22 男爵討伐
俺たちは馬を降り、木々に身を隠しながら森の奥へ進んだ。
やがて木立の向こうに、小さな石造りの小屋が見えてきた。近くの木には四頭の馬が繋がれ、小屋から少し離れた場所では、腰に剣を下げた二人の男が周囲へ目を配っている。
「見張りだな」
ガルドが声を潜めた。
二人はときおり短い言葉を交わしながらも、同じ方向ばかりを見ないように立っていた。少なくとも、武器を持たされただけの素人ではなさそうだ。俺たちが木の陰から様子を窺っていると、小屋の扉が開き、セラフィナがそちらへ指を向けた。
中から二人の男が出てきた。
一人は森には不釣り合いな上等な服を着た男で、隣にいるのは五十歳前後の小太りな男だった。後ろへ撫でつけた茶髪には白いものが混じっており、ミレーユから聞いていたベルニエ男爵の特徴とよく似ている。
「……たぶん、あいつだ」
「誰だ?」
「ベルニエ男爵です。会ったことはありませんが、ミレーユさんから聞いた特徴と合います」
まだ本人だと断定はできないが、エレオノーラを追ってきた森の奥で、特徴の一致する貴族らしき男が武装した護衛とともにいる。偶然だと片づけるには、あまりにも状況が揃いすぎていた。
どう近づくかガルドに相談しようとしたとき、隣で剣が鞘を離れる音がした。
「セラフィナ、待て!」
手を伸ばすより早く、彼女は木の陰から飛び出していた。こちらに気づいた見張りが声を上げ、二人揃って剣を抜いたが、セラフィナはその足を緩めることなく間合いへ踏み込んだ。
一人が振り下ろした刃を、身体を横へずらしながら受け流す。相手の剣が脇へ流れた瞬間には懐へ入り込み、柄頭を鳩尾へ叩き込んでいた。男が息を詰まらせて前屈みになると、その肩を押してもう一人の進路を塞ぎ、自分は反対側へ回り込む。
仲間を避けようと足を止めた男の剣を、セラフィナは下から打ち払った。弾かれた剣が地面へ落ちるより早く膝を腹へ叩き込み、身体を折った相手の側頭部を柄で打つと、男はその場に崩れ落ちた。
「俺たちも出るぞ!」
ガルドが駆け出し、俺もその後を追った。
最初の男は腹を押さえながらも剣を構え直し、近づくセラフィナの肩口へ斬りつけた。彼女は半歩下がりながら斜めに構えた剣でその一撃を受け流し、相手の上体が前へ流れたところへ踏み込むと、軸足を払って地面に倒した。
男が起き上がろうと肘をつくより早く、その喉元へ剣先が突きつけられる。
「動くな。そのまま手を離せ」
追いついたガルドが男の腕を押さえ、握っていた剣を取り上げた。俺も倒れたもう一人の剣を拾って遠ざけると、男爵らしい男とその連れへ目を向けた。
二人は小屋の前で足を止めていた。上等な服の男が青ざめて後ずさる一方、小太りな男は顔を赤くしてこちらを睨んでいる。
「貴様ら、何者だ! 私の護衛に何をした!」
「あんた、ベルニエ男爵か?」
「……だったら何だ。誰に向かってこんな真似をしているのか、分かっているのか!」
どうやら、本人で間違いなかったらしい。
ガルドが腰の袋から縄を取り出し、押さえた護衛の手を後ろへ回しているのを横目で確かめながら、俺は男爵へ向き直った。
「エレオノーラという女を知っていますか?」
男爵の眉がわずかに動いたが、すぐに不快そうな表情へ変わった。
「知らんな。そんな女のことを、なぜ私に聞く」
「ここへ連れてこられたはずなんです。何か見ていませんか?」
「知らんと言っているだろう! さっさと剣を収めろ。今なら、謝罪だけで済ませてやっても――」
その言葉が終わる前に、セラフィナが俺の横を駆け抜けた。
男爵は慌てて腰の剣を抜き、迫る彼女へ振り下ろした。構えそのものは悪くなかったが、セラフィナは刃の届く位置からわずかに身を外し、続けて放たれた横薙ぎも、自分の剣を滑らせるように合わせて受け流した。
