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神様に轢かれて【天神地祇】を授かりました ~東京と異世界を行き来する二重生活~  作者: 廻間 朔夜


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13 やはり異世界で食い物屋やるならカレーだよね

 昨夜の話し合いで今後の方針は決まったものの、エレオノーラとセラフィナには肝心のカレーがどんな料理なのか分かっていない。日本では説明するまでもないほどありふれた料理だが、異世界の人間に「カレーを売ろう」と言ったところで、実物を食べたことがなければ話にならないだろう。


 せっかくなので朝食を兼ねて試食してもらおうと思い、鍋で具材を煮込みながら市販のカレールーを取り出したところで、起きてきたエレオノーラが台所を覗き込んだ。


「おはようございます、タケシ様。何を作っていらっしゃるのですか?」


「昨日話したカレー。もう少しでできるよ」


 箱からルーを取り出して鍋へ入れると、それまで普通の煮込み料理だったものが急速に色を変え、独特の香りが部屋中へ広がっていく。エレオノーラは興味深そうに鍋を覗き込んでいたが、その匂いにつられたのか、少し遅れて起きてきたセラフィナまで台所へやって来た。


「おはよう。ちょうどいいところに来たな」


 セラフィナは俺に軽く頭を下げると、すぐに鍋へ視線を向けた。鼻をひくひくさせながら中身を覗き込み、これが昨日話していた料理なのかと尋ねるように首を傾げる。


「そう、それがカレー。とりあえず食べてみれば分かるよ」


 朝からカレーというのも少し重い気はしたが、異世界人の二人にはそんな常識はない。炊きたてのご飯へカレーをかけてテーブルに並べると、二人とも初めて見る茶色い料理を興味深そうに眺めていた。


「これを、ご飯と一緒にいただくのですか?」


「そう。混ぜてもいいし、そのまま一緒に食べてもいい。ただ、ちょっと辛いから気をつけて」


 まずエレオノーラが恐る恐る一口食べ、何度か噛んだところで目を見開いた。続いてセラフィナも口へ運んだが、こちらは一瞬動きを止めたあと、確認するようにもう一口食べ、そのまま猛烈な勢いで食べ始めた。


「どう?」


「不思議なお味です。辛いのですが、それだけではなくて……いろいろな香りがいたしますね」


「何種類も香辛料が入ってるからな」


 エレオノーラはもう一口食べ、今度は最初より大きくすくった。


「ですが、とても美味しいです。これでしたら、向こうでも好まれるのではないでしょうか」


「前に売ったときも評判よかったからな。少なくとも、売れないってことはないと思う」


「すでに販売なさったことがあるのですか?」


「ああ。二人を奴隷商人から買い取る金を稼いでたときにね。パンを売ったり、カレーを作って売ったり、いろいろやったんだよ」


 エレオノーラが驚いたように俺を見る。


「わたくしたちのために……」


「その話はいいって。今度はそのやり方を二人にも覚えてもらおうって話なんだから」


 湿っぽい話にしたくなくてセラフィナのほうを見ると、本人はそんな会話など耳に入っていないらしく、ひたすらカレーを食べ続けていた。やがて皿をきれいに空にすると、当然のように俺へ差し出してくる。


「おかわり?」


 勢いよく頷く。


「一応、商売のための試食なんだけどな」


 それでも嬉しそうなので二杯目をよそってやると、セラフィナは満足そうに食べ始めた。


「少なくとも、味については心配なさそうだな」


「セラフィナは昔から食べることが好きでしたから」


 エレオノーラが笑うと、セラフィナは食べながら抗議するように眉を寄せた。


 ◇


 朝食を終えると、三人でスーパーへ買い出しに行った。


 昨日は服を買うために街を歩いたが、スーパーへ連れてくるのは初めてだ。自動ドアについてはもう驚かなくなったものの、店内へ入った途端、二人とも大量の商品が並ぶ棚を見て足を止めた。


