『謝れよナイル氏。 ラーザさん泣いちゃったぞw』
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ケーネ村での死闘は最終局面を迎えていた。 ナイルの奥義によって多くのモンスターが消し炭となり、残っているのは比較的脅威度が低いデュラハンやキメラがほとんど。
とは言っても、最も危険なモンスターである恐竜種は三体とも今だに健在だが。
故にこれからの一挙手一投足が直接命に関わる事になる。 油断など一秒も許されない戦場の中で、ナイル達は戦っているのだ。
だと言うのに
「貴様黒湖ナイル! 何だその手のひら返しは! さっきまでのあの尊敬の眼差しはどこに行ったというのだ!」
「うるせえこの名言泥棒が! ホープさんから教わったことをあたかも自分が考えましたみたいなニュアンスで口走りやがって!」
「ちょっと黒湖さん! 貴方ラーザ様に対してその口の聞き方は何なんですか! ラーザ様が涙目になってしまっているでしょ! もっと泣かせなさいこんちきしょう!」
「お前精神状態大丈夫?」
メメジェットに対して目を丸くしてしまうナイル。
『何でこんな茶番しながらあの凶悪モンスターたちをバッタバッタとなぎ倒せるの?』
『メメジェット氏はいつもに増して目が血走ってるなw』
『鼻血が心配だ』
「メメジェット! お前またしても私を裏切るのか! お前だけは私の心の拠り所だったというのに!」
「ぐはぁ! なんということでしょう、今ラーザ様が私を心の拠り所だとおっしゃられた。 もはや私の人生に一変の悔い無し」
「鼻血の出血多量で死んだら笑いものにされるぞ! 気をしっかり持つんだメメジェットさん!」
こんな茶番を繰り広げているというのに、突進してきたデュラハンを息をするように粉々に砕くナイル。 対してラーザはホープから習ったパラディンとしての立ち回りを駆使し、ナイルが力を発揮できるよう敵の位置関係を調整している。
息をするような連携。 魔物の数が目視でも簡単に数えられるようになった頃、満を持して恐竜種が一体、ペルトゥスドンが上空からラーザに狙いを定める。
「そもそもの問題は黒湖ナイルが私を突然罵り始めたのが原因なのだぞ! 私はただ、一生懸命教わったことをものにして、もっと私と共に戦っていたいと思って貰いたかっただけなのに! ひどいぞ黒湖ナイル」
『あらら、ラーザ様ガチ泣きし始めちゃったぞ。 いいぞもっとやれ』
『なんて健気な乙女なんだ。 萌え尽きてしまいそうだ』
『謝れよナイル氏。 ラーザさん泣いちゃったぞw』
涙目で視線を送ってくるラーザに対し、居心地悪そうな顔で口をモゴモゴさせるナイル。 吐血したかと疑うほどの鼻血を噴出しながらもバッチリ親指を立ててくるメメジェット。
コイツらはもう頭がどうかしているのかもしれない。
「それはその、確かに貴方はたった一週間でここまで高等なタンクとしての技術を身につけたことは素直にすごいとは思っていますが——」
「思っていますが?」
「——素直に褒め称えるのはなんというかこう……」
モジモジしながら視線を迷わせるナイル。 とうとう素直にラーザを褒めるのか? そんな期待が集まる中、空気を読まずに急降下を開始するペルトゥスドン。
「ぎょえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「今取り込み中だ空気読めこのクソ鳥野郎!」
「おいこら黒湖ナイル! 貴様今、なにか言おうとしていなかったか?」
『おいおいおい、闘技スキルでもないただのパンチでぶっ飛んでったぞw』
『ペルトゥスドンは高難易度モンスターと聞いたが?』
『ナイル氏の八つ当たりに巻き込まれて草』
ラーザへの急降下の途中、苛立ちの乗ったナイルの拳が顔面に突き刺さり、遥か彼方にふっ飛ばされていくペルトゥスドン。
「黒湖ナイル! 貴様どさくさに紛れてさっきの話を無かったことにしようとしているな? さっき言いかけていたことを言わぬか! 早く、はーやーくー褒ーめーてーよー!」
「心の声ダダ漏れじゃねえか! 駄女神じゃねえんだからもっと褒めてとか普通に言ってんじゃねえ!」
「ちょっと黒湖さん。 ラーザ様は確かに女神様のように可愛いですが、確かに姫のように可憐ですが、褒めてほしそうにこちらを見てきているラーザ様をもっと見ていたいので、絶対に褒めるんじゃありませんからね!」
「ひどいぞメメジェット! 貴様どっちの味方なのだ!」
ラーザが駄々っ子のように両腕をブンブン振り回しながら戦場を駆ける。 こんな中でもしっかりと仕事をしているという事実には度肝を抜かれてしまうが、その凄さを台無しにしてしまうのは彼女が発している女々しい言動である。