男爵が剣を引き戻そうとする間に、彼女はその懐へ入り込んでいた。肩からぶつかって体勢を崩し、剣を握る腕を押し上げながら柄頭で手首を打つと、男爵の指が開いて剣が落ちる。
セラフィナはその胸元を掴み、背後の木の幹へ押しつけた。
「ぐっ……!」
男爵の喉元に剣先が突きつけられ、俺は慌てて二人へ駆け寄った。セラフィナの目は男爵に向けられたままで、俺が近づいても切っ先は動かなかった。
「セラフィナ、こいつには聞きたいことがある。殺すな」
彼女の手に、さらに力がこもったように見えた。男爵が顎を上げて刃から逃れようとしたが、背中には木の幹があり、それ以上は下がれない。
「エレオノーラはまだ先にいるんだろ。こいつから話を聞けば、誰が連れていったのかも分かるかもしれない。まずは、あの子を助けよう」
セラフィナの視線が、ようやく俺へ向いた。
その目を見ながらもう一度頷くと、彼女は男爵の胸元を掴んでいた手を緩め、ゆっくりと剣先を下げた。俺はすぐに男爵の腕を取り、落ちた剣から引き離したが、その隣でセラフィナの身体が大きく揺れた。
剣が指から滑り落ち、膝が折れる。
「セラフィナ!」
男爵を木の根元へ押し座らせ、倒れかけた彼女の身体を抱きとめた。肩は激しく上下しており、俺の腕を掴もうとした手にも、ほとんど力が入っていなかった。
市場で十人以上を相手に戦ったあと、傷を《ヒール》で治しただけで、休むことなくここまで来たのだ。傷が塞がっても、使い果たした体力まで戻ったわけではない。それでも護衛二人と男爵を立て続けに制圧したのだから、もう立っているだけでも限界だったのだろう。
「無茶しすぎだって……。少し休んでくれ」
木の幹へ背中を預けさせると、セラフィナは荒い息のまま顔を上げ、森の奥へ視線を向けた。
「分かってる。エレオノーラだろ。絶対に助けるから」
彼女が小さく頷くのを確かめたところで、ガルドの声がした。
「そこのお前も、男爵の隣へ座れ。逃げようとしたら容赦しないぞ」
護衛二人の拘束を終えたガルドが、剣を向けて男爵の連れを牽制していた。その男は戦おうともせず、何度も頷きながら男爵の隣へ腰を下ろした。
俺はセラフィナのそばを離れ、ガルドと手分けして二人の手も縛った。上等な服の男が腰に差していた短剣を取り上げ、護衛たちの武器とまとめて離れた場所へ置いてから、改めてガルドへ声をかける。
「ここを任せてもいいですか?」
「エレオノーラを追うのか?」
「はい。俺ならスキルで追えます。ここで時間をかけている間に、もっと遠くへ連れていかれるかもしれません」
ガルドは拘束した四人と、木にもたれているセラフィナを見回してから頷いた。
「分かった。こいつらは俺が見張る。セラフィナのことも任せろ」
「ありがとうございます」
「追いついても、相手が何人いるか確かめてから動けよ。お前まで倒れたら、助けられるものも助けられなくなる」
「分かってます」
俺は落ちていたセラフィナの剣を拾い、彼女のそばへ置いた。もう一度その様子を確かめてから立ち上がろうとすると、服の裾を引かれた。
見下ろすと、セラフィナが俺を見上げていた。何かを伝えようと唇が動いたが、声にはならず、裾を握る指にも力はなかった。
「任せろ。ここまでセラフィナがやってくれたんだ。あとは俺が連れて帰る」
彼女は俺の顔を見つめたあと、ゆっくりと指を離した。
俺は腰の剣を確かめ、《異世界ナビ》が示す方角へ目を向けた。エレオノーラはまだ、この森の先にいる。
「今、助けにいくぞ、エレオノーラ」
木々の間へ踏み込み、俺は彼女のもとへ走り出した。