「ここは……すべて食料を売っている場所なのですよね?」


「食べ物だけじゃないけど、大体そうだよ。肉も魚も野菜も調味料も、ここに来れば一通り揃う」


「これほどの量が、一つの場所に……」


 エレオノーラが棚を眺めながら感心している横で、セラフィナはすでに菓子売り場へ興味を移していた。色とりどりの袋が並ぶ棚の前で立ち止まり、手に取ろうとしている。


「今日はお菓子を買いに来たんじゃないぞ」


 声をかけると、セラフィナは何もしていないという顔で手を引っ込め、何食わぬ顔でこちらへ戻ってきた。


「今度買ってやるから」


 そう言うと、途端に機嫌が直る。


「分かりやすいなあ」


 今回はまだ試験的に屋台を始める段階なので、大量に仕入れるつもりはない。カレールー、肉、玉ねぎ、人参、じゃがいもなど必要なものをカートへ入れ、パンも何種類か選んでいく。


「昨日話したパンっていうのがこれ。前に向こうで売ったことがあるんだけど、日本じゃ普通に売ってるものでも、あっちじゃ珍しいから結構売れるんだ」


 袋入りのパンを見せると、エレオノーラは一つ手に取り、袋の上から柔らかさを確かめた。


「これも、わたくしたちを解放するために?」


「そういうこと。最初から何十枚も金貨を稼げたわけじゃないから、できることをいろいろ試したんだよ」


 エレオノーラは何か言いたそうに俺を見たが、さっき湿っぽい話にするつもりはないと言ったばかりなので、結局何も言わずに微笑んだ。


 買い物を済ませて家へ戻ると、商品や材料を人目のないところで《アイテムボックス》へ収納する。あとは異世界で商売を始めればいいのだが、以前のように短期間だけ試しに売るのとは違い、今回は二人が継続して商売をするつもりなので、きちんと屋台を構えたほうがいいだろう。


「向こうへ行ったら、まずミレーユさんに相談しよう」


「ミレーユ様というのは?」


「前に俺の金策を手伝ってくれた人。パンやカレーを売ったときにもいろいろ相談に乗ってもらったから、今回も屋台の出し方を聞いてみようと思う」


 エレオノーラとセラフィナが頷いたところで準備は終わり、俺たちは《転移》を使って異世界へ戻った。


 ◇


 久しぶりというほど日数が空いたわけではないのに、異世界の街並みを見ると妙に懐かしく感じた。


 日本では車が走り、信号が変わり、店に入れば電気が当たり前のように使われている。それに慣れたあとで石造りの建物と土の道が広がる街へ戻ってくると、ほんの数日前までこちらで生活していたことが不思議に思えてくる。


