『ケツから言ってキモい』
◁
アジトの入口方向から、誰かが歩み寄ってくる足跡が響く。
「久しぶりですねナイルボーイ。 と言っても、あの事件から数週間しか立っていませんがね」
鼻にかけたような苛つく声に、やめろと言っても治らない俺の呼び方。
間違いない。 アジトに入ってきた人物は、装備は変わったとしても厄災級の害悪プレーヤーである。
「なんでてめぇがここにいる」
俺は鋼の戦棒を構えながら、アジトの入り口へと駆けていく。
歩み寄ってくるひょろ長い男は俺の記憶とは異なる装備を身に着けていた。 死神のような黒いケープに、目深に被ったフード。 腰にさしていたククリ刀はそのままだが、記憶にあったこいつの装備とは異なり、禍々しさに拍車がかかっている。
「そう怖い顔で睨まないでいただきたい。 僕は貴方との戦いで自らの過ちに気がつき、こうして罪を償うために行動を起こしているのです」
俺の間合いのギリギリ一歩外で立ち止まったその男は、ゆっくりとフードを外して姿を顕にした。
『なぜまだ生きている?』
『死刑になったんじゃないの?』
『こっちのSNS上ではもはや死刑だったがなw』
その憎々しい顔を見た瞬間。 慌てて俺の隣へ駆けてくるラーザさん。
二人並んで臨戦体制を取り、怪しい動きを見せた瞬間問答無用でしばき倒すため集中する。
しかし男は困ったように眉尻を下げながら、腰にさしていたククリ刀に手をかけると、そのククリ刀をゆっくりと地面に置いた。
「警戒されるのもしかたがないかも知れませんが、僕には貴方たちと戦うつもりはありません」
「どういう風の吹き回しだ? っていうか、なんでお前普通に外歩いてんだよ」
「脱獄したのか外道! 貴様が犯した罪、忘れたとは言わせんぞ!」
緊迫状態の俺とラーザさんの肩に、ぽんと置かれた手からは緊張感を感じられなかった。
その違和感に戸惑いながら振り返ると、なぜか余裕な笑みを浮かべているホープさんが目に映る。
「冥界から帰ってきた気分はどうだいルタカ?」
ルタカ、このヘリポリ世界で悪逆の限りを尽くした害悪プレーヤーに、ホープさんはケロッとした顔で語りかける。
「話せば長くなりますが、悪いものではありませんでしたよ」
驚愕する俺達のことなど構いもせずに、ホープさんは鼻を鳴らしながらこう告げた。
「みんな武器をおろしていいよ。 今のこいつは敵じゃあない」
◁
ルタカは害悪プレーヤーだった。 【希望の簒奪者】という固有スキルを駆使してママやホープさんからスキルを奪い、大量の魔物を召喚してこの世界の人々を大虐殺した重罪人。
そんなクソッタレな害悪プレーヤーをつい先日ボッコボコにしたはずなのだが……
そいつが今、俺達の前にひょっこりと現れた。
『もう頭パンクしそう』
『理解に苦しむ展開なんだが』
『殴り倒して顔面の造形変えてやろうぜ?』
「敵じゃないってどういうことっすかホープさん」
「そのまんまの意味だよ。 こいつは改心して罪を償おうとしてるんだ」
余裕の表情を浮かべるホープさんだったのだが。
「信じがたいな、あのような外道がそう簡単に改心するわけがなかろう!」
こいつとの死闘を共に経験したラーザさんは、警戒心むき出しのままルタカを睨む。 無論、俺もこいつがそう簡単に改心するとは思っていない。
「ナイルボーイの視聴者たちに燃やされて、僕は気づいたのです。 僕は今までどれほど小物だったのかを」
「今も小物だくそったれ」
「喋り方がウザいんだわさ」
「誰ですかこのヒョロガリは?」
度重なる悪口が炸裂し、胸部を押さえながらもショックを受けたような顔をするルタカ。
『悪口恐怖症になっていると思われる』
『相変わらず顔がキモい』
『なんか動きがキモい』
『お前ら遠慮なく暴言吐くなw』
『髪がムダに長いせいでキモいのは分かるが、あまり悪口は言ってやるな』
『止めようとしてるのだろうが、むしろ悪口言ってる気がするw』
視聴者たちからもルタカに対する小言がつぶやかれる。 このコメント欄は俺にしか見えていないはずなのだが、ふとルタカを見た際に目があったタイミングで身震いし始めるご本人。
「今なにか、視聴者の皆様方から悪口を言われていた気がしました!」
『相変わらず耳障りな声だ』
『ぬるくてなんか退屈なオペラ』
『ディスってんのかネタなのかはっきりせい』
なおも辛辣なコメント? が増えるのだが、ルタカは俺のコメント欄が見えているような勢いで震えながら頭を抱えだす。
「ご、ごめんなさい視聴者の方々。 僕みたいなみの虫が生きていてすみません。 むしろ僕ごときがみの虫様を比喩に使ってすみません。 申し訳ありませんみの虫様」
「なあナイル。 お前こいつになにしたんだ?」
「精神状態大丈夫かにゃ?」
突然土下座しながら震えだしてしまったルタカを見て、ドン引いた視線を送るサラーマさんたち。
