『これは魔王様構文ではなく魔王節?』
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炎のブレスはかなり火力が高い全体攻撃だ。 ラーザさんが【最後の砦】を発動させれば死人は出ないだろうが、大ダメージを受ければ精神的負荷がかかって気を失ってしまう。
戦場で気を失うのは死に直結する。 つまりこの一撃は、是が非でも止めなければならない。
「ちょっと! 坊や何してるの?」
気がつくと俺はイアールトに突進していた。 理由は単純明快。
「できるかどうかわかりませんけど!」
イアールトの口を塞ぐため!
『炎のブレスが口から出るというのならば』
『その口を塞いでしまえばいい』
『これは魔王様構文ではなく魔王節?』
炎のブレスは口から吐く。 ならばその口を塞いで仕舞えば発射できないという、およそ頭が悪いが単純な思惑だ。
俺はイアールトの顔面に張り付き、両手両足を酷使してイアールトの口を塞ぐ。
炎のブレスの予備動作で口をパクパクさせていたイアールトは、俺のまさかの行動に目を見開いていた。
「サナさん! 【プリズンロペ】で口をぐるぐる巻きにして!」
「わ、分かったにゃ!」
プリズンロペは縄を扱って敵を拘束するレンジャーの特殊スキル。 サナさんはヒッポグリフに指示を出して俺に接近すると、プリズンロペを使用してイアールトの口をぐるぐる巻きにした。
「ナイル! 口はもう塞いだから早く離れろ!」
「無理っすよ! 俺が離したらロープがちぎられる! 俺が押さえておくからその隙に、なんとかして対策を考えて下さい!」
イアールトは根性で口を開こうと抵抗している。 だから俺は負けずに両手足をイアールトの皮膚にめり込ませる。
とてもではないが縄だけで塞げるほどの膂力ではない。 となれば力技一択。
「対策と言っても……クインタシルドのクールタイムは後十数秒あるんだ」
あたふたしながら弱々しい声を上げるホープさん。 しかしイアールトは意地でも炎のブレスを吐こうとしており、口を押さえつける俺を睨みつけてくる。
「麻痺睨みか? 俺はモンクだぞこんちくしょう!」
イアールトの視線には麻痺効果がある、おそらくその力で俺を麻痺させようとしたのだろうが、状態異常に対する耐性が高いモンクには効果が薄い。
多少手足にしびれを感じるが、苦しいのを我慢すれば耐えることができそうだ。
「援護するぞ黒湖ナイル! 【シールドタックル】!」
シールドタックルは強制的に敵をひるませる闘技スキル。 無論、サイズが大きいイアールトでもひるませることができる。
ひるんでいる隙に手足の位置を調整し、さらに口を押さえ込む俺。
けれど炎のブレスは行き場をなくして口内にエネルギーが溜まっているのだろう。 イアールトの顔面は焼けた鉄板のように熱くなり、俺の手足からじゅうじゅうと音がなり始めるのと同時に激しい熱痛に苛まれる。
HPはものすごい勢いで減っていくのに比例して痛みも徐々に増していく。 痛みから逃れるために俺はひたすらに声を出すしかできない。
「ぬをぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「黒湖さん! もういいです! 離脱しましょう! これ以上は危険です!」
「なんのこれしきぃぃぃぃぃ!」
セフメト戦のとき、俺は誓ったのだ。 金輪際仲間を危険な目に合わせないと。
だから俺は、ホープさんを信じてひたすらに手足に力を込め続ける。
「ホープ殿! このままでは黒湖ナイルが焼け死んでしまう! なにか手はないのか!」
「えーっと、さっき【絶対防御】は使っちゃったし、それに【クインタシルド】も詠唱時間がある。 その上範囲が決まっているから私達は守れても坊やを守りきれない」
パニックに陥ってしまっているのか、ホープさんは心なしか目をぐるぐると回しているように見える。
「仲間の命がかかっているのだぞ! 早く判断を下せ!」
『判断が遅い!』
『即答できないのはホープさんの覚悟が甘いからだ!』
『つーか普通に考えて自己複製顕現使えばよくね?』
踏ん張りながらも視界の端に映っていたコメント欄に、意識を覚醒させられる。
「ホープさん! 【自己複製顕現】はどうしたんすか!」
「……あ!」
おい、「あ!」ってなんだよ「あ!」って!
