『ナイルくんが寝てるせいでコメント読んでもらえない件』
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破滅の女神セフメト。 イベントで戦闘する理不尽の塊が今、ホープたちの前に立ちふさがっていた。
反射的に奥義を放ったナイルは部屋の隅まで吹き飛ばされ、絶句するホープたち。
「坊やのステータスは、ほとんど三千に近かったはずだ、そのステータスで放った【阿修羅滅砕】を片手で?」
「お兄! 今はとりあえず体制を整えないと!」
ナイルを吹き飛ばしたセフメトの視線は、吹っ飛んでいったナイルの方へ釘付けになっていた。 今なら逃げることは可能かもしれない。
ナイルを見殺しにしてしまえば……
「挑発!」
邪念がよぎり、足が止まってしまっていたホープたちの脳を覚醒させたのは、無謀にも過ぎるラーザの言葉。
敵の注目を自分に集中させる、パラディンの専売特許とも言われるスキル名。
「ラーザ様! 駄目です今は戦ってはいけません!」
「後手に回ってしまった以上、誰かがあいつを足止めしなければ何もできないだろう!」
肝の座ったその凛々しい声に、この場にいた全員の意識が覚醒する。
「ハート、ラーザちゃんの援護を!」
「もうやってる!」
すでにラーザへ襲いかかっていたセフメトを目にし、ホープは援護しようと杖を向けたのだが……
「世界最強のタンクを……甘く見るなっ!」
セフメトが目にも止まらぬ速度で振り抜いた拳を、盾で弾くラーザ。
無表情のままよろけ状態に陥るセフメトと、驚愕のあまり顎がはずれんばかりに大口を開ける一同。
【ジャストガード】 それはタイミングがシビアで使い手が少なかった曲者スキルで、このゲームをやり込んだホープですら五回に一度発動できれば運がいいと言われていた神業。
ラーザは神業と称されるそのスキルをぶっつけ本番で、さらに目にも止まらぬ速度で放たれた拳を相手に成功させたのだ。
まさに極芸。 並の反射神経では不可能な芸当。
「ジャ、ジャストガードだって?」
「今だよメメジェットさん! 団長にヒールを!」
セフメトがよろけている隙をつき、メメジェットはホープが声を上げるより先に駆け出していた。
「【レクスヒール】! 団長は無事です! HPは一だけ残ってました!」
「ボクが咄嗟に発動させた【最後の砦】の効果だね!」
パラディンが覚える職業スキル。 最後の砦。
味方全体が大ダメージを受けてもHPが一残るという特殊状態になるスキルで、クールタイムは三時間と絶大な長さなのだが、これさえ使えば一撃だけは耐えることが可能。
ハートの言葉を聞いたメメジェットは、ちらりとナイルが吹き飛ばされた方角へ視線を送る。
「どうやら坊やもまだ生きているよ」
「しかもHPは九割削られた程度。 まあ、ショックでまた気絶しちゃってるけど、最悪もう一撃なら耐えると思う!」
視聴者達のお陰で脅威のステータスを誇っているナイルは、セフメトの一撃を受けても即死には至らなかった。 しかしたった一撃で大ダメージを受ければ、意識を失ってしまっても仕方がない。 現実世界同様の痛みが突然襲い掛かれば、ショックで意識を失ってしまうのは生理現象のようなものだ。
「全員身代わりマントを装備しよう! メメジェットさん、団長にも装備させてあげてくれ!」
素早く頷きながら身代わりマントをバースィラ団長に装着させるメメジェット。
しかし、よろけたセフメトから距離を取るどころか、盾を持って踏み込むラーザが横目に映り、ホープは慌てて彼女を止めようと声を上げる。
「ラーザちゃん! 深追いはしちゃダメだ!」
「腑抜けているのかホープ殿! なぜ黒湖ナイルは誰よりも先にこやつに飛び込んだと思う!」
ラーザの怒号を聞き、ホープは息を呑みながら押し黙る。
「この王家の墓には大量の罠が設置されていた。 ここに来るまでの間、ハート殿の【罠感知】がなければまともに進めなかった! そんな道を、セフメト様に追われながら逃げられるとでも思ったのか!」
ラーザの言う通り、逃げるという選択肢は見つかった時点で封じられていたのだ。 ナイルは半分怒りに身を任せて突進したのだが、皮肉にもそれはこの状況下で最も正しい選択だった。
