第91話 白い道
道は、どこまでも白く乾いていた。
人工の舗装道路などではない。
かつてのアスファルト舗装は、数十年前に完全に割れ砕け、白い粉塵となって土壌と同化していた。
その砕けた粉と、地面から塩分を噴き出した白い土、そして白く立ち枯れた野草が混ざり合い、道は遥かな地平線の彼方まで白一色に伸びていた。
どれほど歩き続けても、視界に映る景色はまったく同じ白さだった。
進路の目印になるランドマークなど、何ひとつ存在しない。
振り返っても歩んできた白い道があり、前方を見据えてもこれから進むべき白い道が横たわっている。
自分たちがどれだけの距離を踏破してきたのかは、生身の足の筋肉の疲労感だけでしか測ることができなかった。
それでも、明石さんは太陽の照射角度と、遠く霞む山並みの稜線の重なりから、北の方角を決して外さなかった。
ときどき無事な左手で懐から古い紙の地図を取り出し、まだ何も描かれていない白い余白の上へ、黒い鉛筆で、自分たちが歩いた分だけの線を少しずつ書き足していく。
道そのものが消滅した空白の土地に、明石さんの鉛筆の芯が、一本の細い確かな道を、私たちの背後へ向けて伸ばし続けていた。
激しい飢えが、徐々に私たちの肉体を苛み始めていた。
石上派から持たされたあの焼いた芋は、北の境界帯を突破するまでにすべて食べ尽くしてしまっていた。
白地の領域に入ってからは、由良が土中から採取するわずかな水と、明石さんの背負い籠の底に残されていた干した木の実を、三人で少しずつ分け合って飢えをしのいでいた。
◆◆◆
昼過ぎ、山道の脇の窪地に、きめ細かな白い粉が深く吹き溜まっていた。
雪ではない。
この乾燥した晩夏の季節に、雪など降るはずがなかった。
足元をかがめて観察すると、それは極めて微細な透明な殻の粉末だった。
昆虫の羽のような、光を微かに通す薄い殻が無数に粉砕されたもの。
指先ですくい上げてみると、完全に乾ききっており、羽毛のように軽かった。
「……スマートダストの、死骸だな」
明石さんが、背後から低く告げた。
「知能を持って稼働している生きた回路は、生身の人間の周囲には決して近づいてこない。……だが、回路の寿命が尽きて機能を停止すると、風に吹かれて、こういう谷底の低い窪地へと自然に堆積していく」
その白い粉の山の中を、数匹の小さな甲虫が蠢いていた。
粉末を自らの口器で貪り食っているらしかった。
そして、その甲虫を、さらに別の少し大きな肉食の虫が、岩陰からじっと狙っていた。
私は、その窪みの光景を、長いあいだ無言で見つめ続けた。
港町の第零区で、二十四年間、私が毎日のように口にしてきたあの粗悪なフェイク・プロテイン。
その原点が、まさにここにあったのだ。
風に運ばれて白地に落ちた知能ダストの死骸を昆虫が摂取し、それをさらに上位の生物が捕食して体内でナノ回路が濃縮されていく。
それを闇市場の業者が大量に捕獲してすり潰し、粗悪な缶詰として安価で流通させる。
あの舌の奥に残る、微かに金属が擦れ合うような特有の後味の最初の起源が、この白地の粉末だったのだ。
私の舌の奥が、その味覚の記憶を急激に呼び覚まし、口の中に唾液がじわじわと湧き上がってきた。
飢餓のせいなのか、過去の記憶の反射なのか、自分でも判別がつかなかった。
二十四年のあいだ、私はそれを、遠い港の配給所で加工された得体の知れない化学物質だと思って胃袋に流し込んできた。
だが——その真の正体が、この死んだ知能機械の殻の濃縮物に過ぎないという事実が、いま、乾いた粉として私の指先の上に横たわっていた。
「……私の体の中には、この粉が、すでに全身に溜まっています」
