『考えうる限り最悪な状況』
◁
ホープさんの豹変ぶりを見て、俺はなにも言葉を発せずにいた。
『まじかー』
『あのクソッタレも転移してたか』
『ホープさんが散々ボコったのに懲りないやつだ』
「え、っと? 有名人なんですか?」
「有名なことは有名ですが、決して褒められたようなプレーヤーではありませんよ?」
メメジェットさんが俺の言葉に反応してくれた。 ホープさんは眉間にシワを寄せながらもメメジェットさんの説明に付け加える。
「ルタカは非常に迷惑なプレーヤーだ。 マルチプレイができるこのゲームで、そのアカウントアドレスを見たらすぐに蹴れと言われていたほどにね」
ヘリオポリス・インカーズはマルチプレーモードもあったため、同じ時間帯にゲームにログインしていたプレーヤー同士で共にダンジョン攻略やマップの探索もできた。 無論、ソロで遊んでも楽しいゲームだったため、マルチプレイをしなくても十分楽しめただろう。
しかし、同じゲームをしていても時たまマナーの悪いプレーヤーが現れることもある。 例えばピーケーと言って、他プレーヤーを通り魔のように襲うプレーヤーや、他プレーヤーの世界で勝手に素材を乱獲してしまう密猟者。 それ以外にも様々な迷惑行為が挙げられる。
マルチプレーをする際こういった迷惑なプレーヤーと接触することを防ぐため、迷惑行為を働いたプレーヤーを強制退出させることができるのだが、業界ではそういった強制退出を蹴る、キックなどと表現することが多い。
『ルタカはしょっちゅう名前変えて素材奪ったりNPCを惨殺したり』
『自分でゲームのプログラム書き換えてバグらせるのはしょっちゅう』
『レアアイテム持ってると盗まれる』
コメント欄がここぞとばかりにルタカというプレーヤーの悪行を知らせてくれる。 どうやらこのゲーム、ニックネームはしょっちゅう変えられるため初見だと害悪プレーヤーが分かりづらかったのだとか。
そのためこのゲームにはマルチプレイ専用でアドレスを作成する必要があるが、そちらのアドレスは変えられず、ルタカという呼び名はこのアドレスの方から取ったものらしい。
「このゲームが数年でプレイ人口が減った理由はライバル会社が魅力的なゲームを発表したということもあっただろう。 だが、もっとも多かった理由はルタカ筆頭にマナーの悪いプレーヤーが増殖してしまったからだ!」
ホープさんが眼の前のローテーブルに苛立ちをぶつける。 このゲームが大好きだったホープさんにとって、そのゲームを失墜させる原因となったルタカというプレーヤーにただならぬ怒りを持っているのだろう。
『俺もあいつにレアアイテム盗まれたからな』
『シーフがマルチで出たら基本的に害悪だからね』
『運営はシーフなんて職業作るべきではなかったよ』
「このゲーム、シーフなんて職業あるんですか?」
「それは隠し職業って聞いたんだわさ」
「隠し職業は三つあるが、シーフはその三つのうちの一つ」
「職業スキルでアイテム盗難っていうスキルがあってね、これを悪用する人が跡を絶たなかったんだよ」
どうやらルタカというプレーヤーはシーフという職業で、職業スキルを悪用して他プレーヤーからアイテムを盗むなどの迷惑行為を働いていたそうだ。
被害にあったプレーヤーたちから苦情が相次ぎ、運営は慌てて注意を促したらしい。
しかしヘリポリはコンシューマーゲーム。 一度流出してしまえばオンラインゲームと違って仕様変更等の対策が難しい。
それに付け加え、ルタカというやつは卓越したプログラミング技術を有していたようで、自らゲームのコードを書き換えてこのゲームをさらに混沌化させた。
さらに、あろうことかそのプログラムコードを掲示板で流出。 おそらくそれが、ヘリポリのプレイ人口が激減してしまう原因になったのだろう。
「ボクはお兄と一緒に迷惑プレーヤーたちを退治して回ったんだけど、どうしてもバグコードを使用するプレーヤーは跡を絶たなくてね」
