『勘のいいガキは嫌いだよ』
◁
救助予定だったケーネ村は、地獄絵図になっていた。
「魔物が目視できたんだけどさ、ここって時代設定いつになってる?」
「文化的には中世でしょうけど、神話的には紀元前三千年以上前でしょうね」
「白亜紀は紀元前六千万年以上も前の話だから、あんな魔物がいるのはおかしい」
『それはツッコんではいけない決まりだよ』
『勘のいいガキは嫌いだよ』
『ちなみに討伐推奨レベルは脅威の平均八十』
討伐推奨レベルを伝える際、平均とついている場合は全職業という大前提だ。 つまり今俺の平均レベルは五十前後だから格上過ぎる。
「マグナザウルスですね。 あれは攻撃力も脅威ですが、防御力も非常に高いので討伐には非常に時間がかかります」
「マグナザウルスだけではない。 ここから見ただけでも空を滑空しているペルトゥスドンと、大地を駆け回っているウルティニクス。 恐竜系モンスター勢揃いではないか!」
名前からも想像できる通り、俺達はビルのように巨大なマグナザウルスと、ジャンボジェット機のようなペルトゥスドン、ブルドーザーのように駆け回っているウルティニクスを目撃している。
この三体は三大恐竜モンスターと言われており、高難易度ダンジョン常連の凶悪さを誇っている。 恐竜系モンスターの特徴として、大前提はその耐久力。
ホープさんの体験話を以前ちらりと聞いたのだが、全力でバフした最強魔法を五発当ててやっと倒したと言っていた。 つまり恐竜系モンスターの恐ろしさはその圧倒的な耐久力。
「基本、高難易度ダンジョンに出てくるモンスターは全体的に攻撃力が馬鹿みたいに盛られています。 奇跡でも起きない限りパラディン以外は防ぎきれないでしょうね」
「今ラーザさんの平均レベルは三十前後でしょ? 耐えられそう?」
「無理に決まっているだろう。 黒湖ナイル、貴様私を殺す気か」
何言ってんだお前は? と言いたげな顔で細目を向けられてしまった。 どうしよう、街の外をちょっと歩いただけで高難易度モンスターと遭遇するなんて……
どこか辺境の地で引きこもりスローライフを送りたい衝動にかられてしまう。
「村人は地下に逃げているようだが、この調子では長くは保たんな。 すぐに救助に向かうぞ」
「正気ですか? 俺こっから肉眼でもなんとなく見えますけど、あの恐竜三姉妹の他にもモンスター見えますよ? あれももしかすると高難易度なんじゃないですか?」
「なんで姉妹と断定したんですか。 見た目的にどう考えても兄弟でしょ?」
メメジェットさんからいらんツッコミが入るが、華麗にスルー。
「それはさておき、総数で言えば余裕で二桁超えてそうですよね?」
「そうだな、ざっとデュラハンが二十体近く、他にはブルーサイクロプスが三体と、カリュドンが五体。 キメラもいるな、八体か?」
「何でそんな正確に分かるんですか?」
「匂いだ。 この前ルタカに襲われたときに覚えた」
「あの時はこの村の数十倍近くのモンスターがいましたし、最強種のドラゴン系モンスターも五体いましたからね」
『何その地獄』
『攻略不可だろw』
『クソゲー通り越してリフゲーだ』
理不尽なゲーム、略してリフゲーとでも言いたいのだろうか? 視聴者が作った謎の造語を脳内解析しながら重い足取りで村へと駆けつける。
途中、並走していたラーザさんは一人ぶつぶつと、「えーっと、黒湖ナイルはモンクだから、確か布陣は単騎決戦型? いや違うな、ド忘れしてしまった」などと呪文のようにつぶやいていたのだが、後ろからメメジェットさんがボソボソと耳打ちすると、満足げに手を打って自信に満ちた眼差しを向けてきた。
「黒湖ナイル、いいかよく聞け! あの村の左端に大きな建物が見えるだろう、あそこを背に布陣する。 ついてきてくれ!」
なにか作戦があるのだろうか? メメジェットさんが耳打ちしていたから考案したのはメメジェットさんと予想できるが、少々心細い。
なんせあのポンコツラーザさんが出した指示だ。 ハチャメチャな展開になって涙目になってしまう未来が見えてしまう。
「おい黒湖ナイル! 貴様今、失礼なことを考えていなかったか?」
「いえいえ全然ですよ! 誰もラーザさんをポンコツだなんて言ってないじゃないですか!」
「誰がポンコツだ! 貴様後で覚えていろよ!」
『早速の涙目、あざーっす』
『ナイルくんファインプレーだ!』
『またメメジェット氏が流血してるから程々に』
メメジェットさんのシーツは赤いシミが広がっていた。 けれど、涙目で両拳をブンブン振り回していたラーザさんは、村が目前に迫った瞬間突然纏う空気を変える。
「黒湖ナイルは私のことを過小評価しているようだがな、勘違いするなよ。 今の私は数日前の私とは比べ物にならない!」
レベリングもしていないため平均レベルは三十前後だ。 職業は八個あるから平均レベル三十の強さを数値化すると約二百四十。
