『ユー・アー・アトミック』
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ケーネ村は激しい縦揺れに見舞われていた。 視界を覆い尽くす砂煙が晴れると、核兵器でも暴発したかと見紛うような巨大なクレーターが見えてくる。
俺が叩きおろした聖銅の錫杖の先から円錐状に伸びた巨大なクレーターが!
「これはもしかして、ヤバいヤツ?」
額に汗を浮かべながらそんな事を呟くと、俺の攻撃に耐えられなかったのだろうか、聖銅の錫杖は砂のように粉々になってしまった。
『ユー・アー・アトミック』
『ナイル氏、ヘリポリの影で実力者になりたかったのか?』
『あのさ、言っちゃだめかも知れないけど言うね。 村人、地下に逃げてるって言ってたよね?』
コメント欄を目にした瞬間、全身から脱水症状を疑うほどの焦り汁が噴出。 胃が締め付けられるような痛みに襲われながらも、恐る恐る振り返ってみると……
「ラーザ様! ラーザ様はどちらに! ご無事ですかラーザ様!」
目を血走らせながらラーザさんを捜索するメメジェットさんの姿が見えた。
『挑発スキルを使った時、ラーザ様はナイル氏の直前上にいた』
『ナイル氏の阿修羅滅砕は直線上が攻撃範囲』
『モンスターたちも素材すら残さず消し炭になっている。 つまり』
ラーザさんの神がかった立ち回りを前に、興奮して力んでしまったのは否めない。 元々とんでもないステータスだったのに、感化されて大げさな自己強化をしてしまっていた。
「ちちち、違うんです聞いて下さい視聴者の皆さん。 これはただ、ラーザさんの凄さに影響されて、ついつい張り切りすぎちゃっただけでして……」
『昨日までの自分とはさようならしようか』
『ナイル氏は悪くねぇ!』
『これ以上失望させないでくれ』
心なしか視聴者の皆さんがふざけている気がするのだが、今はそれに的確なツッコミを入れるほど俺は冷静ではない。 この状況下、多くの人間をこの手にかけてしまった疑いがある。
それも、仲間だと思っていたラーザさんまで……
「貴様黒湖ナイル! 私もろとも殺す気か! 【緊急回避】が数秒遅れていたら本当にまずかったのだぞ!」
「「ラーザさん(様)!」」
瓦礫の山から飛び出してきたのはカンカンに怒っているラーザさんだった。
緊急回避、自身に向けられた攻撃に対して有効で、攻撃範囲から一瞬で逃れることができる移動系スキル。
「貴様はバカなのか! 村人は地下に避難してるとここに来る前伝えただろうが! それにも関わらずあんな危険な攻撃を地面に叩きつける阿呆がどこにいるのだ!」
「ラーザさん! 本当にすみません! まさかここまで頭の悪い火力が出るだなんて思いもよらなくて!」
「先日習得された緊急回避のスキルを使われたのですね! さすがの起点、ラーザ様はやはり素晴らしいです!」
瓦礫に埋もれていたラーザさんに飛びついて褒め称えるメメジェットさん。 俺も弾かれたようにラーザさんの元へ急行する。
「まあ安心するが良い黒湖ナイル。 私はそこら辺も計算して敵を誘導していたのだ。 村人たちが避難している地下は、この街から離れたところにあるということなど事前に調査済みだ! ……メメジェットが!」
「調べたのメメジェットさんかい!」
途中まではなんて優秀な人なんだと感動しかけたが、最後の一言のせいですべて台無しになり、思わずずっこけてしまう。
「今後は気をつけてくださいよ黒湖さん。 あの魔物たち相手ではあんな威力の攻撃ではダメージが過剰すぎます」
「でも、レベル差がとんでもない相手だったから、今できる全力の攻撃を当てないと倒せないのかと思いまして」
俺がしどろもどろしながら答えると、キョトンとした視線を向けてくるメメジェットさん。
「はい? レベル差? あったとしても私たちの平均レベルと十程度しか変わらないですよ? 貴方の場合は完全に平均レベルで上回っていますが?」
「え? 討伐推奨レベル平均八十以上なんですよね?」
「そんな事一言も言っていませんが?」
……あっれれー? おかしいぞ?