 一方、エレオノーラとセラフィナは明らかに落ち着いた様子を見せていた。二人にとってはこちらが生まれ育った世界なのだから、日本にいるときより肩の力が抜けるのだろう。


 街へ戻った俺たちは、そのままミレーユさんのところへ向かった。


「こんにちは、ミレーユさん」


「あら、タケシさん。いらっしゃい」


 俺に気づいたミレーユさんはいつものように迎えてくれたが、後ろにいる二人を見ると、すぐに事情を察したようだった。


「ということは、無事に?」


「はい。金貨二十七枚、全部払ってきました」


「まあ! よかったですね」


 ミレーユさんは本当に嬉しそうに笑った。


「では、そちらのお二人が?」


「エレオノーラとセラフィナです。二人とも、もう奴隷じゃありません。今は俺の仲間です」


 エレオノーラが一歩前へ出て、丁寧に頭を下げた。


「エレオノーラと申します。わたくしたちのためにタケシ様へお力をお貸しくださったと伺いました。本当にありがとうございました」


 セラフィナも深く頭を下げる。


「いいえ、私は少しお手伝いしただけですよ。実際にお金を用意したのはタケシさんですから」


「いや、ミレーユさんがいなかったら、あんな短期間じゃ無理でしたよ」


 俺がそう言うと、ミレーユさんは照れたように笑った。


「それで今日は、そのときの商売について相談があるんです」


「商売?」


「パンとカレー、またやろうと思ってるんです。ただ、今度は俺が何日か売って終わりじゃなくて、この二人に継続してやってもらおうと思ってまして」


 そこまで説明すると、ミレーユさんはすぐに理解した。


「ああ、なるほど。あのパンとカレーなら、きちんと場所を決めて売れば商売になると思いますよ。前に売ったときも随分評判がよかったですものね」


「ですよね。だから今度は屋台を出したいんですけど、どうやって許可を取ればいいのか分からなくて」


「それでしたら商業ギルドですね。この街で継続して屋台を出すなら、場所を借りて営業の登録をしておいたほうがいいでしょう」


「やっぱり勝手に場所を決めちゃ駄目ですよね」


「もちろんです。市場の周辺には屋台を出せる区画が決められていますから、空いている場所を借りることになります。それに食べ物を扱うなら、何を売るのかも届けておかなければなりません」


 以前の金策では、とにかく短期間で金を作ることばかり考えていたので、腰を据えて店を構えるところまでは考えていなかった。今回は二人の治療費を継続的に稼ぐための商売なのだから、その場限りの売り方ではなく、最初からきちんと手続きをしておいたほうがいい。


「商業ギルドって、俺が行って説明すれば分かります?」


「もちろん大丈夫だと思いますが……初めてでしたら、私もご一緒しましょうか?」


「いいんですか?」


「ええ。あのカレーをまた売るのでしたら、私も楽しみですし」


「ありがとうございます。助かります」


 俺一人で行って、この世界では常識のことを知らずに余計な手間を増やすより、ミレーユさんが一緒にいてくれるほうがありがたい。


 するとエレオノーラが申し訳なさそうに口を開いた。


「わたくしたちのために、そこまでしていただいてよろしいのでしょうか?」


「気にしなくていいんですよ。タケシさんがあれだけ必死になってお二人のためにお金を集めていたのを見ていますから、こうして無事に一緒にいらっしゃるところを見られただけでも嬉しいんです」


 エレオノーラは一瞬言葉を失い、隣のセラフィナも俺を見た。


「……何?」


 二人揃ってじっと見てくる。


「タケシ様、本当にありがとうございました」


「だから、その話はもういいって。今は次の金稼ぎを考えよう」


 どうにも照れくさくなって話を打ち切ると、ミレーユさんが楽しそうに笑った。


 ◇


 その日のうちに、俺たちはミレーユさんの案内で商業ギルドへ向かった。


 冒険者ギルドとは違って武器を持った人間はほとんどおらず、代わりに商人らしい身なりの男や荷物を抱えた職人が頻繁に出入りしている。壁には市場や露店に関する掲示が並び、受付の前では仕入れや荷物について相談しているらしい人たちの姿も見えた。


 ミレーユさんに案内されて受付へ行くと、三十代くらいの女性が対応してくれた。


「こちらの方たちが屋台を出したいそうです」


「新規の屋台ですね。販売するものは何でしょう?」


 受付の女性に尋ねられたところで、俺より先にミレーユさんが答えた。


「パンと、カレーという料理です。以前この街で販売したことがあるのですが、覚えていませんか? 香辛料の香りがする、茶色い煮込み料理です」


「ああ、もしかして少し前に話題になっていた料理ですか?」


「たぶんそれです」


 どうやら思っていた以上に知られていたらしい。


 受付の女性は興味深そうに俺を見た。


「また販売されるのですね」


「はい。ただ、今回は継続して売るつもりなので、ちゃんと屋台を出そうと思ってます」


 そこからはミレーユさんにも助けてもらいながら、営業場所や販売方法について相談していった。


 話を聞くと、この街で小規模な屋台を出す場合、商業ギルドへ責任者と扱う商品を登録し、屋台営業が認められている区画の中から場所を借りればいいらしい。食べ物を扱う以上、傷んだものを売らないことや水をきちんと用意することなど最低限の決まりはあるが、日本で飲食店を始めるのに比べれば手続きそのものはずっと簡単だった。


「場所でしたら、市場通りのこの辺りはいかがでしょう?」


 受付の女性が地図の一角を指した。


「昼前から夕方まで人通りがありますし、冒険者の方もよく通ります。食事を扱う屋台には向いていると思います。ただし、人通りが多いぶん、ほかの区画より使用料は少し高くなります」


