『我慢してた分いっぱい出たね』
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物理耐性が高めに設定されているモンスターは意外にも多く、恐竜種の物理耐性も60%と高めに設定されている。
しかし物理耐性90%の鉱物系モンスターは次元が違う。
「先ほどまでの威勢はどうされたのですか? ナイルボーイ?」
「その呼び方マジやめろ」
『大変だナイルボーイ、あのゴーレムはただのゴーレムじゃありませーん!』
『トゥーンゴーレムでーす!』
『これこそがイマジネーションでーす!』
お気楽な様子の視聴者たちだが、今の状況は非常に良くない。
「一体撃破するのに約五発。 デュラハンレベルの相手に五発も使っていては、ジリジリと時間を無駄に浪費してしまいます!」
アイアンゴーレムの脅威度は、実質レインボースコーピオンやデュラハンと同等だ。 魔法が使えるジョブならいとも簡単に倒せるだろう。
実際、初級魔法しか使えないラーザさんやメメジェットさんでも問題なく倒せてはいる。 しかし、スキルクールタイムを縮めるスキル、【博識】や【精霊の恩恵】を持つウィザードと比べ、二人の魔法攻撃はクールタイムが長めに発生してしまい、攻撃密度がものすごく少ない。
「黒湖ナイル! このままでは押し負けるぞ! 気合で倒せ気合で!」
「無茶言わないでくださいよ! 唯一対抗できる【波断衝】はCT十六秒もあるんすから!」
CTとはクールタイムの略称であり、俺が唯一鉱物系モンスターに対抗できる波断衝というスキルは、破壊属性がついているため鉱物系モンスターに強い上に相手の防御力を下げることが可能。 けれど悲しいかなこういった便利なスキルはクールタイムが長めに設定されてしまっているのだ。
鉱物系モンスターが固定で出てくるモンスターハウス、ミケリノス王墓で戦った時は味方を異常に強化できるハートちゃんがいた。 あの時のアイアンゴーレムは発泡スチロール並みの脆さだったというのに、今となってはハートちゃんのありがたみをとくと味わうことしかできない。
「では、そろそろフィナーレと行きましょうか?」
三日月のように口角を上げたルタカが、考えうる限り最悪なスキルを使用してきた。
「なっ! これはまずいです!」
『そう言えば忘れてたな』
『自己複製顕現もパクられたんだっけ』
『これは、マジで笑えないんじゃないか?』
ルタカが分身含めて三人に増えた。 信じたくはないが、こいつもサブアカウントをたくさん作っていた廃人だったようだ。
「これは非常にまずい状況だ! 黒湖ナイル、今使える大技はいくつある?」
「奥義は取っておいてますから、そこそこはあるかと」
「何バカなことを言っているのだ! 奥義はダメに決まっているだろう! ここは地下だぞ? 私達を生き埋めにするつもりか貴様は!」
ごもっともな意見で。
「流石にこの数では分が悪すぎますね」
みるみる内にアイアンゴーレムが増えていく。 その上最悪な展開が待ち受けていた。
いつの間にかルタカや分身体の周囲で黒い泥が形を形成していく。 そのシルエットを見ただけで、メメジェットさんは顔を顰めた。
「プラチナゴーレムが五体、ミスリルドラゴンが三体……ルタカの負けたフリに注意するようにと、はやめに注意勧告しておくべきでしたね」
メメジェットさんは召喚された絶望を目の当たりにし、諦めたように吐き捨てる。
周囲を囲むように陣取ったアイアンゴーレム。 そして等間隔で配置しながら迫ってくる上級鉱物系モンスターたち。
逃げるとしたら入口近くに陣取ったプラチナゴーレム一体に絞って一点突破しか方法はないだろう。 けれど、それをさせないとばかりにミスリルドラゴンが近くに配置されてしまっている。
これは、俺が調子に乗ったせいで招いた失態。 せめて俺は逃げられなくなったとしても、この二人だけは生きて帰さなければならないだろう。
「二人共、入口近くにいるプラチナゴーレムは俺がなんとかするので、全速力で駆け抜けて下さい」
「美しくない決意ですね。 虹サソリ戦の時、黒湖さんはサラーマさんにボロクソ言っていたでしょう? 断固拒否です」
「だったら、投げ飛ばしてでも逃がすしか無いっすか?」
メメジェットさんは叱咤するような視線を向けてくるが、俺はその視線から逃れながら自らを鼓舞するように頬を叩き、決意を固める。
「ふはは! 取り巻きたちにはふさわしい光景だ! 無様、実に無様!」
機嫌良く笑いながら両手を開くルタカ。
「さあ終焉の時だ! 一斉にかかれ!」
大量のアイアンゴーレムを先頭にして、一斉に駆け寄ってくる。
覚悟はもう決まっている、男としてここは引けないものがあるのだ。
俺は鋼の戦棒を強く握り、渾身の一撃を入口近くに陣取ったプラチナゴーレムめがけて……
