『分かってたけどルゥーファの頭はぶっ飛んでるからね』
◁
葬送の女神アセト。 彼女は死者の再生を約束する女神と言われており、いわば死者蘇生が可能な女神様なのだ。
『狡猾な女神らしいから騙されないように』
『見た目がキレイだからって騙されないように』
『こう見えて何千年も生きてるらしいから騙されないように』
「ふむ、ロリババアではなく美女ババアと言ったところか」
「なにかおっしゃいました?」
「いえ、なにも言っていません」
なぜだか底しれぬ恐怖に苛まれながらも怒らせないよう慎重に言葉を選んだのだが、怪しい笑みを向けてくるアセト様。
神様らしい純白の羽衣を身にまとい、吸い込まれそうな宇宙色の瞳に、深淵を覗いているかのような漆黒の髪。 とってもきれいな顔立ちとスタイルをしているが、神の割には第一印象的に地味子って感じだった。
まあ、目立った髪型や服装をするまでもなく、満場一致で絶世の美女とちやほやされそうな風格はあったが。
「えーっと、アセト様はどうして我々の前に姿を表したのですか?」
媚びへつらいながらも声を上げるホープさん。 しかしアセト様はその質問に対し、クスクスと肩を揺らす。
「何故もなにも、愛する夫を復活させるために決まっておりましょう」
アセト様の夫はシリスであり、シリスが十四個に分割された遺体は俺が持っている。
これを渡してしまえばどうなるのだろうか? 答えは単純。
破滅の女神セフメトが復活してしまう可能性が非常に高い。
「おやおや人間。 妾に歯向かおうとするとは、身の程をわきまえたほうがよろしいのではなくて?」
「いえいえ、歯向かうだなど滅相もないでござりゃんせ」
「ぼ、坊や。 語尾が変だから一旦落ち着くんだ」
全身から滝のように汗を流す俺。 ちなみに、横目で伺ったホープさんは俺以上に汗を流して青ざめていたが。
「破滅の女神セフメトが復活するのを恐れているのですね? でしたらご安心下さいませ。 妾がレアー様をけしかけてその思惑を防いでご覧に入れましょう」
「……ホープさん、俺セフメトの話出しましたっけ?」
「一言も喋ってないね」
もしかして思考を読まれているのだろうか? 話の流れからしてそうとしか思えない。
俺は一言もセフメトの名前を出していなかったし、それを防ぎたいという目的も口外していない。
自信満々にとんでもない提案を持ちかけてくるアセト様。 俺とホープさんは無言で視線を交わらせ、ごくりと喉を鳴らす。
「ここでシリスの体を大人しく渡したらどうなると思います?」
「セフメト復活を阻止できたとしても、メインストーリーから大きくそれてしまうわけだからね」
「現実世界に戻れなくなると?」
「その可能性が非常に高い」
小声で確認を取る俺とホープさん。
「妾の前で内緒話が成立するとでも思いましたか? ちなみに言っておきますが、もしも逆らうというのなら、この国を滅ぼすことなど造作もないのですよ?」
邪悪すぎる笑みを浮かべて俺達を凝視してくるアセト様。 小さな悲鳴を上げながらジリジリと後ずさる俺とホープさんだったのだが。
「殺っておしまいなさいネイちゃん」
ケロッとした声音でとんでもない発言を下すルゥーファちゃん。 いつの間にかドーベルマンを引っ込めてペガサスを再召喚したらしい。
飛びかかったネイちゃんの突進を、半透明な障壁を展開して防ぐアセト様。
「ちょっとルゥーファちゃん! なにしてくれてんのあんた!」
「なにと申されましても、伴侶様に害する虫を駆除しようとしているまでですわ」
「神様に向かって虫発言! なんて怖い物知らずな!」
『分かってたけどルゥーファの頭はぶっ飛んでるからね』
『でも見てみろよ、ネイちゃんがアセトの障壁にヒビを入れているぞ?』
『そう言えばルゥーファ、ちゃっかりナイル氏の腕に絡みついている』
コメント欄に諭されて気がついたが、俺の左腕に蛇のように絡みついているルゥーファちゃん。 【遮二無二追尾愛】の効果がフルでかかっている今、彼女のステータスはとんでもないことになっているだろう。
