『伝説のイベントが発生しておる』
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阿鼻冥界では散々な目にあった。 出口の通路で大の字に倒れ、死んだ目で通路の天井を眺めている。
大空洞と違って通路は全面真っ黒な長方形、天井を見ていてもここは夢の中なのではないかという錯覚しか訪れない。
消耗品であるランタンの淡い明かりに照らされながら、俺とママの息が整うのを待ってもらっている。
「死ぬかと思ったんだわさ」
「勘弁してよメメジェットさん」
「まあ、あっけなく倒せたんですものいいでしょう?」
「僕のおかげですね! 感謝の印として踏んでくれても構わな……」
「お前、ちょっと黙るわさ」
ギガントレイスとの戦闘はあっけなく終了してしまった。 原因は簡単。
「ギガントレイスなどの霊的モンスターは恐怖や憎悪など負の感情に敏感という設定でした。 ゲームでは一番遠くに陣取ってるプレーヤーや後退するプレーヤーを優先的に狙ってきましたが、この世界では設定通り恐怖の感情に反応するようですね。 良い実験になりましたよ」
「ツン・デレ子、貴様に人の心はないのさ?」
「ランサーが死んだらどうするんだこの人でなし」
メメジェットさんの言う通り、ギガントレイスは俺達に対して執拗に攻撃を仕掛けてくれていた。普通囮役はラーザさんではなかろうか?
でもまあ、俺達のおかげでラーザさんはいい位置にポジションを取ることに成功し、後は合図があるまで待つのみ。
そもそも、特殊スキルや魔法系スキルのクールタイムを遅延させるギガントレイス相手に【挑発】スキルはあまり相性が良くなかったから、理にかなっていると言われれば理にかなっている。
『希望の簒奪者も捨てたもんじゃねえな』
『まさかギガントレイスの死のカウントダウンも盗めるとは』
『モンスターの技もスキルとして発動してたのか、勉強になった』
俺達に気を取られていたギガントレイスの背後を取ったルタカはもっとも厄介なスキルである【死のカウントダウン】を簒奪。
俺達の頭上に表示されていた数値は霧散して、いつもどおりに戦えるようになった。
そこからはほぼ作業。 ラーザさんが【身代わり】スキルを応用してメメジェットさんとポジションを入れ替え、プリーストの最強技である【裁きの浄光】という神聖属性を帯びた一撃をゼロ距離でお見舞い。
大ダメージを受けて反撃を試みようとしたギガントレイスに、嫌がらせとばかりに再タッチするルタカ。 ギガントレイスが使用する予定だった【冥界の蒼炎】というスキルを簒奪したらしい。
ルタカも大したもので、相手が使うであろうスキルを読んで、先手を打っていたのだ。 なんか悔しい。
反撃のために使用する予定だったスキルが簒奪されたギガントレイスは硬直。 すかさず駆け寄って行ったラーザさんの【シールドタックル】でギガントレイスはさらにひるむ。
この隙に俺が大慌てで肉薄し【阿修羅滅砕】でフィニッシュ。
鮮やかすぎるボス討伐ショーだった。 俺とママだけはかなり疲れたが……
「あたくしはツン・デレ子の手のひらの上で踊らされてただけだったんだわさ」
「いい仕事してましたよありたむさん」
「それは褒め言葉なのさ? それともけなしてるのさ?」
「一応褒めていますが?」
「一応ってなんなのさ!」
開き直っているメメジェットさんに対してガミガミ文句を言い始めるママ。 まあ言いたいことは分かるが、メメジェットさんの作戦は無駄がなかった上に完璧と言っていいだろう。
『ギガントレイスを三分程度で討伐しちゃうのかよ』
『今同接何人?』
『三十万ちょっと』
『たしかにナイルくんのステータスが高かったのはあるけど』
『ルタカも性格悪いタイミングでスキル簒奪したのは鮮やかだった』
『悔しいがいい仕事してたな』
この通りコメント欄が大絶賛なのだ、文句の付け所がないだろう。
「とりあえずメメジェットさん、この通路は冥界の中でも唯一安全なエリアなわけですし、最後の階層へ行く前に一休みしていきません?」
冥界の天変地異は非常に過酷だったため、第一試練からここに来るまで一度も休憩をしていなかった。 そのため俺達はへとへとだ。
「確かに、黒湖さんの言うとおりですね。 一度休憩にしましょうか? 何が起きるかわからないので二人ずつ仮眠を取ってもらい、三人態勢で見張りましょう。 仮眠時間は三十分でいいですね?」
「ちょっと! ツン・デレ子! まだ話は終わってないんだわさ!」
「だそうですので黒湖さんルタカさん、先に仮眠取っていいですよ?」
「こらぁぁぁぁぁ! 軽くあしらうなこのシーツ被りのツンデレラ!」
ママがやかましかったので寝られるかはわからないが、真っ暗な通路で気休めとばかりに横になってみると、不思議とすぐに意識が沈んでいったのだった。
