『そういえばナイル君指名手配されてたよね?』
◁
レンジャーとは素晴らしい職業だ。 召喚する魔獣によってできることが幅広く、さらにプレーヤーによって召喚できる魔獣が違うため、一人ひとりがオンリーワンな戦闘スタイルを楽しむことができる。
なんでも、このレンジャーが召喚できる魔獣であたりを引くための魔獣ガチャなるリセットマラソンまで頻発したらしい。
「どうだブス? わたくしのほうが伴侶様のために役に立てるのですわ。 悔しかったらとっとと荷物をまとめて森にお帰りいただけるかしら!」
「ブスブスうるさいにゃ! ナイル君には猫派という言質を取ってるにゃ! だからナイル君にはバステト族であるあたしが一番ふさわしいのにゃ!」
ヌブの街への帰り道、火花をちらして喧嘩を始めているルゥーファちゃんとサナさん。
なんと驚くべきことに、ルゥーファちゃんがドーベルマンの召喚権を持っていたらしく、先程どさくさに紛れて盗掘を行った盗賊共を捕らえることに成功していたのだ。
ドーベルマンは戦闘こそ同ランクのサーベルキャットに劣るが、それ以外では非常に多芸で優秀な魔獣なのである。 匂いによる追跡など朝飯前だったようだ。
今は盗賊たちをヌブの街の王国駐屯軍に引き渡すための帰り道である。
『それにしてもドーベルマンは本当に役に立つよなw』
『レアアイテム収集にはドーベルマンと聞いていたのだがw』
『まさかこんな使い方もあったとはw』
「鼻が効くドーベルマンの方が、身軽で機動力のあるサーベルキャットよりも利便性が高いですね」
「だなー。 今までの苦労は何だったんだろうなー」
俺とサラーマさんはぼんやりと虚空を見上げながら帰路をトボトボ歩いている。 サナさんとルゥーファちゃんの喧嘩はヒートアップしていて止められそうにない。
なぜハートちゃんとはあんなにすんなり仲良く慣れたのに、サナさんとはこんなにも相容れないのだろうか?
とまあ騒がしい帰路も数分で終了し、拘束した盗賊たちをそのままの足取りで王国駐屯軍が滞在する駐屯施設に運ぶ。
俺は一応指名手配犯なため少し離れた場所で待機することになり、駐屯施設にはサラーマさんとサナさんの現地人組が向かうことになった。
「にしても俺の指名手配生活はいつまで続くのやら」
「むふふふふふ、こんなところにも伴侶様の手配書が……」
「こらこらルゥーファちゃん? 手配書が素晴らしいイラストで描かれてるからって、剥がして持ち帰ってはダメなんだわさ」
何故かナチュラルに俺の手配書を剥がして懐に忍ばせるルゥーファちゃんへ注意を促すママだったのだが、
「ご安心下さい御母上。 こちらの絵柄を見る限り、この手配書を書いたのが母上だということはひと目で分かる上に、まだ回収したのは二百枚前後でございます」
「さすがルゥーファちゃんなんだわさ。 久しぶりにアナログで書いたから出来が心配だったけれど、ずいぶんとめざといわさ」
『これ描いたのありたむ氏かよw』
『つーか二百枚って、恐ろしい子』
『ナイル氏が描かれているものはすべて宝物だと自負していたからなこの女』
コメント欄は見なかったことにしてサラーマさんたちの後ろ姿をぼーっと眺める。
いつまでもこの黒コートに身を包んだまま逃げ回るのは流石に無理があるだろう。 レアー様の信仰心復活計画もこのサブクエストが終わった後は明確な行動方針がない。
本当だったらここら一帯の村を回ってレアー様を信仰する現地人に協力し、そこから口コミで信仰心を増やしていく算段だったのだが……
数週間前のルタカ暴走事件のせいでその現地人達は半数以下にまで減らされてしまっているため、もはやその作戦は不可能と言っても過言ではないだろう。
つまり、このクエストが完了したその瞬間、お先真っ暗なのである。
「この依頼完了しちゃったら、この先一体どうするんやら」
「随分と暗い顔してるじゃねえか舎弟」
「だから俺は舎弟になった覚えないっすよだんちょ……う?」
しれっと聞こえてきた声に反射的に答えてしまったが、途中で違和感に気がついて恐る恐る視線を横に向ける。
「よぉ、久しぶりじゃねえか」
沈黙。
どうしよう、団長と久々の再会を経て、ストレスやらなんやらで断腸しそうだ。 団長だけに。
なんてくだらないことを考えていたその瞬間。
「ぐほぉあぁぁぁ!」
「伴侶様! ぅをのれこのモブ風情がぁぁぁぁぁ!」
激重なボディーブローで近くの建物の壁にめり込まされた。 反射的に殴りかかったルゥーファちゃんは子どものようにあしらわれて投げ飛ばされてしまう。