 提示された金額を頭の中で日本円へ換算してみたが、それほど大した額ではない。カレーが以前と同じくらい売れるなら、十分に元は取れそうだった。


「そこにします」


「では、まず短期間の営業登録にしておきますね。問題なく営業できるようでしたら、そのあと期間を延長することもできます」


 必要な料金を支払い、いくつかの注意事項について説明を受けると、最後に営業許可を示す札を渡された。


「これを屋台の見える場所に掲げてください。指定された区画の範囲を越えて商品を並べないことと、火を使う場合には周囲の屋台へ迷惑をかけないよう注意してください」


「分かりました」


 これで正式に屋台を出せる。


 ギルドを出たところで、俺は受け取った許可札をエレオノーラへ差し出した。


「はい」


「わたくしに、ですか?」


「二人の店なんだから、持っててよ」


 エレオノーラは驚いたように許可札と俺を見比べた。


「タケシ様のお店ではないのですか?」


「最初は俺も手伝うけど、俺は日本でタクシーの仕事があるから毎日こっちに来るわけにはいかない。慣れてきたら二人でやってもらうつもりだよ」


 エレオノーラは手の中の札を見つめ、少し緊張したような、それでいて嬉しそうな表情を浮かべた。


「わたくしが……商売をするのですね」


「元王女が屋台って、やっぱり嫌?」


「いいえ。少し不思議な気持ちはいたします。以前のわたくしなら、自分が市場で料理を売ることになるなど想像したこともなかったでしょうから。でも今は、自分の力でできることがあるのなら、やってみたいと思います」


「そっか」


 エレオノーラがそう思ってくれているなら、俺としても安心だ。


 すると横にいたセラフィナが、自分を指さしてこちらを見た。


「もちろん、お前も店員だよ。むしろ料理はセラフィナが中心になると思う」


 嬉しそうに頷いたところで、一つ問題に気づいた。


「でも、接客はどうする? まだ喋れないぞ」


 セラフィナの笑顔が固まった。


 俺とエレオノーラが顔を見合わせる。


 声が出ないのだから、「いらっしゃいませ」も「何にしますか」も言えない。料理だけ担当してもらえば済む話ではあるが、セラフィナ本人はそれでは納得できないらしく、何かを書きつけるように手を動かしてみせた。


「筆談?」


 勢いよく頷く。


「客が来るたびに書くつもり?」


 また頷いた。


 それを見ていたエレオノーラが、くすくすと笑い始めた。


「タケシ様。昨日もお話ししましたが、セラフィナは昔、わたくしに静かにするよう言われたときでさえ、筆談で話し続けようとした女性です」


「ああ……そうだった」


 それなら声が出ない程度で接客を諦めるはずがない。


「分かった。じゃあ接客もやっていいけど、客一人に長文を書くなよ。後ろに行列できるから」


 セラフィナは少し考え、なぜか不満そうな顔をしながらも頷いた。


 その様子を見ていたミレーユさんが笑う。


「賑やかなお店になりそうですね」


「一人は喋れないんですけどね」


「それでも十分賑やかそうです」


「それは否定できないな」


 場所も決まり、営業の許可も取れたので、あとは屋台そのものと必要な道具を揃えれば営業を始められる。パンとカレーについては一度売れた実績があるため、今度はその場限りではなく、二人が継続して利益を出せる形へ持っていくことが目標になる。


 俺は日本で個人タクシーの売上を伸ばし、二人は異世界で屋台を運営する。そのうえで日本にいる時間を使ってYouTubeにも挑戦すれば、少なくとも収入源を一つに頼らずに済む。


 セラフィナとエレオノーラ、二人分の治療費が最終的にいくらになるのかはまだ分からないが、必要な金額が分からないからといって立ち止まっていても仕方がない。


「よし。じゃあ次は屋台の準備だな」


「はい。頑張ります」


 エレオノーラは営業許可の札を大切そうに握り、セラフィナもやる気満々で頷いた。


 以前は二人を奴隷から解放するため、俺とミレーユさんが始めたパンとカレーの商売だった。


 今度はその二人自身が、自分たちの未来のために商売を始める。


 そう考えると、同じパンとカレーでも、以前とはずいぶん違って見える気がした。

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