間抜け面でわずかに沈黙した直後、突然頭上で電球が点いたような顔をするホープさん。
え? まさかと思うがホープさん。
もしかして今まで自分がチート級固有スキルを持っている事実を忘れてた?
「そう言えば貴様! なぜさっきから自己複製顕現を使っていない!」
「しかも、セフメト戦のとき見せてくれた上級魔法の科学反応も使ってません!」
「自己複製顕現で召喚した分身体と一緒に、魔法の科学反応を起こせばありえないほどの火力が出るはずだわさ!」
非難の視線を一同に浴びるホープさん。 しかし彼女は清々しい顔でその視線に応える。
「いでよ私二世と三世! クインタシルドで坊やと私達を守るのだ!」
声高々に今更なことを言い出したホープさんが三人に分裂する。 三人同時に詠唱を始め、ホープさん本人は群青色の魔法陣を浮かび上がらせる。
「おいこらおっぱいウィザード! せめてなにか弁明の言葉を並べやがれ!」
「まさかホープちゃんが負け犬並みのポンコツだとは思わなかったにゃ!」
「おいこら泥棒猫! 誰がポンコツだと?」
解決策があっさりとでてきた瞬間、緊迫した空気がコメディ調に変わってしまう。
「ふふ、そうカッカしないでくれよみんな。 これはいわゆる、灯台下暮らしってやつさ」
「嘘つけこのぽんこつおっぱい! ルタカに固有スキル盗まれてた期間が長かったから完全に忘れてただろ! さっき王国軍に襲われたときも自己複製顕現使えばもっと楽に逃げられたんじゃねえのか?」
「サラーマさん! 卑猥な発言はやめてくださいよ! 垢バンされたらどうするんですか!」
配信中に卑猥な言動やセンシティブな映像を写してしまうと垢バンされてしまう可能性がある。 まあ、俺のこの配信はあくまでイレギュラーだから可能性の話だ。
「ふふ、ポンコツおっぱいという発言はセクハラだよ? サラーマくん」
「お前男だろ!」
『物理的に女だから』
『生物学上は女だから』
『ガワの設定は女だから』
コメント欄がなぜかホープさんを養護する中、詠唱が終了したのだろう。 俺達を囲うように五重の結界が展開される。
俺中心に展開されたその結界を目にした瞬間、待ってましたとばかりにイアールトから離れた。
口を押さえていた部分は皮膚が捲れてしまっており、相当高温だったであろうイアールトの表皮にへばりついてしまったのだろう。 はっきり言って意識を保ってられるのは奇跡だと思うほどに痛い。
脱力して地面に落下する最中、イアールトが俺に向かって大口を開いたのが視界の端に映った。
「さあ科学の神秘を見るがいい! 【津波魔法】!」
ほぼ同時にホープさん本体がイアールトの顔面に向けて杖を向ける。 杖からは大量の水が生み出され、一瞬にして壁のような波になってしまう。
これは上級魔法、津波魔法。 桁違いの威力が出る闘技スキルでウィザードの真骨頂とも言えるだろう。
津波魔法は範囲攻撃のため対人戦で使われたらほぼ詰みとさえ言われる魔法だ。 しかしその代償に長い詠唱時間があるため、この魔法が使われるのはパーティー戦で行われるモンスター退治くらいだろう。
「私が産み出した魔法の化学変化はね、なにも私自身が詠唱した魔法だけに効果があるとは限らないんだよ!」
さっきまでオロオロしていたのが嘘のように、得意げな表情で口角を上げるホープさん。
「自らの炎で、天命をまっとうするがいいさ!」
「カッコつけてるとこ悪いけどさ、そんな荒業があったならなんでもっと早く使わなかったんだわさ」
ママのツッコミは大して声を張っていなかったにも関わらず、妙にはっきりと耳に残ってしまったのだった。




