『私以外の人と喋るなんて、浮気よ浮気!』
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ここ最近気になる事象が発生している。 つい数日前から毎日かかって来ていたメメジェットさんの罵りコールがぷつりと止んだのだ。
別に寂しくなんてない、もう一度念を押して言っておくが寂しくなんてないんだからね!
とまあそんなことを考えながら夕食に舌鼓を打っていると、ハートちゃんのスマートフォンが振動する。
おもむろに画面を確認したハートちゃんは、一瞬眉を顰めた後、真剣な表情を俺たちに向けた。
「みんな、お兄から連絡があった。 ……緊急事態が発生したらしい。 今すぐファイヤームに向かうよ!」
せっかく最近はレベル上げにも慣れてきたというのに、どうして面倒事は突然起きてしまうのだろうか。
現在別行動を取っているホープ組の三人は、メインイベントの醍醐味であるシリスの体集めのため各地を転々としている。 そんな彼女たちに問題が発生したと連絡があった。
確かにあっちのチームはまだレベル上げを本格的にしていないから俺達と比べれば総合戦闘力では劣るかもしれない。 しかし、それを覆すのはホープさんの固有スキル。
自己複製顕現、この能力を使えば自分と同じステータスの分身体を召喚できるし、分身体はそれぞれが独立して思考している。 唯一の弱点としては分身体は喋ることができないという点だけらしい。
ホープさん調べによると、おそらく分身体は彼女のプレイ記録から立ち回りを学習し、それに近い立ち回りをできるようプログラムされていると考えられる。
そのアホみたいに反則な能力を持っているホープさんがいるというのに発生した緊急事態、ただごとではないのは確かだ。
こうして俺達はレベル上げの拠点、エルサマンの村を後にし、慌ててシーリアに寄って専門職にジョブチェンジ。
専門職はそれぞれが得意とする職業のことで、俺の場合はモンク、ハートちゃんはアサシン。 サラーマさんとサナさんは初期設定をそのまま専門職にしている。
途中でジョブチェンジという工程を挟んだため、ファイヤームに到着したのはエルサマンの村をでてから二日後になってしまったのだった。
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「ひ、久しぶりじゃないですか黒湖さん」
ホープ組と再開し、一週間と数日ぶりの再開をしたのだが、開口一番メメジェットさんから声をかけてきた。 いのも通り体をユッサユッサ振りながら声をかけて来ているが、例に従いシーツのせいで表情は全くわからない。
だからと言って心眼スキルを使えばこの前の二の舞だし、そもそもつい最近まで毎日のように電話してたから懐かしい感じもしない。
急に電話がかかってこなくなったのはただの気まぐれだろうか?
「久しぶりというかなんというか、ほぼ毎日電話してたら久しぶりな感じしないですよね」
「え? 君たち毎日電話してたの? いつの間に?」
「ちょっと! ホープさんは関係ないでしょ! あっち行っていて下さい!」
『ぶひーーー! 生メメジェット氏バンザイ!』
『ぶっひゃっひゃっひゃっひゃっ! 想定以上の反応ご馳走様です』
『お前ら頭大丈夫か?』
抗議の声を上げながらも背中を押されて俺から離されていくホープさん。 二人が離れていくのを見送っていると、しれっと背後に立っていたラーザさんが大げさに咳払いして俺の注意を引いてきた。
「どうやらかなり腕を上げたようだな黒湖ナイル。 以前とは所持スキルの数が大幅に変わっている」
「補助スキルだけでもかなり習得できましたからね」
「貴様がいくら強くなったところで、私にとってはなんの問題もないのだが、次の戦いをする前に私もレベル上げをしなければ不公平というものだろう。 そういうわけだから、今回は貴様と競い合うのは見送ってやろうではないか」
『通訳お願いしますニキ』
『久しぶりにあったナイルくんはとっても強くなっていて素敵よ! 惚れ直しちゃったわ!』
『俺血涙』
「明らかに解釈合ってないでしょ?」
茶番で盛り上がるコメント欄に、ついついツッコミを入れてしまったのだが、
「むむ、黒湖ナイル! 貴様また信者と会話しているのだな! 私と喋っているのだから、いちいち信者の言葉に耳を貸すんじゃない!」
『ニキ! お願いします』
『私以外の人と喋るなんて、浮気よ浮気!』
『地雷少女系ラーザ様。 いただきました』