おそらくナイルは無意識に察していた。 先に殺らなければ、殺られれるのはこちらだと。
「前に進むしか、我々には生き残るすべはない! それにコヤツは偽物だ! 私の【性能看破】でステータスを確認した! レベルは五十、十中八九【生命の産出者】で召喚された贋作だ。 偽物の神なぞに、私は遅れを取らない!」
体勢を整えたセフメトの体がブレると、ラーザの顔面めがけてハイキックが放たれる。 音を置き去りにする勢いで放たれたハイキックを、ラーザはまたしても盾で弾いた。
「二連続だって?」
「なんて反射神経なんだ!」
前人未到の二連続ジャストガード。 しかも相手は、偽物とはいえあの破滅の女神セフメト。
もはや異常とも思えるその集中力と反射神経に、思わず感嘆の声をもらしてしまうトト兄妹。
「感激している場合ではありません! ラーザ様が注意を引いている今、貴方方が取るべき行動はひとつしか無いでしょう!」
突然の出来事を前にネガティブな思考に陥っていたトト兄妹は、メメジェットの叱責を受けて自らの頬を叩く。
「ごめんなさい、取り乱してました!」
「生命の産出者でセフメトが召喚されたというのなら!」
ホープは杖を背後に向ける。 ぐるぐる巻に拘束されていたルタカへ。
「能力者を殺してしまえば強制終了だ!」
最も発動速度が早い雷魔法を使用し、身動きが取れないルタカの心臓めがけて雷撃を飛ばす。 突然攻撃対象にされたルタカは、イモムシのように身を捩って必死に逃れようとしたのだが……
「ちっ!」
「【自己複製顕現】? そうか、あの場にいたのはたった二体。 おかしいとは思ってた、だってルタカのサブアカウントはお兄と同じ五体だもんね! 残り三体はここでセフメト召喚のためにプログラミングしてたのか!」
ルタカを貫こうとした雷撃の前に、分身体が飛び込んで来る。 ルタカを庇った分身体はブロックノイズに包まれ霧散したが、いつの間にか背後には更に二体の分身体が現れており、拘束されていたルタカを開放しようと手を伸ばしていた。
「させると思ったかな!」
だが黙ってみているだけのトト兄妹ではない。 気配遮断で相手の視線を逃れ、瞬く間に肉薄していたハートのダガーが拘束されていたルタカの首筋を切り裂こうとしていた。
しかし、挑発が発動した際に敵の注目を集めることができるのは数秒だけ。 相手が相当な馬鹿でない限り永遠に同じ敵を狙っていることなどありえないのだ。
「ハート! 後ろ!」
ホープの声かけはすでに遅く、一息に駆けつけたセフメトにダガーを弾かれる。 召喚者であるルタカを守るように、セフメトは牙を向いたハートへ純粋な殺意を向け、無慈悲に拳を振り下ろすが……
「身代わり!」
パラディンの特殊スキル、【身代わり】 味方との立ち位置を一瞬で入れ替えるこのスキルを使い、ハートの位置とラーザの位置が入れ替わる。
続いて火花が散り、甲高い金属音が響き渡る。
「ジャ、ジャストガード三連発? 嘘でしょ!」
「絶妙なタイミングでの身代わりだけでなく、あの無理な体勢からのジャストガードだって?」
「ラーザ様、なんて凛々しいお姿なのでしょう!」
よろけ状態になったセフメトを横目に、ラーザはすかさずルタカを仕留めようと剣を振り下ろすが、体を投げ出してきた分身体に拒まれる。
「クソ! しゃらくさい!」
悔しげに吐き捨てるラーザ。 残った一体の分身体がその隙にルタカ本体を抱えてその場から離れてしまい、ルタカを処分してセフメトを封じるという策は水泡に帰してしまった。
体勢を整えたセフメトはルタカと分身体を守るように立ち塞がってしまい、硬直状態に陥る。
ラーザと正対する形で睨み合うセフメト、ボス部屋中央から油断なくセフメトを睨むトト兄妹。
「私が動揺などせずに、坊ややラーザちゃんのように冷静に立ち回れていれば……今頃こんな事にはなっていなかったのに」
悔しげに拳を握りしめるホープ。
分身体に救出されたルタカは開放された四肢を気だるそうに動かし、勝ち誇ったような笑みで悔しがるホープをあざ笑う。
「残念でしたねクソホープ。 どうやら時間切れ、最後に笑うのは僕だったようですよ?」




