直った直後、二人の間へ続けて一球が飛んだ。
セラフィナは彼の動きを見て一歩位置をずらし、肩越しに球を捉えると、横から刀を合わせて打ち払った。そのまま自分の側へ戻ったところで、終了の合図が鳴る。
スタッフの拍手に合わせて、エレオノーラも手を叩いていた。
『最後まで、どちらも当たりませんでしたね。今の球は、タケシさんが受けるのかと思って見ていました』
『俺もそう思ったんだけど、先に拾ってもらったよ。助かった、セラフィナ』
『ちょうどこちらから見えましたので! 声をかけようと思ったのですが、打ち払った方が早そうでした。タケシ様もすぐに刀を引いてくださったので、入りやすかったです』
楽しそうに説明する彼女と、その話を聞きながら頷くタケシの姿が、最後のスロー映像に切り替わった。
セラフィナが踏み込む直前、タケシの刀が身体の近くへ引かれている。その脇を彼女の模擬刀が通り、球だけを弾いて戻っていくところを、俺はもう一度見直した。
偶然うまくいったのかもしれないが、二人とも相手がどこへ動くのか分かっていたように見えた。
◇ ◇ ◇
最後は、建物の前に三人が並んでの挨拶だった。
『今日は施設の皆さんにご協力いただいて、普段はできないような体験をさせてもらいました。ありがとうございました』
タケシがお礼を言うと、エレオノーラもカメラへ向かって頭を下げた。
『私は見ているだけでしたけれど、お二人と一緒に楽しませていただきました。セラフィナは、まだ試してみたいことがあるようですね』
『はい! 壁を登るところで、足の位置を少し変えてみたかったですし、先ほどの球も、違う順番で飛んできたらどうなるのか気になっていました。それから、あちらの綱を使う場所は今日は入っていませんでしたので、次に来られたらぜひ――』
話しながら施設の方へ目を向けたセラフィナに、エレオノーラが微笑んだ。
『そのお話は、あとで伺いますね。まずは、見てくださった皆さんへご挨拶をしましょう』
『あっ、そうでした! 皆さん、最後まで見てくださってありがとうございます。今日は本当に楽しかったので、またこういう挑戦ができたら嬉しいです!』
三人がカメラへ手を振ったあと、画面が暗くなった。
これで終わりかと思ったところで、おまけの映像が始まる。
片づけの進むコースの横で、セラフィナがタケシへ壁を指さしていた。
『先ほどの話なのですが、あそこで左足から入った場合は、その次の動きが変わると思うのです。タケシ様なら、どちらから踏み切りますか?』
『それを試し始めると、もう一周することにならないか?』
『一つ目の壁だけなら、それほど時間はかからないと思います!』
画面の外から、エレオノーラの声が入った。
『セラフィナ。施設の方も、お片づけを始めていらっしゃいますよ』
『……では、次に来たときにします』
名残惜しそうに壁を眺める彼女の横で、タケシが笑っている。
【帰りの車でも、今日の反省会は続きました】
その字幕を最後に、今度こそ動画が終了した。
◇ ◇ ◇
コメント欄を開くと、すでに同じような感想がいくつも並んでいた。
《タケシさんも速いのに、セラフィナさんさらに上をいくのか》
《パルクールしながら解説できるのすごい》
《通訳してるタケシさんが一番忙しそうw》
《元女騎士設定に説得力がありすぎる》
《最後の連携、アクション映画みたいだった》
《エレオノーラさん、進行と引率お疲れさまです》
《おまけまでずっとしゃべってて笑った》
俺は最後のコメントに高評価をつけ、そのまま動画を少し巻き戻した。
もう一度見たかったのは、セラフィナが足場の上からタケシへ話しかける場面だった。身軽な動きにも驚いたが、それ以上に、今見つけたことをすぐ誰かへ伝えたくて仕方がないという様子が面白い。
字幕を追っているうちに次の足場へ移ってしまうので、最初に見たときは、足元の動きを見逃していた。
今度はそこへ目を向けて再生したつもりが、『あとでお話ししようと思うと、何を言おうとしていたのか忘れてしまいそうなので!』という返事で、また笑ってしまった。
これだけ動けるなら、ほかのスポーツに挑戦するところも見てみたい。もっとも、次もタケシは通訳と相手役で忙しくなるのだろう。
そんなことを考えながら動画へ高評価をつけ、俺は次の更新も見逃さないように通知をオンにした。