「ぅえっ? 嘘でしょ? ルゥーファちゃんのステータス、六千オーバーなんだけど?」
「なんだそりゃ! って言うか、固有スキル使えるの?」
冒険者端末を覗きながら驚愕の声を上げるホープさん。 そんなことよりも吉報だったのは、俺達の固有スキルが自由に使えるという事実。
「さっき固有スキルが使えなくなったのは、ジャッカルヘッド特有の能力ってこと?」
「つまりアセト様は私達の固有スキルを封印できない!」
「それなら俺達は、クソ強いぞ!」
突然強気な声を発したホープさんが一気に五体の分身体を召喚する。 俺も鋼の戦棒を構えて勝ち誇ったような笑みを……
「ひれ伏しなさい!」
鼓膜を破りそうな勢いの声が聞こえると同時に、巨大なハンマーで殴られたような衝撃を受ける。
「声だけでこの威力!」
「やっぱり神と戦うのはやめたほうがいいかも知れないね」
地面をコロコロ転がりながらも苦言を吐くホープさんに、引きつった笑みを返していたのだが。
そんな悠長なことを言ってられるのもここまで。
「大地に根付く樹木たちよ! 妾の命に応じ、その姿を変貌させなさい!」
周囲にそびえ立っていた木々がぐにゃりと曲がり、そのすべてが触手のようにうねうねと動き出す。
「えぇ〜? 声で物質を操る感じの能力なの? ジャッカルヘッドといいアセト様といい、能力がとんでもないんだが?」
「はたして操れるのはどこまでの範囲なんだか?」
『確かに、物質を操るって言ってもその範囲によっては詰む』
『空気が操れるなら酸欠で即死だし』
『逆に考えれば声を発せないようにすれば防げんじゃね?』
視聴者達もこの緊急時に知恵を貸してくれていた。 勝利条件は逃走一手だが、逃げられたとしてもまた新しい神様が現れないとも限らない。
逆にこうして戦っている間に別の神が来ても詰む。
混乱しないよう冷静に、かつ迅速にこの状況を打破しなければ取り返しのつかないことになるだろう。
王国軍にも追われていて切羽詰まっているというのに、神様にまで追いかけ回されるとかたまったものではない。
「ホープさん、分身体はまだ生きてます?」
「HPは半分くらい持ってかれたけどなんとかね。 私達は回復アイテムがあるけど分身体はやられたらクールタイム二十四時間だ。 つまりここでやられた分身体は使えなくなると考えてくれていい」
「とりあえず、この樹木たちの鞭打ち地獄から逃れないと話にならないってことっすよね」
俺は皮肉めいた笑みを浮かべながら鋼の戦棒を握りしめた。 度重なる神様との邂逅を経ているせいか、視聴者は二十万ちょっとまで復活している。
セフメト戦の時ほどではないが、俺のステータスは現在四千前後、十分に立ち回れるだけの力はあるだろう。
となれば、今できることを全力でするしか無い。
「とりあえず向かってきた木を片っ端から伐採しまくるしか無いか。 ルゥーファちゃん! 空に逃げられるかな?」
「すぐにでも実行いたしましょう!」
「ホープさんは俺の後ろに! この樹木の鞭打ち地獄から守っている間に分身体と協力してすげー一発を準備して下さい!」
「任されたよ!」
ホープさんは分身体五体とともに上級魔法を詠唱し始めた。 職業スキルの【多重詠唱】を使えば、上級魔法なら二重まで詠唱が可能になる。
つまりホープさん合わせた六体全員が上級魔法を二重で詠唱し、それによって引き起こる魔法で科学反応を起こすというとんでもない作戦だ。
「ちなみに坊や、言っておくが今回科学反応を起こすのは上級魔法じゃないよ?」
俺が無心で樹木の鞭を弾き飛ばしている背中に、鼻にかけたような声がかけられる。
「ウィザードの職業スキル【魔法融合】を使用すれば、上級魔法を融合させて極級魔法を発動できる。 つまりねぇ、私達六人でそれぞれ別の極級魔法を発動させれば、極級魔法六発分のエネルギーを駆使した科学反応を起こせるんだよ!」
悪魔のように笑うホープさんを背中越しに確認し、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。