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『メメジェットさんってもしかしなくてもかなり強い?』
『プレーがうまいと言うよりは指示出しがうまい』
『あと、作戦の立て方とかプロってるよな』
『たぶんラーザ様を最強にするために様々な想定をしていたのだろう』
『推しを最強にするためにありとあらゆる手を尽くしているのか』
『おそらくダメージ計算も電卓並に早いのであろう』
ナイルが仮眠を取っているため、視聴者たちは毎回恒例のコメント欄会議を始めていた。 だがしかし、事件は唐突に発生する。
「おいメメジェット、何をしているのだ?」
「ここの床は硬いですからね」
「それはそうだが、それはなんというかその、ずるいのではないか?」
「何を勘違いしているのですかラーザ様、この行動はあくまで効率重視です」
ナイルは睡眠中なため、視聴者達の画面は真っ黒なのだが、ナイル周辺で起きている会話は筒抜けになってしまっている。
意味深な会話を交わすメメジェットとラーザの言葉に聞き耳を立て、視聴者たちは大混乱におちいっていた。
『おい、何が起きている?』
『なんだか破廉恥な予感』
『はやくルゥーファ呼べ!』
『落ち着けお前ら早まるんじゃない、今はとりあえず聞き耳を立てるんだ』
『イヤホンしてるから俺には分かるぞ、メメジェットの声は真上から聞こえる』
『真上……だと?』
「言っておくがメメジェットよ、私はタイツを装備しているから黒湖ナイルの後頭部を乗せても問題はない。 お前は生脚だからチクチクするだろう、変わるから早く黒湖ナイルをこちらによこせ」
パシャパシャ! パシャパシャ!
「ちょっとありたむさん、なんで冒険者端末のカメラを使っているのですか?」
「気のせいだから気にするんじゃないわさ」
「気のせいでもなんでもありません、これ以上盗撮したら通報しますよ?」
『諸君、気がついたかな?』
『これは間違いないだろう』
『伝説のイベントが発生しておる』
『黒湖ナイルの寝顔写真撮影会か?』
『それも尊いが……違う違う、そうじゃない』
『キーワードは揃っていたからな』
『タイツを装備している』
『黒湖ナイルの後頭部』
『生脚だからチクチクする』
「通報するだなんて人聞きが悪いんだわさ! こんなレアなシチュエーション、イラストのネタとしては最&高だとしか言えないんだわさ!」
「なあありたむ、それならメメジェットではなく私の写真を撮るがいい。 そういうわけだからメメジェットよ、はやく黒湖ナイルをこちらに渡せ」
「断固拒否します」
「あのツン・デレ子がラーザたんの要求を突っぱねたんだわさ! 膝枕とは、それほどまでに尊いものだったとは……」
驚きの声を上げるありたむ。 そしてお祭り騒ぎ状態になってしまうコメント欄。
『早く起きろナイルーーーーー!』
『ひ・ざ・ま・く・ら!』
『破廉恥です! ママは許しません!』
『目を覚ました時の破壊力はそこはかとないというあのイベントが発生してるのか!』
『畜生ちゃっかりしやがってあのシーツ女め!』
『攻略方法は唯一つ、今この瞬間にナイルが目を覚ますこと!』
『コメント欄にルゥーファ予備軍がいる気がする、と思うのは俺だけ?』
『ローアングルからのメメジェット氏を見たい!』
『起きろ! 頼む起きてくれナイル君!』
「おい早くしろメメジェット、このままでは三十分が経過してしまう」
「ああすみません、タイマーをセットし忘れていました。 追加で三十分仮眠時間にいたしましょう」
「おい、それはさすがにあからさますぎるのではないか?」
「うにゃあぁぁぁぁぁ! 見てるこっちが恥ずかしくなってくるんだわさ!」
「ありたむさんはうるさいのでもう仮眠していいですよ? ラーザ様も無理をなさらず仮眠をお取り下さい」
「こらこら、メメジェット。 指揮権を乱用するんじゃない」
その時だった。
真っ黒だった画面がぼんやりと開き始める。 真っ暗だった通路をわずかに照らすランタンの光が画面に差し込んでくる。
『眠り姫が目を覚ます時が来た!』
『諸君、録画の準備はいいか?』
『モチのロンだぜ!』
『姫じゃなくて王子だぞw』
『果たしてメメジェット氏はシーツをかぶったまま膝枕してるのか!』
『生脚って言ってたからめくってるだろ』
『めくってるのは半分だけ疑惑』
『どっちにしろ目を覚ませば分かるだろ』
『おらワクワクすっぞ!』
「ふにゃふにゃ、なんかいい香りが……(ボコスッ!)げふっ! ……きゅーーー」
「おいメメジェット、お前今……」
「なにもしていません」
「恐ろしく早いみぞおちだったわさ、あたくしじゃなきゃ見逃しちゃうさ」
「なにもしていません!」
「今のは流石に無理があると思うが‥‥」
「なにもしていませんっ!」
『その手があったか』
『やられたぜ』
『録画の準備してたのに』
こうしてナイル(とルタカ)は、なんだかんだで一時間の仮眠を取ることができたのだった。




