21 会議は踊り、進み始める
「どうやら――かなり厄介なことになったらしい」
ギルドマスターの言葉に、俺は立ち上がった。
「何が分かったんですか?」
「まだ分かったことはほとんどない。だからこそ厄介なんだ」
ギルドマスターは険しい表情のまま、ゆっくりと首を振った。
「市場にいた連中から話を聞かせているが、エレオノーラが連れ去られるところを最初から最後まで見ていた者はいない。昼時を過ぎたとはいえ、市場にはまだ大勢の人間がいた。それなのに、大きな騒ぎを起こすこともなく女一人を連れ出している」
「つまり、行き当たりばったりじゃない?」
「その可能性が高い。少なくとも、酔っ払いやごろつきが目についた娘を攫った、なんて単純な話には見えん」
言われてみればその通りだった。
エレオノーラの姿は目立つ。白銀の髪だけでも人目を引くうえ、顔にはまだ治療途中の火傷の痕が残っている。そんな彼女を人通りの多い市場から連れ去るなら、普通はもっと大きな騒ぎになっていてもおかしくない。
しかも、異変に気づいたセラフィナがすぐに追跡している。
そのセラフィナの前には十人以上の男たちが現れ、エレオノーラを追うのを妨害した。連れ去る者と追っ手を足止めする者で最初から役割を分けていたのだとすれば、相手は偶然エレオノーラを見つけて攫ったのではなく、事前に準備していた可能性が高い。
「それと、誘拐からすでに数時間が経っている。この街に隠しているならともかく、馬や馬車で移動しているなら、かなり離れていると考えたほうがいい」
ギルドマスターの言葉に、腹の底が冷たくなる。
それについては、俺にも心当たりがあった。
実はセラフィナの治療を終えたあと、俺はすぐに《異世界ナビ》を試していた。
以前ミレーユを探したとき、このスキルで人間も目的地として指定できることは分かっている。だから今回も、エレオノーラを目的地として指定すれば居場所が分かるのではないかと考えたのだが、何度試しても案内は表示されなかった。
試しに冒険者ギルドを目的地として指定すれば、いつも通り案内が表示されるので、スキルそのものが使えなくなったわけではない。
だとすれば、考えられる理由は一つだった。
エレオノーラは、すでに《異世界ナビ》が捉えられる範囲の外まで連れ去られている。
だからこそ、俺一人で闇雲に探し回るわけにはいかない。大勢に捜索してもらい、まずはどちらへ連れ去られたのかを突き止める必要がある。
「……ギルドマスター」
「なんだ?」
「人を集めてください。エレオノーラの救出を、冒険者ギルドに正式に依頼します。それと情報収集もお願いします。街の中でも外でも構いません。エレオノーラを見た人、怪しい馬車を見た人、普段見ない連中を見た人、とにかく少しでも関係がありそうな情報を集めてください」
「依頼を受けること自体は構わん。だが、大規模に人を動かすとなれば相応の金がかかるぞ。捜索範囲を広げれば、それだけ人数も必要になるし、危険な相手だと分かれば依頼料も上がる」
「金は用意します」
「タケシ、お前――」
「すぐ戻ります」
それだけ告げてギルドを出ると、人目のない場所まで移動して《異世界転移》を使った。
次の瞬間には、見慣れた日本の景色へ戻っていた。
スマートフォンを取り出して銀行口座を確認すると、そこにはこれまでタクシーを走らせながら少しずつ貯めてきた金が残っている。当然、この先の生活にも必要になるし、車に何かあればまとまった出費もある。
だが、今はそんなことを考える必要などなかった。
「《等価交換》」
俺は迷うことなくスキルを発動した。
対象に指定したのは、貯金の全額だった。日本円として持っている金を、この世界で通用する金貨へ変換する。
「交換」
それだけで、銀行口座にあった金が、その価値に応じた大量の金貨へと変わって《アイテムボックス》に収められた。
金ならまた稼げばいい。時間がかかったとしても、タクシーを走らせて働き続ければ取り戻せるが、エレオノーラを取り戻すために動ける時間には限りがある。