対して推奨平均レベル八十の恐竜たちを数値化すると六百四十。 少なくとも三倍近くの差がある格上を相手にしなければならないのだ。
ちょっとやそっとの工夫では焼け石に水だろう。 だと言うのに、ラーザさんは意気揚々と俺の前に身を乗り出し、それを確認したメメジェットさんはスキルを発動させる。
推しへの狂愛。 メメジェットさんの固有スキルがあれば、彼女が推しているキャラクターの全ステータスを80%バフできるという強力なスキル。
これによりステータスの大幅上昇を見込めるが、単純なレベル差が大きすぎて大した足しにはならないだろう。
俺の視点から見れば、無謀にしか見えないその突貫だったのだが、
「黒湖ナイル。 優れたパラディンは何たるか、貴様に答えられるか?」
「ほへ?」
問いかけられたその質問に、キョトンとしながら間抜けな返事をしてしまう。
「大前提として、パラディンはモンスターの注意を一手に引き受け、仲間同士の連携を円滑にするための潤滑油のような存在。 だが、モンスターの注意を引き付けるだけならば、猿でもできるだろう」
そう言いながら、ブルーサイクロプスの前に躍り出て、背負っていた盾を構える。
「できるタンクはな、こんな事もできてしまうのだ! シールドタックル!」
パラディンが早い段階で覚える闘技スキル、シールドタックル。
シールドタックルは盾を構えながら敵に突進してダメージを与える技なのだが、このスキルの本来の目的は追加効果であるひるみ。
この攻撃を当てられたモンスターは一瞬だけひるんでしまい、数瞬の隙が生まれるのだ。
動きが遅いが攻撃力が全モンスターでもトップクラスと言われているブルーサイクロプスだ。 攻撃を避けるのは容易だが、むやみに近づくと一撃で仕留められてしまう。
だと言うのにラーザさんは迷いのない足取りでブルーサイクロプスの股の間を駆け抜け、背後を徘徊していたカリュドン二体へ猛ダッシュ。
「ちょっとラーザさん! 群れの真ん中に駆け込んでいくなんて無謀ですよ!」
「黒湖さん! 今のラーザ様は、ただただ可愛いだけのラーザ様ではないのです!」
どうしよう、メメジェットさんは遠回しに心配するなとでも言いたかったんだろうが、逆に心配になってしまう!
『ナイル氏、ラーザさんデュラハンたちにも見つかってるよ?』
『ブルーサイクロプスにカリュドン二体、それとデュラハン十体以上』
『完全にオワタ』
俺の今の職業は一番戦い慣れているモンク。 さらには視聴者は十五万を超えている。
信者の声援という固有スキルは、視聴者の数に応じてHP以外の全ステータスがUPする。
冷静に考えればステータス的には問題ない、しかしラーザさんはそうはいかない。
一撃でも喰らえば致命傷、あるいは命を落としてしまう。 すぐに救出に向かわなければ、魔物の群れに一瞬にして蹴散らされてしまうだろう。
思わず駆け出しそうになった俺の肘を、メメジェットさんが慌てて掴んできた。
「我らのラーザ様を信じなさい!」
叱りつけるようなその言葉を聞き、焦燥感を感じながらもラーザさんをじっと観察する。
すると、敵の攻撃が当たらない間合いの外ギリギリを縫うように、ジグザグにかけながらチラチラと周囲の様子をうかがっていたことが分かった。
獲物を発見したモンスターたちは駆け回るラーザさんを追い回しており、自然と魔物たちの歩調は合わさっていく。
『まさかラーザさん』
『一流のタンクが得意とする高等技術を習得していたのか?』
『あの走り方、チュートリアルダンジョンとかジョブチェンダンジョンでもナイルくんがやってたよね?』
そう、俺が得意とする集敵技術。 トレイン走法。
けれど、今のラーザさんの足取りを見れば分かる。 あれはただのトレイン走法ではない。
大回りしながら周囲のモンスターを次々と集めていく。 八の字を横にした、大きく∞《無限》を描くような足取りで!
狙いが分かった瞬間。 俺は今できる自己強化バフを片っ端から自分にかけた。
攻撃力上昇、スキル威力上昇、ダメージ効率アップ、打撃性能上昇。 ありったけのバフを重ねまくり、ラーザさんが合図を出すその瞬間を待つ。
そしてその瞬間は、すぐに訪れた。
「行くぞ黒子ナイル! 【挑発】! さあ、一斉にかかってくるがいい有象無象共!」
挑発スキルはモンスターの狙いを自分に向けるだけではない。 その視線すらも自分へと向ける。 ラーザさんに引きつけられたモンスターたちの視線は、一斉にラーザさんに釘付けになった。
そう、その位置は絶妙と言わざるを得ない。 俺に背中を見せるような立ち位置で、かつ全力を込めるために十分な助走をおいた距離。 そして、ダメージ効率を最高にする配置。
引きつけられたモンスターたちが、縦一直線に並んだ状態!
「奥義! 阿修羅滅砕!」
モンクがレベルMAXになった際に覚える闘技スキル。 阿修羅滅砕。
打撃系最強の技であり、この闘技スキルを全力で打ち込めば、大地だけでなく空すらも吹き飛ばすという。




