『敏捷のステータスが上がるから合体しろってさ』
◁
一時はどうなることかと思ったが、無事に脱出することができた。 上空数百メーターを滑空するネイちゃんの背に跨りながら安心したように一息つく。
「なんとか逃げられた」
「伴侶様、滑空中は危険ですのでもう少しくっついてもよろしくてよ?」
「大丈夫っすよ、一応バランス感覚は……」
「もう少し、くっついて、いただいて、よろしくてよ?」
食い気味に言ってくるルゥーファちゃん、えーっとどうしろと?
『腰に腕を回してもっと密着しろってさ』
『敏捷のステータスが上がるから合体しろってさ』
『合体はギルティー』
コメント欄を横目に、もじもじしながらルゥーファちゃんの細っこい腰に腕を回した瞬間。 ルゥーファちゃんは俺の腕をがっしりと掴んで、自分の腰に帯を巻くように引っ張った。
「い、痛いよルゥーファちゃん」
「伴侶様が落ちないようしっかりと掴んでいただきませんと」
腕を引っ張られているせいで半強制的に上半身が引き寄せられ、これでもかと言うほどに密着させられている。 恥ずかしすぎて俺はゆっくりと目をつぶった。
『おいナイル氏、なぜ視界を閉ざす?』
『どさくさに紛れてエッな事してるんだろう』
『良い子のみんなはブラウザバックしましょう』
「してねーわ!」
「え? なにかおっしゃいました?」
「ああすんません、ちょっと視聴者たちからの野次がやかましくて」
「視聴者?」
ちょこんと首を傾げるルゥーファちゃん。 そういえば、ルゥーファちゃんには俺の固有スキルのことを詳しく話していなかった。
そんなわけで、空の旅を続けながら俺の固有スキルの説明を簡潔に済ませる。 するとルゥーファちゃん、納得したようにウンウン頷きながら、
「だからあのモブ女の攻撃にも耐えていらっしゃったのですね? 防御力にも補正がかかっていたのですか」
「そんな感じ。 だけど今回は視聴者が十万くらいだったから全然歯が立たなかったよ」
「十万と言うと、単純計算でステータスは千程度上昇ですかね。 ステータス的にはあのモブ女に劣っていたわけですし、その状況であそこまで立ち回れたのなら素晴らしいことだと思いますわ?」
優しい声音でそうさとしてくるルゥーファちゃん。 しかし俺は、今まで視聴者たちに頼りすぎていたせいでいろいろなことをおろそかにしていた。
一対一での立ち回り、多対一での立ち回り。 武術の基礎や格上相手の駆け引き。
全てにおいて低レベルだった俺は、先程の戦場でなんの役にも立てなかった。 動物を操る知識があるルゥーファちゃんはレンジャーという職業の強みを活かして団長を圧倒し、窮地を救ってくれた。
駆けつけてくれた仲間たちもそれぞれができることをしてみんなを助け、圧倒的な兵力差をものともしなかった。
俺だけだ、逃げるための立ち回りも、強敵相手に上手く立ち回ることもできず、状況判断もできずに団長の配慮も無下にした。
セフメト戦の時に強くなると誓ったのに、仲間を危険な目に合わせないと誓ったのに。 俺は守られてるだけでなにもできなかった。
これは視聴者が少なかったというのが問題か? たしかに今回、クソクエストのせいで視聴者は激減しており、さらには相手は団長という盛り上がりに欠ける敵だったかも知れない。
エンドコンテンツの団長が相手となれば、本来なら盛り上がっていたかも知れないが、以前相手にしていたのはこのゲーム最強と謳われるセフメトだったのだ。
セフメト戦を視聴していた視聴者たちからすれば、相手が団長だと言われても興味を惹かない。 故に俺のステータスは上がらずに、なんの役にも立てなかった。
今後は自分のステータスを上げるために視聴者が興味を持つような戦い方や、相手を加味したうえでの制限プレーが必須となるだろう。
いいや、これはただの言い訳だな。
さっきの戦いで俺がなんの役にも立てなかったのは、俺自身が視聴者の皆さんの助力に甘えてなにも努力していないからだ。
「俺は、まだまだ弱すぎたんだな」
「伴侶様! 御自分を卑下しないでくださいませ! 貴方様はわたくしの人生の支えとなる素晴らしいお方です」
『あの状況で力になれなくてすまなかったなナイル』
