光の聖女と傀儡の魔王
アダム殿下との婚約から半年。アザレアは次期王妃として公務の合間にアダムと交流を続けた結果、彼なりの不器用な優しさを見せてくれるようになっていた。
「アザレア、顔色が優れないな。無理はするな」
「……はい、アダム様。お気遣いありがとうございます」
その優しさに触れるたび、アザレアの脳裏には、かつて楽しそうに彼の話をしていた妹の姿が過る。罪悪感で押しつぶされそうになるアザレアを救ってくれるのは、いつもリリアだった。
「お姉様、そんなに辛そうなお顔をなさらないで? 私はお姉様が殿下と並んで歩む姿を見るのが、何より嬉しいのですから」
そう口にするリリアは、困ったように眉を下げて、誰でも惚れてしまうような笑みを浮かべるのだ。アザレアはその言葉を信じ、世界で一番優しくて可愛い妹のために、立派な聖女になろうと自分を奮い立たせていた。
アダムは王族に代々受け継がれてきた光の力を持って産まれてこなかった。その代わりなのか建国以来、鞘から抜けなくなった置物同然だった重い聖剣をあっさり鞘から引き抜き、軽々と扱ったのだ。
それを見た王国の者は口を揃えて初代国王の生まれ変わりだと言い、次期国王として期待を一身に背負っていた。彼が感じる重圧と孤独がアザレアの天性の優しさによって救われるのもそう時間はかからなかった。
そんなある日、聖ルミナス王国を未曾有の恐怖が襲った。
王都の西の大森林にある廃墟に突如として「魔王」が復活したのだ。その禍々しい闇の力は瞬く間に王都近郊を包み込み、アダム殿下率いる少数精鋭の部隊が魔王討伐を行うことになった。
アザレアも聖女として同行を決意したその夜、リリアが突然彼女の部屋へやってきた。
「お姉様、私……私も魔王討伐に連れていってくださいませ!」
「えっ!? ダメよリリィ、そんな危険な場所、あなたを連れていけないわ!」
驚いて突っぱねるアザレアの服の裾を、リリアは小さな手でぎゅっと掴んだ。琥珀色の瞳には、今にも溢れそうな涙と、強い決意が宿っていた。
「お願いです、お姉様……。いつも守られているばかりの私が、初めてお姉様やアダム殿下、カステル兄様のお役に立てるかもしれないのです。少しですが私も魔法の心得はありますから、足手まといにはならないはずです。どうか、私も一緒に戦わせてください……っ」
その健気で必死な訴えに、アザレアの心は揺らいだ。いつの間に魔法を使えるようになったのだろうか。勤勉な妹のことだからこっそりと練習していたのだろう。
カステルやアダムも、一悶着あると思っていたがあっさりと同行を許可した。アザレアは「私が絶対にリリィを守る」と胸に誓っていた。
しかし、実際の戦場は、アザレアが想像していたものとは少し違っていた。
現れた魔王の放つ闇の障壁は最初こそ苦戦はしたが、かつての歴史書に記されていたような、国を滅ぼすほどの絶望的な威圧感まではない。その力にはどこか触れたことのあるような奇妙な感覚があった。
「カステル、僕に合わせろ! アザレア、僕たちが隙を作る、その隙に攻撃を!」
「はい、アダム様……!」
アダム殿下の的確な指揮のもと、討伐隊は着実に魔王を追い詰めていく。アダムの鋭い剣撃が魔王の障壁を崩し、その直後にアザレアが光の波動を撃ち込む。息の合った完璧な共闘。二人が力を合わせるたび、魔王の身体は目に見えて衰弱し、討伐の瞬間はすぐそこまで迫っていた。
「みんな、あと少しです……!」
アザレアは、これで世界が救われると確信して声を上げた。
その横で支援魔法を発動していたはずのリリアが焦ったように古い魔導書を開いて何か唱え始めていた。
「これで終わりだァッ!」
アダムの咆哮と共に、彼の聖剣が魔王を深く貫いた。
間髪入れず、アザレアが祈りを込めて放った光の柱が、魔王の巨体を完全に包み込む。
「グオオオオオオオッ……!」
断末魔の叫びをあげた魔王が塵となると同時に闇の力は一瞬で消し去られた。
「お姉様……っ、アダム殿下……っ」
光が収まった静寂の中、リリアは地面に膝を突き、弱々しく肩を上下させながら涙目で二人を見つめていた。
「私、感動いたしましたわ……。お二人が力を合わせて魔王を倒す姿、本当に伝説の聖女と勇者のようでした……」
リリアの元へアザレアはすぐに駆け寄り、妹の華奢な身体を強く抱きしめた。
「頑張ったねリリィ。でももう大丈夫よ! アダム様のおかげで、みんな守られたわ!」
「……はい、お姉様。本当に……良かったですわ……」
アザレアの胸に顔を埋めながら、リリアの指先が引きつったようにアザレアの服を掴む。その声は暗く、悔しさを含んでいた。
みんなが勝利を称え合う中、戦場の魔力残滓を調査していた天才宮廷魔導士と言われるニコラスだけが、アザレアに抱かれるリリアへ近づき、前髪の隙間から冷ややかな笑みを浮かべた。
「やあやあお疲れ様、聖女様と王太子殿下の共闘、実に見事なものだったね。……ねえ、失礼を承知で聞くがリリア嬢。我々が戦った魔王は、随分と陳腐だったと思わないかい?」
「え……?」
アザレアは眉をひそめた。
「まるで、誰かに都合よく操られて、この場で倒されるのを待っていたような、ねえ?」
ニコラスの言葉に、アザレアの胸の中でリリアの身体がびくっと強張った。リリアはさらに深く顔を埋め、「……私には、よくわかりませんわ……」と弱々しく答えた。
「ニコラス、失礼だぞ。リリアが怯えている」
カステルがニコラスとリリアの間に割って入ると、ニコラスは「おっと、それは失礼」と大人しく引き下がった。
アザレアは、怯える妹を庇うようにさらに強く抱きしめながら、ニコラスの背中を睨みつけた。リリアの顔は胸に埋めているため確認はできなかった。
アザレアはただ、最愛の妹を自分の光で温めることだけを考えていた。ニコラスの言葉の本当の意味を理解しないまま。