「残ったのはソロオンリーで楽しむプレイヤーか、バグ技で競い合う野蛮なプレイヤーたちばかりになったのさ」
『トト兄妹はバグ無しでクソッタレ共を圧倒してたんだから尊敬する!』
『まさに正義の味方だ!』
『おかげさまでゲーム内抗争は跡を絶たなかったがな』
ひどい話だ。 俺達が遊ぶようになったフルダイブゲームは容量の都合や処理速度の問題的に専門の機材を使用してゲームをプレイする据え置きゲーム機に該当するだろう。
機材は普通のゲーム機よりも気持ちばかし値段が高いため、プレイ人口は某有名ゲーム機と比べれば雀の涙ほどだろう。
そんな狭い世界で治安の悪い行動が目立ってしまえば、一瞬にしてそのゲームの風評被害は広がってしまう。
「彼はこの世界に転移してもなお、悪行を続けています」
「それどころか、この世界をいまだにゲームだと主張して信じられないことにまで手を染めていたんだ!」
膝の上で握りしめていた拳をきゅっと握るホープさん。
「今でも信じられん。 あんなにも残虐な行為に走る人間がいるということにな」
歯を食いしばったまま俯いてしまったホープさんの代わりに、ずっと黙っていたラーザさんが重々しい声色でつぶやいた。
「我々が向かったサンドリア神殿は神聖な場所なので、タップマグナという都市が守っていたのです。 この神殿に入るためにはこのタップマグナの市長から盗賊退治の依頼を受けるわけなのですが……」
「タップマグナの街は、すでに滅ぼされていた」
ラーザさんとメメジェットさんが打ち明けた事実に、目を見開くサナさん。
「え? タップマグナの街が滅びたって? なんの冗談かにゃ?」
「冗談ではない。 私たちはこの目で見たのだ。 悪魔のような笑みを浮かべながら、町の人々を魔物に襲わせる外道をな」
「まさかラーザさんたち、その場に居合わせてしまったんですか?」
『いくらゲーム内世界に転移したとは言っても、相手は意思疎通ができる人間みたいなもんだろ?』
『それを惨殺したって、同じ人間とは思えない』
『ルタカはそこまでクソッタレだったのか』
「我々は暴れる魔物たちを討伐し、一人でも多くの人々を救いたかったのだが……」
「ホープさんの存在に気がついたルタカは、すぐさま私たちに牙を剥きました」
「数千を超える魔物たちに襲撃され、圧倒的な数の暴力に苦戦を強いられた」
話を詳しく聞いてみると、ルタカは固有スキルを使用して魔物たちを使役しているらしい。 一体どんな固有スキルを使っているのだろうか?
一人疑問に思いながら顔をしかめていると、隣りに座っていたママの顔色が悪くなっていく。
「やっぱり、あたくしのスキルが盗まれたせいでそんな事になってるのよね?」
「は? なに言ってるのママ?」
「あたしの固有スキルは【生命の産出者】 あたくしが描いた可愛い子ちゃんたちを召喚することができるスキルだったの」
「まさか、ママがそのルタカってやつに魔物を描いてあげたとか?」
「あたくしがそこまでバカなワケがないでしょう? ……盗まれたのよ」
なにを? なんて聞くほど俺はバカではない。
ママは、ずっと悔しげな表情のまま俯いていたホープさんの顔色をうかがいながら、そう告げた。 嫌な予感を察してしまう。
『おいおいおいおい』
『考えうる限り最悪な状況』
『固有スキルみたいな強力なスキルが悪者の手に渡ったら、考えたくないね』
「私の自己複製顕現も、あいつに盗まれた。 魔物たちの相手をしながら苦戦しているところに奇襲を受け、まんまとやられてしまったよ」
信じたくない事実を知ってしまった。 ルタカの固有スキルはありえないほど最悪な力だったのだ。
「【希望の簒奪者】、私の固有スキル【性能看破】で確認したやつのスキル名だ」
「ルタカは固有スキルを使って、相手のスキルすら奪い取ってしまうのです」