俺はスマートフォンをしまうと、すぐに《異世界転移》を発動してギルドへ戻った。
「用意しました」
「何をだ?」
「依頼料です」
受付台の前まで歩き、《アイテムボックス》から金貨を取り出していく。一枚や二枚ではなく、次々と積み上げていくと、ミレーユが目を見開き、周囲にいた冒険者たちからもざわめきが起こった。
「タ、タケシさん……?」
それでも構わず出し続け、受付台の上に無視できない量の金貨が積み上がったところで、さすがにギルドマスターが俺の腕を掴んだ。
「待て。いくら出す気だ?」
「全部です」
「全部?」
「今の俺が用意できる金、全部です。これで足りるだけの人を動かしてください。街の中だけじゃなく、周辺の村も街道も調べてほしい。エレオノーラを見た人間がいないか、怪しい馬車が通らなかったか、普段見ない連中が宿を取っていなかったか。情報を集めるだけでも構いません。それとは別に、居場所が分かったらすぐ救出に動ける人間も用意してください」
「タケシさん、でも、こんなに……」
ミレーユが心配そうに金貨の山を見る。
「金はまた稼げます」
俺はそう答えてから、床に座っているセラフィナへ目を向けた。
かつて俺は、エレオノーラとセラフィナを奴隷商から買った。もちろん、二人を物として所有したかったわけではなく、自由にするためにはあのとき金を払うしか方法がなかったからだ。
だが、今回は違う。
「エレオノーラは、こんどはもう金じゃ買い戻せない」
金を積めば無事に返してもらえるという保証など、どこにもない。それなら今持っている金を惜しむ理由もなかった。
ギルドマスターはしばらく俺の顔を見つめていたが、やがて大きく息を吐いた。
「……分かった。ただし、全部を依頼料として受け取るわけにはいかん。必要な分だけ使わせてもらう。余った分は返す。それでいいな?」
「任せます。ただ、金を惜しんで人数を減らすのだけはやめてください」
「分かってる」
ギルドマスターはそう答えると、受付の奥へ向かって声を張り上げた。
「緊急依頼だ! 手の空いている職員を集めろ! 捜索、聞き込み、街道確認で依頼を分ける! 近隣の村へ向かう連中も用意しろ! 衛兵にも情報を回して、街門を通った馬車や不審な連中がいなかったか洗ってもらえ!」
その一声で、静まり返っていたギルドが一気に動き始めた。
職員たちが地図を広げ、街とその周辺をいくつもの区域に分けていく。受付では新しい依頼書が次々と作られ、それまで別の依頼を探していた冒険者たちにも事情が説明されていた。
市場周辺で聞き込みをする者、街の各門へ向かう者、北へ延びる街道沿いを調べる者、近隣の村や宿場へ急ぐ者と役割が分けられ、それぞれが準備を整えると次々にギルドを出ていく。街道や村へ向かう者たちには馬も用意され、集まった情報を持ち帰る職員が、各隊との連絡を担当することになった。
俺一人では到底できないことでも、大勢が同時に動けば可能性は大きくなる。誰か一人でも手掛かりを見つければ、そこから先へつなげられるし、俺自身がエレオノーラに近づくことさえできれば、《異世界ナビ》が再び使えるようになる可能性もある。
そのとき、服の袖を強く引かれた。
振り返ると、いつの間にかセラフィナが立ち上がっていた。
ヒールで傷そのものは治したものの、顔色はまだ悪く、体力も完全には戻っていないはずだった。それでも剣を腰に差し、俺を真っ直ぐ見つめる瞳を見れば、何を言いたいのかは聞くまでもない。
「……一緒に行くんだな?」
セラフィナは迷わず頷いた。
「休んでろと言っても聞かないか」
今度は少しだけ睨まれたので、俺は苦笑しながら首を振った。
「分かったよ。ただし、無茶だけはするな。傷が治ったからって、消耗した体力まで全部戻ったわけじゃないんだから」
納得はしていないようだったが、それでもセラフィナは最後には小さく頷いた。
「俺も行くぞ」
今度は横から声がして、そちらへ振り返る。
立っていたのはガルドだった。
「ガルドさん?」