「ルタカという賊が窃盗した【生命の産出者】で生成できるモンスターのレベルは一律で五十だぞ? まあ、個体が個体なだけに推奨平均レベルは六十前後だろうが、平均レベル三十の私たちでも問題なく倒せるはずだが?」
「初耳ですが」
確かに俺は、この村についてから暴れている魔物たちを目にした時、奴らの討伐に必要なのは平均レベル八十推奨と言われていた。
……視聴者たちから。
「誰だ紛らわしいこと言ったやつ」
『お、俺は悪くねぇ(本日二回目)』
『君はいつから推奨平均レベル八十だと錯覚していた?』
『HAHAHA! これは笑うしか無いなw』
「私は言っていないぞ?」
「ラーザ様、黒湖さんはおそらく信者と会話しているのかと思われます」
メメジェットさんがそっと目を伏せながらそんな事をつぶやいたのを小耳に挟んだ。
◁
「いいか黒湖ナイル。 タンクとして立ち回る傭兵に求められているのは三つあるんだ」
ケーネ村に残っていたモンスターを退治しつつ、ラーザさんは俺にタンクとしての心構えを説いてくれていた。
「まずは敵のヘイトを集め、味方を安全に戦わせること」
これは基本も基本。 タンクとして戦うのならまず最初に必要になるのは仲間の盾として敵の攻撃を一手に引き受ける必要がある。
その為必要になるのは敵のヘイトを集める挑発スキルや、耐久力。 他にも敵がどの位置でどの味方を狙っているかを見定めるための状況把握能力も必要だろう。
「ふたつ目は前衛のサポートだ。 こちらはパラディンのスキルならばバフとして貢献できるが、バフ以外でも敵をひるませるタイミングも重要になってくる」
パラディンのスキルには【進撃の旗印】というスキルがあり、領域内の味方を強化するバフがある。 他にも敵をひるませる【シールドタックル】なんかを織り交ぜれば、味方が攻撃するための隙を生み出したりすることも可能。
「そして最後、絶対に死なないことだ!」
「きゃーーー! ラーザ様! 今日も素敵です!」
「すごいですラーザさん! 極上すぎるタンクがここに爆誕してます!」
『この違和感はなんだろう?』
『お主も感じておるか?』
『やめろ、その違和感は詮索してはいけない』
コメント欄は何やらよくわからないことを言っているが、メメジェットさんの黄色い声援に全力で同意。 いつもポンコツだったラーザさんだが、今は見る影もない。
絶妙なタイミングでシールドタックルを発動して敵をひるませ、俺の攻撃タイミングを作り出すその所作。
敵の集まり具合を的確に見極めて戦場を駆け回り、敵を倒しやすいように一箇所にまとめる立ち回り。
そして何より、相手の攻撃を受けないよう自分だけでなく味方と敵の位置関係も気を使ったポジション取り。
これはただのタンクができる立ち回りではない。 まさに一級の、いや、それを超えた最高峰のタンクに匹敵する極上すぎる立ち回りではないか!
ラーザさんと肩を並べてはや数分、俺は大したバフを掛けているわけではないというのに、体が軽く感じるほどに戦いやすい。 自分が無敵になったのではないかと思いたくなるほどスムーズに敵を倒していける。
これは、ラーザさんと共に戦うことに慣れてしまえば、自分のプレーイングが下手になってしまうのではないかと危惧するほどに優秀すぎる!
俺がラーザさんに向ける眼差しは、純度100%の尊敬の眼差しになってしまっており、その視線を受けたラーザさんは機嫌良さそうに鼻を鳴らして更に知識をご享受してくれる。
「一流のタンクならば味方が戦いやすいように敵の配置を制御する。 一流のタンクならば味方が攻撃するタイミングを絶妙に合わせる。 一流のタンクならば自分だけでなく味方すらもノーダメージで戦わせることができる! この三種の神器こそ、最強のタンクになるための修羅の道!」
突進してきたデュラハンの攻撃をひらりとかわし、シールドタックルでひるませながらそう告げるラーザさん。
無論、デュラハンがひるんだ先には俺が陣取っていた位置から、助走のために一歩離れた絶妙な場所。 力強く踏み込んでデュラハンを殴り飛ばし、粉砕する(武器が壊れたので今は素手)
「なんということだ! 俺は今、無敵になっている気分だ! この高揚感は、ラーザさんのお膳立てがなければ不可能! つまりラーザさんこそ世界最強のタンク!」
「さすが黒湖さん! 貴方分かってますね!」
「ふはははは! やめいやめい! そんなに褒めたところで何も出せぬわ! わっはっはっはっは!」
『ラーザさんがさっきから言ってる内容ってさ』
『よせ! この配信を見ているヘリポリプレーヤーの大半は気がついているが、その先を言ってはいけない』
『その先は地獄だぞ!』
『おいおいよく考えろ同志たちよ、ラーザ様が悔しそうに泣いている姿こそ至高だとは思わんか?』
『ごくり、タタタ確かに』
『おい、その先は天国だぞ』
コメント欄が非常にうるさい。 気になって仕方がない。
俺は今、ラーザ様の素晴らしき武勇を前に感服しているというのに、水を指すようなコメントばかりだ。 だが、ラーザ様がここまで素晴らしいタンクになれたのには理由があるのだろう。
俺もラーザ様のような素晴らしい傭兵になりたい! そのために今は、ラーザ様がどのようにしてこんなにも素晴らしきタンクになったかを知れば、俺も近づけるのかもしれない!
「さっきから視聴者の方々、なにかに感づいているようですが、何に感づいているんです?」
『ん? ラーザ様のセリフがどこかの誰かさんとシンクロ率90%を超えている件についてか?』
『ここまでのラーザ様のセリフ、とある動画投稿者が解説している動画の内容と、ほとんど一致しているのだよ』
『その投稿者の名前は、トト・ホープという』
どうしよう、聞きたくない真実を知ってしまい、一瞬にしてシラケてしまった。
「ってことは、全部受け売りってことっすか? あたかも自分で考えついたみたいな言い回ししておいて?」
『そうとも言うかもしれない』
『だってラーザ様だもん』
『相変わらずのラーザ節、ご馳走様でした』




