『コメント欄は暇です、早く起きろナイル氏』
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「くっはっはっはっは! 初めから僕本体が囮だったんですよ! それを知らずに君たちは……殺さず捕えるですって? 捕まるのは想定外でしたが、おかげさまで逆に好都合でしたよ! くっふ、くっはっはっはっは!」
高笑いをあげ回復アイテムを使用するルタカ。
「不覚を取りましたな」
「捕えるのは困難だと覚悟は決めていたが、もはやここまでとはねぇ」
「およそ考えうる限り最悪のパターンだよ」
高笑いするルタカになど目もくれず、三人は冷や汗を浮かべながらセフメトの一挙手一投足だけを注視していた。 しかし圧倒的優位に立っているルタカは、自分が無視されていることなど一切気づいている様子はないようだ。
「クソホープの【自己複製顕現】も、僕が使えばより高次元に扱うことができるってことだったんですよ! くわっはっはっはっはっはっはっは!」
自己複製顕現は転生前にこのゲームで作成していたサブアカウントを召喚するという固有スキル。 故にルタカもホープと同様五体までしか複製できない。
しかし複製した個体一体一体が虚像ではなく実体化しており、それぞれが独立した思考を持って行動できるという破格のスキル。
このスキルを利用して、ルタカはしばらく前からこの王家の墓最奥の部屋で、分身体三体がかりでセフメト召喚のためのプログラムコードを解析させていたのだ。 そうして生まれてしまった理不尽が、こうして猛威を振るっている。
なおも機嫌良さそうにケタケタ笑うルタカは完全に無視されており、セフメトが地を蹴った瞬間三人は一箇所に集まる。
「右だ!」
「相分かった!」
ホープの掛け声に合わせて立ち位置を変えたラーザが、またしても【ジャストガード】を成功させた。 よろけたセフメトに向け、ハートはダガーを突きつける。
「大地割砕斬!」
ウォーリアーが覚える闘技スキル。 【大地割砕斬】。
物理攻撃の中でも三本指に入る威力の闘技スキルであり、現在ハートが習得しているスキルの中で最も威力が高い大技。 本来なら斧を装備していないと発動できない闘技スキルだが、【無窮の探求者】を持つハートならば装備中の武器に関係なくスキルを放つことが可能。
攻撃に関するありとあらゆるバフを重ね掛けしたうえで放ったその一撃が、無防備なセフメトを袈裟懸けに切り裂くが、セフメトは表情一つ変えずにすぐ体勢を整えた。
「二撃目! 来るよ!」
「任せあれ!」
三人が立てた作戦は、ラーザがセフメトの攻撃を受け、ホープが全体の指示プラス最大火力の魔法を詠唱。 体勢を崩したセフメトへ、可能な限りハートが反撃という流れ。
ホープが使用する予定の上級魔法の詠唱時間は約十五秒。 魔法スキルは詠唱時間がかかる代わりにクールタイムは比較的短くなっているため、高レベルのウィザードは詠唱破棄できる中級魔法で戦うのが基本だが、こと今回に関しては最大火力をぶつけて早期決戦を狙うつもりなようだ。
一向に相手にされないまま笑い疲れたルタカはようやく呼吸を整え、ふてくされた顔でセフメトと立ち回っているホープたちをジッと見つめる。
「おい、僕の拘束は解かれているんだぞ? 対処しなくていいのか?」
「ラーザちゃんナイス! これで十二連続ジャスガ成功だ!」
「ハート、詠唱が終わった! どデカイの行くぞ!」
ルタカの話しは全く聞いてもらえず、ホープが上級魔法を暴発させる。
上級魔法の地震魔法と溶岩魔法を【多重詠唱】で同時発動させ融合、極級魔法噴火魔法を発動させた。 部屋全体が激しい縦揺れに見舞われ、一気に室温が上がり皮膚がキリキリと焼けたような感覚に襲われる。
全身を叩くような衝撃に耐えかね、ルタカは不機嫌な顔のまま両腕で顔を覆っていたのだが、仰々しい黄色の炎が部屋中央を照らす中、何事もなかったかのように立ち尽くすセフメトを確認し、またしてもケタケタ笑い出す。
「ムダムダムダムダ! そのセフメトはイベントで登場するセフメトと同じプログラムで構成してるんですよ。 何十時間も掛けて、分身体三人がかりで召喚した最強の刺客ですからね? 火力のゴリ押しでどうにかなる相手じゃありませんよ!」
声高々とセフメトの自慢を始めるルタカだったが、
「やはりイベント同様全耐性90%かな?」
「最大HPは推定で千万だったよね。 って事はイベントのセフメトはレベル百だから、レベル五十だとざっと計算して五百万と考えたほうがいい」
「ならさっきの猛攻でも、セフメトが喰らったのはせいぜい五万ダメージってところかな?」
「ジャストガードでダメージ反転もしてるでしょ? それを計算すれば、もっとダメージは与えてるはず」
冷静にセフメトの解析をしている兄妹の耳には全く届かず、ラーザも攻撃を防ぐために無言のままセフメトを睨んでいて動く気配がない。
あからさまに無視されているというか、セフメトの対応でいっぱいいっぱいのため存在に気づかれていない。 むしろ存在自体忘れられているルタカは、わなわなと肩を震わせながら半透明のキーボードを召喚する。