「俺があの姉ちゃんを見つけた場所へ行くんだろ? だったら俺が案内したほうが早い。それに、倒れてた連中がどの辺にいたのかも覚えてる。もう衛兵が運び出してるかもしれねえが、最初の状態を知ってる奴がいたほうが何かと役に立つだろ」
確かにその通りだったし、今は一分でも時間が惜しい。
「お願いします」
「おう。それにな、あの白銀の髪の嬢ちゃん、俺がカレーを食いに行くといつも笑って迎えてくれたんだよ。あの嬢ちゃんがいなくなったら、次から誰がカレーよそってくれるんだって話だ」
冗談めかした言い方だったが、ガルドなりに心配してくれているのだろう。
「……ありがとうございます」
「礼は見つけてからにしろ。さっさと行くぞ」
ガルドは出発前に職員を呼び止め、セラフィナを見つけた林の場所と、まずはそこから逃走の痕跡を調べるつもりだということを伝えた。北へ向かう捜索隊にも同じ場所を知らせてもらい、何か分かった場合は、互いに連絡を取り合えるようにしておく。
俺たちはギルドを出ると、ガルドを先頭に街の北側へ向かった。
門を抜けてしばらく街道を進んだところで、ガルドが道の脇に広がる林を指差す。
「あっちだ。街道から少し入ったところで見つけた」
草を踏み分けながら林の中へ入っていくと、やがて木々の間に少し開けた場所が見えてきた。
そこには、戦いがあったことを示す痕跡がはっきりと残っていた。
踏み荒らされた草の上には乾きかけた血痕が点々と続き、何本もの枝が折れ、近くの木の幹には剣が食い込んだような傷まで残っている。倒れていた男たちはすでに衛兵によって運び出されていたが、ここでどれほど激しい戦いがあったのかは、戦闘に詳しくない俺でも一目で分かった。
隣にいたセラフィナの足が止まった。
顔から血の気が引き、視線が戦場の跡をゆっくりと辿っていく。ここで何があったのかを、嫌でも思い出しているのだろう。
「大丈夫か?」
声をかけると、セラフィナは唇を噛みながらも頷き、やがて林のさらに奥を指差した。
「エレオノーラを連れた奴らは、あっちへ行ったのか?」
セラフィナが頷く。
「それを追いかけて、ここで別の連中に囲まれた?」
今度は強く頷いた。
やはり、エレオノーラを連れ去った者たちと、セラフィナを襲った男たちでは役割が違ったらしい。誘拐した者たちはそのまま逃走を続け、別に用意されていた連中が追ってきたセラフィナをここで足止めしたのだ。
「ずいぶん用意がいいな」
ガルドが低い声で呟きながら、周囲を見回す。
「街の真ん中で女一人攫うだけでも普通じゃねえのに、追っ手を止める人数まで用意してやがる。最初から誰かに追われることを想定してたんだろうな」
「たぶん。それなら、逃げる方法も準備しているはずです」
「だろうな。ちょっと待ってろ。何か残ってねえか見てみる」
ガルドはそう言うと、地面に残った足跡や踏み荒らされた草を一つずつ確認し始めた。
俺には人間の足跡がいくつも重なっているようにしか見えなかったが、長く冒険者をしているガルドには違いが分かるらしく、しばらく周囲を歩き回ったあと、林の奥へ向かって手招きした。
「こっちだ。戦った連中とは別の跡がある」
俺とセラフィナも後を追う。
百メートルほど進んだところで、ガルドがしゃがみ込んだ。
「見ろ。馬の跡だ」
地面には、いくつもの蹄の跡が残っていた。
「何頭かいたみてえだな。ただ、ここまで乗ってきた感じじゃねえ。蹄の跡がこの辺に集中してるから、あらかじめここに待たせてたんじゃないかと思う」
つまり、街から逃げてきたあと、ここで馬に乗り換えたということか。
人の多い市場や街中では馬を使わず、街を離れてから一気に移動速度を上げる。そのための馬まで事前に用意していたのなら、やはり計画的な犯行としか思えない。
「追えますか?」
「今のところはな。蹄の跡が残ってる。ただ、街道に出られたら厳しくなるぞ」
「行けるところまでお願いします」
俺たちは再び追跡を始めた。
ガルドが蹄の跡を確認し、見失いそうになれば周囲の草や枝を調べる。その少し後ろを俺とセラフィナが歩きながら、何か見落としているものがないか周囲へ目を配った。