そこは殴りかかるんじゃなくて眷属を召喚してくれよw
『団長がなぜこんな所に?』
『しれっと現れたから違和感なかったわw』
『そういえばナイル君指名手配されてたよね?』
「ばぁろう、アタイは自分の部下がどんなスキルを持ってるのか、あの戦い以降しっかり把握するようにしてたんだよ。 二度と同じ失態を味合わねえためにな」
壁にめり込んでしまったせいでかすれた視界に、団長が指をパキパキ鳴らしながら歩み寄ってくる光景がぼんやり映り込む。
ママはどこに行ったのかと視線を巡らせると、すでに逃走してしまっている彼女の後ろ姿が確認できた。
どうやら青春時代をドロップアウトした不良たちのように、マッポが来たらすぐ逃げるという基本が徹底されているらしい。 大学卒業するまで純粋な陰キャだったくせに。
『今同接何人?』
『ざっと八万』
『全然足りねえw』
『セフメトに勝った時何人だったっけ?』
『六十七万人』
『もはや笑うしかねえw』
先程までクソクエストをしていたせいで同接数が非常に下がっている。 こんな状態でエンドコンテンツである団長と戦うのは愚策中の愚策。
俺は慌てて逃げようと体勢を立て直そうとしたのだが。
「おいおい、懸賞金二十億のお宝をやすやすと逃がすと思ってんのかよ?」
「クッソ早え! うぐっ」
華麗なフェイントを交えた左フックで頬を撃ち抜かれる。 そこからは一気怒涛のラッシュラッシュラシュ!
俺がめり込まされた建物がどんどん破壊されていき、中で夕食を食べていた一般市民は目を丸くしていた。
「ファイヤーム傭兵団団長、バースィラだ。 これよりこの街は懸賞金二十億の大悪党黒湖ナイルを捕縛するため戦場となる。 死にたくねえならとっとと避難しやがれ」
とても誠意を感じられない宣言を下し、これで問題ないとばかりにボロ雑巾のようにぶっ倒れていた俺に渾身の蹴りをお見舞いしようと助走をつけてくる。
あんな化け物ステータスの団長が助走入りの蹴りなんかしてきたら死んでしまう。 俺は慌ててその場から離れようと手足をばたつかせたが……
「くまゆらちゃん、くまゆりちゃん! 殺っておしまいなさい!」
白と黒の毛皮が俺の前に堂々と立ちふさがり、丸太の如き太腕を団長に振り下ろした。 さすがの団長も慌ててバックステップして距離を取る。
「おいおい、新入り。 確か、ルーファとか言ったか? ここまでの案内はご苦労だったが、そいつに手を貸したらお前も牢獄へぶち込まれる極悪人ルートまっしぐらだぜ?」
「むふふふふ、伴侶様とならば、地獄の底だろうとお供する所存。 なんせわたくし、伴侶様とは永遠を誓いあった仲ですので♡ むふふふふ」
「ぁんだこいつ、目がイッてやがる」
さすがの団長もドン引き。 しかし今回ばっかりはいつも怖かったはずのルゥーファちゃんが非常に心強く感じる。
「すんませんルゥーファさん、ご助力感謝します。 ったく、サラーマさんたちはこの騒ぎの中なにしてんすか?」
苛立ち紛れにバックの中にいれていた焼きおにぎりでHPを回復する俺。 しかし、俺の隣にしれっと立っていたルゥーファちゃんはなぜか泣いていた。
団長が怖いのだろうか?
「わたくしは今、9919時間13分42秒ぶりに名前を呼んでいただけた。 それだけではなく、わたくしは伴侶様に、必要としていただけた……」
目をカッ開いたまま漏水したように涙をこぼすルゥーファちゃん。 さすがの俺も先程の発言には恐怖しか感じなかったのだが……
それは団長も同じだったようで、
「何だこの女、情報には舎弟のストーカーとしかなかったが、まさかここまでヤバいヤツだったのか?」
あの団長が冷や汗をこぼしながらジリジリと後ずさっていた。
「むふ、むふふふふ」
それに反し、突然高笑いを始めながら肩を激しく上下させ始めるルゥーファちゃん。
「むひゅひゅひゅひゅひゅ、くっひゅひゅひゅひゅひゃひゃひゃひゃひゃ! 血が、血が滾ってきたのですわぁぁぁはっはっはっはっはぁぁぁぁぁ! 伴侶様のために、わたくしのすべては伴侶様のためだけにぃぃぃぃぃ! この身朽ち果てるまで、伴侶様の守護神と成ることを我が神【■■】様に誓うのですわぁぁぁぁぁぁぁぁひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!」
「ちょ、本名出すなバカ!」
ここに来て本名バレとか……これってもしかしたら、炎上するかも知れない。