「せっかくこの僕が解説をしてあげたというのに! 無視するとは何事なのでしょうか! もう容赦はしませんよ? この状況で恐竜種モンスターの召喚、対応できますかな?」
唯一安全圏に逃れて団長とナイルの回復をしていたメメジェットは前線のメンバーよりも広い視野で戦場が見えているため、たまたまルタカの挙動に気がついた。 突然キーボードを顕現させたルタカを発見し、慌ててホープたちに注意喚起をしようとしたが、もう遅い。
「お前たちが大好きな恐竜種三種盛り、分身体とともに二倍速で召喚してあげますよ!」
手始めにマグナザウルスが召喚され、咆哮を上げる。
さすがのホープたちも耳をつんざくような咆哮を聞き、ルタカの行動にようやく気がつくことができたが、セフメトと向かい合っている以上対応できる余裕はない。
「冗談だろ?」
「悪夢なのかな?」
「まずいですぞホープ殿、このままでは一瞬にして戦線が崩壊します」
迫りくるマグナザウルスにホープが牽制とばかりに爆発魔法をお見舞いするが、一撃で倒せないほどの耐久力を持っているのが恐竜種。 無論ハートは掛けられるだけ威力アップのバフを掛けているが、それでも最低三発は当てなければ倒せない。
しどろもどろしている内にセフメトは隙をついてホープの背後を狙う。 慌てて間に滑り込み、セフメトの蹴りを見切ろうとするラーザだったが……
ここでまさかの事態が発生する。
「フェイント? まずい!」
蹴りはジャストガードを誘発するためのフェイント、時間差で左フックを放ってきたため、全く反応できなかったラーザはわき腹に拳がめり込む。
「フェイントだけじゃない、ディレイも入れてきた? ジャストガードに対応されてる?」
ディレイ、ゲーム用語で遅延を意味する言葉で、意図的に攻撃を遅らせるなどして相手のタイミングをはずさせるテクニック。 人によっていはディレイではなく、ラグと呼ぶこともある。
「ラーザ様!」
メメジェットの悲鳴とともに、部屋の端まで吹き飛ばされてしまうラーザ。
「安心しろ! 身代わりマントが破壊されただけだ!」
無事を確認してホッと息をつくメメジェットだったが、セフメトの攻撃を防ぎ続けていたラーザが戦線から離脱した今、恐竜種の対応に動こうとしていたトト兄妹の背中にセフメトの鎌のような回転蹴りが炸裂し、二人同時に吹き飛ばされてしまう。 二人が装備した身代わりマントは破壊され、翌日まで再使用不可になる。
分断された三人へ、ルタカが追加召喚した恐竜種が群がり始め、戦場は混沌化し始めた。
無論安全圏にいたはずのメメジェットも恐竜種に狙われ、迫りくるマグナザウルスの脅威を前に、歯を食いしばりながら杖を構えて足掻こうとする。
プリーストは戦闘手段がないわけではない。 簡単な魔法で牽制ならできるが、メメジェットの固有スキルは自身でなく推しを強化するという尖った性能だ。
メメジェット自身はこの中で最も弱く、いとも簡単に殺されてしまう対象になってしまうのは必然。
それを分かっていながらも、メメジェットは気を失っている団長とナイルをかばうために、マグナザウルスの前に立ちふさがった。
「こんな無茶苦茶な戦場で、私はただの足手まといですから。 一秒でも稼げれば御の字ですよね?」
震える両手で杖を握りしめ、恐怖に寄って沸き起こる涙をこらえながらも、大口を開けて突進してくるマグナザウルスに初級魔法を向ける。
すると、メメジェットが放った炎魔法と並走する影が視界の端に写った。 炎魔法と並走していた影はそのままマグナザウルスの腹下へ滑り込み、勢いよく飛び上がりながらアッパーカットをお見舞いする。
「おいシーツ女。 怖えならアタイの背中にくっついてろ」
ひっくり返って唸り声を上げるマグナザウルスを背に、先程まで気を失っていたはずのバースィラ団長が、震えていたメメジェットへ視線を飛ばす。
「けどまあ、お前のその度胸、超絶に痺れたぜ? 久々に血が滾っちまう程にな!」
溢れ出る闘気を放出しながら身を翻し、迫りくる恐竜種たちを見て狂ったように笑みを浮かべ、
「ラーザ! アタイの所に来い! てめぇとアタイの二人で、セフメト様の偽物を食い止めんぞ!」
指示を送りながらも、突進してきたウルティニクスを全体重を乗せた右ストレートで吹き飛ばす。 バッティングセンターだったらお菓子をもらえたであろう見事なホームランを披露し、乱戦になってしまった戦場でなおも楽しそうに笑う。
「雑魚退治はあの兄妹に任せりゃどうにかなるだろ? アタイらが持ちこたえてる間になんとか立て直せ。 そんでもってとっととあの外道を始末しろ!」
的確な指示を受け、戦場の至る所で強力なスキルが発動される。 圧倒的に劣勢であることには変わりない、けれど団長の堂々とした指示出しは、混沌とした戦場で仲間たちの気合を入れ直すには十分すぎた。
鎮火しかけた心に大炎が灯り、団長の声を道標にしたように状況が動き出す。
そんな中、今なお気を失っていたナイルに、すがるような視線を送るメメジェット。
「お願いです黒湖さん、はやく……はやく起きて下さい!」
心強い背中に守られながらも、メメジェットは小声で祈るような声を漏らしながら戦いを見守ることしかできなかった。