以前、山奥の小屋で明石さんに対して口にした言葉を、私は再び繰り返していた。
あのときは、手にした缶詰のラベルを見つめながら言った。
いまは、その缶詰の中身の、最も原初の姿を直接指ですくいながら口にしていた。
その窪みの虫たちを、私たちは誰一人として口にしようとはしなかった。
飢えに苛まれてはいたが、生物濃縮の危険性を知る私たちは、決して手を伸ばさなかった。
◆◆◆
夕暮れが迫る頃、由良の足取りが、初めて列から遅れ始めた。
常に先頭を凛として歩いていた由良の姿が、いつの間にか私の背後へと下がっていた。
振り返ると、由良は白い道の真ん中で、両膝を地面についてうずくまっていた。
「……申し訳、ございません」
自力で立ち上がろうとして、しかし足に力が入らないようだった。
「少しだけ、視界が眩んでしまいました。……水を、皆さまへ回しすぎてしまったのかもしれません」
由良は、自分自身の飲むべき水の量を、極限まで削っていたのだ。
枯草の根元から掌に溜めたわずかな清水を、常に明石さんと私に先に差し出し、自分は最後に湿った掌を舐める程度で済ませていた、あの献身的な両手が。
「休みましょう」
私は胸元の胴巻きから竹筒を取り出し、由良の前へと差し出した。
今日一日のために残しておいた、私自身の分の水だった。
由良は、すぐには口をつけようとはしなかった。
「兄様の、大切なお水でございます」
「一口だけでいいですから、飲んでください」
「……では、一口だけいただきます」
由良は竹筒を受け取り、本当に喉をほんの少し潤す程度の一口だけを飲むと、すぐに私へと返してくれた。
それから、地面に手をついて、ゆっくりと立ち上がった。
力を込めた指の関節が、白く浮き上がっていた。
「白地の荒野では、太陽が出ているうちに、水場のある場所まで辿り着かねばなりません。……縁で生まれ育った者は、その厳しさを、身体の芯で記憶しております」
由良がこれまでに辿ってきた過酷な人生の来歴を、私はいまだほとんど知らずにいた。
白地の境界の寒村で生まれ、教育を受けることなく、白い家の看取りの巫女となった。それだけのことしか知らない。
だが——いま、この過酷な白い大地の上で膝をつき、それでも自らの足で毅然と立ち上がるその姿には、私の計り知れない歳月の重みが刻み込まれていた。
文字の読み書きを学ぶ代わりに、由良が自らの身体に刻み込んできた過酷な知恵が、この荒涼とした大地には数多く息づいていたのだ。
◆◆◆
日が完全に沈む直前、行く手の視界の先に、民家の屋根の輪郭が見えてきた。
六軒ほどの、小さな集落の跡だった。
屋根が朽ち果てて完全に抜け落ちた廃屋が、半数を占めていた。
だが——残りの半分の家屋は、屋根が崩れずに保たれていた。
屋根の残っている家屋の土間へ足を踏み入れると、床の上が綺麗に掃き清められていた。
土の上には、竹箒で掃いたばかりの新しい筋がくっきりと残されている。
長年放置された廃屋のはずの空間が、まるで現在も人間が寝起きしているかのように、整然と片付けられていたのだ。
人影は、どこにも見当たらなかった。
だが——人間が確かにそこに存在していたという痕跡だけが、濃厚に漂っていた。
白地の荒野では極めて珍しいことに、集落の入り口へと続く踏み分け道が、何人もの人間の足によって新しく踏み固められていた。
誰かが、最近になって日常的に行き来している道だった。
一軒の家屋の、土で作られた古いかまどの中に、灰が残されていた。
私は、その灰の上へとそっと右手をかざしてみた。
冷え切っては、いなかった。
微かな温もりが、私の掌の皮膚へと確かに伝わってきた。
誰かが——ごく最近になって、この場所で火を焚いていたのだ。