『宣伝してきたけど視聴者増やせなくてごめん』
『落ち込まないでナイル君! 次の戦いまでに魅力的な宣伝をして視聴者増やすからね!』
「ルゥーファちゃんも、視聴者のみなさんも励ましてくれてありがとうございます。 けれどさっきの戦いで不甲斐ない結果を出してしまったのは、あきらかに俺自身が怠けていたのが原因なんです」
自らの甘い考えを叱咤しつつ、視聴者の皆さんへの感謝と、こんな俺でも慕ってくれているルゥーファちゃんに最大限の敬意を込めて。 俺は今後の方針を語っていく。
「今まで俺は、視聴者の皆さんやルゥーファちゃんみたいな強い仲間の存在に甘えてなにも努力してませんでした。 ここはゲーム設定を模した世界ですが、俺達からすれば現実の異世界。 だったら必要になるのは、ゲーム内知識だけでなく対人戦での心得や立ち回り。 戦いのプロと肩を並べるだけの戦闘技術が必要になると思うんです」
「つまり、モンクである貴方様には武芸の心得が必要になるということでしょうか?」
「そうなりますよね。 ルゥーファちゃんの立ち回りを見ていて気が付きました。 俺はここに来る前やっていたスポーツなんて無いですし、仕事だってごく普通の会社員でした。 だからこそ、この世界で生きていくためには今からでも努力しないと、みんなの足を引っ張ってしまいます!」
『ストイックすぎるぞナイル君、いつもみたいにふざけ半分で気楽に行こうよ!』
『もっと俺達に頼ってくれていいんだぞ? 自分を追い詰めるなって』
『真面目か(笑)!』
視聴者達の優しさに、ほんのり目頭が熱くなる。 おかげでやる気が湧いてきた。
「これからは視聴者の皆さんにも、仲間のみんなにも呆れられないよう、全力で精進いたします!」
「ああ伴侶様! なんて素晴らしい心がけなのでしょう! このルゥーファ、可能な限り貴方様のために力になりますわ!」
「でしたら熊さん大事件ペアと組手して、立ち回りの勉強をしたいですね。 他にもこの世界で生きていたNPCの皆さんは傭兵として生きていた経験があります。 そういった方から手取り足取り武芸のいろはを学ばないと!」
『俺空手の黒帯持ってるぞ?』
『キックボクシングなら習ってたから少しでも足しになれば』
『総合格闘技だったら教えられるかも』
「視聴者の方々にもかなりの使い手がいるんですね! ぜひともご助力をお願いいたします」
誰かに頼れるということは、人間最大の強みだと俺は思っている。 けれど同時に、みんなに任せっきりになってしまうという欠点でもある。
他人に甘えるのは簡単だが、自分に厳しくするのは難しい。 だからこそ俺は、今できることを片っ端から選択し、これ以上仲間たちに迷惑をかけないようにしなければならない。
俺のために知識を授けてくれる視聴者たちに応えるため。 これから先の冒険はヒヤヒヤさせずに楽しませることを前提に、行き当たりばったりの無策ではなく自分が起こした行動がなにを成すかを考えて生きていかなければならないだろう。
「よし! ルゥーファちゃん! まずは俺の仲間たちと合流しよう! みんないい人だから仲良くしてね! くれぐれも、サナさんとかと喧嘩しちゃダメだからね!」
一瞬、ルゥーファちゃんはむすっと口をすぼめたが、ふるふると頭を振って笑顔で振り返る。
「可能な限り、仲良くなれるよう努力いたしますわ!」
ちょっと不安だがこればっかりはルゥーファちゃんを信じるしか無いだろう。 それ以外にも俺はみんなが仲良くなれるよう空気を読んで、互いの仲を取り次いでいかなければならない。
気合十分になったところで、ポケットに入れていた冒険者端末がブルブルと震えだした。
ルゥーファちゃんにホールドされていた腕を開放してもらい、通知内容を確認すると、
「ハートちゃんから合流場所が指示された! ルゥーファちゃん、この座標に移動できるかな?」
「ここは、ふむふむ。 ネイちゃんの飛行速度なら数分で向かえる場所ですわね。 旋回します、わたくしに密着してくださいませ伴侶様!」
そういってルゥーファちゃんは、またしても俺の腕をぐいっと引っ張り自分の腰に回し、ネイちゃんの腹を蹴ってアクロバットな方向転換をしてくれた。