コメント欄うるせえ。
「おいおいお前ら、久々の再開でテンション上がるのはわかるけどよ、緊急事態とか言ってなかったか?」
「ああサラーマくん、しっかりものがいてくれて助かるよ。 君たちを呼んだのには少々深い事情があってだね。 詳しい話は中に入ってからにしよう。 ささ、入りたまえ」
メメジェットさんに背中を押されていたホープさんは思い出したように人差し指を立ててから、俺達を目の前の建物に促した。
俺達が今集合してるのはファイヤーム傭兵団のアジト前。 異世界に転移したばかりの時、なにもわからないままその場の空気に身を任せていたらたどり着いたあの建物だ。
全てはここから始まったわけなのだが、こんなにも早く戻ってくることになるとは。
ここに来る途中は何事かと身構えていたが、ホープさんの雰囲気からしてさほど深刻そうな問題ではなさそうだし、無理に気を張って中に入ることはないだろう。
訝しんだような顔で建物の中に入っていくサラーマさんの後に続き、彼の背中に隠れるような足取りでアジトに入っていく。
すると、視界に映るのは広々とした薄暗い空間。 始めて来た時は他の傭兵がごった返していて、蒸し蒸ししてた上に獣臭かったのだが、今回は快適も快適だった。
しかし、気楽にしてられるのも今のうちだけ。 ちょっとした集会場のような広さの大部屋の奥には豪奢なソファーとローテーブルが置かれており、そのローテーブルにどっかりと足を乗っけている人物へ真っ先に視線が行く。
新緑色の髪を頭頂部でくくり、レザー調の丈の短い黒ジャケットと裾の破けたショートパンツ。 ジャケットの下には一枚しか纏っておらず、その一枚は驚くべきことにチューブトップ。 露出している肌の所々に鱗のような六角形がちらついて見える。
そう、ローテーブルにどっかしと足を乗っけているいかにもガラが悪そうな人物は、おへそは可愛いのに凶暴なコブラのような表情をした女性だったのだ。
「遅えぞ、サラーマ」
「うぇっ! だ、団長」
「久々の挨拶だってのに、嫌そうな顔してんじゃねえよ」
獲物を吟味するような視線と、八重歯を光らせながら口角を上げるその攻撃的な笑みを目にしたため、俺はすぐさま空気になろうと専念した。 けれど、そうは問屋が卸さない。
『ナイル氏、団長さんの隣りに座ってるのってまさか!』
『えっちな格好のお姉さんだね』
『たしかしたかし、って違う違うそうじゃない』
コメント欄を横目に見て、団長の隣にちょこんと腰掛ける女性にようやく気がついた。
横一線に切られた前髪は目元ギリギリの長さに切られているため、ツリ目の瞳はより迫力を増して見える。 幅が広めでパッツリと切られた姫毛は元々小さな輪郭をなお小さく見せており、腰の下まで伸びた漆黒の髪は寸分たがわず切りそろえられている。
俺はこの人物を良く知っている、知っているからこそ今の格好には目を疑う。
そのお嬢様のような容姿とは正反対の印象をした彼女の装備。 真紅の鎧を纏っているのだが露出度が高い。
具体的にどんな露出度かというと、そのまま海に飛び込んでも違和感がないくらいに露出度が高い。
お嬢様のような顔つきなのになかなかセクシーな鎧。 一言で表現するとチグハグ。
「うわ、ビキニアーマー装備してる人とか始めて見たよ。 あれってネタ装備でしょ?」
小声でホープさんに耳打ちしたハートちゃんの言葉が耳に響く。 あれが伝説のビキニアーマーか。
だがそんなことよりも俺は、見たことのある人物がビキニアーマーなんて恥ずかしいものを纏っているという事実に、軽いめまいを催してしまっていたのだ。
「ようやく見つけたんだわさ。 あたくしの可愛い可愛いナイルきゅん♡」
「なんちゅう格好してんだよ……ママ」
一瞬の沈黙が、この空間を支配した。
「えーっと、ナイル? 今なんて?」
「ふにゃ? ……ナイルくんのママ、お腹が冷えちゃいそうだにゃ」
驚きすぎているのだろうか? 目が死んでいるお二方。 サナさんに関してはもはや冷静でウケる。
「んなっ! 黒湖ナイルの母君だと?」
「ちょ、どういうことですか黒湖さん!」
わかりやすいほどに驚愕する二人に関しては、目玉がポロリしないか心配になる。
「おいおい坊や、ママって? どっちのママなんだい?」
「え? 少年のお母さん? 若すぎないかな?」
いかにもワクワクしてそうなこの兄妹。 しかし妹の方は……やっぱりこの子天然なのかな? なんて思った今日このごろでした。