途中、後から林へ入ってきた捜索隊の冒険者たちと合流したので、ガルドが見つけた馬の痕跡と、追っている方向を伝えておいた。彼らには周囲に別の逃げ道がないか調べてもらい、俺たちはそのまま先へ進む。
しばらく進んだところで、突然セラフィナが足を止め、道端の低木へ駆け寄った。
「どうした?」
根元にしゃがみ込んだセラフィナが拾い上げたのは、小さな白い布切れだった。
見覚えがある。
エレオノーラが今朝着ていた服と同じ布だった。
「エレオノーラのか?」
セラフィナは何度も頷いた。
俺は布切れを受け取り、周囲を確認する。枝に引っかかって自然に破れた可能性もあるが、それにしては落ちている場所が妙だった。
「……もしかして、わざと残したのか?」
俺が呟くと、セラフィナも同じことを考えたらしく、目を見開いた。
さらに先へ進むと、今度は道端の低木に細い糸が引っかかっていた。その先では服から外したらしい小さなボタンまで見つかり、ここまで続けば偶然とは考えにくい。
エレオノーラはただ怯えて連れていかれているだけではなかった。自分を探す者がいると信じて、少しずつ痕跡を残している。
「……頑張ってるな、エレオノーラ」
思わず口から漏れた。
その言葉を聞いたセラフィナも、俺の手にある布切れを見つめながら強く頷いた。
「だったら、こっちも見失うわけにはいかない。行こう」
そこから先も、ガルドが馬の痕跡を追い、俺とセラフィナがエレオノーラの残したものを探しながら進んだ。
ところが、林を抜けたところで追跡は行き詰まった。
細い道が交通量の多い街道へ合流し、地面には馬だけでなく馬車の轍まで無数に重なっている。さらに悪いことに、その先で街道そのものが二方向へ分かれていた。
ガルドはかなりの時間をかけて地面を調べたものの、やがて諦めたように立ち上がった。
「駄目だ。ここから先は分からねえ。これだけ跡が重なってちゃ、どれが奴らの馬なのか見分けられん。しかも道まで二つに分かれてやがる」
セラフィナの表情が曇る。
だが、俺は二つに分かれた街道を見ながら、別のことを考えていた。
ギルドからここまで、かなりの距離を移動してきた。相手が今も馬で逃げ続けているなら、徒歩の俺たちが距離を縮めるのは難しいだろう。だが、すでにどこかの隠れ家へ着き、そこにエレオノーラを留めているのなら、俺たちが進んだ分だけ近づいているはずだった。
あのとき《異世界ナビ》が反応しなかった理由が、単純に距離が離れすぎていたからなのだとすれば、今なら届くかもしれない。
「……もう一度、試してみるか」
「何をだ?」
「俺のスキルです」
ガルドにはそれだけ答え、意識を集中させる。
ギルドにいたときと同じように、目的地としてエレオノーラを指定した。
すると今度は、ほとんど待つことなく視界に案内が浮かび上がった。
「……いた」
思わず声が漏れた。
ようやく、エレオノーラをスキルの範囲内に捉えた。
表示された案内は、二つに分かれた街道のうち右側を示している。
「こっちです」
「分かるのか?」
ガルドに聞かれ、俺は迷わず頷いた。
「俺のスキルで分かります。こっちで間違いない」
「そうか。なら話は早え」
ガルドはそれ以上詳しく聞こうとはしなかった。
セラフィナも俺が示した方向を見ると、すぐに歩き出そうとしたので、その肩を掴んで止める。
「待て。このまま徒歩じゃ駄目だ」
相手は途中から馬を使っている。今はどこかに留まっていたとしても、再び移動を始めれば、歩いて追いかける俺たちは置き去りにされてしまう。せっかく居場所を捉えたのに、またスキルの範囲外へ逃げられるわけにはいかなかった。
どうするか考えていると、ちょうど後方から馬の蹄の音が近づいてきた。
振り返れば、一騎の馬がこちらへ向かって走ってくる。乗っていたのは冒険者ギルドの職員だった。
「タケシさん!」
俺たちの前まで来ると馬を止め、息を切らしながら降りてくる。
「林を調べていた捜索隊から、こちらへ向かったと聞きました。情報が入りましたので、お知らせに来たんです」
「何が分かったんですか?」
