『さっきまで正義のヒーローみたいだったのにね』
◁
呪文のように小言をつぶやいているルタカを厳重に拘束し、戦いはようやく終りを迎えた。
はずなのだが、寝ている団長を注視しながら駆け寄ってきたハートちゃんが恐る恐る耳打ちしてくる。
「少年、お疲れ様! めっちゃかっこよかったよ! このゲームをクリアして、現実世界に戻ったらボクがお嫁さんになってあげる!」
「突然の告白ありがとう。 だが断る」
『断るんかいw』
『諸君、ちゃっかりしたメスガキからナイル神を護る会を結成しよう』
『出戻りしてきた瞬間ハートちゃんから突然の告白、そそるぜこれは』
「むぅ、そのことに関しては後でじっくり話そうか。 とりあえず今は、団長が起きる前にシリスの体を探そう!」
「何でそういう重要な話の前に茶番を挟んだの?」
「茶番とは心外な! でもとにかく、団長にシリスの体を発見されたら王国に提出されちゃう! 今回ボクたちが団長と行動を共にしてたのは、ルタカを倒したあと団長を適当な場所に誘導するためだったんだよ!」
たしかに、ここで団長にシリスの体が見つかればすぐに提出すると言い出すだろう。 そうなれば、死にイベが強制的に始まってしまい、すぐさま完全体のセフメトと戦うハメになる。
今の状況でそんな事が起きてしまったら間違いなく勝てない。
「メメジェットさんにはすでにこの事を話してある。 まだ目を覚まさないお兄のことも任せたから、すぐにシリスの体を探そう!」
ハートちゃんに言われるがまま、俺はいやいや拘束したルタカを背負ってダンジョンの奥へ足を向ける。
ルタカが最後のあがきを見せた際対応できるのは俺かハートちゃんしかいない上に、メメジェットさん達はいまだ気絶している二人をみているため、そっちに丸投げしてなにかあったら大変なことになる。
そのため嫌でもこいつは俺達が見張らなくてはならない。
そうして足音を忍ばせながらダンジョンの奥地へ足を運ぶと、案の定というかなんというか、そこには十三個のシリスの体が置いてあった。
「ふ、これで作戦完了だ! さて少年。 これをバックの中に収納してくれるかい?」
「え? 俺が収納するの?」
「もちろんだとも、おそらくこの世界で一番厳重なのは、レベル五十とはいえあの破滅の女神であるセフメトすら倒した君のバックの中なんだ!」
なんだか便利な倉庫代わりに使われている気がするが、俺は斜めがけしていたボディーバックにシリスの体を箱ごとぽいぽい突っ込んでいく。 持ち物の管理は冒険者端末で可能なため、すぐに冒険者端末を確認してシリスの体が入っていることを改めて確認。
俺のすぐとなりでその画面を確認したハートちゃんは、ゆっくりと頷きながらとんでもないことをいい出した。
「よし、ずらかろうか」
……なんだろうか、盗賊っぽい用語を聞いた気がする。
『野郎ども! ずらかるぞ!』
『新生、ハートちゃん盗賊団結成の瞬間である』
『なんだか不穏な空気を感じる』
「えーっと、ハートちゃん? 一応シリスの体を手に入れたことをみんなに報告した方がよくない?」
「そんな事をしたら王宮に提出しろって迫られるでしょ」
「でも、逃げるにしてもホープさんはまだメメジェットさんたちのところにいるよ?」
元NPCであるラーザさんたちに理由を話したとき理解してくれたのだ、きっと団長も腹を割って話せばきっと理解してくれるはず。
だがしかし、ハートちゃんとホープさんは非常に用心深かったらしい。
「安心するんだ少年よ、お兄は自分で脱出するなんて訳ないだろう。 それにメメジェットさんは頭が切れるから自分でどうにかできるはず」
「説得力はあるけど理解はしたくないんだが?」
なんだかハートちゃんがどんどん悪役に見えてくる。
「冷静になるんだ少年よ。 ボク達は悪気があって逃避行をするんじゃない。 ちゃんとした正義に則ってシリスの体を持ち逃げするんだからね!」
堂々と逃避行とか持ち逃げとか言っている時点で、かなり正義に反している気がするのだが……
『懸賞金はいくらになるかな?』
『ナイル氏の実力なら四皇にも引けを取らないだろう』
『これからは王国軍の三大大将に追われる身になるのか』
「これこれ視聴者の方々、ここは海ではなく陸ですよ?」
「少年、視聴者達と会話して現実から目をそらそうとするんじゃない。 ここからが重要局面なんだ! 破滅の女神セフメトを討伐するための第二フェーズ、最初の予定からは大幅にずれたけど、ボクたちが完遂させるしか無いんだよ! この世界に取り残された転移者たちのために!」
ぐっと拳を握りながら必死に説得してくるハートちゃん。 どうしよう、ものすごい疲労感に身を任せてここで気絶してしまおうか?
