『その絶妙なネーミングな』
◁
「みんなに悲報をもってきたよ」
開口一番物騒なことを口走るハートちゃんが帰還した。
「王国軍は兵を分断して、有名ダンジョンの入口を片っ端から見張っているらしい」
「つまり、専用武器の原型を取りに行こうとすれば、鉢合わせてしまうということですか?」
専用武器を作るには、龍星石の他に各種高難易度ダンジョンに出没するモンスターの素材、さらにそれぞれの武器の原型を手に入れなければならない。
モンスターの素材もそうだが、武器の原型があるのはダンジョンの中。 つまりは必要なものを取りに行こうとすれば王国軍に見つかるということだ。
「ここに来てすべてが水の泡」
「なんのために俺達はドラゴン退治をしたと思ってんだ」
「こんな事ならあらかじめ情報収集をしたほうがよかったのではないか?」
絶望的な情報を耳にして俺やサラーマさん、ラーザさんが連鎖的に膝をついてしまう。
王国軍に見つかった際に抵抗できるよう専用武器を作ろうとしていたのに、その専用武器を作ろうとすれば王国軍に見つかってしまう。
こんなの悪夢以外のなんだというのだろうか。 まあ、幸せそうに缶パンを貪ってるサナさんを見てたら嫌なことも忘れそうだが。
『分散してるなら本気出せば倒せるんじゃね?』
『瞬殺しないと援軍呼ばれるだろうが』
『狼煙でも上げられれば一発アウト』
視聴者達の言うとおりである。
いくら相手が分散して見張っていたとしても、一瞬で無力化されるような位置取りをしてるとは思えないし、俺たちは全員合わせても九人しかいない。
たった九人で百人を同時に無力化するのは無理がある。 まあ、殺してしまえば話しは早いのだが、相手は俺達と同じ人間。
大量虐殺なんてしたら本物の極悪人だ。
「メメジェットならどうにかできるのではないか? なにか考えはないか? こういう時に作戦を立てるのが得意だろう」
「なんて言うことでしょう! ラーザ様が私を頼っていらっしゃる♡」
ラーザ様からすがるような視線を受け、メメジェットさんは目をハートにしながら体をくねくねさせ始める。
『鼻血注意報が出てます』
『安心しろ、今回はナイル君が関わっていないから大丈夫なはず』
『シーツ越しにも動きがわかるようになってきたw』
「ちなみにどうかなメメジェットさん。 クネクネしてないで良い策があるなら教えてほしいんだけど」
「ルタカとの戦いでも君の頭脳にはかなり助けられてるからね。 ぜひとも知恵を貸してもらいたいな」
トト兄妹からの視線を受け、メメジェットさんは居住まいを正すと大きく咳払いを挟む。
「コホンッ! では、ラーザ様に免じて私から作戦立案を。 私達は九人いるので、三チームに分けませんか?」
「なんで三つ?」
「ひとつは揺動。 こちらのチームは機動力重視のメンバーを構成します。 わざと王国軍の包囲網に引っかかってもらい、敵を撹乱するのです」
「となるとサナが適任だな。 王国軍の目を盗むんならナイルもいたほうがいい」
「そうなるかも知れませんが、黒湖さんは私とラーザ様と行動をともにするためにあえて……」
「私情を挟むのはおやめになってくださいませ!」
突然早口になりだしたメメジェットさんをひっぱたくルゥーファちゃん。 この子に隙はないようだ。
「そんで、残り二つのチームの役割は?」
「ひとつはダンジョン攻略班。 もう一つも同じですが、こちらのチームはあえて専用武器獲得ダンジョンとは全く関係ないダンジョンに行ってもらいます」
極悪人のような目つきになったメメジェットさんに、鋭い視線を向けるサラーマさん。
「その心は?」
「二重揺動ですよ。 まず一つ目の揺動班を発見した王国軍は囮の可能性を考えるでしょう。 なのでもう一つのチームをそこから離れたダンジョンで発見させるよう誘導します」
「誘導って、具体的な策はあるのか?」
「なに、相手の気持になって考えれば分かることです。 一般的な考えなら、シリスの体をすべて揃えた黒湖さんは、どんな行動を取ると予測できますか?」
「そりゃあもちろん、シリス様復活のために……って、まさか!」
「そのまさかですよサラーマさん。 偽攻略班に行ってもらうダンジョンは、シリスを復活させるための信仰地。 シリシオン神殿です」