「北門で聞き込みをしていた者から、昼過ぎに不審な馬車を見たという証言が出ています。御者を含めて何人かの男が乗っていて、荷台には大きな布をかぶせていたそうです」
「どっちへ?」
「北です。ただ、その馬車について調べている途中で、別の情報も入りました」
職員は一度息を整えてから続けた。
「ベルニエ男爵が、今日の夕方になって突然屋敷を出たそうです。馬車ではなく馬で、供の者を二人だけ連れて北門から街を出ています」
「……男爵が?」
俺は《異世界ナビ》が示している方向へ目を向けた。
エレオノーラを示す案内は、今も北へ延びる街道の先へ続いている。そこへ、同じ北へ向かったベルニエ男爵の情報が重なった。
しかもベルニエ男爵は、以前ミレーユが十年前の商会について調べていたとき、その動きを止めるために盗賊を使って彼女を攫わせた疑いが濃い人物だ。さらに数日前には、顔に火傷の痕がある白銀の髪の女について、何者かが市場で聞き回っていたことも分かっている。
あの男がエレオノーラに目をつけていたとしても、不思議ではなかった。
「男爵が街を出たのは、エレオノーラが攫われたあとですか?」
「はい。正確な時刻は確認中ですが、日が傾き始める少し前だったそうです」
「行き先を調べてもらえますか?」
「すでにギルドマスターが人を出しています。男爵邸の周辺でも聞き込みを始めています」
「お願いします。それと、俺たちはこのまま北へ向かいます。エレオノーラのいる方向は分かりました」
職員は驚いた顔をしたものの、俺が詳しく説明するつもりがないと察したのか、それ以上は聞いてこなかった。
「分かりました。ほかに必要なものは?」
「馬を二頭用意できますか? 俺は乗れないのでガルドさんと一緒に乗ります。このまま徒歩じゃ追いつけない」
「それなら、近くに街道を調べている捜索隊がいます。こちらへ来る途中で会いましたので、そこから二頭を回してもらいます。乗ってきた者たちには周辺の聞き込みを続けてもらい、代わりの馬はギルドから届けさせます」
街まで戻って手配し直す必要はないらしい。俺が頷くと、職員は馬へ飛び乗り、捜索隊がいるという街道の合流地点へ引き返していった。
待っている間も、俺は《異世界ナビ》の表示を何度か確かめた。案内は途切れることなく続いており、目的地までの道筋にも変化は見られない。少なくとも今は、エレオノーラを連れた者たちが移動を続けている様子はなかった。
やはり、どこかに留まっているのかもしれない。何のために連れ去ったのかは分からないが、こちらが徒歩で進んでもスキルの届く範囲まで近づけたのは、相手がすでに移動を終えていたからなのだろう。
それでも、いつまでそこにいるかは分からない。俺は街道の先を見つめながら、今だけは動かないでくれと祈るような気持ちで馬を待った。
ほどなく、職員が二頭の馬を引いて戻ってきた。
「二人で乗ると聞いて、こちらは体の大きな馬を借りてきました。ギルドマスターには、この先へ追跡を続けることを伝えておきます」
「ありがとうございます。居場所が分かったら、救出に向かう人たちにも知らせてください」
俺たちが向かう方向を改めて伝え、馬を受け取ると、予定どおり俺はガルドの後ろに乗せてもらった。セラフィナはもう一頭の馬に跨がり、俺たちは再び北へ向かう。
セラフィナは体力をかなり消耗しているはずなのに、元近衛騎士だけあって手綱を握る姿には危なげがなかった。馬を走らせ始めると俺たちより先へ出そうとしたので、慌てて声をかける。
「セラフィナ! 一人で先に行くなよ!」
セラフィナは一度こちらを振り返り、渋々速度を落とした。
俺の視界には、今もエレオノーラまでの道筋が表示されている。途中でいくつもの脇道が現れたが、案内はそのまま街道の先へ続いており、曲がる必要がないことを確かめながら進んでいった。
馬で移動するようになってからも、目的地までの道筋が別の場所へ延び直すことはなかった。犯人たちはどこかにエレオノーラを留めているらしい。その間に俺たちが進めば、少しずつでも距離を縮められる。