そんな煩悩が頭をよぎる中、ハートちゃんの冒険者端末が震えだす。
ハートちゃんはポケットから取り出した冒険者端末を確認し、ニヤリと悪人面で口角を吊り上げると……
「もしもし、こちらはいかんなく成功したよ? 今どこにいるんだい?」
誰と通話しているのやら、悪徳業者のような笑みを浮かべながら会話を始めるハートちゃん。
「ふふ、サラーマくんとサナちゃんは一緒かな? よしよし順調だね。 メメジェットさんはラーザさんと一緒にスパイとして残す方針に変えた。 お兄はまだラーザちゃん達と一緒にいるけど、自分でどうにかできるだろう」
「え? ハートちゃんもしかしてママと通話してる? って言うかスパイ? え? マジでこれから俺達指名手配覚悟の逃走劇を開始する感じ?」
『逃避行か、おらワクワクすっぞ』
『さっきまで正義のヒーローみたいだったのにね』
『突然始まった悪役ムーブw』
完全に悪ノリ状態の視聴者達は置いといて、いつの間にか通話を終わらせたハートちゃんはクツクツと肩を揺らしながらオレに耳打ちしてきた。
「よし、それじゃあ今からアジトに向かうよ! 安心してくれ少年。 ありたむさんの固有スキルは復活しているのは確認済みだ。 お兄も自己複製顕現が使える以上、団長から逃げるのもベリーイージーだろう」
「えー? アジトってどこなの?」
「これから案内するから落ち着きたまえよ。 ああそれと、そのゴミはここに置いていっていいからね。 どうせ視聴者たちから晒されたせいで精神崩壊してるし、その拘束の厳重さなら逃げることもできないでしょ」
悟りを開いたような顔で念仏を唱えているルタカに、お気の毒にと合唱してからその場を後にする。
あれよこれよとしている間に、ハートちゃんと共にボス部屋に戻ってぶっ壊れている天井から脱出を図る。 団長はまだ気を失っていたのだが、念の為音を立てないよう慎重に行動した。
当初の裏目的では、シリスの体をゲットしたらホープさん達はそそくさとずらかる予定だったらしい。
こんな話し俺は聞いてなかったが、どうやらこの裏計画はトト兄妹とメメジェットさんの間だけで立てられた計画だったとか。
最初からルタカ討伐組を少数精鋭にしていたのはこのときのためだったと今頃説明を受けた。
こうして、突然始まった逃避行生活。 唯一の嬉しい誤算は仲間が増えたこと。
ママの参戦はトト兄妹からすると願ってもない朗報だったらしく、戦力は多いほうがいいのだとか。
でもまあ、視聴者たちからブーイングの嵐を覚悟していた俺にとっては、嬉しい誤算もあった。
『ルタカからスキル支配権が戻ったと聞いて出戻りしたんだけど、どういう状況?』
『シリスの体が十四個集まったからファイヤーム傭兵団から逃げるらしいよ』
『これから始まるのは逃亡劇だw』
『なにそれ激熱じゃん』
『ブラウザバックした人のために宣伝してくるね』
『同接数が一気に戻ってきたんだがw』
とまあ視聴者的にはこれからの旅路に期待の声が上がっている。 もちろん団長も人気キャラだったため、一部のファンからは残念がる声も上がったが……
ほとんどの視聴者達は俺達の旅路に期待を寄せてくれている。 これならしばらく様子を見るのもやぶさかではないかもしれない。
そう思った今日この頃でしたとさ。