◁
忘れてる人も多いかもしれないが、この世界はフルダイブゲーム、ヘリオポリス・インカーズの設定をもとにした異世界。 メインストーリーは前ファラオであるシリスを復活させるため、バラバラにされた遺体を集めると言うものだ。
そのためシリスの体を集めたプレーヤーは、とある神殿へと足を運ぶ流れになる。 そこがこの場所、シリシオン神殿である。
「予想通り見張りは百人だね。 【技能共有】をフル活用できる人数だ」
「あの程度の見張り、わたくし一人でイチコロですわ!」
俺の隣に並んで双眼鏡を覗いているのはホープさんとルゥーファちゃん。
なぜこのメンバーになったのかと言うと、俺たち三人が本命であると王国軍に錯覚させるためである。
『ガチガチの武闘派が揃ったな』
『豪華すぎる面々だ』
『ルゥーファちゃんはこれから先もナイルくんとセットになりそうw』
ルゥーファちゃんが一緒なのはもちろん固有スキルの問題だ。 固有スキルのステータスアップがあったとは言え、エンドコンテンツのバースィラ団長を圧倒したのだ。
実力に関しては俺たちの中でも三本指に入るだろう。
そしてホープさんがいるのも単純に強いから。 そんな二人と俺が一緒にいれば、王国軍は嫌でも戦力を集中させざるを得ないだろう。
この作戦を知らない人が見れば、明らかに本名としか思えないメンバーだ。
「ハートちゃんたちから合図きました?」
「まだ来てないね」
「わたくしは、伴侶様といられるのならばずっとこのままでも構いませんわよ?」
「足止めは何日くらいすればいいの?」
「単純計算で三日くらいじゃあないかな?」
ルゥーファちゃんがなんか言っていたが、それはさておき……俺達の目的は王国軍の目を欺くこと。 本来の目的である原型集めに赴いている本命組を動きやすくするためのフェイクと言っても過言ではない。
今回、戦力の大半が俺達に集中しているため、本命組の戦力は比較的弱めになっている。
本命組の指揮はメメジェットさん。 彼女がいればイレギュラーが発生しても柔軟に対応できるうえに、プリーストというスキルはダンジョン攻略にはもってこいな職業だ。
メメジェットさんがいるということはラーザさんもセットで、パラディンとプリーストの組み合わせというのはアタッカーやサポーター。 またはサブアタッカーと言った職業を活かすためには絶妙なバランスになっている。
そういう流れからすると、選ばれるべきアタッカーは無論サラーマさんである。
このメンバー決めのためにメメジェットさんとラーザさんはさんざん駄々をこねて、サラーマさんの精神を崩壊させただけではなくルゥーファちゃんと戦争になりかけていた。
残りの三人は揺動班。 わざと王国軍の目につくように移動して注意をひくための部隊だ。
このわざと目に付くというのは非常に難しく、正面から突進していったらかえって怪しまれるだろうから、いかにもたまたま見つかってしまったという状況を演出しなければならない。
さらに、見つかる場所はシリシオン神殿が本命だと錯覚される場所が望ましい。
ハートちゃんとメメジェットさんが長い討論を経て、発見されるのに適切だとしたのはシリシオン神殿と王国軍の本拠地がある地点の中間。 離れすぎず近すぎない位置で見つかることを選択したのだ。
『団長からするとありたむ氏がナイルくんと親子だって認識になってるからね』
『ハートちゃんはアサシンだから完全変装でナイル君に化けられる』
『サナたんもモンクと相性がいいレンジャーだから一緒にいても不思議ではない』
そんなわけでハートちゃんは【完全変装】という職業スキルで俺に化け、サナさんが召喚した眷属の背に乗って移動する予定になっている。
あえてヒッポグリフを使わないほうがリアリティがあるだろう。 それに、このチームは間違いなく大軍との戦闘になるからママがいるのも好都合。
【生命の産出者】によってガングロマッチョ君を大量召喚し、王国軍の数の暴力にも対抗できる。 ヤバそうならヒッポグリフで逃げればいいわけなのだし。
「さすがメメジェットさん、完璧すぎる作戦だ」
「あのシーツ女、伴侶様へ終始不躾な視線を送っていましたわ。 いつか抹殺しなければ」
「ルゥーファちゃん、メメジェットさんと仲良くしてくれないと坊やが悲しむよ?」