「でけー口叩いといて、ぶっ飛ばされかけてるじゃねえかクソガキ!」
打とうとしたのだが、攻撃対象だったプラチナゴーレムは轟音を立てながら粉々に砕け散った。
「……は?」
「ソルジャーがレベル五十七で覚える強力な補助スキル【技能共有】は今まで不遇スキルと言われていたんだよね。 だってソルジャー、自己強化スキルあんまり覚えないからさ」
聞いたことあるうんちくを聞き、耳を疑う。
「技能共有は自己強化スキルしか味方と共有できないんだもん、書いてあることはたしかに強いと誰もが思っただろうけど、多くのプレーヤーが落胆した死にスキル。 今まではそう言われていたよ」
「その声、ようやく真打ち登場ですか?」
「久しぶりじゃないかルタカ。 この前はお兄がお世話になったみたいだけど、今回は君が望んでいた通り、トト兄妹と愉快な仲間たちが勢揃いだよ?」
「おい新入り、てめぇ俺の部下のくせに愉快な仲間たちの中にアタイを入れてねえか?」
黙々と上がる砂煙の中には、三人の人影が立っていた。
「何でここにホープさん達が? シリスの……シリス様の体を護衛してたはずですよね?」
俺は助けが来たことに安堵する一方、シリスの体を護衛するのに失敗したのではないかという不安にかられる。 けれど、帰ってきたのはこれまた耳を疑う答えだった。
「ここにあるぜ?」
プラチナゴーレムを砕いた本人だろうか、その残骸の上で堂々と立っていたバースィラ団長が、堂々とシリスの体が入った箱を掲げる。
「え? 何で持ってきちゃったの?」
「アタイ達三人がシリス様の体を護衛してるからな」
「ほぺ?」
当然のごとく返事してきたバースィラ団長だったが、理解が追いつかないため首を傾げることしかできなかった。 こいつ、もしかしてバカなのか?
「安心して下さい黒湖さん、すべて作戦通りです」
メメジェットさんの落ち着き払った声が耳朶を揺らし、勢いよく振り向くが……
俺の行動はラーザさんとシンクロしていたらしい。
「ちょっと待てメメジェット、私は聞いていないぞ?」
「ら、ラーザ様ったら、そんな可愛らしい顔で口をすぼめないでくださいませ。 せっかく我慢していた鼻血が……ぐほぁ!」
「メメジェットー!」
詳細を詳しく聞きたかったのだが、茶番が始まってしまったため無理そうだ。
『我慢してた分いっぱい出たね』
『卑猥な発言はやめい』
『今のコメが卑猥に見えるお前の思考が卑猥なんだよ』
「坊や、ルタカを随分追い込んだようだね? 自己複製顕現まで使わせてるだなんて、私が思っていた以上の結果だよ。 さすがは私が認めた精鋭だ」
ずっと黙っていたホープさんが、体の芯にまで響くような、覇気を帯びた声でそう告げる。
「なに簡単なことさ。 精鋭班は名目上ルタカ討伐のため選抜したメンバーだが、私が望んだ真の目的はルタカの捜索と足止め。 私達が到着するまでの場を整えて貰うためのメンバーだったのさ」
「元々ルタカさえ倒してしまえばボク達の勝ちなんだし、そもそもこいつと因縁があるのはボク達だからね。 シリスの体を護衛するって言ったのは建前だよ。 負けなければ取られないんだから、ボク達が負けなければいいだけの話し」
「そういうわけだよ坊や。 そもそも、こいつとの全面対決の場に、私達が駆けつけないわけがないじゃないか」
ホープさんが杖を構える。 本気の臨戦態勢をとったホープさんを視認し、ルタカは頬が裂けそうなほどに口角を上げ、狂気に満ちた笑みを作った。
「つまりホープの野郎対策のために用意したモンスターを取り巻きに始末させ、お前が有利に戦える状況を作ってから本気で戦うと? なんて卑怯極まりないやつなんでしょう! それでもヘリポリ最強と謳われたプレーヤーなんですか! プライドってもんは無いのでしょうかね? そうでもしないと僕に勝てないのかクソホープ!」
言葉とは裏腹に、さぞ嬉しそうに身振り手振りで騒ぎ出すルタカ。
「卑怯? 今までバグばかり使っていた上に、この世界に来てからは人からスキルを盗んでいた君が言うのかな?」
眉をしかめながらそう返答するハートちゃんだったが、ホープさんはサッと手を上げて、ハートちゃんを制する。
「これはもはや、私とお前だけの戦いじゃないんだ」
ホープさんはその表情から笑みを消し、殺意に満ちた視線をルタカに刺す。 直接睨まれているわけではないというのに、俺の背筋は極寒の大地のように凍った。
「この世界の人たちを何人もその手にかけて、元の世界に帰りたいと願う転移者たちを絶望の底へ落とそうとしてるお前に、どうして正面から正々堂々と戦わないといけない?」
あまりの迫力に気圧されたのか、先程まで楽しそうに騒ぎちらしていたルタカは玉の汗を流し、ジリジリと後ずさる。
「これは戦争なんだよ。 この世界を護りたい私達と、いたずらに絶望を産み出そうとする君とのね」