「なあルタカ。 お前もしかしてコメント欄見えてる?」
「いいえまったく見えていません。 ただ……悪口の気配を感じました」
『悪口の察知能力が上がったらしい』
『悪口察知A+発動したのか』
『どうやらルタカは悟りを開いたらしい』
「まあいじめるのはその辺にしておいてあげてくれ」
ホープさんはやれやれと肩を竦めると、ルタカが牢獄からでてきた経緯を説明してくれた。
俺とハートちゃんがこっそり逃げた後、ホープさんたちは目を覚ました団長にルタカを預け、ルタカは牢獄に入れられた。
その時点でルタカは精神が崩壊していたようで、食事が喉を通らないほどに憔悴していたとか。 制裁を与えようとしていた団長たちはその様子を見て頭を悩ませたらしい。
放っておけば自殺すらしかねないような精神状態だったため見張りの手も緩めることができず、無駄に労力を割くことももったいない。
だったらとっとと死刑宣告をしてしまえばいいかと言えばそんな簡単な話しではなく、家族を殺されてしまった一般市民達のためにも楽に殺すわけにはいかなかったのだ。
なんとかして悔い改めさせなければならない、罪に応じた罰を与えなければならない。
しばらくの間考えた末にいい案は浮かばなかったらしく、当時まだ指名手配されていなかったトト兄妹に協力を仰いだらしい。
制裁を与えたいのだがこのままではなにもしなくても餓死してしまう。 せめて制裁を与えるに足るだけの精神状態まで回復はできないかと。
とは言っても、罪を償わせるためだけに精神状態を回復させるのは難しい。 もはや自分から死ぬのを受け入れているような状態だったルタカ相手に、罰を与えたいから生きる意思を復活させろというのは酷な話しだ。
「そこで、いっそのことあの世に行ってもらうことにしたんだよ」
「あの世って……それじゃあ結局死んでるのでは? まあいい、それじゃあこいつは幽霊なんすか?」
「足がついてるだろ足が!」
ホープさんがムキーッ! とでもいいそうな顔でルタカのつま先を踏んづける。 するとルタカは恍惚とした表情で頬を真っ赤に染めながら、
「もっと踏んでくださいませホープ様ぁぁぁぁぁ!」
キモさが臨界突破していたせいか、全身が総毛立つ。
『ケツから言ってキモい』
『素直に思ったことを言うよ? マジキモい』
『ありのまま思ったことを話すぜ? 超絶にキモい』
なにを言っているかわからないと思うが、コメント欄もドン引きである。
「そんなことより伴侶様、わたくしも貴方様にふみふみしていただきたく存じます」
「ルゥーファちゃんはいったん口を閉じるがいい」
妙なことを口走るルゥーファちゃんを慌てて黙らせると、気を取り直すように咳払いを挟んだハートちゃんが身振り手振りで説明を始める。
「このゲームのメインストーリーは軽く説明したよね? セフメトの死にイベの後は冥界編に行くって言ったじゃん? だからお兄は本当に冥界があるのかを検証するために、あえてルタカを冥界に放り込んだんだよ」
「それって本末転倒なのでは?」
「それが、ボクもよくわからないんだけど。 お兄は冥界に放り込んだルタカにこう言ったんだ。 (死にたいのなら私が殺してやる、その代わり自力で冥界から帰ってこい!)ってね。 そしたら、こうなった」
大事なところの説明が抜けていたが、ドヤ顔でグリグリ顔面を踏まれているルタカを指し示すハートちゃん。 これは映してはいけない光景な気がする。
『ルタカはホープさんに心酔していたからな』
『妥当ホープさんに燃えていたルタカが、一周回ってホープさんに殺されたい衝動に陥ったと?』
『うん、意味がわからない』
おそらく視聴者達が晒し上げたことによって精神状態が完全に崩壊し、考え方が反転してしまったのだろう。
「なるほど分かったよ。 ルタカの精神状態は一周回って真逆になったということか」
「つまりオルタ化だわさ」
「おい、視聴者達と俺に土下座しろママ。 この世のすべてのオルタに誠意を込めた謝罪をしろ!」
俺が般若面でママの襟首をつかむと、しくしく泣きながら懺悔の言葉を語りだすママ。
『憎め、憎め憎め憎めっ!』
『ドイツ語の辞書を準備するわ?』
『加減? 冗談だろう?』
「とりあえず、ルタカを呼んだ理由、話してもいいかな? 悔しいけどこいつが冥界から帰ったとなると、王国軍との戦いに光明が指すわけだからさ」
ハートちゃんの遠慮がちな声を聞き、俺はラーザさんへ視線を送る。 すると、同じタイミングで俺に視線を送ったラーザさんとばっちり目が合った。
アイコンタクトでしばらく見つめ合っていると、渋々と言った表情で頷くラーザさん。 そして後ろで鼻血が噴出する音が聞こえたがこちらはいったん置いといて……
まぁ、話だけでも聞いてやらん事はないと思い、俺も遅れながら小さく頷いたのだった。