「くっ、それはいけませんわね! 伴侶様を悲しませることなど言語道断! できる限り仲を深められるよう努力いたします!」
どうやらトト兄妹はルゥーファちゃんの扱いが上手いようだ。 ずっと行動を共にしていたせいか、ハートちゃんともかなり仲良くなっていたし。
しばらく見張りの様子を見ていると、ホープさんの冒険者端末が震え、おもむろに画面を確認した後真剣な瞳を俺達に向けてくる。 おそらく合図が来たのだろう。
冒険者端末があれば個人間での連絡もスムーズなため、細かく連絡を取る手はずになっている。 合図が来たとなれば腹を括らなければならない。
「いいかい二人共。 私達がフェイクだということは今は忘れるんだ。 重要なのは本気であの神殿の奥へと向かう意識。 それがなければ確実に怪しまれる」
「わたくしが本気を出すためには、伴侶様に頭をナデナデしてもらわないと……」
「ルゥーファちゃん、今真面目な話ししてるから」
ホープさんはわざとらしく咳払いをして、改めて真剣な顔で杖を構える。
さすがのルゥーファちゃんも俺の注意を素直に受け入れ、真剣な表情でホープさんの視線に応えた。
「第一フェーズはできる限り見つからないようにシリシオン神殿の入口に到達すること。 見張りの兵士をこっそりと無力化していくよ!」
「でしたら、ドーベルマンのぶらっくはやて号を呼びましょう」
悲報、真剣な顔のままぶっこんできたルゥーファちゃんのせいで、腹筋が崩壊した。
『前置きもなくぶっこんでくるな』
『その絶妙なネーミングな』
『ナイル氏がこの真剣な場面で吹き出しちまっただろうが』
「くれぐれも、真面目に頼むよ二人共?」
「いや、まじごめんホープさん」
今回ばかりは素直に謝る。 真剣な場面にも関わらず思いっきり吹き出してしまったんだもの。
だってルゥーファちゃんがキリッとした目つきでぶっこんできたんだもの仕方がないじゃないか!
しかしレンジャーの有能さを改めて再認識した。 戦闘に特化していないドーベルマンでも、こういった隠密行動も得意とする。
匂いに敏感なドーベルマンを使えば見張りがどの経路を移動しているかが分かるし、逆に見張りが近づけばすぐに知らせてくれる。
戦闘になったとしても罠を散布しておけば足止めもできるし、知っての通りルゥーファちゃんは単騎での戦闘能力も非常に高い。
他にも今回はホープさんの自己複製顕現が忘れられることなく発動しているため、戦力的にも抜かり無い。
完璧な人選に完璧な計画。 およそ失敗など考えられないと思っていた矢先、俺達の予想を裏切るようにそれは現れた。
「見つけたぞ、シリスの体を持ちし人間よ」
背筋がゾッとするような声音が耳をくすぐり、慌てて臨戦態勢を整える俺達だったのだが、ホープさんの分身体が前置きもなく霧散する。
コメント欄も見えなくなり、慌てた俺はすぐに冒険者端末でステータスを確認した。
「固有スキル封印だと? 何者だこいつ!」
「おかしいですわ。 このゲームにこんなお方、いなかったはずですが。 プレイヤーですかね?」
「嘘だろ? なんでこんな所にこいつが?」
この時点でなんとなく察することができる。
おそらくこの何者かは、俺達の固有スキルを封じる力を持っている。 こいつがもってる固有スキルの力か、あるいはそれとは別種のなにか。
唯一ドーベルマンのぶらっくはやて号は霧散せず、ルゥーファちゃんを守るように陣取っていたが。 ドーベルマンは戦いには不向きなため慌てて引っ込めてしまうルゥーファちゃん。
武器を構えながらも動揺を顕にする二人を横目に、俺は直感で感じたことを口にした。
「二人共、こいつ多分プレーヤーじゃないっすよ。 たぶん、もっとヤバいヤツだ」
「そりゃそうさ。 こいつはクライマックスで出てくるラスボス前の強敵だからね。 まぁ、ゲームのストーリー上私たちはこいつと戦わないんだけどさ」
この威圧感を、俺はつい最近味わったことがある。 それは、ルタカが召喚したセフメトと戦った時と酷似している。
もしかしなくとも、この何者かはおそらく……
「控えろ人間風情が。 我が名はセテフ。 前ファラオであるシリスの弟であり、そのシリスを殺害した暴風神なり」




