第60話 区域整理
〔Kの記録〕
保安省北部保安部の起案。件名は一行である。
〈北部遷移域および白地縁辺に係る区域整理の実施について(伺い)〉
綴りは四枚と、別紙が一枚。合議の欄に、医療厚生省保健局の公印が一つ捺されている。
その隣の合議欄は、完全な空欄のままである。本来なら印が並ぶはずの、防衛省の欄である。
◆◆◆
一枚目は、現場における摘発の状況にあてられている。
取り締まりの対象は、本文中で〈石上派〉と表記される反体制武装集団。
呼称の由来が、右肩に注記として小さく添えられている。
〈当該集団の行動範囲に古くから在る社の名による。当該集団に自称はない〉
その活字の脇に、鉛筆による手書きの書き込みがある。公文書の印字とは明らかに異なる、何者かの走り書きである。
〈呼称については本部内に異論あり。改称の要否は決裁を仰ぐ〉
印字の本文に戻る。摘発の要旨である。
給電柱の焼損十四本。大気監視用ダスト散布機の物理的破壊。旧式火器の所持。自作の電磁パルス発生器一台の押収。
〈検挙 九名。うち八名に、政変後の市民等級降級の公式記録がある〉
〈被疑者の前職の内訳。送配電の保線工二。森林伐り出し工二。貨物運搬一。産業機械の据付工一。鋳物職人一。電話の交換手一。不詳一〉
焼損されたインフラの明細が、その下に整然と並んでいる。
〈十四本はいずれも送電系統の末端に属する。基幹幹線は一本も焼損していない〉
〈いずれも柱の根元のみを輪状に焼いたもの。鉄鋸等の切断器具の痕を認めず〉
〈本日現在、うち九本が復旧工事の決裁を受けていない〉
〈いずれも軍用ダスト圏と保安網の間隙において実行されており、被疑者らは当該間隙の位置を正確に把握している〉
◆◆◆
二枚目に、被疑者の供述調書の抜粋がそのまま綴じられている。
一問一答の形式で書かれ、被疑者たちの生々しい肉声の答えは鉤括弧に入れられることもなく、冷たい活字で淡々と印字されている。
〈問 インフラ破壊の真の目的は何か〉
〈答 目的などない。壊せるものがそこに残っていたから壊しただけだ〉
〈問 背後に特定の思想的・政治的背景が存在するか〉
〈答 思想などない。奪われた仕事を俺たちに返してほしいだけだ〉
〈問 貴殿らは自らを何と名乗っているか〉
〈答 何も名乗っていない。あんたたちが勝手に紙の上でそう呼んでいるだけだ〉
〈問 知能機械に対する憎悪と敵意の根拠を述べよ〉
〈答 敵意ではない。機械が決めた決定は、どれほど間違っていても誰も責任を取って謝らない。人間が決めたことなら、その人間に直接文句が言える。俺たちは、文句が言える生身の相手がほしいだけだ〉
給電柱の特異な焼き方についても、詳細な問答が記録されている。
〈問 鋸等の工具を用いず、わざわざ火を用いるのはなぜか〉
〈答 鋸は金を出して買う物だ。買う物は街の店を通る。火なら、麻の茎と川原の石だけでいくらでも起こせる〉
〈問 柱の根元に泥を塗り固める理由を述べよ〉
〈答 泥を塗った上と下のあいだだけが燃える。泥を塗らなければ、どこまで燃え広がるか分からん〉
〈问 一本の柱を焼くのに半日を要する。その間、危険を冒して現場に留まることになるが〉
〈答 留まるに決まっている〉
〈問 その行為によって得る利益を述べよ〉
〈答 利益の話などしていない。鋸で切り倒せばただの倒木事故に見えるが、綺麗に焼けば『焼いた人間のいる柱』になる。現場を直しに来た役人は、恐れて直さずに上へ報告に戻る〉
〈問 役人が報告に戻れば、どうなるか〉
〈答 しばらくのあいだ、その場所には誰も来なくなる〉
現場から押収された手書きの貼り紙の文言が、そのあとに一行だけ引用されている。
〈手と紙と火に還れ〉
調書は、このスローガンについても一組の問答を残している。
〈問 右の文言の意味を述べよ〉
〈答 読んだままの意味だ。自分の手でやれることは手でやる。伝えるべきことは紙が足で運ぶ。止めたいものは火で止める。それ以上の御託は、あんたたちの紙が勝手に捏造しろ〉
調書の罫線の外側の余白に、鉛筆による鋭い分析官の書き込みがある。
一枚目の余白と同じ筆跡である。
〈旧世紀の機械打ち壊し運動になぞらえてネオ・ラッダイトと呼称する向きがあるが、当職はこれを適当と考えない。理由を三つ挙げる〉
〈一 教義体系を一切持たない。指導部も確認されず、上下の指揮系統もない。いつどこを焼くかを決めているのは、その日その現場に居合わせた者である。頭部を押さえても運動は止まらない〉
〈二 標的の選び方が機械への敵意と合致しない。焼かれた十四本はいずれも末端の枝線であり、落としたところで区域全体の送電は止まらない。機械そのものを憎悪する者が破壊するなら、順序が逆になるはずである〉