「褒ーめーてー褒ーめーてー! もっと褒めてよ黒湖ナイル!」
「やっかましいわ! こ、ん、の……ポンコツパラディンがぁぁぁ!」
耐えきれずに大声を上げるナイル。 それを合図にしたのか、ラーザの背後に建設されていた建物を破壊し、満を持して襲いかかるマグナザウルス。
丸太の如き腕を振り下ろし、重々しい音を立てながら空気を切り裂いていく。 そうして、マグナザウルスの鋭利な爪がラーザに振り下ろされた瞬間。
「水を差すな無礼者が!」
『えぇえぇぇぇぇぇ? ジャストガードだと?』
『何で背後から突っ込んできた相手の攻撃にジャストガードで反応できんだよw』
『しかも弾いた方向にはしっかりナイル氏が待ち構えている』
「オラァ! マナーが悪いぜキックコースだゴラァ!」
ラーザのジャストガードによってバランスを崩し、ナイルが構えている方向によろけたマグナザウルスを、一気に蹴り上げるナイル。 ナイルが蹴り上げた足裏の上に乗っかり、マグナザウルスは体をくの字に折りながら涙目になっている。
ジャストガードはパラディンが覚える特殊スキルであり、敵の攻撃が当たる瞬間に発動するとダメージを跳ね返し、更に敵の体勢を崩して大幅な隙を作り出すよろけ状態を強制付与できる強力なスキルだ。
ただその攻撃を受けるタイミングというのがかなりシビアだったため、実際のゲームだった頃は使い手がほとんどいなかった。 あの最強プレーヤーであるトト・ホープですら五回に一回しか成功させられないほどの高等技術。
『悪行儀蹴り炸裂だw』
『お前料理なんて作ったこと無いだろw』
『デザートはいらねえ』
遥か上空に吹き飛ばされていくマグナザウルスだったが、そんな事露ほども気にせず口論を続けるラーザとナイル。
「ひどいぞ黒湖ナイル! ちょっとくらい褒めてくれたっていいではないか! 私はお前と共に戦うこの日を楽しみに、どれだけ練習を重ねてきたと思っているのだ!」
「いや、素直にここまでの立ち回りは極上以外の何物でもないですが、それをちゃんとホープさんに教えてもらったと一言前置きしていればですね、俺も素直に手拍子で褒め称えていたんですよ!」
「だってだって、バレないと思ったんだもん。 博識だと思ってもらったほうが、もっと褒めてもらえると思ったんだもん」
ゆっくりと振り返りながら口をすぼめ、ちょこんと肩をすぼめるラーザ。 なぜかナイルの顔は真っ赤になり眼はぐるぐると回り始め、メメジェットは白目を剥いて後方にぶっ飛んだ。
もはや真っ白だったシーツは鮮血に染まっている。
「こここ、子供かお前は!」
「うぐっ! もう、もう血がなくなってしまう」
「メメジェットさんはもっと自重しろ!」
『最後の恐竜種、ウルティニクスが突進してきてるぞ?』
『いやいや、マグナザウルスもペルトゥスドンもふっ飛ばしただけでまだくたばってないぞ?』
『そんな事どうでもいい。 さっきのラーザ様の画面スクショしたやついる? 五万で買うよ?』
『私イラストレーターの卵。 さっきのラーザ様の表情でファンアート描きます』
『そのイラスト、バズること間違いなしだぜ?』
『ラーザ様の【バレないと思ったんだもん】イラストはトレンド入り』
コメント欄の盛り上がりに対し、待ったをかけるような勢いで突っ込んでくるウルティニクス。 ヤツは何を血迷ったのかラーザの方へ突っ込んでいってしまい……
「いい加減うるさいのだ貴様ら!」
ジャストガード二連発。 驚異的な反射神経で発動したジャストガードによって見事に体勢を崩されるウルティニクス。
そして体勢を崩した先には……
「しゃーんなろー!」
回転して遠心力をくわえつつ振り下ろしたナイルの足が、鎌のようにしなりながらウルティニクスの首筋に振り下ろされる。
ムチで打たれたような鈍い音を響かせながら地面にめり込み、足をピクピク痙攣させるウルティニクス。 トドメとばかりにラーザが八つ当たりの蹴りをかますと、大ダメージを負ったウルティニクスは塵のように霧散してしまった。
『メモ、生命の産出者によって生み出されたモンスターはくたばると塵になる』
『つーかナイル氏いつの間にか蹴り中心の戦い方になってるのだが?』
『不壊の加護つきの武器装備しないともたないだろうねw』
なお、ウルティニクスが塵になったのを知っていたのは視聴者だけであり、この後もラーザとナイルの喧嘩に巻き込まれ、ふっ飛ばされていた恐竜二体もいつの間にか塵になった。
そして、鼻血多量でメメジェットはハイになった。