やがて日が沈み始めた頃、視界に浮かぶ案内が、前方の脇道へ向かって曲がっているのが見えた。街道の右手から森へ続く細い道で、木々の影に隠れるようにして奥へ延びている。
「ガルドさん、前の脇道です。あそこから森へ入ります」
「あの細い道か?」
「はい。案内がそちらを示しています」
ガルドは分岐の手前で馬の速度を落とし、俺が示した道へ進んだ。街道から少し入ったところでいったん馬を止め、地面に残る痕跡を確認する。
「……当たりだな。何頭も通ってる。それも、そんなに時間は経ってねえ」
セラフィナも馬から降りて周囲を調べ始めると、ほどなく木の根元から小さな布切れを拾い上げた。先ほど見つけたものと同じ、エレオノーラの服の一部だった。
俺のスキルだけではない。間違いなく、エレオノーラはこの道を通っている。
「この先です。行きましょう」
再び馬に乗り、森の中を進んでいく。
日が落ちるにつれて辺りは急速に暗くなっていったが、視界に浮かぶ案内は消えず、俺たちを森のさらに奥へ導いていた。
やがて前方に小さな明かりが見えてきた。
「止まれ」
ガルドが声を落とし、馬を止める。
木々の向こうに、古い石造りの小屋が見えた。そのそばには四頭の馬が繋がれているが、俺の視界に浮かぶ案内は小屋ではなく、さらに森の先を示していた。
「エレオノーラはあそこじゃありません」
「分かるのか?」
「俺のスキルでは、まだ先です」
それなら無視して先へ進むべきかとも思ったが、セラフィナが小屋のそばに繋がれた馬を見つめ、警戒するように剣の柄へ手をかけた。
ギルドから届いた情報が頭をよぎる。
ベルニエ男爵は、供を二人だけ連れて北へ向かった。そして、目の前の小屋には三頭の馬が繋がれている。
「……まさか」
以前ミレーユを狙い、今度はエレオノーラについて探らせていた男が、彼女が誘拐された直後に街を出ている。そのうえ、俺たちがエレオノーラを追ってきた先に、供の人数とぴったり合う三頭の馬があった。
偶然で片づけるには、あまりにも出来すぎている。
それでも《異世界ナビ》が示すエレオノーラの居場所は、この小屋ではない。
俺たちは馬を降りると、木々に身を隠しながら小屋の様子を窺った。
◇ ◇ ◇
その小屋の中には、ベルニエ男爵がいた。
供の二人を外に待たせ、男爵は一人の男と向かい合っている。
男爵にとって、その男は初対面ではなかった。十年前のアルセニア王国滅亡に関わる一連の出来事でも、何度か指示を運んできた連絡役だった。
「急に呼び出して何の用だ?」
「確認してもらいたいことがある」
男はそう言って、一枚の紙を差し出した。
ベルニエ男爵は怪訝そうに受け取り、そこに記されていた名前を見た瞬間、眉を寄せる。
エレオノーラ・アルセニア。
「……やはり、あの女か」
「心当たりがあるのか?」
「数日前から調べさせていた女がいる。市場で商売を始めた、白銀の髪にひどい火傷の痕がある若い女だ。報告を聞いたときから気にはなっていたが……」
男爵はもう一度、紙に記された名前へ目を落とした。
十年前に滅びたアルセニア王国の第三王女。
年齢も特徴も一致する。
「エレオノーラ・アルセニアが生きている可能性がある。所在を確認しろとの指示だ」
「それなら、おそらく間違いない。あの女だ」
「まだ決めつけるな。確認するまでは可能性にすぎん」
「分かっている」
ベルニエ男爵は紙を折り畳みながら、忌々しそうに顔を歪めた。
少し前には、冒険者ギルドの受付嬢が十年前の商会について嗅ぎ回り始めたため、盗賊を使って黙らせようとした。それだけでも厄介だったというのに、今度は十年前に死んだと思われていたアルセニア王家の人間まで現れたのだとすれば、放置できる話ではない。
「面倒なことになったな……」
男爵が低く呟く。
だが、彼はまだ知らなかった。
自分が調べさせていたエレオノーラが、今日の昼間、すでに何者かによって市場から連れ去られていることを。
その誘拐を命じた者が、自分とは別に十年前の出来事へ関わっていた人間であることも。
そしてタケシたちが、エレオノーラを追う途中で偶然この小屋へ辿り着き、すぐ近くから様子を窺っていることも――。