〈三 手口が、破壊そのものを目的としたものになっていない。倒すだけなら鋸で足りるところを、器具を用いず、半日をかけて根元だけを焼いている。焼けた柱は事故として処理できず、人為として上申される。上申は本省を経る。九本ぶんの上申が、いまだ本省の決裁待ちにある〉
〈すなわち当該集団が破壊しているのは柱ではない。柱を復旧するための行政手続きそのものである〉
〈対策について。設備の警備を厚くしても被害は減らない。区域内の給電柱は千八百本あり、そのすべてを守ることは不可能である。減らす道は二つ。復旧の決裁権限を現場へ降ろすか、当該集団に元の仕事を返すかである。いずれも当保安部の権限には属さない〉
その下に、別の担当者の鉛筆で短く追記されている。
〈同時期、防衛省方面が同一区域において特殊掃討作戦を実施中。現地における混同に厳重な注意を要す〉
◆◆◆
三枚目は、白地縁辺に点在する宗教施設の整理にあてられている。
〈区域内に所在する終末期収容施設(いわゆる看取りの家)について、用途を廃止し、被看取者を近接市域の公的施設へ移送・収容する〉
〈当該施設はいずれも昇天派系である。同派は、肉体を仮の殻と称し、死に際して意識は知能機械の基盤へ昇って永遠の生を得ると説く〉
北部方面に全十一か所。本年度中に七か所を完全廃止する、とある。
〈残る四か所については、被看取者の受け入れ移送先が存在しないため、本年度の整理対象としない〉
〈廃止予定の七か所における被看取者は、計三十一名。うち移送の負荷に堪えないと見込まれる者、六名〉
廃止理由の欄に、医療厚生省保健局の公式見解が引用されている。
〈人間の生体意識を知能機械の基盤へ移行させることは、現行の科学技術において完全に不可能である。移行と称して行われる施術は悪質な詐術であり、被術者の予後は一様に不良(死亡)である。よって当該教団の教義に基づく看取りは、正当な医療行為として認めがたい〉
〈ただし当該施設は、宗教施設として正式に届出がなされている。医療の名を用いていない以上、詐術として法的に摘発する根拠は極めて薄い〉
その横に、鉛筆で冷酷な一行が書き添えられている。
〈医療の側からは畳めない。区域整理の側から強引に畳む〉
配給薬剤の取り扱いに関する条項が続く。
〈当該施設は、終末期被保護者に対する日ごとの薬剤配給の受け皿として機能している。配給は、就労等級の付されない重篤者に限る。就労可能な一般市民への配給は、これを行わない〉
〈廃止にあたり、配給済み薬剤のうち未使用分は、国費支弁分として全量回収を要する。回収の実務は現地の判断による〉
一行の空白をあけて、恐るべき命令が続いている。
〈移送に堪えない者については、現地において処置を了したうえで報告すること。処置は、施設従事者の退去に先立って了すること。報告は、氏名および了した日時による。実施の詳細は現地の判断による〉
——処置。
その二文字の言葉には、傍点も、具体的な方法の注釈も、何ひとつ付されていなかった。
◆◆◆
四枚目が、最終決裁の欄である。
起案。合議。そして決裁。
防衛省の合議欄は、サインも印鑑もない完全な空欄のまま、決裁へと回されている。
決裁の枠の中に、鮮やかな朱肉の公印がひとつ、力強く押されている。
押し直した痕跡がある。一度目の印影が掠れて薄く、その上から二度目に重ねて濃く捺されている。
その印影のすぐ脇に、鉛筆で一行。一枚目と同じ筆跡である。
〈呼称の件、現行のままとする〉
職名は、国家保安長官。
朱の印影に刻まれた文字は、二文字。
——石上。
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別紙は、石上派のアジトから押収された物件の目録である。
保線用工具一式。大型刃物。鉛蓄電池。太い銅導線。旧式火器一挺。爆薬の原料。自作の電磁パルス発生器一台。
〈麻の茎 一袋。叩いて綿状にほぐしてある。用途不明〉
〈和紙の紙片 二十七枚〉
〈いずれも紙片の端を切り裂いた紙紐で巻き、封じ目に墨の直線を引いたもの。紐の下の紙面のみ墨がかかっていない。常用の暗号様式と認む〉
〈巻きの太さは一様ではない。少なくとも五とおりの異なる太さを数える〉
〈うち八枚は完全な白紙。あぶり出し等の秘密インクの使用を疑い、火にかざして精密検査を行ったが、文字は一切現れなかった〉
〈残る十九枚は、いずれも判読可能。内容はただの私信の域を出ない。ただし、宛先の記載は一切なし〉
〈宛先の記載のない紙が、どのようにして特定の相手へ届くのか、その物理的経路はなお不明である〉
目録の最下段に、物件処理の欄がある。
四角い枠の中に、ただ二文字だけが印字されている。
〈処分 焼却〉
〔Kの記録 ここまで〕




